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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第47話 クロムとゾルディシュとチサキ

 ずっとひとりだった。

 生まれてすぐに、母とでも呼ぶべき生みの親はいなくなった。

 それからは生まれながらの本能に従い、多くのものと戦った。

 いや、少し違う。戦神としての本能は戦うこと。

 本能とともに、他の戦神とは違い、自分にだけ在った欲。それは殺戮。

 蹂躙(じゅうりん)し、屈服させ、(ほふ)る。何百年、何千年と繰り返して生きた。

 ずっと孤独(ひとり)だった。

 そうあることが当然で、自然で、なんの疑いもなく。

 なのにたった一度の出会いが、孤独を打ち消した。


 孤独(ひとり)で在ることに、虚無感を覚えるようになった。






   *   *   *






 魔界と神界。二つの世界は、それぞれの住民が自由に行き来していた。

 神族と魔族は光と闇。常に隣り合わせであり、表裏一体。

 仲が良いとは言えないが、悪くもない。

 対立することだってあるし、意気投合することもある。人間となんら変わりはない。

 しかし、その中で誰からも畏怖される存在があった。

 戦神アスラオ。戦神族の一つで、戦神の中で最も神力が高く、荒々しく激しい気性と強い闘争心を持つ。

 そんなアスラオの中でひときわ目立つ神がいた。

 それがクロムだった。

 アスラオの特徴にもれず、強い闘争心。だが、彼はそれだけではなかった。

「ギャアアアッ!!」

 断末魔がこだまする。大事なものを奪われた仇だと襲ってきた神族の体をねじ折った。

 顔の半分をえぐり取られていてもなお、仇を討とうとすがりついてくる神の、その無様さといったら。

 屍体(したい)を踏みつけ、血まみれになりながらクロムは嗤う。侮蔑と愉悦に満ちた表情で。

「下種にしては()い声で()く」

 屈服だけではない。恐怖や苦悩、怒りや怨み、絶望や悲嘆、それらに染まる顔。

 そして絶命。その瞬間が好きだ。

 クロムが他のアスラオや戦神族と違うのは、戦いでの勝利で快感を得るのではなく、いたぶり、命を奪うことで快感を得るところだ。

 神族でも魔族でも殺す。光に生まれながら闇に通ずるもの。

 いつしか彼は、“異端の狂神”“破壊の帝王”などと呼ばれるようになった。

 誰もが恐れ、憎悪した。ゆえに彼は孤独だった。

 それを本人はなんとも思わない。それどころか群れるのが嫌いだったので、気にも留めなかった。

 ある時、いつものように、そこら辺にいた魔物をなぶり殺した。

「またやらかしたのか、クロム……っ」

 同じアスラオの一柱が、口元を押さえて呻いた。

 ちょうど通りかかったので、様子を見に来たらしい。

 だが、凄惨な現状を見て顔を逸らした。

「……何故、そなたはそうなのだ。戦うことより、他者を殺すことを求める。

 我々は戦を司る神。戦いの中に喜びを見出しこそすれ、殺すなど意に反する」

「さてな。それを問われても、生まれついての性情だとしか答えようがない」

 屍体をゴミのように蹴り飛ばすクロム。

「それにこれは、多くの神族を食らったのだろう? 殺したとてなんの問題もない」

「そうだとしてもやり過ぎだ。いくら魔物でも、命あるもの。そこまでする必要はなかろうに」

 嘆息し、戦神はその場を去った。クロムは髪を掻き上げ、ふん、と鼻を鳴らした。

「馬鹿げている。飛び散る血しぶき、流れる血、骨の折れる音、絶叫。それらを見るのが愉しいというのに」

「なら、貴方は魔族とさして変わらないですね」

「……誰だ?」

 おもむろに振り返ると、一人の魔族の女性が立っていた。

 見かけない顔だ。ストレートで長い紫暗の髪と瞳。頭には翼手のような角。

 自分に近づいてくるものなど、怨みなどを持って敵討ちに来る奴や、腕試しのつもりな命知らず、あとは物好きくらいだが。

「クロムさまですよね? 初めまして。兄から話は聞いています」

「兄だと?」

「はい。鎌月(れんげつ)のゾルディシュをご存知ですよね?」

「鎌月…………ああ、あれか」

 そういえば、最近やたらとまとわりついてくる悪魔がいた。確かそんな風に名乗っていたような。

「あれに妹がいたとはな」

「義兄妹ですけれど。兄はひどく貴方を気に入っていましたよ。殺しがいがあると」

「フン、死に損ないの戯言だな」 

 女はくすくすと笑った。なぜか楽しそうだ。

 会話をするのが煩わしくなってきて、そろそろ場を去ろうとした時、女の言葉にクロムは久々に目を丸くした。

「兄が気に入ったものですし、興味がありまして。ぜひ仲良くなりたいですわ」

「なんだと? オレ様は他者と慣れ合うつもりなどない!」

「あたしはチサキと言います。よろしくお願いしますね、クロムさま!」

 それからどんなに突っぱねても、ゾルディシュとチサキはクロムに会いに来た。

 ゾルディシュは何度も勝負を挑んできて、それをチサキが楽しそうに眺めている。

