魔王殺しの最強剣士、うっかり無双~元SS級冒険者は平凡な酒場の親父になって、王都の片隅でひっそりとスローライフを送りたい~
「私と立ち合え。魔王を倒した剣とやらを見せてもらうぞ、ロイ」
銀髪の女騎士は言った。
俺も男だ。
美女からの誘いは悪い気はしない。
だが相手はアステリア王国にその名も高い、女騎士レティシアだ。
鼻歌交じりにあしらう、というわけにはいかないだろう。
「最近、王都の警備隊長になったそうだな、レティシア。昇進祝いが欲しいのか?」
「ふざけたことを!せっかく陛下が、どこの馬の骨とも知れぬ冒険者のお前を召し抱えてやろうというのに。それを無礼にも断りおって」
「俺は誰にも仕えない。レオンもイザベルもシェンも死んだ。幸運団も終わりさ。平凡な酒場の親父になって、余生を過ごすよ」
「世迷言を!その自堕落な性根を叩き直してやる!」
「俺は結構、料理には自信があるんだけどな」
俺は彼女の背後にいる兵士たちに視線を向ける。
あるものは興味なさげにそっぽを向き、あるものは面白そうにこちらを見ていた。
無視して背を向け、立ち去るべきだったかもしれない。
だが彼女の青い瞳の中にある真剣な光が、俺をその場に立ち止まらせた。
かつての俺もこんな風に、純粋に強さを求め、前だけを見て生きていた。
あの頃は、歳を重ねればそれだけ良い未来が開けるだろうと、無邪気に信じていたのだと思う。
「いいぜ」
短く返答すると、俺とレティシアに向かって、木剣が投げられる。
用意のいいことだ。
俺は肩をすくめると剣を構える。
周囲には魔術師達もいた。
即死を防ぐ結界が張られる。
俺はもちろん、レティシアだって、殺すつもりはないだろう。
だが不測の事態というのは、いつだっておこるものだ。
レティシアは当然魔法も使える。
だが今回は剣のみの勝負だろう、おそらくは。
俺は通常の魔法は使えないが、【気】によって己を強化できる。
俺の師は魔力と言わず【気】と呼んでいたので、俺もそれに倣っていた。
その【気】による強化も、今回は使わないつもりだった。
俺たちはルールの打ち合わせもしなかった。
どうなれば勝ちで、どうなれば負けか。
そんな話し合いは無駄だ。
実戦にルールはない。
どのような勝負になるのか、始まってみなければわからない。
相手が何を得意とし、どのような戦術を使うのか。
前もって情報が得られなければ、その場で判断するしかない。
いつどこで戦うのか。
いつ始まっていつ終わるのか。
それすらわからないのが実戦だ。
俺の考えていることは、無意識に彼女も感じとっていたのだろう。
レティシアは何もいわずに、距離をとって剣を構える。
勝敗は互いの胸の内にあった。
「はじめ!」
それでも試合開始の合図が、周囲の騎士からとぶ。
女といえど、レティシアはおそらく俺より十以上は若い。
体力勝負となったら、俺の勝ちはない。
その時俺の左手が、急に熱を帯びる。
(おい、今は出てこなくていいぞ)
俺は左手の魔剣にむかって、心の中で話しかける。
魂を吸う魔剣、伝説の古代遺物、などと呼ばれている。
普段は小さくなって俺の左手の中に収納されており、他の人間からは見えない。
俺とレティシアの勝負の結果はあっけなかった。
俺は呼吸をととのえ、殺気を消し、ただゆっくりと前へ歩いた。
俺のあまりに無造作で自然な動きに、レティシアは反応できない。
彼女が気づいた時には、既に距離が縮まっている。
とっさにレティシアが剣を振ろうとしたその瞬間を俺はとらえる。
俺の剣が彼女の剣に接触し、絡めとる。
剣はレティシアの手から滑り落ちた。
「もういいだろう」
呆然と座り込むレティシアに、俺はなるべく穏やかに話しかける。
何が起こったか。
彼女にはわかっている。
千変万化の剣の攻撃の全てを防ぐのは、困難である。
だがそれに付き合わなければいい。
相手が攻撃動作に移る直前。
その最も無防備な瞬間をとらえ、制する。
