フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風 おまけ
「失礼します。お夜食のプリンをお持ちしました」
「おう。待っていた」
夕食戦争が終わった後、まかない飯をとり、明日の仕込みを大まかに済ませると栞はひとまずあがりだ。
後片付けはディナンとリアがすることになっていて、更に必要であれば、単純作業的な下ごしらえも二人が行う。
あがりといってもこうして夜食を運んだ後に、殿下との打ち合わせが待っている。
「今日の夕食も美味だった」
「ありがとうございます」
暖めたポットから濃い目の豆茶を二人分注ぎ、目の前の椅子に座る。
雇い主であるが主従ではない。栞はフィルダニアの国民ではなく、客人であるので、マクシミリアン……及び、その他の王族にも臣下の礼を取る必要がない。マクシミリアンは栞と普通に話すことを好んでいるので、大人の社会人として当然の礼儀を守っていれば特に問題がない。
その反面、見た目は逆転しているがマクシミリアンは栞の後見人であり庇護者でもある。
(どう説明したらいいかわからない関係よね)
「この茶もいい香りだな」
「豆の煎り具合を少し変えたんですよ。この方が濃厚なプリンの味には合うと思うんです」
豆茶は発酵させていない淡いグリーンの茶葉に煎った数種の豆をブレンドしてお湯で煮出す。味として一番近いのは玄米茶だろうか。
豆の種類や組み合わせ、その煎り具合やブレンドのバランス、煮出す時間等で味が変わる。シンプルでありながらなかなか奥が深い飲み物だ。
「うん。……次回からこのブレンドでしばらく頼む」
「かしこまりました」
マクシミリアンは湯気のにおいをかぐかのように目を閉じる。
疲れているのだろう。目の下に隈ができている。
「殿下、少しお休みになったほうがいいですよ」
「わかってはいるのだがな。……次から次へと厄介ごとがおしよせてくる。そなたは知らぬだろうが、国際的に言うならば、我が国は大国に挟まれた弱小国だ。大迷宮がなくば、とっくにどこかに併合されているだろう。……我らは大迷宮の番人なのだ」
栞は殿下が何歳であるかを知らないが、見た目で言うのならばまだ少年だ。どんなに頭がよく、どんなにしっかりしていたとしても、成人していないだろう。
だがこういう時、彼が年月を重ね、確固たる自信をもった大人の男のように思える。
(王族ってすごい)
王族であることがどういうことであるのか栞にはよくわからない。
だが、例えば政治を司る者であり、国の代表者となる者であると考えた時、このフィルダニアの王家の人々は、心から尊敬できるし自国の代表として胸を張って誇れる。
それは、ややチャラいタラシと栞が密かに思っている王太子とて例外ではない。
二杯目を飲みながら、栞はふといつも思っていることを問うてみようかと思った。
「大迷宮って何なんです?魔生物の生息域ってだけじゃありませんよね?」
「さあ……我が国の学者達はもうずっとそれを研究しているが……よくわかっていないのが現状だな」
似ているようで違うこの世界の、大きく元の世界とかけ離れている部分の一つが大迷宮の存在だ。
「料理していて思うんですが、魔生物って自然発生してるとは思えない生き物ですよね」
「そうなのか?」
「ええ。普通の生き物……例えば、野うさぎとか猪とかそういうのは、私の国と変わらないから、たぶん、私の国の生き物達と同じ様な進化を遂げていると思うんです。でも、魔生物ってどういう進化をとげてああいう風になったのか想像つかないですよ」
「……進化」
「そこに至る自然なルートが想像つかないんです。まあ、突然変異ってこともあるんですけど」
「自然なルートとは?」
マクシミリアンは注意深く問いかける。栞と話していると、ただの雑談が急にとてつもなく大事な話になることがある。
異世界人である栞だからこその観点から語られるこの世界についてのそれは興味深く、彼の知らない知識を含んでいることが多々ある。