 勝負はいつも互角で、互いにボロボロになりながらも、ゾルディシュは楽しそうに笑った。

 煩わしく思いつつも、クロムは相手をしてやった。

 自分と互角に戦える相手など今までいなかった。

 悔しさなど不思議となかった。ただ、これまでとは違う昂揚感があった。

 ゾルディシュも殺気はあったが、憎悪などが含まれているわけではなく、純粋に戦うことが楽しいようだった。

「クロム! この前の術を少々改良してみた。実験台になってそして死ね!」

「貴様こそ滅べ、物好きが。貴様にオレ様は殺せんと何度言わせるのだ、戦闘狂め」

「ははっ、お前には言われたくないな。聞いたぞ? クロム。お前、異端の狂神と呼ばれているそうだな」

 改良したという術を放ってくるゾルディシュ。その顔は面白いおもちゃを見つけた子供のよう。

 クロムは小さくため息をつき、飛んできた黒い錐を叩き折った。

「フン。下種どもがオレ様をなんと呼ぼうと……」

 叩き折った錐が突然、複数に分裂して向かってくる。クロムはさすがに飛び退って避けた。

 ゾルディシュが腹を抱えて笑う。

「あっははは! うまくいったぞ。そこで避けなければ完璧だったんだがな」

 不意を突かれた。かすめる程度だったが、傷を負うことになろうとは。ぴきぴきとクロムの額に青筋が浮かぶ。

「ゾルディシュ……」

「発案したのはチサキだぞ? なあ、チサキ」

「なんだと?」

「ええ。予想以上の結果だったわ。もう少し速度を上げれば、クロムさまに致命傷を与えることが出来るかもしれないわよ、兄さま」

「そうだな」

 うきうきと心躍らせる兄妹に、クロムは低い声で告げた。

「貴様ら……まとめて始末されたいようだな」

「あらやだ。本気にしちゃったの? クロムさま。いつもながら怖ーい」

 ふざける千咲。ぷちっとクロムの堪忍袋の緒が切れた。

 玉のような大きな土塊を、クロムはチサキに向かって投げつける。

「チサキ!!」

「いやーん」

「おお、闘るか、クロム!」  

 そして今となっては恒例になった、じゃれ合いが始まる。そんな日々だった。

 何かとじゃれついてくる二人に、呆れたりイラついたりしながら、いつの頃からか、そうした日々が心地よくなっていた。時には神界で、時には魔界で。

 他者を屑のようにしか思っていなかったクロムにとって、他者とつるむことは初めての経験であり、その時に感じる心地よさは殺戮とは違った喜びだった。

 だが、それも長くは続かなかったのだ。

 孤独ではなくなったクロム。しかし、それを疎む者がいた。

 その存在が、三人の関係を壊していく。



 戦神クロム。鎌月のゾルディシュ。氷月華(ひょうげっか)のチサキ。

 神族と魔族。生まれと種族の違いはあれど、三人は友であった。

 クロムが暇を持て余していれば、決まって二人はやってきた。

 殺気を交えたじゃれ合いがあいさつ代わりで、クロムとゾルディシュがひとしきり暴れると、チサキがどこかへ行きたいとクロムを連れ出し、三人でいろんなところを巡った。

 虹の橋、氷の洞窟、花吹雪の森、竜神の住む火山、水晶の湖。

 神界はどこも眩しくて、クロムはあまり好きではなかった。

 けれど、チサキは悪魔だというのに変わっていて、そういった綺麗な景色を好んだ。

 血の池、骸骨族の谷、毒針の山、屍々(しし)族の集落、酸の海。

 魔界は暗く淀んだところが多いので、そういう雰囲気を好むクロムは、魔界にいることの方が多かった。

 ずっと孤独(ひとり)だったのに、三人でいることが当たり前になってきた。悪くないと思い始めていた。

 チサキたちと出会ってから、クロムは殺戮をすることが減った。

 存分に痛めつけはするが殺しまではしない。

 いつものように小物の魔獣で遊んでいると、ふらりと一柱の男神がクロムのもとに現れた。

「見つけたぞ……クロム……」

「……貴様か。数千年振りだな。貴様がオレ様に近づくなど、もう二度とないと思っていたが?」

 クロムが嘲笑すると、男神は顔を怒りに歪ませた。

「我も貴様には近づきたくなどない。だが、許せんのだ。なぜ貴様は孤独ではない!?」

 クロムはわずかに眉を顰める。男神は目を見開き、狂ったように叫んだ。

「貴様は孤独でいるべきだ。そうでなくてはならない!! 我から幸福を奪っておきながら、貴様が幸福を感じることなど許されない!!」

「幸福……だと?」

「我の妻を……貴様は奪った!! 貴様を生んだ母を!!!」

 クロムは忌々しげに舌打ちする。とうの昔に忘れていたというのに、まだ根に持っていたのか。しつこい奴だ。

 クロムは戦神の一柱(ひとはしら)である女神から生まれた。

 戦いの最中に右眼を負傷し、呪いの毒によって腐り落ちたその目玉から生まれたのだ。

 生みの親とはいえ、なんの情もなかったクロムは、己の欲望に従って女神を殺した。

 妻を殺された男神は怒り狂い、クロムを憎んだ。顔を合わせたのは一度きり。女神を殺したあの時だけだ。

「妻を失い、我は孤独となった。だから貴様も! 孤独でいろ!! 孤独だったはずだ!!

