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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第46話 鋒家の闇との決着

 その頃、恩は靁雯(レイウェン)との戦いを続けていた。

 武器や体に気を纏わせ、威力を何倍にも倍増させる技――氣襲(キガサネ)

 天華神瑩流(てんかしんえいりゅう)奥義の一つだ。

 恩は深呼吸をし、双剣を強く握りしめて靁雯に向かって駆け出した。

「だぁあああああっ!!」

 地を蹴って跳躍し、双剣を振り下ろす。靁雯は偃月刀で受け止め、激しく切り結ぶ。

「くっ。いいぜいいぜ。この血が滾る感覚! これを待ってたのさ!!」 

 致命傷にまでは至らないが、互いに傷が増えていく。頬から、額から、腕から、足から、双方の血が流れる。

「七百年! 人魔となって多くの屑な子孫どもを殺してきた!!

 どいつもこいつも手応えがなさ過ぎた!! だが! 貴様だけは俺を滾らせた!!」

「!」

 ヒュン、と靁雯が恩の間合いに飛び込んでくる。右手で首を掴まれ、そのまま締め上げられた。

「ぅぐっ」

「恩さん!」

「このまま絞め殺してもいいがな、それじゃあつまんねぇよなぁ」

「ぐ……うぅ。はっ……」

 宙に持ち上げられているため、全体重が首にかかっている上に、首元が圧迫され、うまく呼吸が出来ない。なんて力だ。

「もっといたぶってやんねぇと、な!」

 そのまま床に叩きつけられ、恩は血反吐を吐いた。

「がはっ! げほっげほっ。く……そ……」

「恩さんっ! 恩さん!!」

 カーレンの泣き叫ぶ声が聞こえる。ああ、早く助けにいかないと。

 でも、今の衝撃で左腕を骨折したようだ。これでは双剣は使えない。

 落とした双剣に手を伸ばそうとしたところで腹を蹴り飛ばされ、恩は床を転がっていった。

「うぐっ……」

「左腕が使い物にならなくなったか。じゃあ、お揃いにしてやらないとな!」

「!!」

 右腕を足で踏みつけられ、偃月刀の柄頭で思い切り殴打された。骨にひびの入る音がする。

「うあああああっ!」

 その後も何度も打ちつけられ、両腕の感覚がなくなってきた。

「いやあああっ。もうやめて下さい! 恩さんっ。恩さん……っ!」

「カー……レ……」

 助けに行きたいのに、体が動かない。悔しい。悔しい。

 靁雯は痛みで動けない恩を見下ろし、嘲笑した。

「あっちもそろそろ決着がつく頃だろうしな。あの女の望み通り、これで終わりにしてやる。瑤妃(ヨウヒメ)!」

「はい、靁雯様」

 靁雯の声に応え、瑤妃が光を発して本来の龍の姿に戻る。

 遺跡の天井が崩れ、その上空に白銀の雷龍が現れた。

 こんな状況下だが、月光に煌めくその姿は神々しく、なぜ彼女は靁雯を宿主と定めたのだろう、と疑問が浮かんだ。

「雷龍、瑤妃。その力をとくと見せてやれ!」

 靁雯が腕を天に向けてかざすと、瑤妃は帯電し、口から電撃を放った。

 雷龍の息吹が恩を直撃する。凄まじい雷電。

 恩は声すらあげず、黒焦げになった。人の焼ける異臭が漂う。 

「……恩さん?」

 倒れた恩はピクリとも動かない。カーレンはこれまでにないほど目を見開き、金切り声で恩を呼んだ。

「恩さん! 恩さん!! そんな、いやああああっ!! 恩さんっ! 恩さぁぁぁぁんっ!!」

 偃月刀を肩に乗せ、靁雯は勝ち誇った笑みを浮かべた。 



 ぴくっ、とクロムは異変を感じた。妙な喪失感。繋がっていたものが断ち切られたような感覚。

(恩?)

