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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第1章 バリキャリ母 高村麻美(32)

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第5話 完璧な城からの生還

 ……まだ居座っているのか。

 「瑠奈には帰ってもらった」というLINEが嘘だとわかり、呆れ果てる。

 私は無感情に、そのままライブ映像を眺めた。


 画面の中には、ソファに座る健二と瑠奈の姿があった。

 しかし、さっきまでの空気とは様子が違う。

 健二は必死な形相で瑠奈の手を握り、何かを訴えかけているようだ。音声アイコンをタップしてオンにする。


「……だからさ、瑠奈ちゃん。麻美とは離婚するから! これからは二人で生きていこう。ね?」


 健二の声が聞こえた。

 私は耳を疑った。さっき私に「魔が差しただけ」「愛してるのは麻美だけ」と言っていた舌の根も乾かぬうちに、今度は瑠奈に乗り換えようとしているのだ。

 寄生先を失うのが怖いだけなのが見え見えだ。


 対する瑠奈は、服を着て、冷めた目で健二を見下ろしていた。

 彼女はゆっくりと、握られた手を振りほどく。


「はあ? 何言ってんの、おっさん」


 瑠奈の声は、氷のように冷たかった。

「二人で生きていく? 誰が? 私とあんたが? ウケるんだけど」

「えっ、だって……瑠奈ちゃん、俺のこと好きなんじゃ……」

「バッカじゃないの」


 瑠奈は立ち上がり、心底軽蔑したような表情で健二を指差した。


「さっき言ったでしょ? 私はあの女に復讐したかっただけ。あんたはそのための『道具』よ。安っぽい、使い捨ての道具」

「ど、道具……?」

「そうよ。あんたみたいな借金持ちで、甲斐性なしで、優柔不断なマザコン男、誰が本気で相手にすると思ってんの? 鏡見てみなさいよ」


 瑠奈の罵倒は止まらない。

 それは、私がこれまで健二に対して抱いていた不満を、すべて代弁してくれるかのような的確さだった。


「復讐してやった女だけど同情しちゃう。仕事はできたのかもしれないけれど、男を見る目は節穴。こんな粗大ゴミを拾って養ってたなんて」

「る、瑠奈ちゃん、ひどいよ……」

「ひどいのはあんたの頭の中身よ! ああ、せいせいした。二度と私の前にその汚い面を見せないでちょうだい」


 瑠奈はバッグを肩にかけると、呆然とする健二を一瞥もせずに玄関へと向かった。

 去り際に、彼女はカメラに向かって――まるで私が見ていることを知っているかのように――ニヤリと笑い、中指を立てた気がした。


 バタン、とドアが閉まる音がスピーカー越しに響く。

 残されたのは、抜け殻のようになった健二だけだ。


「……瑠奈ちゃん……麻美……」


 健二は頭を抱えてうずくまり、独り言のように呟き始めた。

「どうしよう……一人じゃ生きていけないよ……やっぱり麻美ルートにもどすか。引っ越ししたばかりで麻美も金欠なはず。何度も麻美に謝れば……きっと……」


 スマホを持って立ち上がり、電話をかけようとする健二の姿が映る。

 直後、私の手の中にあるスマホが震え出した。

 画面には『夫』の文字。


 私は、静かに「着信拒否」のボタンを押した。


+++


 翌朝。

 私は清々しい気分で目覚めた。

 春斗はまだスヤスヤと眠っている。

 昨夜の映像を見て、迷いは完全に消えていた。あんな男に未練など一ミリもない。むしろ、瑠奈のおかげで彼が更生不可能なクズだということが証明され、心置きなく切り捨てられる。ある意味では感謝したいくらいだ。


 私はスマホを取り出し、マンションの管理会社へ電話をかけた。

 数回のコールの後、事務的な女性の声が出る。


「はい、株式会社イオ・トラストでございます」

「お世話になります。『レジデンス・アルゴス』302号室の高村ですが」

「あ、高村様。いかがなさいましたか?」


 私は深呼吸をして、はっきりと告げた。


「部屋の解約をお願いします。今すぐに」


 電話口の相手が驚いたように息を呑む気配がした。

「えっ、ご解約……ですか? ご入居されたばかりですが……」

「ええ。諸事情ありまして。違約金がかかるのは承知しています」


 半年未満の解約には家賃二ヶ月分の違約金がかかると契約書にあった。痛い出費だが、手切れ金だと思えば安いものだ。あの部屋には、もう一秒たりとも関わりたくない。


「……かしこまりました。それでは、退去の手続きを進めさせていただきます」

「それと、相談なのですが」


 私は言葉を続けた。


「急なことで住む場所に困っています。そちらの会社で、母子家庭向けの……セキュリティがしっかりしていて、かつ手頃な物件を紹介していただけないでしょうか? 早急に入居できるところを」


 皮肉な話だが、今回の件で『住まいの安全性』と『夫の危険性』は別物だということを痛感した。

 けれど、シングルマザーとして生きていく以上、セキュリティは譲れない。あのマンションのような最新鋭の設備でなくとも、安心して春斗と暮らせる場所が必要だ。


「……左様でございますか。承知いたしました。高村様のご事情を考慮し、弊社で扱っている優良物件をいくつかピックアップして、すぐにご連絡差し上げます」


 担当者の声は何かを察したのか、同情的だった。

 私は「お願いします」と言って電話を切った。


 窓の外には、突き抜けるような青空が広がっている。

 隣で春斗が目を覚まし、あー、うー、と声を上げながら小さな手を伸ばした。

 私はその手をしっかりと握り返す。


 夫を失い、家も失い、貯金も減ったし、投げ出した仕事も恐らく挽回は無理だ。

 けれど、不思議と心は軽かった。

 私の人生を蝕んでいた「寄生虫」を排除し、本当の意味で私の人生を取り戻したのだ。


「さあ、行こうか春斗。新しいお家を探しに」


 私は息子を抱き上げ、ホテルを後にした。

 あの不気味なほど完璧なマンション『レジデンス・アルゴス』。

 そこから傷だらけになりながらも――生還したということだけでも良しとしよう。


第1章 完



ここまでお読みいただきありがとうございました。

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