 なのに風の噂で知った。貴様が魔族とともにいると。

 許さない……我を孤独にした貴様が孤独ではないなどと!!」

 吠えると、男神は剣を顕現させてクロムに襲いかかる。

 クロムは面倒そうにため息をつき、地面から複数の土の槍を生み出し、男神に向かって放り投げる。

 男神が剣で槍を薙ぎ払う。クロムも土で剣を創り、男神の剣を受け止めた。

「許さない許さない許さない! 貴様など、生まれてこなければよかったのだ!!」

「フン。うっとうしい奴だ。手ごたえがなさそうだから殺さずにいてやったというのに、面倒だ。貴様はもう死ね」

 男神の剣を弾き飛ばし、クロムは男神の体を土の剣で貫いた。

 男神は顔を歪ませたが、きっとクロムを見上げ、最後の力を振り絞った。

「貴様こそ死ねぇっ!」

 男神が黒い何かをクロムの顔に投げつけた。

 それはクロムの左眼に喰らいつき、じわじわと侵食していく。

「!? ぐぁあああああっ」

 熱い。強烈な痛みと悪寒が左眼を中心に走り抜ける。ざわざわと左眼が何かに侵されていく。

「呪われろ、呪われろ。孤独を味わえ。大切なものを失う苦しみを味わえ! ぎゃはははははは!」

「貴様……なに、を……」

「貴様が生まれ落ちた元凶でもある、我の妻が受けた呪いだ。我の力をくわえ、さらに呪力を強めてある」

 もはや男神は堕神と化していた。クロムへの恨みと憎しみによって。

 強い負の感情に侵された神は堕神となり、神力を失う。

 そして新たに手にするのだ。魔力を。

 一度、魔道に堕ちた神は元には戻れない。

「ヒヒヒヒ。その呪いは貴様の命を養分とし、成長する。その眼に貴様の愛する者が触れれば、たちまちその者を殺し、力を取り込む。

 だが、そのたびに貴様の命は削られていくのだ。誰も愛さず、誰からも愛されず、孤独とともに死んでいけ!」

 そこまで言うと、男神は力尽きた。本来ならば、神族は死ぬと光となって消える。魂のみとなって冥界へと送られるのだ。

 しかし、堕神と化したその体は、魔族同様に砂となって消えた。

 さっきまでの痛みは消え、左眼は視力を失っていた。クロムは顔の血をぬぐい、嘲笑する。

「愛……だと? 笑わせてくれる。オレ様にそんなものなどないし、言われるまでもなく、誰かを愛しなどしない。大層なことを言ったわりにはたいした呪いではないな。所詮、下種か」

