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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第48話 除夜の願い・前編

 あれ以来大きな事件もなく、平和な毎日が続いている。それでも時々、特殊課の捜査に巻き込まれたりした。

 そのせいか、すっかり特殊課の人や警吏隊に顔を覚えられてしまった。

 なので、たまに町中で出会うと声をかけられたりする。

 千咲を失ってから、此武はどことなく元気がなさそうだったが、それも短い間だった。

 今ではいつもの調子を取り戻し、相変わらずのオレ様っぷりを発揮している。

「今回の依頼先ってどこ?」

「ジェノランドだ」

「は!? ジェノランドって国外じゃん!」

 此武に尋ねた恩は素っ頓狂な声を上げた。ジェノランドは海を超えた先にある国だ。まさか国外に行くことになるとは思わなかった。

 時空廻廊を通れば大した距離ではないのだろうが、高科FWの仕事は国内だけだと思っていたがそうではなかったのか。

(国外なんて初めてだなぁ。というか、こういう依頼ってどこから入ってくるんだろう)

 一応、サイトを立ち上げてはあるが普通の人には目につかない裏サイトだ。サイト検索をしても引っかからない。なのになぜ、ちょこちょことサイトに依頼のメールが届くのか。

「なあ、此武。このサイトって、表のサイトじゃないよな? なのにどうして依頼とか来るんだ?」

 今まで依頼してきた依頼人は、そういった裏サイトを見て回るような人とは思えない。此武は腕組みをし、デスクチェアでふんぞりがえった。

「それには仕掛けがしてある。本当に必要な者だけがアクセスすることができるのだ。だから依頼が必要ない者や、完了した者にはそのサイトは開けない」

「へぇ。そうだったのかー」

 そんなカラクリになっていたとは。ようやく謎が解けてスッキリした。

「恩さん、ジェノランドというのはどこですか?」

「藍泉から見て東南にある大陸、ラッセリアにある国だよ。ジェノランドは鉱業が盛んな国って言われてた気がするなぁ」

 時々、親や祖父母に連れられ何度かいろんな国に出かけたことはあるが、ジェノランドは行ったことがない。

「鉱業……というのはなんでしょう?」

「んーと、石とか鉱物とか石炭とかを掘り出したり、それを使って何かを作ったりする仕事……かな? ジェノランドは特に宝石の採掘量が世界一とかで、世界各国に輸出されてるんだよ」

「まあ、宝石ですか。素敵ですね」

 目を輝かせるカーレン。神と言えど女の子。宝石に興味があるのだろう。カーレンの笑顔を見ているとこっちも笑顔になる。

 一同は時空廻廊を通り、依頼先へ向かった。時空廻廊を出ると、鉱山のふもとに出た。採掘場のようだがひと気がない。

 此武は採掘場の近くに見える掘立小屋へ歩いていく。声をかけると、中から屈強そうな中年男性と、恰幅のいい中年女性が出てきた。二人とも褐色の肌だ。

「誰だ、あんたらは」

 男性が訝しげな表情で口を開く。だが、恩は男性の言葉を聞き取れなかった。というよりも言語が理解できなかった。

(俺、ジェノランド語分からないんだけど! 藍泉語と暁篠語しか分からない! (れい)語なら少しは分かるけど、零語は苦手なんだよな……)

 零語は万国共通言語でクレードル語のことだ。各国で独自の言葉を使うが、零語でも通じる。此武は言葉を理解しているのか分からないが、営業スマイルを浮かべた。

「僕たちは高科FWから参りました。依頼者のドロガさんですよね?」

(って、藍泉語ー!?)

 堂々と藍泉語で話している。相手は藍泉語が通じるのだろうか。なら一安心だとほっとした恩だったが。

「ああ、あれか。そうだぜ。ずいぶん早いな。こっちとしては助かるがよ」

 やはり男性の言葉は藍泉語ではなかった。なぜ会話が通じているのか。

 此武が話を終えて戻ってくる。終始、会話は藍泉語とジェノランド語で交わされていた。

「此武、ずっと藍泉語で話してたけど、ちゃんと通じてたのか?」

「支離滅裂な会話をしていたように聞こえていたのか。ならば、その腐った耳を削ぎ落としてやろうか」

 さっきまでとは一変して、嘲笑を浮かべる此武。恩は思わず両耳を押さえた。

「だって、あの人たぶんジェノランド語で話してたんだろっ? 違う言葉同士で会話が成立してたのか疑問に思っただけだよ!」

「ふん、わざわざ他の言葉を使うのは面倒だからな、術を使ったのだ。自身が聞き取れる言葉に聞こえるようにな」

「? 此武が藍泉語でしゃべっていても、あの人たちにはジェノランド語に聞こえてたってこと?」

「そういうことだ」

 なるほど。そういうことなら納得だ。それにつけても便利な術だ。その術を使えば零語が話せなくても、相手に通じるわけなのだから。

(いいなぁ、テストの時とか外国に行っても不自由しないじゃないか) 

