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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第8話 将来の夢、望む未来

 恩は織の手を引いて横道に入った。道を抜けると、少しだけ人通りが少なかった。そのためか、通行人が時々、こちらを珍しそうに見てくる。

 織の外見は人目を引くし、恩の絳髪緋眼(こうはつひがん)藍泉(あいずみ)国内ではそうそう見かけるものではない。

 仮装パレードの時間ならともかく、祭りの最中とはいえ、どうしても目立ってしまう。

 地元ならば顔見知りも多いし、さほど周囲の視線は気にならないが、ここはいつもとは違う場所なので、好奇の視線が突き刺さる。

(う~、やっぱり見られてるなぁ。こっちまで来ない方がよかったかも)

 慣れてきているとはいえ、周囲の視線が気になる。一方の織は視線など気にしていないようで、きりたんぽを食べてご機嫌だ。

(織は全然平気みたいだな……ダメダメ、俺がしっかりしないと!)

 グッと気合を入れ直し、恩はいい店がないか、きょろりと首を巡らせる。

「あ、織、のど渇いてない? あそこで飲み物売ってるから買ってきてあげるよ」

「うん、じゃあリンゴジュースがいい!」

「分かった。そこの街路樹のとこで待ってて」

「うんっ」

 織が街路樹に向かうのを見届け、恩は屋台の店員に話しかけた。

「すみません、リンゴと桃ラテ下さい」

「はーい、三百イェルになります」

 財布からお金を出し、店員に渡そうとした時、思いがけない声が飛び込んできた。

「おいおい、なんだお前、その妙な仮面はよー」

「羽まで生えてるぞ。もしかして人外かぁ?」

(!!)

 品のなさそうな男の声。問題はその言葉の内容だ。今、この辺りでそういった外見特徴を持っているのは織くらいだろう。まさか。

 慌てて声のした方を見れば、ガラの悪い男二人が織に絡んでいる。

(織!)