そうすれば、相手がどんな技をもっていようが、どんな攻撃が得意だろうが関係ない。
どんな相手だろうが、必ず勝つことができる。
言葉にすれば単純である。
だが圧倒的な才能と修練と、力量差がないとできない。
『前へ出て、切れ』
実戦の心得を尋ねた時、かつての剣の師が言ったのはそれだけだった。
当時は雲をつかむような話だったが、今ならわかる。
結局、その感覚は自分でつかむしかないのだ。
「待て!」
立ち去ろうとした俺の背にレティシアの叫びが届く。
「何だ?」
俺はゆっくりと振り向いた。
「幻影騎士を知っているだろう?」
「幻影騎士、幻影騎士、と。さて、聞いた事はあるようだが」
「とぼけるな!お前たち幸運団と一緒にいたのを見た者がいる。魔大戦で最も多くの戦功をあげた伝説の騎士のことだ」
「そういや、そんな奴もいたな。まぁ、伝説とは膨れ上がるものさ。大方どこかでのたれ死んだんだろうよ」
とりつくしまもない俺の返事に、それ以上言葉を続けようもなかったのか、彼女は押し黙った。
後ろにいる兵士たちも、騒ぎ立てもしない。
俺のような一介の中年冒険者の行く末など、どうでもいいのだろう。
俺は一つ肩をすくめると、その場を立ち去った。
これからやる事は決まっている。
冒険者を引退し、ただの酒場の親父として生きる。
死んだレオンとの約束だった。
『父が実家の酒場を継げとうるさくて。しかも宿屋に雑貨屋に……事業を勝手に広げて困ってるんです。ロイさん、この戦いが終わったら、手伝ってくれませんか?』
『そうだな、レオン。それも悪くないな』
この戦いが終わったらどうするか。
時に真剣に、時に冗談交じりに、レオンやイザベルやシェンと何度も話したものだ。
千の目を持つ光明神レナスの申し子と言われた、賢者レオン。
魔族すら凌ぐ超魔術の使い手、大魔導師イザベル
千変万化の剣と多彩な剣魔法の使い手、魔剣士シェン。
彼らは俺よりもずっと若く、俺よりも遥かに輝かしい未来が開けているはずだった。
だがいくら悔やんでも、死んだ者は黄泉がえりはしない。
生きのこったものにはやらなければならない事があった。
俺は繋いでおいた馬に乗ると、王都の下町へと向かう。
魔国連邦と、アステリア王国を中心とした神聖同盟による魔大戦は、二年に及んだ。
それは街に様々な傷跡を残していた。
あちこちに焼け焦げた木々や塀や、崩れた道路が見える。
王宮や主要施設、上下水道の大半は無事だったらしいが、人も大勢死んだようだ。
戦争は終わった。
とはいえ、全ての出来事にかたがついたわけではない。
魔国の残党、魔国内部の抗争、行方のしれない暗殺教団、魔大戦では中立を保った国。
アステリア王国に関する事だけでも、王と貴族の対立、商業ルートの復活、諸外国との軋轢や関係修復。
様々な問題が立ちはだかる。
だが王都は復興するだろう、必ず。
俺は時々馬を止めて辺りを見渡しながら、石畳の道を進む。
吹き渡る風はまだ冷たいが、春の訪れを感じさせる。
しばらくすると、目的の施設に到着した。
看板には『聖アントワーヌ孤児院』とある。
この国ではよくある、レナス教の教会と併設されている施設だった。
俺は呼び鈴を鳴らす。
しばらくすると、一人の女性が出てきた。
「あなたは……ロイさん?」
「お久しぶりです」
その女司祭とは、何度か顔を合わせたことがあった。
名前は確か、ヴァレリーといったはずだ。
俺は一室に通される。
壁の一角には、主神である女神レナスの像が飾られていた。
「このあたりも被害にあいましてね。幸いうちは、施設も子供たちも全員無事でしたけれど」
「そうでしたか」
しばらくは、よもやま話が続く。
とはいえ、ぐだぐだ思い悩んでいても仕方ない。
それにヴァレリーも、俺がここに来た用件には、薄々気づいているだろう。
俺は懐からペンダントを取り出し、机の上に置いた。
「これは……まさか」
ヴァレリーの声がかすれる。
「イザベルの形見です」
彼女は黙って、銀色の鎖に魔術文字が刻まれたそのペンダントを手に取る。