 此武が依頼人のドロガ夫妻から聞いた話では、二週間ほど前からこの採掘場にバラバラという恠妖が出て、鉱物を食い荒らしているという。

 バラバラは目がなく、口だけしかない蛇のような姿で、鋭い牙が口の中にたくさんついている。

 鱗は鉄のように固く、普段はつるつるしているのだが、身の危険を感じると鱗を棘のように立てて威嚇する。まるでハリネズミだ。

 成体でも一メートルほどで、岩を牙で噛み砕き、そこに巣穴を作って暮らすという。バラバラの主食は鉱石だ。エサを求めてこの採掘場に出現したのだろう。

 しかし、バラバラの一度の食事量は非常に少ない。食べたものは体内の袋に保存して少しずつ消化していくので、数か月食べずにいても平気なのだ。

「でも、そのバラバラは数日に何度も出てくるんだろ? おかしいな……見た目は怖いけど比較的おとなしいっていうか、臆病な生き物で、こっちから危害を加えなければ襲ってくることはないらしいんだけど」

 バラバラが鉱物を食い荒らすので、この採掘場ではほとんど鉱物が取れなくなってしまった。その上、バラバラに襲われて怪我をした作業員もいて、仕事がままならないそうだ。

 バラバラは藍泉にもいるらしいが、実物は見たことがないのではっきりと断言できるわけではないが、おとなしいという情報は間違っているのだろうか。

 依頼内容は原因を突き止め、対処すること。一行はバラバラがよく出没する採掘場の奥へと踏み込んでいった。

 作業をするのに困らないようにか、道には一定の間隔でランプが取り付けられていた。それを確認しながら進んでいくと、ズズズ、と何かが這うような音が聞こえた。

「! バラバラ……かな」

 一行が立ち止まり、周囲を警戒すると先の横穴から大きなバラバラが飛び出してきた。普通の成体の二倍はある。

 威嚇するために、すでに針を立てていて、ジャーッと唸り声をあげている。

「きゃあっ」

「大丈夫だよ、カーレン。下がってて!」

 ずいぶん成長したバラバラもいたものだ。バラバラの体の針を双剣で薙ぎ払い、恩は地面に降り立った。

 なんとか話ができないだろうか。暴れる理由があるならそれを知りたい。恩はバラバラに語りかけてみた。

「バラバラ、話を聞いてくれ! どうしてここを荒らす? 落ち着いて、理由を教えてくれ!」

 言葉が通じるかどうかも分からない。たとえ通じても、バラバラの言葉なんて解らない。でも、心が通じれば、言葉が分からなくても理解し合えないだろうか。

「頼む、教えてくれ。俺は無駄に傷つけ合いたくないんだ! 人間に怒りを感じているなら謝るから、理由だけでもっ」

 ケイオスフォズマを消し、無防備な姿をさらす。もう何もしない。だから、せめて理由を。だが、バラバラは咆哮を上げた。長い尾が恩に襲いかかる。避けられない!

 衝撃を覚悟して目を閉じたが、ふわりと温かいものに包まれて恩の体が浮いた。目を開けると、カーレンが恩を抱えて飛んでいた。

「! カーレン!」

「バラバラさんには人間の言葉は通じません。ですから、私が話しかけてみます。わたしなら、他種族とも念を送ることで会話ができますから」

 カーレンは恩を抱えたまま、バラバラに思念を送り込んだ。バラバラが動きを止め、じぃっとカーレンに頭を向けている。

 ややあって、カーレンは痛ましげな表情で恩を振り向いた。

「……恩さん、彼らはエサを求めて家族でこの地へ移ってきたそうです。しばらくはおとなしくエサを取って生活していたそうですが、ある日、バラバラさんに驚いた作業員の方が、奥様に大怪我を負わせてしまったそうです」

 その話で理解した。バラバラはそれで怒り、暴れ始めたのだ。このバラバラは家族のために戦っていたのだ。

「そうだったのか……ごめん。怒るのも無理ないよな。その奥さんはもう……?」

「いいえ。瀕死の状態でしたがなんとか回復したそうです。ただ、自力で動くことができず餌を取ることができないそうです」

「なら、奥さんのケガを治してあげられないかな? カーレンは回復術が使えるだろ? それで人間のしたことをなかったことにできるわけじゃないし、きっと許せないだろうけど……せめてもの罪滅ぼしにさ」

 すがるように見つめる恩の目を見返し、カーレンは微笑んだ。

「はい。バラバラさんに伝えてみます」

 カーレンがバラバラに念を送ると、バラバラは小さく唸って元来た道を引き返していく。

「人間を許すことはできない。だが、助けてくれるなら案内しよう、だそうです」

「よかった……」

 恩たちはバラバラに案内されて巣穴へ向かった。巣穴にはぐったりとしたバラバラが横たわっていて、傍らには二匹の小さいバラバラもいた。きっと子供だろう。

 恩たちを見ると怯えるように鳴いたが、父親がいたわるように頭を体にこすりつけると落ち着いた。

 カーレンが魔法術で癒すと、四匹のバラバラたちはうれしそうに体をこすり合わせる。

 話し合った結果、エサも減ったし、また人間に襲われたくないので、新しい住処へ移動することになった。

 鉄鼡(まがねず)の時もそうだったが、言葉の通じない人外と人間では共存は難しいのかもしれない。

(でも、こうやって橋渡しになる人がいれば、きっとなんとかなる。人間と人外が分かり合えるように、もっと役に立ちたいな)