 織は耳と尻尾が垂れ下がり、遠目でも分かるくらい身を縮こまらせている。

「人外のくせに、人間様の祭りに紛れ込んでんじゃねーよ」

 男の片割れが織に手を伸ばす。織はびくんっ、と大きく身を震わせた。瞬間、恩は飲み物を受け取るのもそこそこに駆け出す。

「あっ、お客さん!?」

 通行人の間をすり抜け、織のもとへと駆けつける。公衆の面前であろうと男を殴り倒すつもりで。

 だが、その寸前、伸ばした男の腕が何者かに掴まれた。

「!?」

「このような行為は祭りの場にはふさわしくないな」

 細腕と声からして女性だ。男たちは驚愕し、恩はその隙に織のもとに駆けつけた。

「織!」

「めぐ兄っ」

 怯えた織が恩に抱きつく。震えている織の背中を撫で、恩は男たちに視線を向ける。

 男を腕一本で制止しているのは、年の頃は二十代半ばくらいだろうか、ショートカットの黒髪の女性だ。

 じろりと男たちを睨みつける女性は深紅の警吏隊士服を着ている。

「ちっ、警吏かよ!」

「これ以上、場にそぐわない真似をするなら交番まで同行してもらうが?」

 男たちは顔をしかめると、悔しげに舌打ちをしておとなしくその場を去った。男が立ち去るのを見送り、女性警吏隊士は恩たちに歩み寄ると織に問いかけた。

「君、怪我などはしていないかい?」

「あ……の……」

「ありがとうございました。大丈夫みたいです」

 まだ少し怯え気味の織に代わり、恩が答えると、女性は「そうか、よかった」と微笑んだ。

 女性なのに、まるで男性のような物腰と口調。さっきまでの威圧感はなく、穏やかな表情と声に、恩はどぎまぎした。

「そちらの少女は天狗(てんこう)族、だね? すまないね、気分を害させて」

「いっ、いいえ、あなたが謝ることなんてありませんよ」

「異能者や人外への差別はいまだに多い。なぜ、分かり合おうとしないのだろう」

 もどかしそうに漏らされた女性隊士の言葉に、恩は表情を曇らせた。そこへ中年の男性警吏隊士がぜはぜはと息を切らしながら駆け寄ってきた。

「は、羽柴君~! 困るよ、急にいなくなっちゃあ」

「ああ、すみません、島崎さん。民間人が危険に巻き込まれそうになっていたもので」

「それならそうと言ってくれ。気づいたらいなくなってたから驚いちゃったよ」

 息を整えながら言う男性隊士に、女性隊士はにっこり笑う。

「以後気をつけます」

「って、いつも言ってるよねぇ。改善されたことはない気がするんだけど……」

 がっくり肩を落とす男性隊士。

「問題ありません。巡回に戻りましょう、島崎さん。それでは君たち、今後も気をつけて」

「問題ないって羽柴く……ちょっ、歩くの早いよっ」

 軽く手を振って颯爽と去っていく女性隊士。その後を男性隊士が慌てて追いかけていく。

 半ば唖然としていた恩だったが、織の呟きで我に返る。

「なんか、すごいね」

「えっ、あ……うん、そうだね」

 なんだか圧倒されてしまった。警吏隊はああして町を巡回したり、犯罪の防止、事件の捜査をすることが主な仕事らしい。

 時には危険な任務を請け負うこともあるというので、女性でもたくましくなくてはいけないのかもしれない。

「かっこいいよなぁ。町の平和を守るなんて、正義のヒーローみたいだよな」

 飲み物を買い直し、二人は歩き出した。恩は桃ラテを飲みながら照れるように笑った。

「実はさー、俺、小さい頃、警吏隊士か軍人になりたかったんだよね」

「そうなの? 今は?」 

「んー、今は別になりたいってほどじゃないかな。でも憧れてはいるよ。

 だからさ、身内に警吏とか軍人がいるっていう人はいいなぁって思うことあるんだ。ちょっと自慢できるよね」

 楽しそうに笑う恩の横顔を見ていた織は、しばし考えた後、決心した。

「……めぐ兄」

「ん?」

「あたい、警吏隊士になる」

「……はい?」

 突然の決意表明に、恩は思わず立ち止まる。織はリンゴジュースのペットボトルをぐっと握りしめ、恩の前に回り込んだ。

「警吏隊士になって、あたいも町を守るヒーローになる!」

「え……ちょっと待って、警吏ってそう簡単になれるものじゃないよ?

 というか、なんで急に? それに、結構危ないこともあると思うし。ドラマとかみたいに、犯人と争うこともあるだろうから」

「たくさん勉強する! 戦い方も! 体力もつけるよ!」

「でもなぁ……」

 警吏と国軍は憧れの職業だが、同時にあらゆる意味で危険な職業だ。戦いに身を投じることもある。その中で死を目の当たりにすることもあるだろう。

 事件となれば、ヒトの心の闇にも触れる。そうして世の中には綺麗事ばかりではないことも知るだろう。

 他にも、警吏や国軍に入ることで様々なことを体験し、知識を得るだろう。それらはけしてよいことばかりではない。

 織にはあまり、世の中の黒いものを知らずにいてほしい。それは恩の勝手な理想で、誰でも生きていれば、どこかで知ってしまうことだろうけれど。

 歯切れの悪い恩に、織はしゅんとうなだれた。

「やっぱり、ダメだよね。無理だよね。あたい、人外とのハーフだし」

「! 違うよ、織が天狗族だからダメって言ってるんじゃない。それに、警吏隊には異能者や人外だけがいる特殊課っていうのがあるから……」

「じゃあ、あたいでも警吏隊に入れるんだね!」

「あ、いや、入れるには入れるけど、なれるかどうかとは別だし、危ないからやめておいた方が……」

「それはたくさん勉強するし、鍛えるもん! 危ないのはどの職業だって一緒でしょ?」

「まあ、完璧に安全な職業なんてないけど……ってそうじゃなくてさ」

「やってみなきゃわかんないよっ」

 なんとか思い直させようと説得を試みる恩だが、織は一向に聞き入れようとしない。なぜそんなに警吏隊士にこだわるのだろう。このままでは平行線だ。

 どうしたものかと頭を悩ませる恩の耳に、織の真剣な声が突き刺さる。

「それでもし警吏隊士になれたら、あたい……めぐ兄の自慢の妹になれる?」

 恩は大きく目を瞠った。面で隠されているため織の表情は判らない。けれど、きっと――

 熱いものが込み上げてきて、恩は織をぎゅっと抱きしめた。

「何言ってるんだよ、織。織は今のままでも充分、俺の自慢の妹だよ!」

 けれど、きっと――不安な表情をしているんだろう。異なる種族は拒まれることがある現実を、たった今、恐怖とともに知ってしまったから。

 種族の違いは、それほどまでに心に影を落とすのだ。

「……ホント? えへへ、うれしい!」

 仮面の下で満面の笑みを浮かべ、織は恩の体を抱きしめ返した。

「今日はありがとね、めぐ兄! 大好き!」

 伝わるぬくもりは、普通の人間と変わらない。不思議な力を持っていようと、異なる種族であろうと、混血であろうと、みんな同じ命なのに。 

『異能者や人外への差別はいまだに多い。なぜ、分かり合おうとしないのだろう』

 本当に、どうして? 恩は織の小さな体を抱きしめたまま憂えた。

 いつか、分かり合える時代が来るだろうか。互いに支え合って、助け合える未来が。

 彼女がその夢を実現させるのは、もう少し先の話。


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