しばらくは無言の時間が過ぎた。
「あの子はここの誇りでした。とっても優秀な子で。魔術学校を首席で卒業して。王宮魔術師にだってなれたでしょうけど、冒険者の方が稼ぎがいいからって。この施設にも随分寄付してくれました。それで……」
ヴァレリーは涙をぬぐった。
あふれ出す感情のままに、言葉を続けなければいられなかったのだろう。
イザベルは大陸一の魔法使いと言われていた。
純粋な魔術師としての実力なら、魔族より劣るとされる人間族。
それを術式の改良や合成魔術、多人数連携で補ってきた。
だがイザベルは数少ない、個人の力で上位の魔族を圧倒できる魔術師だった。
魔王との戦いの前には、魔術師ギルドから大魔導師の称号も贈られていた。
「何といって言いかわかりませんが……魔国との戦いでは大きな戦功をあげ……そして苦しまず、安らかな最期でした」
「それもまた、レナス神の思し召しなのでしょう。取り乱してごめんなさいね。ロイさんの方が、お辛いでしょうに」
「いえ、とんでもありません」
イザベルたちの葬儀は、アステリア王国の主催で行われる。
だがそれとは別に、イザベルの霊を慰める儀式を行うと、ヴァレリーは言った。
「ロイさんは、これからどうなさるのですか?」
「ずっと王都にいます。ウミネコ亭という親友の酒場を継ぐつもりです……何かあったら、いつでも訪ねてください」
俺はそう言って、孤児院を辞去する。
次に向かうのは、そのレオンの実家の酒場、「ウミネコ亭」だ。
港にも近い十一番通り沿いにある。
ウミネコ亭までは孤児院から一時間もかからない。
だが目的の場所に近づくにつれ、遠目にウミネコ亭の酷い有様が目に入る。
屋根には穴が開き、壁は崩れ、敷地を囲む石垣も破損している。
道すがら、王都のあちこちで見た破損や火災の痕は生々しかった。
だが目についた限り、この周辺で、ここまで破壊されている建物はなかったはずだ。
まさかこの建物が、魔族の狙い撃ちにあったのか……
その時ふと、レオンの言葉を思い出す。
『父さんに、おふくろの実家に疎開してくれって言ってるんだけどね。店を離れるわけにはいかないってさ』
レオンが手紙を握りつぶしながら言った姿が目に浮かんだ。
「おやじさん、おふくろさん、ティータ!」
自分でも気づかぬうちに、俺は叫びながら馬を駆る。
その時――
「だから売らないって言ってんだろ!」
怒鳴り声が聞こえた。
俺は急いで馬を止め、慌ただしく街路樹に繋いだ後、敷地の中に入る。
店の庭では、二人の女性と数人の男が言い争っていた。
一人はもちろんレオンの妹のティータであり、もう一人の中年女性も顔に見覚えがあった。
「まぁまぁ。そんなに大声をあげなくても」
「あんたたちがしつこいからだろ。さっさと帰っとくれ。二度と顔見せるんじゃないよ」
「おい、ババア。黙って聞いてりゃ」
主に話しているのは男たちと中年女性であり、ティータは怯えたように立ちすくんでいる。
そして一番大柄な男がその女性に詰め寄り、手をあげようとする。
だがその手が振り下ろされることはなかった。
「暴力はあまり感心しないな」
「なんだてめぇ」
男は俺の手を振りほどこうとする。
俺は相手の手を軽くつかみ、男の動きに先回りして、微妙に相手の力をいなし、重心をコントロールする。
つかんだ手を外すことも、俺を突き飛ばすこともできず、圧倒的な力量の差をさとったのだろう。
男は黙りこくって大人しくなる。
「もうすぐ日が暮れる。とりあえず、出直しちゃどうかね」
俺は男たちに視線を送る。
俺の迫力に気おされたように、それぞれ顔を見合わせていた。
腰の剣も効果があったかもしれない。
俺は彼らの力量を瞬時に見抜いていた。
つかえる奴はいない。
武器も持っていないようだった。
「わかりました。今日のところは退散します。また考えておいてくださいよ、デボラさん」
「何度来ようと同じだよ!」
というやりとりの後、男たちは去っていった。