 どちらの力にもなれるように。そのためには、まずは人外のことを知らなくては。

 たくさんいる人外のことを勉強し、理解しよう。それはきっと、将来の夢にも役立つ。

 父方が医者の家系であることもあり、恩は将来、医者になりたいと思っている。

 これまでは普通に人間の医者を目指していたが、人外の医者というのもいいかもしれない。

 それから恩は暇さえあれば、人外について調べることにした。

 藍泉だけでも数十種類の人外が生息している。細かく分類すればもっと多いだろう。

 戦神、生命神、ゴーレム、ラジュメデス、ユンゲル、幽霊、鉄鼡(まがねず)青兎馬(せいとば)赤行脚僧(あかあんぎゃそう)神狐(しんこ)妖狸(ようり)天狗(てんこう)、人魔、黒眚(シイ)鎌鼬(かまいたち)、鬼、雷龍、狗勇(クユウ)、バラバラなど恩が知っているだけでも相当な数だ。

 もし人外の医者を目指すなら、あらゆる人外の生態を知らなくてはいけない。かなりの時間を要するが、人間のためにも人外のためにも頑張らなくては。



 そうして時が過ぎ、もう年の瀬だ。部屋で届いたメールを見ながら、恩はふと思い返す。

 今年はいろんなことがあった。始まりは此武との出会い。あれから平穏な日々は崩れた。

 カーレンと出会い、一緒に住むようになった。

 依頼で稜雲の親戚である子狐たちの子守をした。

 玲汰の手伝いで、依織と一緒に薬草摘みをした。

 リヒトと出会ってシェーシアに行き、ゼルグと戦った。

 姉と再会したり、靁雯とも戦った。

 本当にいろんなことがあり過ぎて、とても濃い一年だった。

(まあ、後半の話だけど。此武と出会ったのが夏休み後だし)

 思えばまだ半年も経っていない。そう考えると、本当に怒涛の数か月だ。

 衝撃的だったのはそれだけではない。冬休みが近づいたある日のこと。

『学校をやめる!?』

 恩は思わず大きな声を出してしまった。

 図書館で人外のことを調べに行った帰り、たまたま幸緒と出会い、話があると言われて近くのカフェに立ち寄った。

 そこで打ち明けられた話に、驚きが隠せない。何事かと目を向けてくる客たちに、慌てて声をひそめる。

『いい、いつ? というか、そんなはにゃし今まで一度もも……』

 目に見えて動揺している恩に、紅茶を飲んでいた幸緒が苦笑する。

『そうね。話したのは初めてね。でも、ずっと前から考えてはいたのよ。音楽活動に専念するために』

 彼女は兄や友人とバンドを組んでおり、プロになるために日々、練習やライブを重ねていた。

 そしてつい先日、デビューが決まったらしい。しばらくは学業と音楽活動を両立させるつもりだったが、やはり音楽活動に専念したいということで決断したそうだ。

 幸緒が頑張っていたのは知っている。ライブも見たことがあるし、その熱狂振りはすごかった。

『そっか……まあ、進路は人それぞれだし、もう何人かは辞めてるもんなー』

 様々な事情で高学をやめる人など大勢いる。ただ、その中で仲のいい友達がやめていくというのは物寂しい気持ちだ。

『他のみんなには?』

『まだ言ってない。後で連絡するつもりよ』

『寂しくなるなぁ。音楽活動に専念するなら、これから忙しくなるだろうし』

『そうね。でも、学校で会えなくなるだけだし、すぐに忙しくなるわけでもないから、いつでも連絡して。あたしも連絡するし。じゃあ、またね』

 手を振って幸緒が店を出ていく。

 あれから幸緒とは一度も会っていなくて、連絡もあまりしていない。なんだかんだでやはり忙しいのだろう。

 だが、今日はこれからみんなで除夜詣に行く約束をしている。幸緒もなんとか都合がつけられそうだと返事がきた。

 この先、こうしてみんなで集まれることは少なくなるだろう。今でさえ、それぞれが進路に向けて動き出し、全員で集まることはほとんどない。

 慶星高学には、医学部、法学部、栄養学部、薬学部、経済学部、商学部、芸術学部、社会学部、農学部、神学部がある。

 亜橲は栄養学部、玲汰は薬学部、幸緒は芸術学部、要とまひろは社会学部に所属している。

 幸緒だけではない。亜橲は実家のパン屋を継ぐために、一層パン作りに励んでいるし、玲汰も薬草の研究のため、時々、地方に旅に出ている。

 まひろと要も、少しずつ他人との付き合い方が変わっている。一年の頃は自分たちとしか話さなかったが、今では先輩後輩、他の学部の人とも会話するようになり、始終べったりだったあの二人が一日中、別々に過ごすこともあるらしい。

 みんな、少しずつ変わっていく。成長しているのだ。きっと自分も、そうでありたい。


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