イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風(6)
「おししょー、プリンもうなかったよね?」
「あー、私の私室のアイスボックスにあるよ、二個くらい。殿下の分だけなら何とかなるけどね」
さーて、どうしようかなーと栞は考える。
いい加減、プリン地獄からは逃げ出したいところである。
とはいえ、あそこまでプリンに執着している殿下を思えば、部屋からとってこようかと思わなくもない。
「エルダ、準備はいいですか?」
「ええ。最初の組のお客様はそろそろ席にいらっしゃっているわ」
栞は、厨房の入り口のボードで、今日のメニューをチェックしているエルダに声をかけた。
エルダはレストランの給仕係を束ねる妖精族だ。妖精族の女性はスレンダー美人が多いが、エルダのような浅黒い肌の種族は別で、とても肉感的なスタイルをしている。同性であっても思わず見ほれてしまうほどだ。
仕事を離れれば、栞とは、時々一緒に呑んだりすることもあるよい友人でもある。
「ねえ、今日のメインのプラクール鳥の腿の照り焼きってどんな味なの?」
「私の国では人気のある味付けです。あましょっぱい感じですね。ちょっとお行儀悪いかもですが、腿肉ですしペーパーもまいておくので手掴みで食べてもらってもかまいません」
「異世界風なのね、了解」
このレストランは、本物の異世界の料理が食べられるというのを売りの一つにしていて宿泊客もそれ目当てのお客様が多い。
レストランではディナーで受けるお客様は10組までと決めている。時間も指定で完全予約制だ。
それ以上は現状かなり難しく、ホテルに宿泊してもこのメインレストランで食事ができないお客様もいる。
「そちらから、何か注意はありますか?」
「今日のお客様は特別に要望はなかったけれど、3番テーブルのヴィニア侯爵夫妻と同席のお客様が竜人族だっていうから、そのお客様だけは多めに盛り付けてもらいたいわ」
「倍くらいで大丈夫?」
(竜人族って見た目違うのかしら?)
栞はまだ竜人族を見たことがない。ちょっと失礼かもしれないが、興味津津だったりする。お客様の方も異世界人の料理人に興味があるのか、よく挨拶を求められるのでお互い様だろう。
「ええ。おかわりの余裕はある?」
「多少は。でも、全部倍に盛り付けるとメインは三本しか余りません」
「わかった。それで調整するわ」
エルダは自分の背後を振り返り部下たちを見回す。女性の制服はいわゆるメイド服によく似ており、男性は詰襟のあちらで言う学ランによく似ている。
「いい、今日のお客様も身分ある方が多いです。注意してサーヴすること。いいこと、ここは国営ホテルのメインレストランなんですからね。フィルダニアを代表しているということを忘れないように」
口々に「はい」と力強くうなづく。その表情はとても真剣だった。フィルダニアの人間ではない栞としてはちょっと申し訳ない気分だったりもする。
「ヴィーダ、殿下達はいかがされるんでしょうか?」
先月、給仕係になったばかりのヴィストが栞に問う。17歳になったばかりだという赤毛の少年は、料理にも興味があるとかで、ディナンと仲が良い。
「ああ……殿下達6名はいつも通り左の個室で召し上がるそうです。ラストの回で一緒にスタートです。殿下たちだけメインディッシュが違います」
「了解しました。ヴィーダ」
ホテルの従業員は、栞をヴィーダと呼ぶ。
ニュアンスとしては、王子と契約した人というような意味らしい。相応しい単語がないのか、栞にはニュアンスだけが伝わる。たぶん、栞の左手の紋章のことを言っているのだろう。
「では、食前酒からスタートしてください」
「はい」
皆がきびきびと動きはじめる。
食前酒はこの地方で採れる大き目のコケモモを漬けたものを発泡酒で割った。薫り高く季節感もある。ほんのり甘いが、甘すぎず、料理の邪魔をしない。
デザートにはそのコケモモの実をつかったムースを用意してある。
「さーて、はじめるよ、リア、ディナン」
栞は振り返って、二人と目を合わせる。
「はい」
「おう」
二人も栞の目を見返して力強くうなづいた。
これが、レストラン・ディアドラスの厨房における毎日の日課にして最大の山場……夕食戦争のはじまりだった。