「奥さん、ティータ、大丈夫かい?」
「……まさか……ロイさん?」
ティータの目にみるみる涙がうかぶと、俺に抱きついてきた。
「よかった……ロイさんが生きてて……よかった」
「お前が無事でよかったよ、ティータ……その」
俺は後の言葉を飲み込み、優しくティータの背をなでる。
「知ってるよ……兄さん死んだんだよね。シェンさんもイザベルさんも。でもロイさんだけでも生きててよかった」
「あぁ。安らかな、レオンらしい最期だったよ。これを」
俺は腰の物入れから指輪を取り出し、ティータに渡した。
ティータはしばらくそれを握りしめる。
やがて一筋の涙が頬を伝った。
「可哀そうにねぇ、ティータも。ご両親とお兄さんをいっぺんに亡くして。あたしゃ赤ん坊の頃からレオンを知ってるんだよ!それで……」
ティータの横にいた中年女性も、泣きじゃくる。
「ティータ、おやじさんとおふくろさんはやっぱり……」
「うん。死んじゃった」
涙も枯れ果てたのか、ティータは寂しそうにぽつりと呟いた。
ティータが学校に行っている時、実家が火事にあったらしい。
魔族の襲撃の可能性もあるが、原因は不明だそうだ。
ティータの父のニコラと母のタマラだけでなく、従業員たちも亡くなったという。
「そうか……」
俺は何とも言いようがなく、もたれかかってくるティータを抱きしめる事しかできなかった。
やがてティータは身体を離すと、笑顔を見せる。
「元気出さなくちゃね。せっかく生き残ったんだし」
明らかに無理をしているが、今は他に話すべきことがあった。
「ティータ、この人は」
「うちが取引してる酒屋のおかみのデボラさんだよ」
「何回か会ったことあるねぇ、ロイ。あんただけでも生きててよかったよ」
デボラは顔をくしゃくしゃにして、俺の背をたたく。
「デボラさん、お久しぶり。デボラさんこそお元気そうで」
「なんのなんの。最近うるさい奴らがうろついててさぁ」
「その事だが」
「あぁ。こんなところで立ち話も何だから、うちへ来なよ」
俺は酒屋の中庭に馬を移動させると、ティータと一緒にデボラの家へ招かれる。
客間に通され、俺には麦酒、ティータはリンゴ水が出された。
「ふぅ。久しぶりのデボラさんとこの麦酒は最高だね」
「当り前さぁ」
「それで、さっきの奴らは何なんだ?」
「それがさ」
デボラとティータは事情を説明する。
デボラが主に話し、ティータが補足する形だった。
今回の戦争は、王都のあちこちに被害を及ぼした。
この機会に、再開発の動きがあるという。
あちこちの店や土地を買いとって、市場や劇場を含む大規模な施設を建てる計画らしい。
「あたしんとこは、じいさんのそのまたじいさんの頃からここにいるからさ。今更よそへ行けと言われてもね」
「奴らはよく来てるのか?どこの商会だ?」
「最近ちょくちょくね。さっきのはバルビエ商会の奴らさ。どうせどっかの貴族が後ろ盾に
ついてんだろうけどね」
俺がずっと戦場にいたせいもあるが、こういった話を耳にした事は無い。
『ウミネコ亭』が無くなってしまうのは困る。
「お店が無くなって、家も半分壊れて。魔術学校の授業もあって……わたし、どうしていいか……」
ティータは語り出した。
やって来るのは、あの地上げまがいのバルビエ商会の奴らだけではない。
元の客や地元の人間が来て、色々な事を言うらしい。
こういう状況でも営業した方がいいとか、落ち着くまで店をしめろとか、少女一人ではどうにもならないから廃業を検討しろ……等々。
魔術学校に通う、まだ十五の少女には荷が重すぎる状況だった。
「こんな時にする話じゃないかもしれんが、ティータ。レオンから、ウミネコ亭を手伝ってくれと言われててな。俺としても、できたら奴の望みをかなえてやりたいのさ」
「ええ。聞いてます。お父さんがレオンとロイに店を譲るって。確かそんな証文も」
「なんだって?」
それは初耳だった。
「わたしも学校があるし、一人でお店なんてできないし……お父さんのお店をロイさんが継いでくれるなら、わたしも安心できます」
