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王宮結界樹の管理を解任されたので田舎で暮らします。私を追いかけてきたのは王子ではなく結界樹でした

作者: 百香スフレ
掲載日:2026/06/20

 私、フローラ・リーフレットは困っていた。


 なぜなら今、王太子ガイアス殿下が私を指差して怒鳴っているからだ。


「フローラ! 貴様を王宮結界樹管理官から解任する!」

「え?」


 思わず聞き返した。

 だって意味が分からない。


 私は十五年間、王宮結界樹の管理をしてきた。毎日の水やり、枝の剪定、病気の確認、害虫駆除、葉の手入れ。そして何より、話し相手。


 話し相手——結界樹の管理で一番大事なのはこれだった。

 結界樹は寂しがり屋なのである。本当に。⋯⋯いや、笑い事じゃなくて。


「王宮にはもっと優秀な人材が必要だ!そして彼女こそ、新たな管理官に相応しい!」

「ミリアと申します!」


 ガイアス殿下の隣に立っていた少女が、元気よく頭を下げる。


 若いし可愛い。やる気もありそうだ。

 でも——。


「結界樹の管理経験は?」

「ありません!」

「結界樹との対話経験は?」

「ありません!」

「⋯⋯帰りが遅くなって結界樹が拗ねています。貴女ならどうしますか?」

「はい?何言ってるんですか?」


 あー⋯⋯駄目だこれ。⋯⋯たぶん三日持たないかもなぁ⋯⋯フィル——結界樹——の方が。


「ふん! そんな経験など不要だ!」


 ガイアス殿下が胸を張る。


「ミリアは優秀だ! 貴様のような古臭いやり方など必要ない!」

「そうですか」

「そうだ!」

「分かりました」

「そうだ! 分かれば——え?」


 ガイアス殿下が固まった。


 たぶん揉めると思っていたんだろう。泣きながら「辞めたくありません」と縋るとでも思っていたのかもしれない。


 残念ながら、その予定は無い。


 私は元々貴族でも何でもない。孤児だったところを先代管理官に拾われて、そのまま王宮結界樹の世話を任されるようになっただけだ。王宮を追い出されても困るには困るが、死ぬほどではない。


 むしろ最近は休みが少なかった。

 ちょっと疲れていたくらいだ。


「それでは、本日付けで退職ということで」

「ま、待て!」

「はい?」


 ガイアス殿下が狼狽えながら叫ぶ。


「もっとこう⋯⋯あるだろう!」

「何がです?」

「その⋯⋯不満とか!」

「特にありませんが」

「ないのか!?」


 なんでショック受けてるんだろう。

 解任したのそっちなのに。


 私は首を傾げながら、王宮の中央広場に聳える巨大な白銀の樹へ視線を向けた。


 王宮結界樹。

 王都全体を守る結界の核である。


 国宝、王国の象徴。

 そして——私の家族みたいな存在。


 私は結界樹の幹へ近付くと、ぽんぽんと軽く叩いた。


「フィル」


 葉がさらさらと揺れた。


「今日で終わりだって」


 さらさら。


「だから、あとは新しい人と頑張ってね」


 さらさら。


 寂しがり屋のフィルだ。私が居なくなるのが寂しいんだろう。私も寂しい。だけど、王宮結界樹管理官を辞めさせられた以上、結界樹であるフィルと過ごすことはできない。


「たまには会いに来るから」


 そう言うと、枝がゆっくりと降りてきた。


 私の頭を撫でるみたいに。


「はは。寂しいの?」


 さらさら。


「私もちょっと寂しいよ」


 そりゃそうだ。十五年も一緒にいたのだから当然だ。


 私がここに来た頃、フィルはまだ若木だった。

 王宮の人たちは皆、結界樹を国宝だとか、王国の守護樹だとか、神聖な存在だとか呼んでいた。でも、私はそんな立派な言葉を知らなかったので、ただ毎日水をあげて、葉っぱを拭いて、話しかけた。


「今日も元気?」


 さらさら。


「虫ついてるよ。取るね」


 さらさら。


「葉っぱ綺麗だね。偉いね」


 さらさら。


 そんなことを続けているうちに、フィルは私にだけ反応するようになった。


 王宮の学者たちは「結界樹との高位精神同調だ!」とか言って騒いでいたが、私からすると、ただ懐かれただけである。


 たぶん。


「それじゃ、またね」


 私は最後に幹を軽く叩くと、その場を後にした。


 その時、背後で葉の擦れる音が聞こえた気がした。


 まるで———行かないで。

 そう言っているみたいに。



 三日後。


 王宮は大混乱だった。


「結界出力が七割まで低下しました!」

「魔物侵入件数が昨日の倍です!」

「王都外壁付近に小型の魔物が出現!」


「どうなっている!」


 会議室でガイアスが叫ぶ。

 新管理官となったミリアは、すでに半泣きだった。


「わ、私、ちゃんとお世話しています!」

「何をしている!」

「毎日お水をあげています!」

「他は!」

「話しかけています!」

「何と!」

「おはようございます!」

「他は!」

「今日も頑張りましょう!」

「他は!」

「おやすみなさい!」

「他は!?」

「ありません!」


 会議室が静まり返った。


 結界樹は別に、定型文を求めているわけではない。


 その日の葉の色、枝の揺れ方、幹の温度、魔力の流れ。その辺りを見ながら、機嫌が良いのか悪いのか、眠いのか寂しいのか、今日は放っておいてほしい日なのかを判断する必要がある。


