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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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薬の注意書きから始まる短編集

用法・用量を守ってお飲みください

掲載日:2026/08/16

 成人した朝、頭が割れた。

 本当に割れたわけではない。

 けれど、そう思うくらいには痛かった。

 最初に来たのは、痛みではなく音だった。

 どくん。

 頭の奥で何かが鳴った。

 心臓の音とは違う。鐘の音とも違う。目の裏側に小さな槌があり、それが骨を内側から叩いているようだった。

 どくん。

 母の声も、戸の軋む音も、鍋の蓋が触れ合う音も、その音に混じって頭の内側で跳ねた。


「神罰だ」


 父は言った。

 成人した者には、『はじめの神』から頭痛が与えられる。

 昔、人間は一柱の神だけを信仰していたらしい。

 けれど人が増え、村が国になり、国が別の国を憎むようになると、人間はそれぞれに神を求め始めた。

 雨が降らなければ雨の神。

 子が生まれなければ産みの神。

 戦に勝ちたければ戦の神。

 商いを広げたければ富の神。

 病を恐れれば癒やしの神。

 人間は願いの数だけ神の名を増やした。

 神の名が増えるほど祈りは分かれた。

 祈りが分かれるほど人間は互いを疑った。

 やがて人間は、自分の神だけが正しいと言い、他人の神を偽物と呼び、神の名で火を放つようになった。

 そこで、『はじめの神』が怒った。

 人間は神を仰いだのではない。

 自分の欲に、神の名を貼っただけだった。

 だから『はじめの神』は、人間の頭に痛みを置いた。

 考えすぎれば痛むように。

 願いすぎれば眠れないように。

 自分だけの神を作ろうとすれば、目の奥が裂けるように。

 そして、その痛みには音があった。

 どくん。

 どくん。

 人が神を忘れないように頭の奥で鳴り続ける音。

 それが、成人の朝に授かる神罰だった。

 村の大人たちは皆、痛みに耐えていた。

 畑を耕す者も、井戸から水を汲む者も、羊を追う者も、子を抱く者も、額の奥に同じものを抱えて生きている。

 だから、俺だけが耐えられないとは言えなかった。


「……皆、同じだ」


 相談すると、決まってこの言葉が返ってきた。

 そう言われるたびに、俺は黙るしかなかった。

 三日耐えた。

 七日耐えた。

 三十日耐えた。

 けれど無理だ。もう限界だ。


「頭痛を消す方法はありませんか」


 俺は村長に尋ねた。

 村長は、しばらく俺を見ていた。

 怒らなかった。

 笑わなかった。


「――頭痛薬というものがある」


 その言葉だけで、痛みが少し遠のいた気がした。

 砂漠の奥に神殿がある。

 そこに、『はじめの神』が人間に残した薬がある。

 飲めば、神罰の頭痛は消える。

 ただし、取りに行って戻った者はいないという。

 それでも俺は行くことにした。

 村で仲間を募って旅立った。

 リザが剣を持ってついてきた。

 ゴウが荷を背負った。

 セトが祈りの言葉を覚えていた。

 誰も俺を笑わなかった。

 皆、頭が痛かったからだ。

 旅は長かった。

 最初の村では頭痛薬の話を笑われた。

 次の街では、薬を求めて西へ向かった巡礼者の話を聞いた。

 その先の宿場では、巡礼者たちは誰も帰らなかったと聞いた。

 関所を越え、乾いた丘を越え、塩の湖を回り、風の強い荒野を歩いた。

 季節が変わるほどの旅路だった。

 靴底は薄くなり、ゴウの荷は軽くなった。

 軽くなったということは、食べ物も水も減ったということだった。

 頭痛は消えなかった。

 昼は光が頭蓋を叩いた。

 夜は冷えた風がこめかみを削った。

 どこへ行っても、音はついてきた。

 どくん。

 どくん。

 耳を塞いでも聞こえた。

 耳ではなく、頭の中で鳴っているからだ。