 命が削られようがどうでもいい。まったく無駄な呪いだ。

 本人はさして気にしなかったが、そのケガを見たゾルディシュとチサキは仰天した。

 クロムが負傷しているところなど初めて見たのだ。

「クロム! その左眼はどうした。お前を傷つけられるのは私だけだろう!」

「フン、調子に乗るな。たいしたことではない。ただの呪いだ」

「呪い? クロムさま、やっぱり相当恨まれてるんですねぇ」

「ふむ、その手があったか。」

 盲点だったとにやりと笑うゾルディシュを、クロムは半眼で睨みつける。

「ゾルディシュ、たわけた真似をしようとしてるなら今度こそ本気で捻り潰すぞ」

「冗談だ。しかし、その呪いはかなり強力だな。私でも解呪は不可能だ」

「貴様に解呪などできたのか」

「兄さまは呪いのプロですから。掛けるのも解くのも跳ね返すのもお手の物ですわ」

 知らなかった。知る気など皆無だったが。

「寿命を削る類だな。このテのものは呪いをかけた本人か、よほど強い浄化の術でないと解くことはできないぞ」

「本人なら死んだな」

「まあっ、それではクロムさまの呪いは一生、解けないじゃないですか」

「安心しろ、私が力を蓄えて解呪してやる。呪いなどで死なれたらつまらん。貴様を倒すのは私だからな!」

「……フン。勝手にしろ」

 呪いなど、なんの支障もない。自分が誰かを愛するなど、あるわけがない。

 他者はすべて屑だ。そう思ったが、少しだけ怖れを感じた。

 こいつらならばあるいは……と。

 その予感は的中した。二人との関係はあれからも変わらず。

 ただ、ゾルディシュは呪われた左眼に興味を持った。

 見えてはいないのか、痛みはあるのか、変わったことはないのか、執拗に左眼について聞いてくる。

 じゃれ合いをする時でも、左側から攻撃をしなくなった。 

 時々、解呪の術を試されたりもしたが、どれも失敗に終わった。

「おい、クロム。この霊石は魔力や邪気などを吸い取るらしい。

 すぐに効果は出ないだろうが、試しに持っていろ。いずれ役立つかもしれん。あとはそうだな……」

 紫色の石を差し出すゾルディシュ。クロムは受け取りながらも辛抱たまらなくなり、ついに言った。

「もういい加減にしろ」

「何がだ?」

「オレ様はこのままでも構わんと言っているだろう。それに、手を抜かれるのは腹立たしい」

「手を抜く?」

 クロムはここのところイライラしていた。何かと気を使われる。遠慮される。

 今までと違う。あの時から、何かが変わった。

「貴様、なぜ左から狙わなくなった」

「ん? ああ……」

 言いよどむゾルディシュ。その目にわずかに浮かんだもの。クロムの頭に血が上る。

「死角から狙わずとも勝てるという自信か? これまで一度として勝てたことはないのにたいした自信だな!」

「クロム?」

「憐れんでいるのか? 惨めだと見下しているのか!? 妹に甘く、媚びへつらうだけの能無し悪魔が!!」

「!! 貴様……っ」

 ゾルディシュも癪に障ったのか、殴りかかってくる。そこにチサキが割って入った。

「やめて! どうしたの、兄さまっ」

「クロムは私を侮辱した!」

「フン、事実だろうが」

「なんだと!」

「兄さま! クロムさまも何を怒っているんですか? 何か怒らせるようなことをしたなら謝りますから……」

 クロムは舌打ちする。どいつもこいつも。

「その()……」

「え?」

「その()をやめろ! 憐れみの()を! このオレ様を、見下すなど……っ」

 どこかずれている。そう感じる。近くにいるのに、遠い。

 同じ場所に立っていたはずなのに。そう感じるようになったのはいつからか。 