 ちなみに、フィルは雨の日の翌日は結構甘えん坊になる。

 国宝の癖に。


「どうにかしろ!」

「ど、どうにかと言われましても⋯⋯」


 そこへ兵士が飛び込んできた。


「大変です!」

「今度は何だ!」

「結界樹が——!」

「結界樹がどうした!」

「葉に文字を浮かべています!」

「文字?」

「はい!」


 兵士は真っ青な顔で告げた。


「『フローラどこ』と!」


 会議室の空気が凍りついた。



 一方その頃。


 私は王都から少し離れた田舎町で、畑を耕していた。


 平和である。


 この生活は最高と言って良いだろう。

 朝起きる。畑を見る。お茶を飲む。昼寝する。散歩する。⋯⋯たまに町の子供たちに花の育て方を教える。——実に完璧だ。


「王宮辞めて正解だったかも」


 そう呟いた瞬間、遠くで地面が揺れた。


 最初は地震かと思った。

 でも違った。


 一定の間隔で、どしん、どしん、と何かが近付いてくる。


 ⋯⋯嫌な予感がした。

 ものすごく嫌な予感がした。


 私は家の外に出た。


 遠くに山と森が見える。——そして、その先に——根を使って歩く結界樹が見えた。


「なんで!?」


 思わず口から出た。


 いや本当に。


 なんで?


 王都にあったはずの結界樹——つまりフィル——が、根っこを器用に動かしながら、こちらへ向かって歩いて来ていた。ていうか、根を使って歩く木って何?そんなの魔物にすら居ないんだけど?


 ずずん。

 ずずん。

 ずずん。


 根が地面を叩くたびに、地面が揺れた。


「フィル!?」


 さらさら。


「なんで来たの!?」


 さらさら。


「王都は!?」


 さらさら。


 なんとなく分かる。

 これは——知らない——そう言っている⋯⋯。


「知らないじゃないでしょ! 王都守るのが仕事でしょ!」


 さらさら。


 今度は少し強めに葉が揺れた。

 恐らく——フローラいない——と言っている。


「私はもう管理官じゃないの!」


 さらさら。——知らない——


「国が困る!」


 さらさら。——知らない——


「子供か!」


 さらさら。


 フィルは枝を伸ばし、私の頭を撫でた。⋯⋯いや、撫でて誤魔化そうとしているようだ。いつの間に、こんな誤魔化し方を覚えたんだ。ミリアとかいう新しい管理官が教えたのか?⋯⋯はぁ。


「誤魔化されないよ?」


 さらさら。


「可愛く揺れても駄目」


 さらさら。


「駄目だってば」


 さらさら。


 くっ⋯⋯!ちょっと可愛いじゃないか⋯⋯!


