フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(5)
まずは油を準備した。
鍋は二つ。魚を揚げるものと芋を揚げるものは別にしたい。
(まあ、屋台とかでやるなら一緒になるんだろうけど)
栞は本当はコーン油を使いたかったのだが、コスト面を考えると断念せざるをえない。代わりにこのあたりでは最もポピュラーで手に入りやすい豆油を使う。数日前に購入したばかりのしぼりたての油だ。酸化しやすいので、少しづつしか購入できない。
小骨が多い部分は取り除き、身の部分だけを使う。皮は剥いて身だけにし、厚い刺身程度の大きさに切り分けた。
(食べやすく一口サイズにしよう)
塩胡椒を軽くふって少し置く。小麦粉を麦酒でといた衣をつけて揚げるのだ。
(麦酒じゃなくてもいいんだけど)
衣に一工夫するのもいいかもしれないが、まずは基本でつくってみてからだ。
「麦酒で衣つくる理由があんのか?」
「麦酒の泡が衣をサクサクにしてくれるの。重曹でもいいんだけど、麦酒の苦味が、魚の生臭さを消してくれるから。店ごとにソースや衣をいろいろ工夫してもいいと思うの。あと、魚の大きさもね」
がっつり食べたい人には一口サイズじゃなくて、切り身がいいかも、と提案する。
「……そんなにいろんなこと考えて料理って作るんだな」
「んー、これくらいじゃまだまだだよ。そもそも、私は、料理の究極って、家庭料理だと思ってるのね」
「家庭料理?なんでまた?」
家庭料理と究極の料理なんてまったくの対極にあるように思える、
「妻が夫に、あるいは、母が子に……形はいろいろだけど、家庭料理って完全オーダーメイドでしょ。その人の為の味なのよ。……たとえば、疲れているっぽいから今日は胃に優しいものー、とか、お野菜足りてなさそうだから野菜取れるようにーとか、血圧高いみたいだから塩控えようとか……そういうのから、主人はこういう味が好きだからこういう味に作ろうとかって……料理人はそこまではできないから」
それでも、できるだけのことはするし、いろいろ考えるけどね。と栞は笑って言った。
「陳腐だけど、料理は愛情ってほんとだなぁって思うんだよね。誰かを想って、それが美味しいにつながるの」
「そんなもんかねぇ」
「そういうものなんですよ!」
そんな会話をしながらも、手は作業を進め、芋を乱切りにしていく。
イメージとしては、さくっとした衣に淡白な白身魚だ。べちょべちょしないように油の火加減を気にしておく。簡単な昼食とか、軽食っぽく扱われるといいと思う。
パートナーになる芋はこの地域でよくとれるドド芋がいい。じゃがいもによく似たホクホクした感じとほんのりと甘みを感じられるドド芋は、一つ一つが手ごろな大きさで調理もしやすい。栞の気に入りの食材の一つだ。
「ドド芋か?」
「そう」
ダンナがやや顔をしかめる。傾向として、男性はあんまり芋を好まない。
「まあ、食べてから言って」
綺麗に洗って、芽を丁寧にとる。皮はあえてのこし、少し大きめの乱切りにした。
(今の時期のドド芋はおいしいんだから!)
揚げ始めると、ドド芋の香ばしい匂いはグアラルやダンナの胃袋を刺激したらしく、現金なもので、まだできないのかなというような顔になった。栞はそういう顔を見るのが好きだ。
そして、その顔がほころぶのを見るのはもっと好きだ。
切り身を幾つかの厚さに切り分けていく。身の厚さや食感でおいしさは変わる。最もおいしい厚さを探るのは大事なことだ。
麦酒の衣のボウルをくぐった白身魚が油の中で踊り、小麦色になったところで次々と籠の上にのせられてゆく。
「とりあえずこれが基本ね。塩胡椒でしょう、それからビネガープラス~、こっちがオーツね」
いろいろな味があるとそれだけでわくわくする。
そういった期待感もまた、調味料の一部だ。
「ディナン、麦酒もってきてあげて。ディナンは食べるのはいいけど、アルコールはだめよ」
「りょーかい。戦争待ってんもんな」
「その通り。で、こっちがぴり辛いマヨネーズで、こっちがアンチョビディップね」
ピリ辛は唐辛子の粉をブレンドした辛み調味料をいれたマヨネーズっぽいソースだ。辛み調味料はもちろんオリジナルブレンドだが、その時にとれる材料で七味になったり五味になったりする。マヨネーズとの相性も良い。
アンチョビはもちろん自家製だ。
原材料は鰯ではなくスケルトンフィッシュなのでアンチョビというのはどうかとも思っているのだが、栞がそう呼んだせいで定着した。大雑把だが、生を塩漬けにして発酵してる魚はみんなアンチョビと呼んでいる。
スケルトンフィッシュはアンチョビにしても身が半透明なので、なかなかおもしろい使い方ができる。塩を抜いたものをサラダによく使っているのだが、今回は細かく刻み、潰したアボカドとまぜてディップにした。
栞は塩胡椒にビネガーのシンプルさを好むが、ソースやディップがいろいろあってもいい。食べ比べる楽しさは料理を更においしくする。
「麦酒おまちー、うわー、すげー勢い」
「おー、ありがとよ」
「ありがとう」
すぐに無言になって芋と魚を消費しているダンナとグアラルは、麦酒のジョッキに目元を緩ませる。
特にアンチョビのディップを二人は気にいったらしく、芋の上にたっぷりとのせている。
「濃いほうにしといたぜ」
レストラン・ディアドラスでは常に二種類の麦酒を用意している。
『茶色』の麦酒は少し苦味が強いどっしりとした味のもの。『黄色』は女性客に人気があるまろやかな味のものだ。
産地によって味が違うだが、常に買い付ける前に栞が飲んで、料理とのバランスで入荷を決定している。
ディナンが手渡した銅のジョッキはとても冷えていた。水系の魔法に適性のあるディナンは、このくらいのことは詠唱すら必要としない。
「気が利きますね、ディナン」
「麦酒は冷たい方がうまいもん」
「かぁーっ、こりゃ堪らんな」
フランチェスカは味のしない魚だという認識を裏切るかのように、揚げたてのフランチェスカはふくよかな味がする。
サクサクの衣と少し厚みのある身はベストマッチだし、ほんのりきいた塩と舌を刺激して食欲をそそる胡椒の味も最高だ。
「麦酒がすすみますね」
「ワインだったら白ね。きりっと冷やした辛口で」
「ああ、それもおいしそうです」
ディアドラスの料理として出すことはないだろうがこれはこれで悪くない。
今夜はこれで晩酌しようと栞は心に決めていた。
 




