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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第3章 女子アナ 東園寺マリ子(26)

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第9話 セレブ婚への近道

 深夜一時。都内の高級住宅街は、時が止まったかのように静まり返っていた。

 私はタクシーを降りると、深く被ったキャスケットのつばをさらに引き下げ、大きな黒マスクの位置を直した。

 はたから見れば不審者そのものだろうが、顔を見られるよりはマシだ。私は、朝の情報番組『モーニング・ブリーズ』のサブキャスター、東園寺とうおんじマリ子なのだから。


 目の前にそびえるのは、重厚な石造りの低層マンション。

 ――レジデンス・アルゴス。

 ギリシャ神話の巨人の名を冠したその建物は、外灯に照らされ、どこか監獄のような威圧感を放っている。

 エントランスには、孔雀くじゃくの羽を模した巨大な真鍮しんちゅうのオブジェが鎮座していた。無数の「目玉模様」が、通過者をじっと見下ろしているようで、背筋が粟立あわだつ。

 けれど、今の私にとって、この堅牢けんろうさは頼もしさでしかなかった。


 オートロックを解除し、慣れた足取りで上層階へ向かう。

 目指す部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに解錠された。

 重い扉が開くと、そこにはスウェット姿の長身の男が立っている。

「よう、お疲れ」

 男の甘いマスクがほころぶ。

 とどろき春気はるき。プロ野球界の至宝と呼ばれる、国民的エースピッチャー。そして、私の現在進行形の恋人だ。


「春気くん……!」

 私は玄関に飛び込み、彼の胸に顔を埋めた。香水の混じった彼独特の匂いを吸い込むと、外での緊張が解けていく。

「大丈夫だったか? 誰かに見られてない?」

「ええ、多分。この格好なら親でも気づかないわ」

 マスクを外し、私は彼のリビングへと上がり込んだ。

 広々とした3LDK。独身の彼には広すぎる空間だが、窓の外にはハイエンドな夜景が広がっている。

「でもさ、毎回こうやってコソコソ通うのも限界があるよな」

 春気は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら言った。

「マスコミも鼻が利くし、万が一撮られたらマリ子の立場もマズいだろ? 局の方針とかうるさそうだし」

「それは……そうだけど」

 私はソファに沈み込み、ため息をついた。

 女子アナとプロ野球選手の熱愛。発覚すれば特大スクープだ。いずれは「結婚」という形で発表して世間をあっと言わせたいが、今はまだその時ではない。私の局内での地位が、まだ盤石ではないからだ。


「そこで、提案があるんだ」

 春気が私の隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せる。

「マリ子も、このマンションに住めよ」

「え?」

「ここ、セキュリティが異常なくらいしっかりしてるんだ。『アルゴス・アイ』とかいう最新システムらしくてさ。住人以外は絶対に侵入できないし、プライバシー保護も完璧。要塞みたいなもんだよ」

 彼は自信たっぷりに笑う。

「同じマンション内なら、エレベーター移動だけで会える。週刊誌の記者なんて怖くないだろ?」

 魅力的な提案だった。確かにここなら、外の目を気にせず逢瀬おうせを楽しめる。

 けれど、現実はシビアだ。

「無理よ。ここの家賃、相場より安いとは言っても高級物件じゃない。私のお給料じゃ、審査以前に毎月の支払いで破綻はたんしちゃう」

 女子アナといえば華やかなイメージだが、所詮は会社員。しかも私はハイブランドのバッグや靴に散財する癖があり、貯金なんて雀の涙ほどしかない。


「金のことなら心配すんな」

 春気は事も無げに言った。

「初期費用は俺が出す。敷金礼金、全部だ」

「えっ……でも、それって結構な額じゃ……」

「礼金が家賃三ヶ月分とかでちょっと高いんだけどな。まあ、俺にとっちゃ端金はしたがねだし、マリ子のためなら惜しくない」

 彼は私の頬を撫でる。

「家賃だって、今の家を引き払えばなんとかなる額だろ? 俺がそばにいるんだ。困ったら助けるさ」


 その言葉に、私の胸中で計算機が弾かれた。

 礼金三ヶ月分……普通なら馬鹿げた金額だが、それを彼が負担してくれるなら話は別だ。

 引っ越しの初期費用が浮き、国民的スターと同じ屋根の下で暮らせる。これは事実上の半同棲であり、結婚への最短ルート。

 外堀を埋める絶好のチャンスだ。

「……ありがとう、春気くん。私、住むわ」

 私は彼の首に腕を絡めた。

 孔雀の目に見つめられる不気味さなど、甘い未来の前では些細ささいなことだった。


+++


 引っ越しは迅速に行われた。

 私が契約したのは、春気の部屋より下層にある2階の1LDK。独身向けのフロアだ。

 荷物の搬入を終えた日の午後、私はマンションのエントランス付近を歩いていた。

 ふと、通用口のあたりで昼間から缶ビールをあおっている男が目に入った。

 伸び放題の髪に無精髭、ヨレヨレのジャージにサンダル履き。

 この高級マンションには似つかわしくない、薄汚れた男だ。

 眉をひそめて見ていると、通りかかった管理人の老人が、その男に頭を下げているのが見えた。


(何あれ……管理人の知り合い?)


「オーナー、また昼間から……。居住者の手前、少しは身なりを整えてください」

「うるせえなあ。俺の家なんだから俺の勝手だろ」

 男はゲップをしながら手を振った。

(あれが、オーナー?)

 噂には聞いていた。親の遺産でこのマンションを相続したものの、働く気のないドラ息子だと。

 私は内心で嘲笑ちょうしょうする。

 あんな底辺のような人間がオーナーだなんて。まあいい、関わることもないだろう。

 私は彼を一瞥いちべつもしないまま、エレベーターホールへと向かった。


 新生活は快適そのものだった。

 春気の言葉通り、セキュリティは完璧だ。

 エントランスの外、公道の植え込み付近には、今日も週刊誌の記者が張り込んでいるのが窓から見える。

 だが、彼らは絶対に中には入れない。

 私は部屋着のまま、内廊下とエレベーターを使って春気の部屋へ行き、愛を育み、また自分の部屋へ戻る。

 望遠レンズを構えて寒空の下で震えている記者たちを想像すると、優越感で笑いが止まらなかった。

「ざまあみろ、って感じね」


+++


 翌日、テレビ局のメイク室。

 鏡の前で化粧を直していると、背後から甘ったるい声が掛かった。

「あら、マリ子ちゃん。おはよう」

 鏡越しに目が合ったのは、番組のメインキャスター、霧嶋きりしま冴子さえこだ。

 完璧にセットされた巻き髪と、計算し尽くされたナチュラルメイク。知的で上品な笑顔の裏に、底知れぬ意地悪さを隠し持った天敵だ。


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