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フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(1)


「よう、ヴィーダ、寒くなってきたからフランチェスカなんかどうだい?」

「ふらんちぇすか?」


 その日、レストラン・ディアドラスの厨房を客人が訪れていた。

 いや、客というよりは出入りの業者というほうが正しい。王族御用達の看板を持つトトヤという迷宮探索屋の長である『ダンナ』だ。

 迷宮探索屋というのは、国の鑑札を得て迷宮で得た物品を売買、あるいは、迷宮を探索するための物品を売買する商店とその店に所属する探索者を言う。

 トトヤは老舗で知られていて、レストラン・ディアドラスをはじめとするこのホテルのレストランに食材を卸している。プリン殿下の御用達である関係で栞とも馴染みだ。


「おう。そうだ。フランチェスカだ」


 ダンナは、栞のあやふやな発音に力強くうなづく。彼の本名は『ケリー』だが、彼をケリーと呼ぶ人間はほとんどいない。 

 老舗の探索屋であるトトヤは、その長を代々『ダンナ』と呼ぶことになっている。それは探索屋仲間の間では一種の名誉称号のような扱いになっていて、誰もが敬意をこめてダンナと呼ぶからだ。


(たぶん、『魚屋』で『旦那』だと思うのよね)


 そのへんも、日本の影響が垣間見えて栞にはなかなかおもしろい。

 フィルダニアと日本が縁が深いのは、伝説の大魔術師ディルギット=オニキスの作った扉が日本と通じるからだが、なんで日本となのかはよくわからない。

 フィルダニアは、どちらかというとヨーロッパのような雰囲気を漂わせていて、何となく栞はスイスとかリヒテンシュタインっぽいイメージだと勝手に思っているからだ。


「トトヤで扱っているっていうことは魚なのね?」

「おう。そうだ」


 『迷宮探索屋』の看板を掲げていたとしても、その中身は千差万別だ。自身では探索を一切せずに販売に特化している店もあれば、逆に探索ばかりをしていて店舗は経営していないという店もある。

 また、店もいろいろで、『銀のゆりかご屋』のような大規模商店から、『魔人の斧屋』のように迷宮で得た武具類を専門で販売している店もあれば、魔道具に特化している『魔術王のパイプ屋』のような店もある。

 トトヤもまたそんな専門店の一つだ。大迷宮でとれる魚貝類を主に販売している店なのだ。

 栞としては、そんな一般的でないような魚屋で商売になるのだろうか?と思うのだが、店に行けばいつもなかなか混み合っているのでそれなりにはやっているのだろう。


「ふらんちぇすか、なんて、女の人の名前みたい」

「女の名前にも普通にあるぞ。見た目が優美な魚だから、女の名前がついたらしい」

「へえ」

「ちっせえのを一尾、無料でいれるから、ちょっと試してみてくれねえか?なんか、今年は地底湖で異常発生してるらしくてな。このままだとせっかく持ち込んでもらっても値がつかないってことになりそうなんだ」

