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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第1章 バリキャリ母 高村麻美(32)

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第3話 殺意を乗せたタクシー

 寝室のベビーベッド。

 そのすぐ横のダブルベッドの上で、二つの影が絡み合っている。

 一人は健二だ。見間違えるはずがない。

 そしてその下にいるのは、間違いなく女だ。顔は健二の背中に隠れて見えないが、長い髪がシーツの上に散らばっている。

 二人は激しく動き、行為に耽っていた。


 だが、何よりも私を戦慄させたのは、そのすぐそばにあるベビーベッドの様子だった。

 春斗が、顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。

 音声はオフにしているはずなのに、まるで鼓膜を直接叩くような、息子の悲痛な泣き声が聞こえてくるような錯覚に陥った。

 春斗は必死に手を伸ばし、何かを訴えるように柵を叩いている。

 それなのに。

 父親である健二は、すぐ隣で泣き叫ぶ我が子を完全に無視して、女との快楽に溺れている。


「あっ……あ……」


 頭の中で、何かがプツリと切れる音がした。

 怒りではない。悲しみでもない。

 もっと根源的な、どす黒い感情が内臓の底から湧き上がってくる。

 

 私が必死で働いている間、この男は。

 私が守りたかった家で。

 私が守りたかった息子の目の前で。


「高村部長? そろそろ会議室へ……」


 部下が声をかけてきたが、その言葉はもはや私の耳には届かなかった。

 私は無言で立ち上がると、資料もパソコンもそのままに、オフィスを飛び出した。

 背後で誰かが呼び止める声がしたが、知ったことではない。

 ハイヒールで廊下を走り、エレベーターに飛び乗る。一階に到着するまでの数秒が、永遠のように長く感じられた。


 エントランスを出て、通りかかったタクシーに向かって手を挙げる。

 私の形相がよほど恐ろしかったのか、停車したタクシーの運転手がバックミラー越しにギョッとした視線を向けてきた。


「……大通り沿いの、レジデンス・アルゴスまで」


 震える声で告げ、シートに深く身を沈める。

 スマホを握りしめる手には、爪が食い込むほどの力がこもっていた。

 画面の中では、まだ二人が動いている。春斗はまだ泣いている。


(殺してやる)


 人生で初めて抱いた明確な殺意と共に、私はタクシーの窓を流れる景色を睨みつけた。

 あの「要塞」は、私と春斗を守るための場所であったはずなのに。

 あれは、私の人生を破壊する怪物が潜む巣窟だったのだ。



 タクシーを降り、エントランスの自動ドアを抜けるまでの記憶は曖昧だ。

 ただ、心臓の鼓動だけが警鐘のように体内で鳴り響いていた。

 エレベーターの表示階数が「3」に変わる。チン、という到着音が、ゴングの合図のように聞こえた。


 玄関の鍵を開ける。

 ガチャリという音が静寂を切り裂いたが、奥の部屋にいる二人には聞こえていないようだ。見知らぬヒールに目が細まる。廊下には、甘ったるい香水の匂いが微かに漂っている気がした。

 靴を脱ぎ捨てるのももどかしく、私はリビングのドアを乱暴に開け放った。


「――っ!?」


 バン!! と壁にドアノブがぶつかる激しい音が響く。

 その瞬間、寝室のベッドの上で弛緩しきっていた空気が凍りついた。


 事後の余韻に浸り、だらしなくシーツに沈み込んでいた健二けんじが、弾かれたように飛び起きる。

「あ、あ、麻美あさみ……!? な、なんで……今日は残業じゃ……」

 健二は蒼白な顔で、慌ててシーツをかき集めて下半身を隠そうとした。その滑稽な姿に、私の中で冷徹な何かが完成していくのを感じた。


 隣のベビーベッドでは、春斗はるとが顔を真っ赤にして泣きじゃくっている。喉が枯れるほど泣き叫んだのだろう、声は掠れ、ヒックヒックとしゃくりあげていた。

 私は無言でベビーベッドに歩み寄り、春斗を抱き上げた。

 温かくて、小さくて、湿った身体。母親の匂いを嗅ぎ取ったのか、春斗が私の胸に顔を埋め、しがみついてくる。


「よしよし、ごめんね。怖かったね……」

 背中をさすりながら、私はゆっくりと健二に向き直った。

 怒鳴り散らしたい衝動を、理性が必死に抑え込んでいる。ここで感情的になれば、春斗をさらに怖がらせてしまう。


「見守りカメラが異常を検知して、何事かと見たらこの有様。健二。説明」

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 健二はガタガタと震えながら、ベッドの上で土下座の姿勢をとる。

「カメラ?オフにしたはずなのになんで…ご、ごめん! 違うんだ、これは、その……魔が差したというか……ほんの出来心で……!」

「出来心で、自宅に女を連れ込んだの? 息子の目の前で?」

「いや、春斗は鳴くのに飽きたら寝るだろうと…大丈夫だと思って……いや、本当にごめん! もう二度としない! 愛してるのは麻美だけなんだ!」


 聞き飽きたセリフ。この男は、借金が発覚した時も同じことを言っていた。

 私は冷ややかな視線を、健二の後ろ――掛け布団を頭までかぶり、気配を消している「もう一人の人物」へと向けた。


「……で、そこの泥棒猫は誰なの? 顔を見せなさいよ」


 布団がわずかに動いた。

 長い沈黙の後、白い手がシーツをゆっくりと下ろしていく。

 現れた知っている顔を見て、私は息を呑んだ。

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