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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第4章 潜入捜査官 相馬武次(42)

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第16話 大家の取引

 モニター越しに、管理人が黒いバンを追い払う勇姿を見届けた私は、手元の缶ビールを飲み干した。

 プハッ、と息を吐く。


荒矢吹あらやぶきさん、あんた最高だよ」


 組織の「目」である監視カメラはゴミ袋の中。

 「耳」である集音マイクも粉砕。

 そして通信傍受の拠点だった指揮車両も撤退した。

 敵の包囲網に、致命的なエアポケットが空いた瞬間だ。奴らが予備の機材を持って戻ってくるか、あるいは別の部隊が配置につくまでの時間は、おそらく数時間程度だろう。


 私はキーボードに向かい、指を走らせた。

 この時間が、勝負の分かれ目だ。


 まず、我がマンションの最強Wi-Fiが吸い上げた相馬のPCデータから、「ウロボロス」の裏帳簿の一部を抽出する。政治家や警察や公安の腐った奴らへの賄賂の証拠となる、一番エグい部分だ。

 それを添付ファイルにし、送信先を入力する。

 宛先は、内閣情報調査室。そのホームページにある「情報提供フォーム」だ。


 送信ボタンを押し、即座に記載しておいた「架空の番号」を経由して、担当デスクへ通話を入れる。

 呼び出し音は二回で途切れた。


『……はい、情報提供窓口です』

 事務的な女性の声。だが、私は単刀直入に切り出した。


「メールを送った。確認してくれ。件名は『ウロボロスの尻尾』だ」


 数秒の沈黙。キーボードを叩く音。

 直後、受話器の向こうの空気が凍りついたのが分かった。

『――っ! あ、あなたは誰ですか!? このデータは……!』

「誰でもいい。単なる納税者だ。送ったリストに名前のない上司に代われ。決定権のある人間だ」


 保留音すらなく、即座に野太い声の男が出た。

『……話を聞こう。要求は金か?』


「取引だ」

 私はビジネスライクに告げた。

「そのデータの完全版と、それを持ち出した証人・相馬武次の身柄がとある場所にある」

『相馬……! 行方不明だった公安の……保護しているのか!? お前の仲間なのか?』

「いーや、そういう間柄ではない」


 私はモニターに映る相馬の怯えた顔を見ながら、冷淡に続ける。

「現在、敵の監視網はダウン中だ。だが、あと一時間もすれば再構築されるだろう。それまでに回収しろ」


『一時間だと!? 部隊の展開が間に合わん!』

「間に合わせるんだよ。そうしなければ相馬が命をかけて集めた情報がパーだ」


 相手が絶句するのを無視し、私は本題に入った。

「居場所を教える条件は二つある。一つ、彼を『証人保護プログラム』の対象にして、安全に連れ出して身分を変えさせること。隠れ家はとあるマンションだ。その前でドンパチやって、一般人を巻き込むようなマネは許さん」


『……承知した。直近の部隊を急行させる。もう一つは?』


「これが最重要だ」

 私は声を一段低くした。

「彼の新しい身柄を確保すると同時に、お宅らが代理人として『賃貸借契約の解約手続き』を行い、規定の退去費用をマンション管理会社へ全額支払うこと」

『……は?』

「違約金、原状回復費、クリーニング代。占めて家賃半年分だ。国の経費で落とすか、彼の退職金から引くかは知らんが、一円たりとも踏み倒すことは許されん。組織は相馬の行方を追い続けるだろうから、捜索を断念させるためにここで立ち切るためだ」


 電話の向こうで、男が困惑している気配が伝わってくる。

 国家の存亡をかけた取引の条件が、マンションの解約金だとは夢にも思うまい。


『……わ、分かった。約束しよう。すべてあなたの指示通りにする』

「交渉成立だな」

『最後に一つだけ聞かせてくれ。あなたは一体何者だ? これだけのリスクを冒して、何のメリットがある?』


 メリット?

 あるに決まっている。不良債権化した入居者を追い出し、正規の違約金をせしめ、次のカモを入れる部屋が空く。

 だが、私はあくまで「善良な市民」の仮面を被って答えた。


「そんなものは無い。誰もがお天道様(おてんとうさま)に見守られる権利があるのだよ。居場所は今、メールした」


 通話を切り、私はスマートウォッチを操作した。

 『レジデンス・アルゴス』の管理システムにアクセスする。

 対象は二〇二号室。リビングの大窓。


「さて、脱出口を開けてやるよ」


 私は画面上の【UNLOCK】ボタンをタップする準備を整えた。


+++


 二〇二号室。

 相馬武次は、遺書を書き終えていた。

 手元にあるのは、手帳に走り書きした、誰に届くとも知れない無念の言葉だ。


「……静かすぎる」


 相馬は顔を上げた。

 外の気配が、奇妙なほどに静まり返っている。

 先ほどまで感じていた、肌を刺すような視線や殺気が、ふっと消えたような感覚があった。

 嵐の前の静けさか。それとも、ただの勘違いか。

 その時だった。


 カチャリ。


 乾いた電子音が、静寂を破った。

 相馬は弾かれたように振り返る。

 音は、背後の窓から聞こえた。

 施錠していたはずのクレセント錠が、ひとりでに回転し、ロックが解除されたのだ。


「な……ッ!?」


 遠隔操作。ハッキングか。

 このマンションのセキュリティシステムごと、組織に乗っ取られたのか。

 相馬が身構えるより早く、ベランダに黒い影が舞い降りた。

 ラペリング降下の風切り音が聞こえ、窓ガラスが乱暴にスライドされる。


「うわあああああっ!」


 相馬は絶叫し、最後の抵抗として拳銃を構えようとした。

 もう終わりだ。

 ヒットマンが来た。

 殺される――!


「突入!」


 彼は恐怖に目を瞑り、引き金に指をかけた。

 だが、抵抗したところでこの大男たちにかなうはずもないことは明白だった。



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