ドガドガ鳥の新鮮卵とホロウ牛のミルクを使って作ったプリン(1)
『急募 あなたも風光明媚なリゾート地で料理人として働いてみませんか?』
今にして思えば、このキャッチコピーが栞の人生を変えることになったといっても過言ではないだろう。
(確かに風光明媚ではあった……)
中世のヨーロッパを思わせる町並みはかわいらしく、美しかったし、湖にうつるホテルはまるで宮殿のようだった。
元々は王家の離宮を改装してホテルにしたのだから、それもなるほどとうなづける。
(リゾート地というのも間違いじゃない)
周辺諸国のやんごとなき人々が避暑に訪れる有名なリゾート地で、ここらへんでは驚くほど治安も良かった。
(料理人ってのも正しかった)
最初に聞いたとおり、国営企業のホテルの中のレストランの一つを任された。
(だから、キャッチコピーは間違ってないんだよね……)
ただ……肝心なことがまったく表現されていなかっただけで。
MENU1 ドガドガ鳥の新鮮卵とホロウ牛のミルクを使って作ったプリン
「シリィ、おまえの作るこのプリンとやらは、今日も最高に美味なるぞ」
「ありがとうございます、殿下。ですが、私の名前はシオリです。何百回言えば覚えてくれるんですか」
「シリィの方が可愛いではないか。古語で『夢』を意味する良い名なのだぞ」
「はい、はい、わかりました」
一年もたてば、ほぼ毎日交わされるこのやりとりにもいい加減飽きてきた。
栞が諦めればいいのかもしれないが、人間20数年呼ばれてきた名前を違う風に呼ばれることにはなかなか慣れないものだ。
「シリィ、私は今夜の夕食のデザートにはプリンを所望するぞ」
推定年齢15歳程度。漆黒の髪とアメジストの瞳の王子様は満面の笑みで宣言する。
勿論、栞に否やを言う権利はまったくない。
……何しろ、目の前の王子様は雇い主なのだからして。
「わかりました」
(今夜の夕食のデザート『にも』、だと思います、殿下)
「ん?どうかしたか?」
「いいえ、何でもありません」
(もういっそ、プリン殿下と名乗ってもいいくらいだよね)
栞は心の中のつぶやきは押し殺してにっこりと笑ってみせる。
「表情と内心の乖離」これはもう社会人の必須スキルの一つだろう。思ったことをそのまま口にしたり、表情や態度に出したりするようでは世の中うまく渡っていけない。
(いったい、一日、何個くらいプリン作ってるんだろう……)
とはいえ、この就職難の時代に、まがりなりにも就職口を見つけることができ、更には給与が大幅増額されたのはこのプリンのおかげであるので文句を言う筋合いでもない。
(本当なら感謝しなければいけないところだけど……)
素直に感謝できないのは、このプリンを作るのがかなりの力仕事であることだろう。
栞は溜息を一つつく。
窓の外を眺めれば、空には月が二つ。
その光景は、ここが異世界だと一目で思い知らせてくれる。
(もう一年になるんだよね……)
殿下が完食したプリンの器を厨房に下げながら、栞はここに来る前の事を思い出していた。