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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第1章 バリキャリ母 高村麻美(32)

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第2話 ペントハウスの住人

 仕事が繁忙期に入り、帰宅が深夜になる日が増えていた。

 その日も、日付が変わる直前にタクシーで帰宅し、重い足取りでエントランスをくぐった。

 石造りの壁に囲まれたロビーには、孔雀の羽を模した巨大なオブジェが飾られている。昼間見れば美しい装飾だが、深夜の静けさの中で見ると、無数の目に見下ろされているようで少し不気味だ。


 エレベーターホールに向かい、待っていると、私の背後に誰かが並んだ。

 扉が開き、私が乗り込むと、後ろからその人物も続いて入ってくる。


(……誰? 住民?)


 その男は、高級マンションにはあまりに似つかわしくない格好をしていた。

 ヨレヨレのジャージに、素足にサンダル履き。伸び放題の髪に無精髭を生やし、手にはコンビニの袋をぶら下げている。中身は缶ビールだろうか。

 三十代半ばくらいに見えるが、全体から漂う気だるげな雰囲気が、実年齢よりも老けた印象を与えている。

 深夜のエレベーターで二人きり。私は本能的に警戒し、バッグを抱え直して距離を取った。


 男は私の視線など意に介さず、大きなあくびをした。

 そして、操作盤に手を伸ばす――かと思いきや、手首につけたスマートウォッチを操作盤にかざした。


 『ピッ』


 電子音が鳴り、点灯したのは最上階、「5階」のランプだった。

 私は思わず、男の顔を二度見した。


(えっ、五階ってペントハウスよね? オーナー専用の)


 入居時の説明を思い出す。最上階はオーナーが住んでおり、専用の認証キーがないとボタンすら押せないはずだ。

 ということは、この冴えないジャージの男が、この『レジデンス・アルゴス』のオーナーだというのか。


(こんな頼りなさそうな人で大丈夫なの……?)


 先日の厳格な管理人の姿とは対照的すぎる。

 男は猫背のままスマホを取り出し、パズルゲームのようなものを操作し始めた。私の存在など、最初からそこになかったかのような無関心さだ。

 エレベーターが私の住む三階に到着する。

 私は逃げるように降りた。

 閉まりゆく扉の向こうで、男は一度も顔を上げることなく、スマホ画面を指でなぞっていた。

 その無気力な姿が、妙に心に引っかかった。けれど、疲労困憊の私の頭からは、すぐにそのどうでもいい疑問は消え去っていった。


+++


 翌日 午後三時。

 オフィスの窓から差し込む西日が、私の焦燥感を煽るように眩しく照りつけていた。

 私はデスクで、部下の男性社員の話を聞いていた。彼はまた同じミスを繰り返し、今まさに言い訳を並べ立てている最中だった。


「僕って本当に不器用で……ごめんなさい、高村部長」


 彼は眉を八の字にして、情けない声で謝罪する。

 その姿に、一瞬だけ夫の健二が重なった。健二もまた、何か失敗するとすぐに「不器用だから」と自虐的に笑って許しを請う癖がある。


「……いいのよ。次は気をつけてくれれば」


 私は努めて穏やかな声を出し、笑顔を作った。

 内心では、舌打ちしたい衝動を必死に抑え込んでいる。なぜ、男たちはこうも簡単に「不器用」という言葉を免罪符にしようとするのだろう。私が若い頃は、不器用だからといって許されることなど一度もなく、本当に許されるのは映画の中の俳優くらいだった。


「ありがとうございます! 次は頑張ります!」


 部下が安堵の表情で席に戻っていく。

 私は深いため息をつき、手元の資料に目を落とした。三十分後には、クライアントとの重要な会議が控えている。今回のプレゼンは、私が産休明けから準備してきた大型プロジェクトの正念場だ。失敗は許されない。

 気を引き締め直そうとした、その時だった。


 ブブブッ、ブブブッ。


 デスクの上に置いていたスマホが、不穏な振動音を立てた。

 画面を見ると、マンション専用アプリ『アルゴス・アイ』からの通知が表示されている。


 《AI警告:ベビーベッド周辺で、登録外の人物による長時間の滞在を検知しました》


 思考が一瞬停止した。

 今は健二が在宅しているから、レンタルしていた見守りベビーカメラは切っていたはずだが……まあいい。

 それより、登録外? どういうこと?

 この時間、家には夫の健二と春斗しかいないはずだ。私の両親や義実家が来る予定もない。

 もしや、健二が友人でも呼んでいるのか。


 嫌な予感が背筋を駆け上がった。

 私は震える指で通知をタップし、見守りカメラのライブ映像を開いた。


「……嘘」


 喉から、かすれた声が漏れた。

 スマホの小さな画面に映し出されたのは、私の理解を遥かに超えた光景だった。

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