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イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風(7)

 調理中の厨房は基本的に部外者立ち入り禁止である。

 この場合、部外者でないのは栞とリアとディナンだけだ、

 他は、たとえ王子といえど部外者で、踏み込むことはゆるされない。


「厨房は今日も戦争状態なのかな?」


 のんびりと湯を使い、着替えてきれいさっぱりしたマクシミリアンは、レストランの個室の自分の席でゆったりと寛ぎながら、食前酒を配るエルダに問うた。

 浅黒い肌の妖精族は艶やかな笑みでうなづく。


「もちろんです、殿下」

「大繁盛で何よりだ。……お客様はどんな感じだ?」

「皆様大満足されてますよ。異世界の料理とはこんなにもおいしいのか、と。その上、食べると個人差があるとはいえ魔力が増加するのですから」


 エルダはにっこりと笑う。


「そうだな。多少まずくても魔力を増やしてくれる薬だと思えば無理してでも食べるが、シリィの料理は文句なしに美味いし、珍しいからな」

「ヴィーダはご存知なんですか?自分の料理が特別だっていうことを」

「魔力が増えるのだとは言ったが、ピンと来ていないようだったな。異世界人だからシリィには、魔力に対するこだわりがないからね」


 前菜は、目の前の湖でとれたモア貝とリマール蛸のマリネだ。葉野菜の緑とリマール蛸の赤の対比が目に鮮やかで食欲をそそる。


「モア貝ってこんなに甘いもんなんですね」

「この半生加減がうまい。生も好きだけど、半生だと甘さが増す気がするな」


 マクシミリアンの側近たちは幼い頃からの学友だ。それなりの大貴族の子息が多く、舌も肥えている。

 騎士としての教育を受けているので、どんなにまずくてもサバイバルだと思えば口にできるが、おいしいものはおいしい。


「スープは、ラルダ茸のコンソメです」


 ラルダ茸は大迷宮でしか取れないキノコだ。大人の腕くらいの大きさがあり、かなり素早い。人が吸い込むと身体が痺れる胞子をとばして攻撃してくる。

 栞は食材としてしかこのキノコを知らないから、実はモンスターなのだといえばびっくりするだろう。


「あのクソったれなキノコがこんなにうまいスープになるなんて」

「どこにキノコ使ってるの?これ」

「なんか干して、ダシにしてるっていってましたよ」

「ダシ?」


 黄金に輝くスープにキノコの姿はない。

 刻んだロロ葱が少しと香ばしいクルトンが浮いているだけだ。

 スープを一口含むと、口の中に複雑な旨みが広がる。身体中にしみわたるようなその味は、他では味わうことの出来ない逸品だとマクシミリアンは思っている。

 王宮の料理人も腕は良いが、マクシミリアンは栞の料理の方がずっと好きだ。プリンが大好きなのは言うまでもないが、他の料理も全て気に入っている。


「皆さん、途端に静かになりましたね」


 クスクスとエルダが笑う。元々はこの離宮の女官長をしていたエルダだ。マクシミリアンのことも幼い頃からよく知っているから、外の目がなければ幾分気安い。


「迷宮ではロクなもん食べてなかったからな」


 照れたように言うのは護衛官の一人であるキース=サルギスだ。サルギス地方の領主の息子で、剣士として名が知られている。姉がマクシミリアンの次兄であるアレクサンドルの妃となっていることもあり、王家とは縁が深い。


「生き返った心地がします」


 ほおっと溜息をついたのは同じく護衛官のイシュルカ=ギースだった。彼は妖精族との混血で、魔法の研究者として知られている。単なる研究者というだけでなく、自身の魔力も高い為、魔法使いとしても名高い。


「今日の魚料理は、ポワール鯛のバター焼きです」


 トマトの上に、ちょうど良い具合に焦げ目のついたバター焼きの切り身、その上に青菜をペースト状に刻んだものをバターであえ、隠し味に醤油をつかったソースをかける。


「うまっ」

「このソースが最高ですね。バターたっぷりなのに、トマトと青菜のソースのおかげで油っぽくありません」

「シリィちゃん、さすがだなぁ」

「俺にはちっとばかし量が足りないですね」

「物足りないくらいでちょうどいいだろう。まだ肉もある」

「そうなんですけどね」


 おいしいものはがっつりいきたいんです、と秘書官の一人であるウィルラード=レンドルは言う。がっちりとした筋肉質の身体は、厚みも肩幅も隣に座るメロリーの倍はある。秘書官というより、護衛官という方が納得されるに違いない。


「オーツのソルベです」


 オーツは今の季節最もポピュラーな柑橘だ。夏ミカンのような見た目をしていて、食感も味も似ている。ただ、実の色が皮も実も緑色だ。栞にはちょっとだけ違和感がある。

 氷菓子はこれまでにもあったが、『ソルベ』という洗練された料理としてこの世界に持ち込んだのは栞だ。

 ソルベは甘いものが苦手な男性にも人気があり、ホテル内のカフェやバーでも食べられる。

 

「俺、ここのソルベ、好物なんだよな」


 嬉しそうに口に運んでいるのは、護衛官の長であるリンデン=フォトスだ。マクシミリアンの側近の最年長で、唯一の妻帯者である。妻はホテルの客室係の一人で、昼休みに二人で中庭で仲良く食事をしているのを見たことがない人間は居ない。


「ここの料理は何でもおいしいですからね。ヴィーダの技術は素晴らしいです」

「最初、おそろしいもんばっか作り出してたけどな」


 あはははは、とメロリーは笑う。

 こちらの食材や調理器具になれていなかった栞が最初に作ったのは、およそ口に入れられるとは思えない恐ろしい代物だった。

 調理器具に慣れ、料理らしいものをつくりだすようになっても、正直、魔力が増加するという恩恵がなければ食べられないようなものが多かった。


「ヴィーダ・シリィは勉強家ですし、聡明です。正直、三ヶ月足らずで、ちゃんとした料理を……こちらの人間がおいしいと思えるものを作り出せるようになったことには驚きましたし、たった一年で近隣諸国でも話題になっています。先日、王太子殿下が、キスディアの女王陛下にソルベを食べてみたいとねだられたとか」

「狙い通りだな」


 マクシミリアンはにやりと笑う。可愛いと言ってもいい顔立ちなのに、表情が悪どい。

 側近たちに言わせれば、中身はもっと悪どいと言うだろうが、当人は、誰に何と言われてもまったく気にしなかった。

 マクシミリアンにとって、己の為すべきことを為せぬことほど恥ずかしいことはないのだ。

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