「クロ……」

「呪いなど、まったくもって面倒だ。こんなもので、オレ様が屈辱を受けるとは。

 呪いなど解呪するまでもない。この呪いごと、引きずり出してくれる!」

 クロムが左眼をえぐり出そうとする。チサキが顔色を変え、クロムの手を掴んだ。

「危険です、クロムさま!」

 その手がクロムの左眼に触れる。途端に呪いが発動した。

 左眼は熱を発し、闇の触手が伸びてチサキを捕える。

「! きゃああああっ」

「チサキ!!」

 触手が魔力を奪い取る。触手を通じてチサキの魔力がクロムの中に吸収されていく。

 膨大な魔力が注ぎ込まれ、激しい痛みが生じる。

「がっ、あああああああ!!」

「うう、あ……っ、クロ……さ……」

「チサキ! チサキ!! くそっ、チサキを放せ!」

 ゾルディシュが黒い錐で触手を断ち切る。だが、新たに触手が伸びてきてチサキを絡め取った。

 魔力が枯れれば死ぬ。ゾルディシュは何度も触手を断ち切るが、そのたびに触手は再生した。

 チサキの体がひび割れ始める。チサキはぐったりとして兄を見上げた。

「兄……さ、ま……」

「チサキ!!」

 ゾルディシュがチサキの腕を掴んだ。だがついに魔力が枯渇し、その腕が折れ、チサキの体は崩れていく。

「チサキ!!!」

 ザアッとチサキの体が砂と化す。触手がクロムの眼の中に戻っていく。

 それに紛れ、小さな光が霊石の中に入り込んだ。

 魔力を取り込んだことによる激痛に耐えつつ、クロムは顔を上げた。

「チサ……キ……?」

「……チサキ……チサキ!! なぜお前が死ななければならないんだ!!」

「ゾルディシュ……」

「――貴様のせいだ」

 呟いて、ゾルディシュは血の涙を流し、感情を露わにしてクロムを凝視する。本気の怒りと憎悪。

「貴様のせいでチサキは死んだ。貴様がチサキを殺した! その呪われた左眼で!!

 返せ。私のチサキを返せぇぇぇぇぇっ!!」

 ゾルディシュの魔力が爆発する。呪いが全てを壊した。

 喜びも、友情も、思い出も、初めて生まれた小さな愛情さえも。



 黙って話を聞いていた(めぐむ)は、複雑な思いだった。

 クロムはゾルディシュとチサキを、友だと思っていたのだろう。

 そして、チサキに対してはそれ以上の感情があったに違いない。本人は認めないだろうけど。

 ゾルディシュとも好敵手だった。呪いさえなければ、三人がバラバラになることもなかっただろうに。

(だから此武(コノム)は左眼を隠してるんだ。また、誰かを傷つけないように)

 以前、眠っている此武の左眼に触れようとした時、此武が寝言で「死ぬ気か」と言っていたが、あれは無意識に警告していたのかもしれない。

 チサキをモデルに作られた千咲。此武が霊石とともに姿を消したのは、霊石にチサキの魂が宿ったことを知っていたからか。

 そばに置いておきたかったのだろう。自覚していなくとも、チサキへの想いゆえに。

(傲慢だし意地っ張りで無自覚だけど、ちょっぴり優しいところもあるんだよな)

 恩はクッションを抱いたまま立ち上がり、椅子の後ろから手を伸ばして此武の頭を軽く撫でた。

「今度、ゾルディシュと戦うことがあったら、その時は俺が力を貸すから。

 話してくれてありがとな。おやすみ」

 恩はソファーに戻ると、一分もたたないうちに寝息を立て始めた。

 突然のことに固まっていた此武は、ややあって小さく舌打ちした。

「フン。貴様ごときの力など、微々たるものだろうが」

 それでも、必要ないとは言わなかった。


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