店を譲るという証文は、冒険者ギルド『黄金の牙』に預けているという。
「わかった。確認してみる。それと今日から家で寝ない方がいい」
「はい」
ティータは何か言いたげだったが、そう返事をした。
今までは半壊した自宅の一室で寝泊まりしていたという。
俺はデボラにティータを泊めてくれるよう頼む。
デボラは快く了承してくれた。
俺自身は今日は、近くの宿屋にとまることにする。
「これ、少ないけど」
別れ際、俺はデボラにこっそり銀貨を数枚渡す。
「あらあら、こんな。いいのに」
「ほんの気持さ。頼むよ」
色々と驚く事があった一日だった。
明日は、どうあってもギルドに顔を出さなければならないだろう。
「よぉ。どこほっつき歩いてやがんだ、ロイ」
冒険者ギルド『黄金の牙』のギルドマスターのデニスは、顔をくしゃくしゃにしながら、俺の背を叩いた。
灰色の髪と潰れた片目、大柄で筋骨隆々な体は、以前と変わりない。
朝一番に訪ねたのだが、既に起きていて元気一杯だ。
確か今年で五十歳だが、毎朝の訓練は欠かさないらしい。
「イザベルとレオンのところさ」
「あぁ……」
それだけでデニスにはわかったようだ。
ギルドマスターのデニスが彼らの運命を知らないはずはなかった。
少しの間目を閉じ、祈りをささげていた。
「レオン、イザベル、シェン……みんないい冒険者だったよ。お前が無事だったのが何よりさね。仲間が守ってくれた命だ。大事にしなよ」
「そう思うようにするさ。シェンだけは身寄りがなくて……というよりわからなくてな」
「そういや俺も聞いたことねぇな」
「へぇ、あんたにも何も言ってなかったのか」
無口な魔剣士シェン。
万一死んだ時、形見の品や家族への連絡はどうするという話になった時、シェンだけは
『家族もいないし、個人的な事は始末をつけてきた。骨はその辺に捨ててくれ』
と、にべもなかった。
そういうわけにもいかず、シェンの形見の短剣は俺が持っていた。
もっとも俺の境遇だって、シェンと似たようなものだが。
「シェンから魔法箱を預かっててな、ロイ。戦争が終わって半年たったら開けてくれってよ。それを見て中身の通りにしてくれってさ」
「で、中は見たのかい、デニス?」
「馬鹿言え。シェンとの約束は守るさ。俺は義理堅い男なんだ」
デニスは口をゆがめて言った。
「ところで、これからどうするんだ、ロイ?また冒険者に戻るんだろ?」
「前に言ったぞ。戦いが終わったら、冒険者は引退して、酒場のおやじになるってな」
「何言ってやがんだ。俺より十五も若いくせに。そういや、仕官の誘いを断ったってな?」
「さすがに耳が早いね」
戦いの前から、俺が引退するというたびに、デニスは引き留めてきた。
『もういいって』
『いや、まだいけるだろ!』
という俺とのやりとりは、恒例行事みたいなものだ。
「今回ばかりはね。レオンもイザベルもシェンも死んだ。大陸にその名をとどろかせた冒険者集団、幸運団も終わりさ」
「そりゃまぁ……奴らも一流、いや超一流の冒険者だったよ。うちも随分稼がせてもらったもんだ」
俺の言葉に、デニスも柄にもなくしんみりした様子だった。
「今日来たのは、レオンの実家の事でな。店を俺に譲るという証文がここにあるとか」
「あぁ、待ってろ」
デニスは奥に入ると、まもなく一つの箱を持って戻って来た。
「こりゃなんだい?」
「レオンの親父さんの書いた遺言状さ。自分に何かあった時は、店はレオンとその友人であるロイに譲るってな」
「だけど、そしたらティータはどうなるんだ?」
「自宅や財産とは別さ。ちゃんとティータの取り分はある。あくまで店の権利だ」
「俺は全然知らなかったぞ」
「レオンはお前も承知のことだと言ってたがな」
「あいつ……」
確かに一緒に酒場をやろうと言われて了承した記憶はある。
「もちろん、これと同じものは公証人役場にもあるんだがな。念のためというわけだ」