「それは困るね」

「ああ。探索屋組合でもちーっと問題になってきてる。下手すると駆除すんのに賞金かけなきゃいけなくなるってな」

「いいよ。新食材、大歓迎。ただし、虫以外だけど」


 料理人である以上、大概のものは調理できると自負する栞だが、虫だけはダメだ。

 食べているのを見るのはかまわないが、自分では食べられない。

 あちらの世界では、ハチノコとイナゴの佃煮くらいしか見たことはなかったが、こちらでは昆虫も普通に食材として流通している。


「なんだ?虫だめなのか?アルラウネ大蜘蛛の足なんざ、珍味中の珍味だぞ」

「ムリ、ムリ。さすがの私も虫だけはどうにも食材に見えないから」

「そういうもんか?うまきゃいいと思うんだけどな。……おい、ガル、店にひとっ走りして、例のフランチェスカを運ばせろ。ヴィーダ、そこの呪陣借りるぜ」

「どうぞ」


 ダンナは、厨房の裏口でディナンと話していた自分のところの見習いであるガルドに声をかけた。


「はい、ダンナ」


 トトヤの見習いであるガルドはディナンへの断りもそこそこに、弾かれたように立ち上がって走り出す。その後姿はあっという間に小さくなった。

 トトヤは単なる魔魚専門店ではない。腕ききの探索者が数多く所属する探索者集団であり、店員は探索者の免許を取得している者ばかりだ。ガルドとて例外ではない。


「そこまで急がなくていいんだがな」


 ダンナは、その頬に苦笑を浮かべた。

 四十過ぎのベテラン腕利き探索者であるダンナは、洒落っけもある大人の男で、そういった表情がまたよく似合う。

 美形とは思わないが格好良いと栞は思っているのだが、ホテルの従業員の女の子たちには聞き流されている。


「何?何か材料来るの?」


 ガルドに放置されたディナンは、豆茶を片手にやってくる。

 朝食の片づけが終わり、夜の仕込みもほとんど終わっているこの時間は、自由時間だ。特別なことがなければのんびりと過ごせる。


「ふらんちぇすか、だって」

「えー、あれって、なんか、骨が多くてあんまり味しない魚でしょ?デカいだけでうまくないよ」

「え?そんな大きいの?」


 こちらの食材となる生物が総じてあちらより大きいものであることはわかっているが、ディナンが大きいというそのサイズに栞は一瞬、しまった、という顔をした。

 リアをお使いにだしているのであんまり手間のかかる仕込みはムリだし、量が多いのも困る。


「えーとな、厚みがあんまりない平らな魚でな。全長は20m以上で、大迷宮の中の地底湖の底に生息してる。冬になると産卵の為に上のほうに上がってくんだわ」


 ダンナがあっさりとした説明を口にする。

 想像はまったくつかなかったが、全長20m以上というところで栞は即座に白旗をあげた。


「……ダンナ、下処理に手を貸して」

「おう。たぶん、運んでくるのはグアラルだ。あいつにも手伝わせる」

「ありがと」

「毒はねーけど、一応、毒抜きは済ませてあるから安心しろ」

「はい」


 迷宮探索屋が販売する食材は、人族が安全に食べられるよう処理したものであることというルールがある。

 これは、人族の人口が多いからではなく人族が最も弱いからだ。種族的な禁止食材をのぞけば、純然たる人族が安全に食べられるものならば、他の種族も大丈夫であるという認識だ。

 万が一、毒のある物を販売したり毒を抜ききれていない加工物を販売したりした場合は即座に鑑札がとりあげられ、規定によって罰を受ける。これは、フリーの迷宮探索者が食材として売却する場合も一緒だった。

 栞のような、こちらの食材に慣れていない人間がそれなりにやっていけるのはそういったルールがきちんとできているからだ。

 

「白身魚なんだよね?」

「ああ。ディナン坊が言った通り、身が淡白で、骨が多い。上半分はたいしたことないが、下の方……尻尾部分は小骨だらけで使えない。けど、異世界でなら食べてるかもしれねえだろ。だから、とりあえず一匹丸々見てみてくれ」


 異世界の方法なら何か食べ方がみつかるかもしれない、というダンナの期待に栞は苦笑した。

 こちらの人は、『異世界』をなにやら万能な夢の国であるかのようにとらえているようなところがある。

 栞にしてみれば、こちらが異世界といってもせいぜいちょっと遠い外国でしかないように、機械化が進んでいたり便利な道具があったりするだけでそうそう違いがあるようには思えない。


(まあ、違う世界だっていうのはわかっているけど……)


 魔法があるし、妖精族やら獣人族やらがいるのだし、食材だって変なものばっかりだ。

 戦争もあるし、現代日本では考えられないような犯罪はあるし、人の命が向こうよりずっと軽く扱われるようなこともある。

 けれど。

 それでも、人と人との係わり合いとか、他人を思いやる気持だとかに違いがあるとは思わないのだ。


「異世界っていっても別にそれほど違いはないと思う。……20mって、ここに入るかな?台に乗る?」

「幅は1mもねえし、厚みも10センチはねえ。巻けばたいした大きさじゃなくなるな」

「ふーん」

「できれば、一緒にヴィーダじゃなくても作れるようなもんを考えてもらえないか?ここで消費する量といってもたかがしれてる。一般に広く広められるようなもんがいい」

「現物見ないうちから注文厳しいよ、ダンナ」

「悪い。……フランチェスカの大量発生は、かなり深刻な問題なんでね」


 困ったように笑うその顔を、格好良い!と思うのは、栞のファン心理のなせる技かもしれない。

 エルダには「あらあら、シリィはワイルドな男が好みなんですねぇ」と言われたが、栞はこのトトヤのダンナとかニルベヴィーダの黒狼と言われている探索人のゼヴルとかというしぶくて格好良い男たちにときめく。


「まあ、頑張ってみるよ」


 もっとも、他の女の子たちの理解はまったく得られなかったのだが。

 

いちたろさんご提供


名称:(未定だったので勝手につけました)フランチェスカ

種類:魚類

特徴:竜宮の使いみたいな見た目で大きさは2~30mほど。味は太刀魚のようなもっきゅとした感じ。バターとの相性がよいような。はものような味わいも捨てがたい。骨せんべいとかも美味しいかもしれない。白子は珍味。いいダシ出るよ!


調理はこれからですが、いろいろ調理します。

食材提供ごちそうさまでした。

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