イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風(8)
30年ほど前、ひょんなことから、異世界人の作る料理は魔力を増加させる効果があるということがわかった。
フィルダニアは、地域柄、異世界との縁が深い。流れてきたり、迷い込んだりする異世界人が多く、それらを受け入れ、混血を重ねて行くうちに判明したことだった。
その後、幾つかの調査の結果、それに基づいて一つのプロジェクトがスタートした。
『異世界の料理人を招いて観光産業の振興をはかる』
それはフィルダニアの国家事業の大きな一つの柱となった。
フィルダニアをフィルダニアたらしめているのは大迷宮への門である。フィルダニアは他に3箇所、迷宮への門を持つが、一番栄えているのはもちろんアル・ファダルだ。
古くから門を持つフィルダニアは、迷宮に潜るための環境が整備されているのだが、中でもアル・ファダルは特に整えられている。
完全に迷宮探訪客をあてこんでいるのだ。
宿泊施設の充実はもちろんのこと、加えて、迷宮で必要とされる物品の関税を安くすることで商業の振興もはかっている。
大迷宮への門を持つ国は他にも三つあるのだが、迷宮に潜る人間の半分以上がこのアル・ファダルを利用するのはそんな努力の結果ともいえる。
だが、どの国も最近は門の保護に力をいれつつある。関税の引き下げもフィルダニアだけが行っている政策ではない。
そこで、更なる差別化をはかるために考えられた目玉が、国営ホテルで異世界人のつくる料理を提供することだった。
異世界人のつくる料理は、ものめずらしさだけでなく魔力を増加させる効果を持つ。
この世界において、魔力の多寡というのはとても重要視されるものであるから、それだけでも流行る理由になる。
フィルダニア王家では、国内に五箇所ある国営ホテルに異世界の料理人を招き続けてきた。このレストラン・ディアドラスも、栞に至るまでに七人ほど代わっている。
「失礼いたします。メインのテールステーキですわ」
食欲をそそるニンニクと肉の焼けるにおいをさせながら、エルダが二人の給仕係と共に入室してきた。
彼女たちが持ってきた熱く焼いた石皿の上では、テールステーキがおいしそうな音をたてている。
「うわぁ、う~まそ」
「すげ」
テーブルにまずは木皿を置き、その上に石皿を置く。それから、給仕係はタマネギたっぷりの醤油のソースを回しかけた。
激しく立ち上る音と立ち上る湯気……醤油がこげたいい匂いが室内に広がった。
「うわ、たまんねー」
「いただきます」
表面は焦げ目がつき、中はレアというほどではないがわずかに火が通りきらない程度……という絶妙な焼き加減のステーキは、かぶりつくと口の中に脂と肉の旨みが広がる。そこに、ソースの醤油とタマネギの甘みがからまると、何ともいえぬ美味しさだった。
室内は途端に沈黙に支配された。
おいしいものを食べているときは無言になるというのは本当だ。ついつい、しゃべるよりも味わうことを優先させてしまう。
「おかわりがほしいくらいだが、止めて置こう」
最後の一切れを咀嚼し、飲み込んだマクシミリアンは、満足げに息を吐く。
「そうですね」
「もう、結構いっぱいですよ」
「このステーキならもう一枚はいけそうだけどな」
うまいものならまだ入るとヴィラールは口にするものの、もちろん、お代わりをする気はない。この余韻をゆっくり楽しみたい気分なのだ。
「ところで、これ、何の肉ですか?ヴィーダもご存じないとのことでしたけど」
皿をさげながらエルダが問う。
男たちの視線が、メロリーに突き刺さった。
「グレン、おまえ、何の為に先に戻ったんだよ」
「あー、これには事情があって~」
「どうせ、ヴィーダに冷たくあしらわれたんだろ」
「で、教えるタイミングを逃したんだよな」
「まあ、いつものことだな」
「……おまえら、嫌い」
親よりも長く一緒に過ごしている仲間だ。お互いのことはだいたい理解している。
「イルベリードラゴンだ、エルダ」
マクシミリアンはその様子を見て苦笑しながら告げる。
「!!!!!!!」
エルダは目を見張った。
イルベリードラゴンは、大迷宮深部のエリアに出現する極めて珍しい魔生物だ。
大迷宮有数の強さを誇り、討伐すればかなり高額の賞金が出る。
「俺、二回くらい死に掛けた」
「あー、僕は一回、かな」
「俺はギリギリだな」
「こうしてメシが食えるのは、イシュと殿下のおかげです」
一流の魔法使いであるイシュルカと殿下は治癒魔法も回復魔法も使える。条件付ではあるが、蘇生魔法もだ。
いずれ劣らぬ名だたる騎士揃いだが、ドラゴンに勝つには魔法使いの助けなしでは不可能だ。
「殿下、王位継承権を持つ尊い御身でございます。どうぞお気をつけ下さいませ」
「ああ。わかっている。……私も、ドラゴンとの遭遇は予想外だったのだ」
マクシミリアンは苦笑する。
「まあ、勝てたのだから良いとするが。……それよりも留守中、変わったことはなかったか?」
「特には」
エルダは微笑んで続けた。
「ヴィーダを狙って忍び込んだ者もおりましたし、いつも通りヴィーダをかどわかそうとする盗賊などもおりました。通常通りでしたわ」
どこか妖しげにすら見える笑みに、マクシミリアンも嗤った。
「懲りない奴らだな。私がいないからといって、シリィの安全を守るのに手抜かりがあろうはずがないのに」
「世の中、愚かな人間は多いですからね」
苦笑を見せるのはイシュルカだ。このホテルの安全管理には彼もかなりの部分で関わっている。
「そもそも、シリィを招いたのは我が国であるのだ。言わば国賓だぞ。それをどうこうしようなど片腹痛いというものだ」
マクシミリアンは呆れた表情で鼻をならす。
「そうですよ。……だいたい、さんざん異世界人を排除してきたくせに、ヴィーダ・シリィの料理のことがわかったら、今度は囲い込もうだなんて厚顔無恥すぎます」
異世界人というのは世界の落とし子であると言われている。対応は国によって違う。フィルダニアではもてなされるが、排除しようとする国も多い。
「よいか、おまえ達。あれは、我がヴィーダにしてフィルダニアの宝。おまえ達の生命にかえても、あれを守るのだ」
「御意」
マクシミリアンの言葉にエルダは恭しく頭を下げ、口々に同じ意思を示した男たちも頭を下げた。
自身が国賓扱いの重要人物であることを、当の本人である栞だけがまったく知らないでいた。
イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風 END