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フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(6)

「芋もこうして食うと悪くねえな」

「良かった」


 ドド芋がおいしいのもグアラルやダンナには嬉しい驚きだった。

 珍しくも何ともない芋なのに、油で揚げただけでこんなにもおいしくなるのは不思議だった。

 芋なんてパサパサモサモサしているだけだと思いきや、この揚げたての芋フライは皮がかりっと香ばしく、身が口のなかでほっこりほくほくとくずれる、アンチョビのディップとの相性は抜群だ。


「おししょー、これ、マジでフランチェスカ?」

「うん。結構イケるでしょう?」

「うん、うん」


 すっげー、うまい!というディナンの素直な賞賛の言葉に少しだけ照れくさくなる。

 飾り気のない言葉だが、そのまっすぐな眼差しや全身で訴えかけている態度にこそばゆさを感じるのだ。


「揚げたてじゃなくても、これなら全然いけると思うけど」

「芋は少し大きめに切ってるからね」


(あー、でも、外で食べることを考えるなら、乱切りじゃなくてスティックにするべきだったわ)


 ここではフォークを使ってるが、屋台で食べさせることを考えたら手でつまみやすくしておくべきだろう。


「その骨の多い部分はどうすんの?」

「小骨ごと叩いてミンチかな。団子にして串にさして焼こうと思ってるんだけど」


(……イメージとしてはナンコツつくねの魚バージョンなんだけど。白身だけだとダメかも)


 この細く細かい骨を全部抜くのは至難の業だ。それならば、骨ごと食べられるようにしてしまえばいい。いっそナンコツ入りのすり身にして竹輪とかにしてもいいかもしれない。


「ダンナ、このへんは後でちょっと工夫してみるから、今日はあと一品だけね」

「おう。何つくるんだ?」

「見てのお楽しみよ。ディナン、ごめん、こまかい氷水をおねがい」

「りょーかい」


 水系統の魔法に適性があるディナンは、何の媒介もなしに氷や水を作ることが出来る。


(さて、この『おとし』で〆と)


 だいたいの物事がそうなのだが、終わりよければ全てよしというのは真理だと栞は思っている。

 だから、最後の一品には特に気合をいれる。

 今回は、ハモのおとしならぬ、フランチェスカのおとしだ。


「お湯もかけておいて」

「りょーかい」


 栞は、使い慣れている包丁を手にし、骨切りをはじめる。

 皮一枚残して、細かく等間隔でいれるのがポイントだ。これこそ、一般人には難しい技だろう。

 専門で習ったというわけではないが、父親が鱧を大好きだったので、夏になると毎年ハモをさばいていたような気がする。父がつくったものを栞が、栞がつくったものを父が食べる。最初の骨切りは骨きりとも言えない半分ミンチだった。そんなものでも一郎は残さずに食べてくれた。


(考えてみれば、パパとの思い出は料理関係ばっかりだわ)


 人前では『父』というものの、栞の中では一郎は永遠に『パパ』だ。なぜか他の呼び方は相応しくないような気がする。


(夏の家族旅行といえば、ワイナリーめぐりは定番だったし、チーズを求めてスイスで山登りやら、ハムつくりにイタリアにも行ったっけ)


 国内でだっていろいろしてる。茨城に納豆をつくりにいったこともあるし、知り合いの牧場で乳搾りもした。契約している生産農家に遊びに行くのも日常茶飯事だった。

 新鮮な魚の見分け方、おいしい野菜の選び方、果物の食べ頃な時期……そんなことをごく自然に楽しみながら覚えた。ある意味、その頃のすべてが今の栞を形成する血肉になっているといえる。


(こっちでやっていけるのも、子供の頃からのそういうのがすごく役立ってると思うのよね)


 シャッシャッというリズミカルな音。

 ディナンがポカンと見ており、ダンナやグアラルの目も丸い。


(パフォーマンスとしても悪くないのかしら?)


 骨切りした身を一口サイズに切り分け、さっと沸騰した湯にくぐらせるとふわりと身が開いた。まるで花のようだと思う。


「これは……」

「……………」

「……すっげえ、キレイだ……」


 それを氷水に落し、水を切る。あんまり氷水に漬けてしまうと水っぽくなるから要注意だ。


(上出来!)


 ガラス器にもって、こっそり準備していた梅のソースを回しかける。

 透き通った水色のガラスの皿はあちらの工業生産ではできない味のある造形をしている。分厚くて気泡も入っているがそれがいい表情になっていて、白い花のような身とほんのりと赤いソースが実に映える。


「これ、今度前菜に使う予定。とりあえず、今日の殿下の夕食に出すから」

「OK。この皿、探しとく」

「うん」


 あちらでのハモは夏の風物詩のようなものだが、こちらはこれから寒い季節に向かう。

 もう少し寒くなったら、深めの椀にこの白い花を咲かせ、蟹肉と葛で餡をつくるのもいいかもしれない。


「この赤いのは梅のソースね」

「梅って、そこの庭の?」

「うん。その実を塩漬けにして干したものを使ってるの」


 つまり、梅干だ。こちらの梅は薫りが高く、それは梅干にしてもかわらない。むしろ梅干にしてからのほうが増すかもしれない。

 ディナンに説明している間に、グアラルとダンナはフランチェスカのおとしを口に運ぶ。

 

「いただきます」

「何か食うのがもったいねーな」


 白い花は口の中でほろっと身をこぼし、梅のソースがほんのりと香った。

 ダンナとグアラルは無言で……じっくりと一口一口を味わうように噛み締める。

 どういう言い方をすればいいのかわからないが、二人は、それを口にした瞬間、これは真剣に食べなければならないという気がしたのだ。

 探索者らしく早食いが身についている二人だったが、いつもの何倍もの時間をかけて、味わいながらその一皿を食す。

 ダンナにとっても、グアラルにとっても、それは、何だかとても心豊かな時間のように思えた。

.


「何て言えばいいんでしょうね。これこそ、特別な食べ物なのだという気がします。おいしかったです。ごちそうさまでした」

「いいもん食わせてくれてありがとな、ヴィーダ。寿命が延びた気がするぜ。ごちそーさん」


 こちらでは、おいしいものを食べると寿命が延びると言われている。

 栞の作る料理が魔力を増加させることを考えると、それもあながち間違いではないのかもしれない。


「どういたしまして」


 自然に笑みがこぼれる。

 彼らの心の底からのその言葉こそが、栞にとっては最高の報酬だった。







フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風  END

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