「トカゲは突然ドラゴンにはなりません。ドラゴンにいたるまでに、何世代……いいえ、何百世代もの代を重ねて、それに至る小さな進化を繰り返しているはずです。でも、何をどう得ればトカゲがドラゴンになるのか想像つかないんです」
あちらの世界にはドラゴンがいないのでイメージ貧困なだけかもしれないんですけど、と栞は柔らかく笑う。
「思うんですよ。どうして魔生物はどれもこれも大きいのか。何をどうすればあんな骨なのか。いったい何がどう進化を遂げてあれになったのか。……そもそも、あれらに幼生というか、子供とかいるんですか?20mなのか25mかなんてもうどっちも大差なく思えるので見分けがつきません」
「一応、卵から孵るな。……私は、一度、ドガドガ鳥が孵るのを見たことがある」
「あれ、卵をそのままにしておいたら孵るんですか?」
「……孵るものと孵らないものがあるな」
知識をさぐりながら慎重に答える。
「可愛いかったですか?」
「は?」
「動物の子供ってどれもこれも小さくて可愛いじゃないですか」
「……人によると思うぞ」
とりあえず、ドガドガのヒヨコはたいしてかわいくなかったとマクシミリアンは思う。鶏のふわふわしたひよこと違い、鶏サイズよりも更に大きい、ほこりが固まったような形と薄汚れた羽色のぶかっこうなドガドガのひよこは、どこかグロテスクだったように思える。
だが、空気が読めるマクシミリアンは頭から否定することは避けた。
彼がとんでもなく不細工だと思っている猫を妹のアリスが可愛がっていたことを思い出したのだ。
「そうですよね。……ご存知かわかりませんが、魔生物の魔法器官は、体内に後天的に形成する人間と違い、おそらく、脳の部分に存在しています」
「そうなのか?」
「なんでそう思ったのかというと、ディナンが、私が使わない魔魚の頭をスモークにして焼いて食べたりするんですけど、時々、そこから結晶化した石のようなものがでるそうなんです。で、あの子はそういうの好きなんでとっておいたら、それがクズ魔石として売れたので……魔法器官が結晶化して魔石になったんだと思ったんです」
「なるほど」
「で、魔生物解体してていつも思うんですけど、骨の構成というかそういうのからして違うじゃないですか……今日、調理しててこれはカルシウム不足にはならなそうだなってつくづく思いましたよ」
「かるしうむ?」
耳慣れない言葉だったのだろう。マクシミリアンは不思議そうな顔で問い返す。
「えーと人間のものもそうなんですけど、骨を丈夫にする成分です。生き物の骨にはだいたいそういう成分が含まれていて、骨を食べるとカルシウムが摂取できて自分の骨が丈夫になるって言われてるんです。だから、小魚の骨とかはそのまま食べるようにってよく言われます」
「……あちらの人間は、骨を食べるのか?」
「たぶん想像してるの違いますよ。小魚ったってこんなもんです」
栞は親指と人差し指を開いて、その大きさを示す。
「なるほど、だが硬いんじゃないか?」
時として武器となる硬度を持つ骨が下手に口の中に刺さりでもしたら大惨事だとマクシミリアンは考える。
「だから成分が違うんです。一般の生物の骨は普通に白いじゃないですか。でも、魔生物の骨って光沢がありますし……特殊包丁なきゃ、切れませんよ」
「そうだろうな」
「まあ、今更なんですけど、今日の前菜を作りながらあらためて思ったんです。食べても害にはならないんでしょうけれど……ほら、あれ、軟骨というか小骨が多いですから」
骨切りをしたら口にはあたらなかったし、毒抜きはしたと言われていたのでさほど気にしてはいなかったが、
「ああ、聞こうと思っていたんだ。……前菜で出てきた白身の魚は何だ?強く魔法回路に作用したから、迷宮原産の魚なのだろうが」
「エルダに聞かなかったんですか?」
「ちょっと食べるのに夢中になっていたんだ」
殿下は少し恥ずかしそうに言う。
「それは光栄です」
「あんな風に綺麗につくられていると、原形がまったく思い浮かばない」
