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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第2章 金融庁職員 葛城誠三(45)

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第7話 十億円の隠し場所

 ミナが帰った後の部屋は、再び静寂を取り戻した。

 深夜2時。

 都市の喧騒が眠りにつくとき

 ここからが、私だけの「儀式」の時間だ。


 私はすべての照明を落とし、遮光カーテンが完璧に閉ざされていることを確認してから、キングサイズのベッドに横たわった。

 暗闇の中、天井を見上げる。

 そこには何もない。ただの闇だ。

 だが、私の脳内には、黄金に輝く巨大な金庫が鎮座している。


 現在、私が不正取引で積み上げた資産は、日本円にして約10億円。

 そのすべては、追跡不可能な仮想通貨に換金され、ブロックチェーンの海に漂っている。

 その金を引き出すための「秘密鍵・プライベートキー」。

 24個の英単語からなるリカバリーフレーズ。


 私はそれを、紙切れ一枚、電子データ1バイトたりとも残していない。

 クラウド上にも、USBメモリにも、銀行の貸金庫にもない。

 すべては、私の「脳」の中にだけある。


「……Apple」


 唇を動かさず、頭の中で反芻する。


「……River」


 一つひとつの単語を、脳の海馬に刻み込むように。


「……Sky, Justice, Monster, Silver……」


 毎晩、寝る前にこの24の単語を呪文のように唱え、記憶をリフレッシュする。

 これが私の鉄壁の防御セキュリティだ。

 たとえ明日、金融庁の強制調査が入ろうとも。

 警視庁の家宅捜索で床板を剥がされようとも。

 彼らは何一つ証拠を見つけることはできない。

 10億円の在り処を知りたいと、私の頭蓋骨を叩き割って、脳漿のうしょうの中から記憶を抽出しようとした、とてだ。


「……Elephant, Crisis, Tomorrow……」


 順調だ。記憶に欠損はない。

 完璧だ。

 私はこのシステムを構築した自分自身の才能に陶酔しそうになる。


 その時だった。


 ふと、背筋に冷たいものが走った。

 視線。

 誰かに見られているような、粘着質な気配。


 私は弾かれたように上半身を起こし、暗闇を見回した。

 当然、部屋には私以外誰もいない。

 間接照明のLEDが、無機質に光っているだけだ。

 気のせいか……?

 いや、このマンションに入居してから、時折この感覚に襲われることがある。

 まるで壁の向こう側から、天井の隙間から、無数の目で見下ろされているような不気味な感覚。


「……神経過敏になっているな」


 私は自嘲気味に呟き、再び枕に頭を沈めた。

 大金を抱えた人間特有のパラノイアだ。

 あるいは、ここが「完璧すぎる」がゆえの副作用かもしれない。

 静かすぎる部屋は、己の心音すら騒音に変える。


「大丈夫だ。俺は完璧だ」


 自分に言い聞かせるように呟き、私は目を閉じた。

 そう、私は安全圏にいる。

 ミナというトカゲの尻尾を切り離す準備もできている。

 10億の資産は、私の脳内金庫で厳重に守られている。

 誰にも奪えはしない。


+++


 翌日の夕方。

 私の完璧な計画に、不意の一撃が加えられた。


 いつものように、市場の動向をチェックするために大型モニターの電源を入れた瞬間だった。

 ニュース番組のテロップが、私の網膜を焼き尽くした。


『速報 インサイダー取引疑惑で会社役員の女を逮捕』


 心臓が早鐘を打つ。

 画面には、コートを頭から被せられ、捜査員に連行される女の姿。

 その派手な服装。特徴的な歩き方。

 間違いない。ミナだ。


「馬鹿な……」


 呻き声が漏れた。

 早すぎる。

 まだ昨夜、会ったばかりだぞ?

 なぜ警察が動けた? 内偵が進んでいたとしても、逮捕状が出るタイミングが不自然だ。

 まさか、昨日の取引が引き金になったのか?


 ニュースキャスターが淡々と事実を告げる。


『金融商品取引法違反の疑いで逮捕されたのは、港区在住の会社役員・倉持ミナ容疑者です。容疑者は、未公表のTOB情報を元に株の売買を行い、多額の不正利益を得ていた疑いが持たれています。警察は、情報の入手ルートや共犯者の有無について詳しく調べる方針です……』


 私は震える手でリモコンを握りしめ、音量を上げた。

 画面の中のミナは、うなだれることもなく、むしろどこか興奮した様子でパトカーに乗り込んでいく。

 あの馬鹿女……!

 SNSだ。絶対にSNSだ。

 あれほど豪遊をひけらかすなと言ったのに、自己顕示欲に負けて墓穴を掘ったのだ。


 だが、慌てるな。

 私は深呼吸を繰り返し、暴れ出しそうな心臓を強引に鎮める。

 冷静になれ。葛城誠三。

 想定の範囲内だ。遅かれ早かれ、彼女はこうなる運命だった。

 問題は「どこまで喋るか」だが、彼女は私のことを何も知らない。

 本名も教えていない。

「シンさん」という偽名と、連絡用のプリペイド携帯。

 そして何より、10億円の仮想通貨にアクセスするための秘密鍵は、私の頭の中にしかない。

 彼女が知っているのは、私が指示した銘柄コードと、情事の記憶だけだ。

 物証はない。

 私に繋がる線は、すべて切断されている。

 このマンションで合っていた事さえ話さなければいい。


「……大丈夫だ。逃げ切れる」


 ソファに崩れ落ちるように座り込み、額に滲んだ脂汗を拭う。

 しかし、拭いきれない不安が胸の奥で燻り続けていた。

 タイミングが良すぎる。

 ミナのSNSが特定されたのが発端だとしても、逮捕までの手際が鮮やかすぎる。

 まるで、誰かが警察に「決定的な証拠」をリークしたかのような……。


 私はふと、視線を上げた。

 壁に埋め込まれた、AIコンシェルジュ用のタブレット端末。

 そして、その横にあるスマートスピーカー。

 昨日感じた「視線」の記憶が蘇る。


 このマンション。

 何かが、おかしい。


 管理会社の「イオ・トラスト」。

 そして、一度も顔を合わせたことのないオーナー。

 入居審査の時に感じた、あの奇妙な違和感。

「独自の審査基準」という名の、あまりにも緩い受け入れ態勢。


 私は手帳を取り出し、震えるペン先で走り書きをした。


『管理会社および物件オーナーについて要調査』


 もしや、この部屋そのものが罠なのか?

 私の行動は、すべて筒抜けだったのではないか?

 いや、考えすぎだ。

 そんなSF映画のような話があるわけがない。

 これは単なるミナの不始末だ。私の計画に瑕疵かしはない。


「まずは火消しだ……この件が片付いたら、裏を洗ってやる」


 私はそう呟き、手帳を閉じた。

 TV画面の向こうで、パトカーの赤い回転灯が、嘲笑うかのように明滅していた。

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