 私は頭を抱えた。

 国宝級の結界樹が、まさかの職場放棄したことに。



 翌日、ガイアス殿下が来た。

 早い⋯⋯さすが王家だ。⋯⋯ただ、殿下の顔は死んでいた。


「フローラ!」

「うわ、出た」

「今うわって言ったか!?」

「気のせいです」

「絶対言っただろう!」

「それで、何の御用でしょうか?」


 ガイアス殿下は私の後ろに聳えるフィルを見上げる。


 フィルは何食わぬ顔で——いや木なので顔は無いが——とにかく堂々と、私の庭に根を張っていた。


 昨日の夜、なんか自然に根を下ろしたのだ。

 ⋯⋯一応、私は止めたよ?止めたけど無理だったんだよ。物理的に。


「戻ってくれ!」

「嫌です」

「即答!?」

「はい」

「せめて考えろ!」

「嫌です」

「もう一回言った!?」


 だって嫌だし。


「王都が大変なんだ!」

「そうでしょうね」

「結界が弱くなって魔物が出ている!」

「はい」

「民が不安がっている!」

「はい」

「だから!」

「新しい管理官さんにお願いしてください」

「アイツでは無理だった!」

「でしょうね」


 まぁそうだろう。

 私ですら十五年かかったのだ。


 結界樹の機嫌取りは専門職である。たぶん国家資格を作れる。フィルの機嫌はコロコロ変わるからね。


「結界樹にも戻るよう言ってくれ!」

「フィル、戻る?」


 さらさら。


「嫌だそうです」

「何故だ!?」

「私のそばが良いらしいです」

「そんな理由で国が傾くのか!?」

「私に言われましても」


 ガイアス殿下は頭を抱えた。少しだけ可哀想になってきたような気もする。


「そもそも、なぜフィルが私について来たのか分かっているんですか?」

「知らん!貴様が何かしたのだろう!」

「何もしてませんよ」

「なら何故だ!」

「多分、寂しかったんだと思います」

「寂しかった?」


 ガイアス殿下が意味の分からない言葉を聞いたような顔をした。


 でも、私は結構真面目に言っている。


「フィルは国宝ですけど、生きています。嬉しい日もあれば、寂しい日もあります。構ってほしい日もありますし、放っておいてほしい日もあります」

「木だろう」

「木ですね」

「木に感情などあるものか!」


 その瞬間、フィルの枝がしなった。


 べしん。


「ぎゃっ!?」


 ガイアス殿下の額に、枝が綺麗に命中した。痛そうだが、今のは殿下が悪い。


「見ました?」

「見た!」

「感情、ありますよね?」

「⋯⋯あるな」


 認めるの早いなぁ。

 まあ、実際に叩かれたら認めるしかないか。


「殿下たちは、フィルをただの国宝として見ていました。でも私はフィルを家族みたいに思っていました。たぶん、フィルもそうだったんだと思います」


 私がそう言うと、フィルの葉が嬉しそうに揺れた。


 さらさら。


 さらさら。


「ほら」

「ほら、ではない!」


 ガイアス殿下はしばらく悩んでいたが、やがて深く息を吐いた。


「⋯⋯頼む。王都に戻ってくれ」

「嫌です」

「何故だ!」

「解任されたので」

「撤回する!」

「嫌です」

「給料は倍にする!」

「嫌です」

「三倍!」

「嫌です」

「では何なら戻る!」


 私は少し考えた。


 戻る気は無い。

 無いのだが⋯⋯フィルが完全に王都を見捨てると、本当に王国の人々が困ってしまう。それは少し寝覚めが悪い。


 だから条件を出すことにした。


「王宮には戻りません。でも、フィルがこの町から結界を張ることは出来ると思います」

「そんなことが出来るのか?」

「フィル次第です」


 私はフィルを見る。


「王都も守ってあげる?」


 さらさら。


 少しだけ葉が揺れた。

 これは迷っている。


「子供たちもいるよ」


 さらさら。


「市場のおばちゃんもいる」


 さらさら。


「あと、私が好きだった王都の焼き菓子屋さんもある」


 ざわりと、葉が大きく揺れた。


 やはり食いついた。

 フィルはあの焼き菓子屋の香りが好きだった。国宝の癖に甘いものが好きなのである。


「焼き菓子屋さん、守らなくていいの?」


 さらさらさら。


 これは——守る——そう言っている。


「良かったですね。守ってくれるそうですよ」

「焼き菓子屋で決まったのか⋯⋯?」

「はい」


 ガイアス殿下は何とも言えない顔をした。


 気持ちは分かる。私もそう思う。

 王国の命運が焼き菓子屋で決まるの、どうなんだって感じだよね⋯⋯。



 その後、フィルは私の家の庭に根を下ろしたまま、王都まで届く結界を張るようになった。


 王宮では大問題になったらしい。

 国宝が田舎町に移住したのだから当然だ。


 でも、フィルは戻らなかった。

 私も戻らなかった。


 代わりに王家は、この町に結界樹管理庁の支部を作った。支部と言っても、実質私の家の隣に建てられた小さな事務所である。


 私は王宮結界樹管理官ではなく、結界樹相談役という謎の役職に就いた。


 給料は前の五倍になった。正直ちょっと嬉しい。


「フィル、お水だよ」


 さらさら。


「今日は機嫌良いね」


 さらさら。


「王都の結界は?」


 さらさら。


「ちゃんと張ってる?偉いね」


 さらさら。


 フィルは嬉しそうに葉を揺らした。

 やっぱり褒められるのが好きらしい。


 そうして私は今日も、田舎町でフィルの世話をしている。


 王宮を追い出された時は、これからどうなることかと思った。


 でも案外、悪くない。

 王宮の堅苦しい空気も無いし、嫌味を言ってくる貴族もいないし、休みも増えた。


 ついでにフィルは前より元気だ。


 まあ、王国の象徴が勝手に引っ越してきたせいで、町の観光客はかなり増えたけど。


「フローラさん! 結界樹饅頭、今日も売り切れです!」

「また?」


 近所のお菓子屋さんが嬉しそうに報告してくる。


 結界樹饅頭。

 最近この町で流行っている謎のお菓子である。


 フィルの葉っぱの形をしている。ちなみにフィルも気に入っている。

 香りだけだけど。


「フィル、良かったね」


 さらさら。


 白銀の葉が楽しそうに揺れる。


 国宝で、王国の守護樹で、ちょっと寂しがり屋で、かなり甘えん坊。


 そんなフィルは、今日も私の庭で元気に生えている。


 私は幹を軽く叩き、笑った。


「これからもよろしくね」


 さらさら。


 返事をするように、葉が優しく揺れた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
恋愛要素どこ?
国宝のくせには草 根で歩くのはキー坊思い出すなぁ 焼き菓子屋で決まるって・・・ 王子のお気持ちややらかし一個で傾く程度の国なんだから焼き菓子屋で持ち直すぐらいはするんじゃないかな
将来、フローラが儚くなったら、フィルも結界なんて放棄しそう。 彼女が結婚する意思があるのかどうかは分からないけど、彼女と同じようにフィルを家族として大切にする後継者は必要になるんじゃないかな? 王宮の…
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