「確かに。……肉とかもそうですけど、解体した後に身をみても、元はどんな生物だったのかとかわかりにくいですよね」
魔生物であっても、解体して肉や身だけにしてしまえばただのおいしそうな素材だ。骨が時折メタリックに輝いているように見えるのが気になるが、武器にすることもあるのだからそういうものなのだろう。
(解体するのが大変だけどね)
栞は切れ味抜群の特別な包丁を持っているからいいのだが、それでもドラゴンの尾の下拵えなんかは大変だったし、そもそも魔生物はどれもこれもサイズが大きすぎる。
角兎なんかを見ると、その小ささにほっとするくらいだ。
「あれは、フランチェスカなんです」
「フランチェスカって、あの地底湖のヒラヒラしてる帯みたいなやつか?最近、大量発生してる」
「ええ。このままだと賞金をかけて駆除しなきゃいけなくなるからとトトヤさんが心配してて……それで、素材の提供を受けて、おいしく食べられるメニューを考えて欲しいといわれたんです」
厨房とそれに伴う施設は栞の管轄下にある。だから、基本的には誰を招きいれようと特に問題とされることはない。だが、この世界では王族の暗殺などが普通にあるということも聞いているからよほどでないと他者を厨房にいれることはない。
厨房に存在するものは武器になること、そして、異物……特に毒物が混入することを栞は何よりも警戒している。
何しろ、目の前の殿下はどれほど栞に気安かったとしても王族であり、ここの厨房ではその殿下の食べるほとんどのものを作っているのだ。
その点、殿下御用達の迷宮屋でもあるトトヤのダンナとその片腕たるグアラルならば問題はない。
(でも、その判断を私にさせるんだから、たいした信頼だよね)
栞の裁量権はかなり多い。下手をしたら、護衛官達以上である。
(それに、殿下、毒見役いないしな)
むしろ、自分が毒見だといっている。
殿下が率先して食べるので、王族自らが身をもって安全であることを証明しているようなものだ。
「なるほど。今日、厨房の呪陣を動かしたのはそれか?」
「ええ。殿下にはわかるものなんですね」
「そなたがあれを使えるのは、そなたが私のヴィーダだからだ」
「ああ……殿下の代理人として許可を与えているということなんですね?」
「そうだ」
言外に述べられた言葉をちゃんと汲み取った栞にマクシミリアンは満足する。余計なことを言わずとも察してくれるのが快い。
栞は自身の左手の甲の紋章を見た。魔力をこめない状態では、ちょっと変わった刺青のようにしか見えない。
(何かに似てると思ったら、あれだ。インドでやってもらったヘナ!)
手の甲だけなのでそこまで複雑ではないが。結構すごいものなのかもしれないと思う。
「良い食べ方はあったのか?あの前菜では屋台などで気軽に出すというわけにはいくまい?それに、シリィがこのホテルで消費するくらいではたいした量ではないだろう?」
「その通りです」
マクシミリアンはおかわりにと目の前に出された栞の分のプリンを手に取ると無意識に小さな笑みを浮かべ、それから嬉しそうに口に運ぶ。プリンだけは絶対に遠慮することがない。ここまで好きだと清々しすぎて、栞としては何もいう気にならない。
「一応、屋台で作れるようにレシピを調整しますが、ドド芋とフライにします」
「なんだ、試作品は食べさせてくれないのか?」
「ここにもってくるまでに冷めますから……こういうものは、揚げたてのアツアツを食べないと」
「それはそうだな。よし、明日の夕食はそれにしよう。全部終わってからで構わないから厨房で食べさせてくれ」
栞は夕食の戦争中は部外者は絶対に厨房にいれない。それはマクシミリアンもよく承知している。
「……今から、エルダとそれで一杯飲もうかと思ってるんですけど、いらっしゃいます?」
「勿論だ。良いのか?」
マクシミリアンの表情が輝く。
「ええ。あ、でも、お供は一人まででお願いします。下拵えそんなにしておかなかったので」
「わかった」
マクシミリアンはとても嬉しそうに笑った。