「……ぜだ」

 ゾルディシュの微かな呟きに、クロムはゾルディシュに目をやった。

「……なぜ……そこまでする……なぜ! この男のために、チサキが二度も死なねばならんのだぁああああああっ!!!」

 ゾルディシュの怒りに呼応して、数十本の黒い錐が足元から生え出してくる。

 クロムは跳躍して避け、ゾルディシュの撃ち出す黒い錐をつららで相殺する。

 ゾルディシュが血走った目で哄笑した。

「クロムがもう孤独ではないだと!? あのガキがいるから大丈夫だと!? なら残念だったな! 今頃、靁雯がそのガキをなぶり殺しているさ!!」

 クロムは目を瞠った。次いで、ぎりっと奥歯を噛みしめる。

 向かってくるゾルディシュを、ひどく冷めた目で見つめる。

「我が玩具を痛めつけていいのは、このオレ様だけだ!!」

 瞬時にゾルディシュに肉薄したクロムの左眼から呪いの触手が伸び、ゾルディシュを絡め取った。そこから魔力を吸い取られる。

「なっ……は、離せ!」

 怒りで呪いが発動したか。忌々しいが、今ならば好都合だ。

「貴様にはもっと屈辱を与えてやる」

 クロムはゾルディシュを引き寄せると、左眼をえぐり取った。 

「ぐあああああっ!」

「憎いオレ様と揃いにしてやったぞ。さて、このまま魔力をすべてオレ様のものにしてやろうか」

「! させるかぁあああっ」

 力を振り絞り、ゾルディシュは黒い錐を出現させて触手を断つ。

 だが、魔力を半分ほど吸い取られたため、異空間を維持できなくなった。

 パァンッ、と異空間が弾け、クロムは現実世界に戻ってきた。

 ちょうど靁雯たちのいる広間で、クロムの視界に黒焦げの物体が映った。

「恩!!」

「よぉ戦神、遅かったじゃねぇか。奴にだいぶ手こずったようだな。しかし始末できなかったとはな。まあいい。こっちはカタがついたんでな」

「恩さん……恩さん……」

 顔を手で覆って泣いているカーレン。恩は無残な姿になっていた。

 クロムはチッ、と舌打ちした。さっきの喪失感はこれか。

「さーて、次はあの女を殺してやるか」

 くるっと靁雯がクロムに背を向けた時。

「おい、若造。それでそいつを始末できたと思うのか?」

 足を止め、靁雯は怪訝な顔で、肩越しにクロムを振り返った。

「ああ?」

「甘いな。奴はどんなことがあろうと、あの娘を守るために立ち上がる。こんな風にな」

 ゆらりと恩が立ち上がった。服は黒焦げのままだが、焦げていた肌がみるみる元に戻っていく。靁雯は目を丸くした。

(あれだけの電流を食らっていながら立ち上がるだと? 奴は雷龍の加護を受けていないはず)

 雷龍の加護があれば雷に耐性がつくので、電撃は効かない。もしそうだとしたら焦げつきさえしない。

 なのに、恩はかなりのダメージを食らっていた。ということは加護を受けていないということ。ならばなぜ。

「なぜ生きている……高天 恩!」

 折れていた腕は治っている。双剣を拾い、ゆっくりと恩は歩き出した。

 再び双剣に気を送り込む。

 カーレンは顔を上げた。恩がしっかりとした足取りで一歩一歩、靁雯に近づいていく。

「恩さん……っ」

「カーレン、今度こそ、俺が助ける。そして、お前を倒す!!」

 気を高め、恩は目にも留まらぬ速さで靁雯に斬りかかった。

 靁雯が偃月刀で一本の刀を防ぐ。もう一本の刀は――

「ぐふっ……なん……だと……」

 見事に靁雯の腹を貫いていた。邪を祓う気を込めた一撃だ。

 靁雯は呻き、苦悶した。魔力が失われていくのが解る。命が削れていくのが解る。

「オレが……こんなガキに殺されるというのか……あの時、皚燄(アイイェン)にやられたように……! また死ぬのか、このオレがぁぁぁっ!!」

 靁雯の体を貫いた剣を抜く。靁雯はどおっと倒れ、完全に動かなくなった。体が崩れて骨だけになる。

 これが人魔、靁雯の最期だった。

「さて、あとは貴様だけだぞ、ゾルディシュ」

 クロムは片目を失った悪魔に目をやる。ゾルディシュは歯噛みした。

 手駒にしていた靁雯がやられては、戦力的に不利だ。

 靁雯に従っていた瑤妃は、自分には従わない。

 それに魔力をほとんど失ったので勝ち目などない。

「おのれ、クロム……!! 魔力を回復し、貴様を倒せるだけの力を得たら、この手で貴様を殺してやる!!! 覚悟しておけ!!」

 捨て台詞を残し、ゾルディシュは空間のゆがみに消えた。クロムはふん、と鼻を鳴らした。

「また返り討ちにしてやる。何度でも、な」

 クロムは仮の姿である此武に姿を変えた。

 瑤妃はいつの間にか姿を消していて、カーレンを覆っていた結界も消えた。

 カーレンが慌てて恩のもとに駆け寄る。

「恩さん!」

「カーレン!」

 カーレンの体を抱き止め、恩はぎゅうっと抱きしめた。

「よかった……カーレン、無事で」

「恩さん……ごめんなさい。わたしのせいで、こんなことに……ごめんなさい……」

「謝ることないよ。カーレンは悪くない」

「でも、わたしはなにもできなくて……わたしにも力があれば、恩さんがあんなにも傷つくことはなかったのに」

 泣きじゃくるカーレンの体を放して、恩はカーレンと目を合わせて笑う。

「何もできなくなんかないよ。俺はカーレンの言葉や声に、勇気をもらえる」

 こつん、とおでことおでこを合わせ、嬉しそうに恩は言った。

「カーレンがいるから、俺は強くなれるんだ」

「恩さん……」

 カーレンは涙を拭きながら笑った。

「ありがとうございます。恩さんが生きていてくれてよかったです。わたし、死んでしまったのかと……」

「うん。正直、俺も死んだと思った。でも気づいたら意識があったんだ。自分でも不思議だよ。よく生きてたなぁ」

「おめでたい頭だな。貴様は確かにあの瞬間、死んだのだ」

「え……」

 此武に目をやると、此武は腕組みをしてため息交じりに言った。

宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)である貴様は、終焉(しゅうえん)(とき)まで決して死なん。身が裂かれようが首が飛ぼうが粉々に砕けようが、肉体は再生し復活する。貴様は不死なのだ」

