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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第3章 女子アナ 東園寺マリ子(26)

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第10話 聖女の仮面

 「おはようございます、霧嶋さん」

 私は極力、愛想よく返事をした。

 冴子の視線が、私の足元に置かれたバッグに留まる。昨日おろしたばかりの、海外ブランドの新作だ。

「へえ、素敵なバッグ。それ、また新作? 随分と羽振りがいいのねえ」

「い、いえ、そんなこと……ずっと欲しくて、頑張って貯金して買ったんです」

「ふーん。偉いわねえ。ウチの局の安いお給料で、よくやり繰りできるわ」

 冴子は私の肩に手を置き、顔を近づけてきた。

「まさかとは思うけど、怪しい『副業』とかしてないわよね? 最近、女子アナのコンプライアンス厳しいから。心配だわあ」

 心臓がドクリと跳ねた。

 だが、表情筋を総動員して笑顔を張り付ける。

「まさか! あるわけないじゃないですか」

「ならいいの。あ、そうそう。来月の特番の司会ね、プロデューサーにお願いして私がやることになったから」


「……えっ?」

 絶句する私に、冴子は悪びれもせず続けた。

「マリ子ちゃんにはまだ荷が重いと思うのよ。私が代わりに背負ってあげる。感謝してね?」

 そう言って、彼女は軽やかにメイク室を出て行った。

 残された私は、震える手で口紅を握りしめた。

 あの特番は、私がずっと狙っていた枠だ。根回しだってしていたのに。あの女、また私の仕事を奪った。

「……ふざけないでよ」

 鏡に映る自分の顔が、怒りで歪んでいる。

 でも、負けない。私には春気くんがいる。

 彼と結婚して寿退社すれば、私は「プロ野球選手の妻」という、あんたより遥かに上のランクの女になるのよ。

 そうすれば、こんな泥舟のようなテレビ局なんて、こっちから願い下げだわ。


(金が必要だ……もっと、もっと金が)

 結婚までの持ち出し、春気に見合う女でいるための維持費、そして何より、あの女に舐められないための武装。

 今の給料だけじゃ足りない。

 私はバッグをひっつかみ、局を飛び出した。


+++


 レジデンス・アルゴス、205号室。

 帰宅した私は、すぐに厚手のカーテンを閉め切った。

 このマンションは防音性も高く、隣室の音など一切聞こえない。完全なるプライベート空間だ。

 私はクローゼットから、際どいランジェリーを取り出した。

 手早く着替え、スマートフォンをリングライト付きのスタンドにセットする。

 起動するのは、会員制のライブ配信アプリ。

 そして、欠かせないのが最新の「AI顔変換アプリ」だ。


 画面の中の私は、清楚な女子アナ「東園寺マリ子」から、妖艶な美女「アンジェラ」へと変貌する。

 目鼻立ちは欧米風に加工され、もはや本人とは判別がつかない。

 これが、私の裏の顔。

 表では清純派アナウンサーを演じながら、夜な夜な過激なアダルトライブ配信を行い、好色な男たちから投げ銭を巻き上げているのだ。

 リスクはある。だが、このマンションのネット回線は「入居者専用爆速フリーWi-Fi」。高速で安定しており、配信にはうってつけだった。

 誰にも邪魔されず、誰にもバレない。

 ここは私だけの城。


「はーい、みんな待った? アンジェラだよぉ♡」

 作り声でマイクに囁きかけると、画面上のコメント欄が滝のように流れ出し、高額な投げ銭のエフェクトが花火のように炸裂した。

『アンジェラたん待ってた!』

『今日もエロいね』

『5万投げるからもっと見せて!』


 画面の向こうの有象無象うぞうむぞうが、私の財布に見える。

 冴子への屈辱も、局でのストレスも、金額が増えるたびに消し飛んでいく快感。

 私はカメラに向かって、艶然えんぜんと微笑みかけた。

 このセキュリティ万全のマンションでフィルターを通せば、私の素顔と、醜い欲望にまみれた姿は、誰にも知られることは無い。


+++


 深夜一時。私はタクシーの後部座席で深く息を吐き出し、強張らせていた頬の筋肉を緩めた。

 窓の外を流れる都心の夜景は、宝石箱をひっくり返したように美しい。けれど今の私には、それが自分を嘲笑う無数の瞳のように思えてならなかった。


「お客さん、着きましたよ」

「……はい。ありがとうございます」


 運転手に愛想笑いを浮かべ、私は料金を支払って車を降りた。

 目の前に聳え立つのは、重厚な石造りの低層マンション――『レジデンス・アルゴス』。

 閑静な高級住宅街の中でも異彩を放つその外観は、まるで中世の要塞だ。エントランスには孔雀の羽を模した巨大なオブジェが飾られ、青白いライトに照らされたその装飾は、無数の目が私を見守っているかのような威厳を湛えている。


 私は帽子を目深に被り直し、周囲を警戒しながらエントランスへと急いだ。

 植え込みの陰、停まっている不審なワンボックスカー。週刊誌のハイエナたちが今日も張り込んでいる。彼らは国民的エース・轟春気のスクープを狙って、このマンションを嗅ぎ回っているのだ。

 けれど、無駄よ。

 私は心の中で舌を出した。

 オートロックのパネルにキーをかざし、重たいガラス扉が開く。一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。

 外界の視線を完全に遮断する、完璧なセキュリティ。ここに入ってしまえば、もう誰にも邪魔されることはない。私の恋と野望を守る、絶対安全な聖域。


 自分の部屋がある二階には向かわず、私はエレベーターで四階のボタンを押した。

 このマンションの構造は素晴らしい。一度中に入ってしまえば、私が自分の部屋にいようが、四階の春気の部屋に行こうが、外の連中には知る由もないのだから。

 エレベーターの鏡に映る自分を見る。朝の情報番組で見せる「清純派アナウンサー」の仮面は剥がれ落ち、そこには疲れ果て、野心に飢えた一人の女の顔があった。


 エレベーターが四階に到着し、静かに扉が開く。

 私は廊下を歩き、一番奥の角部屋、405号室のインターホンを押した。


「……はい」

「春気、私よ」

「待ってたよ、マリ子」


 解錠の電子音が鳴り、ドアが開く。

 そこには、シャワーを浴びたばかりなのだろう、髪を濡らした轟春気が立っていた。

 Tシャツにスウェットというラフな姿だが、鍛え上げられた肉体と甘いマスクは隠しようがない。世の女性たちが熱狂する「国民的エース」が、今は私だけのものだ。


「お疲れ様。今日も大変だったみたいだね」

「もう最悪だったわよ。聞いてよ春気」


 私は玄関で靴を脱ぎ捨てるなり、彼の胸に飛び込んだ。

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