 痛い場所が増えれば、最初の痛みは消えるのかと思った。

 消えなかった。

 砂漠に入ってからは、誰も無駄口を叩かなくなった。

 水は少しずつ減った。

 最初は節約した。

 次に分け合った。

 最後は、誰も水袋を見なくなった。

 神殿の白い柱が見えたのは、収穫の季節の終わりだった。

 ゴウが最後の水を飲んだ。

 責める者はいなかった。

 飲まなければ、ここまで歩けなかった。

 神殿は、砂漠の中に立っていた。

 白い柱。

 白い階段。

 白い壁。

 そこだけが、砂に汚れていなかった。

 入り口には骨があった。

 人のものだった。

 ひとつではない。

 いくつもあった。

 風に削られた白骨が、階段の脇や扉の前に転がっていた。

 ある骨は、神殿へ手を伸ばすように倒れていた。

 ある骨は、外へ這い出そうとした形のまま固まっていた。

 嫌な予感がした。

 ここまで来た者はいた。

 中にも入ったのかもしれない。

 それなのに、なぜ入口で死んでいる。

 外の砂と日の光が嘘のように、神殿の中は涼しかった。

 床は白く、壁も白く、奥の祭壇には小さな箱がいくつも並んでいた。

 箱には文字があった。

『頭痛薬』

 見たこともない文字だった。

 でも、俺たちは読めた。

 俺は箱を手に取った。

 軽かった。

 あまりにも軽かった。

 こんな小さなもののために、俺たちは旅をしてきた。

 祭壇の横に薄い板が置かれていた。

 そこにも文字があった。

 頭痛薬は、本神殿外への持ち出しを禁じます。

 本神殿への入殿は、生涯に一度限りです。

 服用の際は、水または十分な水分とともにお飲みください。

 用法・用量を守ってお飲みください。

 俺は読み終えて、もう一度読んだ。

 水または十分な水分。

 水袋を逆さにしても、水は出なかった。

 ここまで来て、そんなことがあるのか。

 目の前に薬がある。

 これさえ飲めば頭痛は終わる。

 帰りの道中など知ったことか。

 頭痛さえ終われば、砂漠だって歩ける気がした。

 けれど、外へ出て水を探し、もう一度戻ることはできない。

 その時、俺は奥にも骨があることに気づいた。

 祭壇の前。

 薬箱のそば。

 白い床の上。

 ある骨は、別の骨の腕を掴んでいた。

 ある骨の胸には、錆びた刃が刺さっていた。

 ある骨は、顎を開けたまま天井を向いていた。

 入口の骨。

 祭壇の骨。

 俺は唾を呑もうとした。

 喉は乾いていて、何も落ちなかった。

 ようやく分かった。

 ここまで来た者たちは、薬を見つけた。

 説明を読んだ。

 水がないことを知った。

 そして、仲間を見た。

 頭が痛い。

 どくん。

 どくん。

 どくん。

 神罰の音が、白い神殿の中で大きくなった。

 耳ではない。

 頭の奥で鳴っている。

 けれど、その時だけは、俺一人の音ではない気がした。

 リザも、ゴウも、セトも、同じ音を聞いている。

 同じ痛みを持つ者たちが、同じ救いの前で同じことを考えている。

 リザの首筋に、汗が一筋流れていた。

 砂と熱で荒れた皮膚の下に、青い血管が見えた。

 俺は、それを見てしまった。

 ごくり、と喉が鳴った。

 水はない。

 けれど、水分はある。

 リザの手が、剣の柄に触れた。

 ゴウが、背負っていた荷を静かに下ろした。

 セトが、祈りの言葉を途中で止めた。

 俺も、空の水袋を握ったまま、腰の短刀に手をかけた。

 白い神殿の中で、誰も頭痛薬を見ていなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


『用法・用量を守ってお飲みください』は、頭痛薬という身近なものから考えた短編です。


救いは確かにある。

けれど、その救いにたどり着いた時、まだ人間でいられるのか。


そんな後味の悪い寓話として書きました。


少しでも印象に残りましたら、評価やブックマークなどで応援していただけると嬉しいです。

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