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イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風(5)

「どうしたんだ?グレン」


 迷宮から転移陣で戻ってきた皆を出迎えたメロリーの様子に、同僚たちが不思議そうな表情で問う。

 いつもニヤニヤと不真面目に笑っている男の顔から表情がなくなっている。

 親しい彼らは、こちらのほうが素であるのだと知っている。常の不真面目な態度と口調はこの男の一面でしかない。


「殿下はどちらに?」

「……私に用事か?なんだ?プリンのことはちゃんとシリィに伝えたのだろうな?グレンダード」


 彼らの影から、ひょっこりと顔を出したのはマクシミリアン・ヨーゼフ・フリッツ=ジェスレール第三王子殿下だ。

 騎士服に剣を佩き、手には杖を持っている。迷宮の深部に潜ってきたとは思えぬ軽装なのは殿下が魔法使いでもあるせいだ。

 王家の人間の中でも特筆すべき魔力の持ち主であるマクシミリアンは、通常の鎧を纏うことはない。


「あ、すいません、忘れました」

「忘れた?忘れたといったのか?今」


 信じられないという表情で、マクシミリアンは目を大きく見開いた。


「それより大事なことがあります」


 言葉を続けようとしたマクシミリアンを、メロリーは遮った。


「殿下、シリィが甲冑魚を真っ二つにしたことは……」


 声を潜める。幸いなことに、同僚たちは皆さほど彼らを気にすることなくそれぞれの仕事をしている。

 迷宮から持ち帰った素材やらなにやらの整理や武具の手入れやら、やることはたくさんある。


「もちろん、知っているぞ」


 折れた骨を見たからな、と付け加える。


「どういうことなんです?」

「どういうこととは、どういう意味だ?」

「そんなバカなことがあるんですか?」

「あるんだから、世の中はおもしろい」


 マクシミリアンは笑う。


「まあ、冗談で渡したんだけどな」

「冗談だったんですか?」

「だって、おまえ、誰がクレドリアスを切れると思うんだ?単にものすごい手こずったから、スープのだしにでもなればいいかと思っただけだったんだ」


 甲冑魚クレドリアスは全長1m~2m程度。魔魚の中ではあまり大きくはない種の魚だ。

 魔魚でありながら、発達した鰭を持つ為に陸にあがることもあり、討伐する場合は必ず陸にあがっているところを狙う。

 だが、陸上であっても、その素早さと頑丈さ、そして魔法がききにくい性質から倒すのにとても苦労する。

 うまく身体が朽ちさせることができ、骨を上手に加工できれば魔槍や魔剣の最高の素材になるし、鱗も高値で売れる。が、正直、よっぽどの僥倖がない限り倒すことは不可能なので、骨も鱗もとてつもない貴重品だ。

 たまたまゴミ捨てをするリアに会わなければ貴重な魔素材がゴミとして廃棄されるところだったのだ。あの時ほど、自分の幸運に感謝したことはないだろう。


「異世界人だからなのですか?」

「さあ……ただ、シリィのあのバカみたいな量の魔力と『レヴィディエード(冴え凍る月の煌き)』の威力があってこその現象ではあると思うが」

「『レヴィディエード(冴え凍る月の煌き)』?」

「あの包丁にはそういう名前がついてるんだよ。あれでもれっきとした国宝だ。宝物殿のリストにものってる」

「………え?」

「形が包丁なのは、あれの主がシリィだからだよ。持ち主によって形状を変えるのさ、『レヴィディエード(冴え凍る月の煌き)』は。言っておくけど、譲ってもらおうとか考えても無駄だよ。現在、あれはシリィのもので、シリィ以外には使えないから」

「譲ってもらおうなんて思いもよりませんでしたよ、見ただけで僕の魔力じゃ絶対的に足りないとわかりましたから」

「シリィは、使えない魔道具がないからそういうのわかってないんだ」


 くすくす、とマクシミリアンは笑う。


「使えない魔道具がない?」

「そう。だって、魔力だけを言うなら僕以上だし、あの子」

「……殿下、もしや、『レヴィディエード(冴え凍る月の煌き)』とはエレベスの魔剣のことでは?」

「そうそう。あれだけは、僕にも使えないんだよね」


悔しい!とマクシミリアンは口を尖らせる。その中身を熟知しているメロリーであっても、その表情には微笑ましさを感じる代物だ。

だが、微笑ましさを感じる前に、メロリーの頬は引き攣った。


「殿下っ!!!!!!!」

「僕のせいじゃないよ、兄上がいけないのだ。異世界人は魔力がバカみたいにあるって言われてるけど、どのくらいあるのか試してみたいって言って、シリィにあれをもたせたんだから」


 そうしたらものの見事に当たってしまった、と悪びれもせずにマクシミリアンは続ける。


「あれがシリィを主として認識しちゃったわけさ。良かったよね、シリィで」


 エレベスの魔剣は、相応しい使い手を得れば王剣すら打ち破るという代物だ。ディルギット=オニキスの愛用品であったとも言われている。


「それはそうですが……」

「シリィには言ってある。国宝級の大事なものだとね。でもシリィにしか使えないから大事にするようにって」

「よく切れる包丁だって言ってましたよ」

「さすがシリィだ」

「まあ、そうですね」


 よく切れる包丁か、と、心底楽しそうに笑うマクシミリアンに、メロリーもつられて笑った。

 恋をしているとは思わないが、マクシミリアンが彼女に対して並ならぬ好意を持っているのは事実だ。もっとも栞の方がまったく眼中にないのだが、マクシミリアンは可愛らしい少年にしか見えないのだ。仕方あるまい。


「なんだ。第一の下僕のくせして」

「いや、そうなんですけどね」

 栞がいれば、認めた覚えはないと拒否したに違いない。


 メロリー自身も栞に対して好意はある。欲しいかといわれれば、欲しいと答えるだろう。

 だが、独占したいというわけではなかったし、抱きたいわけでもない。

 ただ、自分とはまったく違う価値観を持つ相手と話すのは楽しく、下僕というたびに少しだけ嫌そうな表情を見せるのがおもしろかった。

 ようは、栞にちょっかいをだすのが楽しいのだ。


「甲魚の骨は魔導院のじじい達に、鱗と角は騎士団にくれてやった、興味があるならどうしたか聞いて来るといい。ただし、あいつらは出所がどこかは知らないから言わないでおけよ」

「殿下が渡したんですよね?」

「そうじゃない。元がレストランの生ゴミだと知ったらショックを受けるだろ?」

「………そうですね」

「それよりも……」


 マクシミリアンが真面目な表情で姿勢を正したので、メロリーも背筋を伸ばして、その言葉を拝聴する姿勢になる。


「今夜の夕食のデザートにプリンが出なかったら減給するからな、グレンダード」

「え……」

「いいか、そもそも、私はプリンの為におまえを先に帰らせたんだ!!バカ者っ」

「殿下、酷ぇ」

「酷いのはおまえだ!何のために、疲れてるところをわざわざ特別な魔方陣を組んで転送したと思ってるんだアホ、バカ、大ボケっ!!」


 実に一週間ぶりになるマクシミリアンの怒声は、厨房の端でスープ鍋をかき混ぜていた栞にまで届いていた。



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