確かに冒険者ギルドはある意味、役場や王宮よりも安全かもしれない。
「それでその酒場……ウミネコ亭に関することなんだがな」
俺は事情を話す。
レオンの実家の周辺を狙っている奴らについてだ。
「ウミネコ亭が狙われてたとは知らなかったが、再開発の計画は聞いた事があるぜ、ロイ」
「酒屋のおかみの言うには、バルビエ商会が動いてるらしいんだが」
「バルビエ商会の後ろ盾がガモンズ伯爵。その後ろ盾がラッセル公爵ってわけさ」
ラッセル公爵といえば、王国の大貴族の一人である。
魔大戦の前から、貴族たちの力は弱体化しつつあった。
度重なる戦いや東方との貿易による商業の発展で、地方の領主は没落した。
今や自治権もなく領主とは名ばかりで、王宮から俸禄をもらう役人同然のものも多い。
だがその中で、いまだに権勢をふるっている貴族の一人が、ラッセル公爵であった。
「いまいる住民たちを追い出して再開発とは、随分と乱暴じゃないか」
「少し前に勅命が下ったらしい。なるべく早急に王都を復興せよってな」
「……まさか陛下の意向か?」
「いや、陛下はそんな細々した事なんぞ、ご存じあるまいよ。ラッセル公だって、末端の奴らのやることなんざ、知らんだろう」
俺は少し考えこむ。
そのバルビエ商会とやらの出方は今のところ、不透明である。
対処のしようもない。
まさか王都のど真ん中で、刃傷沙汰ということもないと思うが……
「しかし、本当に居酒屋のおやじになるのか?」
「おかしいか?」
「いやいや、もったいねぇって。お前ほどの腕がありゃあさ。冒険者じゃなくても、王国の剣術指南役でもなんでもさ」
「そういうのは断ったよ。それに亡くなったレオンとの約束なんだ」
「そうか。決意は固いようだな」
デニスはため息をついた。
「良い冒険者なんて、そのうちどんどん出てくるだろ」
「それが今回の魔大戦で、うちのA級やB級も何人かやられてな、ロイ」
冒険者ギルドは国家とは別の組織で、いわば何でも屋である。
冒険者は上から順にS、A、B、C、D、E、Fのランクがあり、下は薬草採取や雑用から、Sランクの竜討伐まで様々な業務をこなす。
魔物地帯や迷宮で魔物を討伐し、魔石や様々な素材を手に入れる仕事が、一般には有名だ。
傭兵と兼ねている者もいるが、冒険者は魔物や魔族との戦いにより特化した者達であった。
魔国との戦争では、緊急事態ということで国の要請を受け、各ギルドも協力した。
強力な魔族相手では、いくら軍隊の数がいようが、どうにもならない事もある。
俺たち幸運団も、遊撃部隊の一員として戦ったわけだ。
「なるほどな。そのA級やB級にも、俺より若い奴らもいたろうにな……」
「この仕事を選んだ以上、野垂れ死には覚悟の上さ、ロイ」
「確かにな……で、もう一つ。破壊されたウミネコ亭やティータの自宅を修繕しなきゃならない。伝手はあるか?」
「そうだな。知り合いの建築ギルドに声かけてみるよ」
「ありがたい。迷惑かけるな」
「いいってことよ。幸いレオンとこは、商業ギルドの保険に入ってたはずだ。建て直しするなら、それが使えるはずだ」
デニスはにやりと笑った。
デニスは基本的におせっかいで親切で、いい奴ではある。
とはいえ単にお人よしだけの人間が、ギルドマスターにまで昇りつめられるわけがない。
冒険者に戻らないという俺の意志が固いとみて、できるだけ恩を売ろうという事かもしれない。
そうなるとこちらとしても、魔物の討伐なり、初心者冒険者の訓練なりで、借りは返さなければならないだろう。
まぁデニスはいい奴なのは確かだし、タダ働きというわけでもあるまい。
思い通りになるのは若干癪だが、これも浮世の義理というやつだ。
という事で俺の目標は、はっきりした。
元々そのつもりだったが、レオンの遺志をついで、ウミネコ亭を再建すること。
そのためには、半壊してしまったウミネコ亭やティータの家を修繕しなければならない。
そしてウミネコ亭の土地を狙っているらしい奴らを何とかする必要もあった。