「不死……」

 だから一瞬だけ、意識が途切れたのか。

 ああ、やっぱり自分は人間であって人間ではないのだ。

 創造神に創られた、プロットのためだけの命。

「それより、天帝の娘を取り戻したならさっさと出るぞ。こんなところに長居する気か、愚図」

 落ち込んだ気分もあっさり吹き飛んだ。恩は微苦笑してケイオスフォズマを消した。

「はいはい、そうですね。靁雯は倒したし、帰るか。あれ? 千咲さんは?」

 此武は足を止め、振り返らずに呟いた。

「千咲はもういない。核を失ったからな、二度と創れん」

「え!?」

「たとえ核が残っていたとしても、奴がこの世に留まる理由はもうないだろう」

「? どういうこと?」

「やかましい。とっとと帰るぞ」

 時空廻廊への穴を開き、中に入っていく此武。

 納得いかなかったが、これ以上つついても無駄だと思い、カーレンと時空廻廊に入っていった。

 高科FWに戻ると、そこでは馴染みのない人物に出迎えられた。

「おや、おかえりなさい」

「ひ、陽向さん!?」

 赤い隊士服に身を包んだ陽向が、ソファーで優雅に紅茶を飲みながら座っていた。

 途端に此武の機嫌が悪くなる。眉間のしわが一層増えた。

「何をしている、糞狐」

「嫌ですねぇ、そんなに邪険にしないで下さいよ。最大の一仕事を終えた恩くんを労おうと思って待っていたんですよ」

「!」

「お疲れ様、恩くん。悪ーい亡霊に攫われたお姫様を、無事に取り返せたみたいだね」

 にっこり笑う陽向に、恩は少し警戒しながら「ありがとうございます……」と礼を言った。

 やはり陽向は靁雯が鋒家と関わりがあると知っていたのか。しかも、あいつが人間ではないことも。

 いったいどこまで知っているんだ。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の仕事を手伝ってくれるのはありがたいが、何か手の上で転がされているような気がする。

 今回だって、恩は宿命の夢で靁雯と戦うことは分かっていたが、予知夢とはいえ、捜査に協力させられていなければ、いつ出遭っていたか。

 宿命の夢は宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)以外は見えない。

 偶然なのだろうか。それとも、陽向が手引きをしたから靁雯と戦うことになった?

 分からないが、陽向には用心した方がいいかもしれない。 

黑牙(コクガ)の首領がどうなったのか知らないけれど、またしばらくは黑牙が動き出すことはないだろう」

「もう、ないと思いますよ。黑牙の首領ははもういませんから」

「……へえ? そうかそうか。捕まえられなかったのは残念だけれど、頭を失ったのなら、黑牙も終わりだね」

 陽向はカップをテーブルの上に置いて立ち上がった。

「今回もありがとう。この礼はいずれさせてもらうよ」

 立ち去る陽向。すれ違いざまに、恩でも聞き取れないほどの小声で此武が言った。

「全部見ていたくせに白々しいな」

「おや、よく分かりましたね、私があの場にいたと」

「貴様の気配は嫌でも分かる」

 目を細めて陽向は冷笑を浮かべた。

「どこにいても分かるだなんて、私もずいぶん愛されていますね」

「ふざけた真似はするな、糞狐」

 クス、と笑い、陽向は立ち去った。

「何をしている。貴様らも帰れ」

「え……」

「仕事は終わったのだからな」

「あ、うん……そうだけど……」

 それもそうなのだが、なんとなく離れ難い。だって……

(今ここで帰ったら、此武はひとりになってしまう)

 恩は背を向けている此武を見つめた。

『千咲はもういない。核を失ったからな、二度と創れん』

 そう言った此武の背中が、どことなく寂しそうだったから。表情(かお)は見えなかったけど……

「俺、今日はここに泊まるよ」

 此武が目を瞠る。カーレンも不思議そうな顔をした。

「織枝さんにはメールしとくし、たまにはいいだろ?」

 此武をひとりにしていたくない。ずっとは無理だけど、せめて今夜だけでも。

 背後で恩が笑っているのが分かる。胸にぽっかり空いたものが、少しだけ埋まっていくような気がした。

 此武は恩に顔を見せないように歩いていき、デスクチェアに座った。くるっと椅子を回して、大きな背もたれで此武の姿が隠れる。

「……勝手にしろ」

「うん」

 カーレンは恩の意図が分かって優しく微笑んだ。ここは自分はいない方がいい。 

「恩さん、わたしは帰ります。織枝さんもひとりにはしておけませんから」

「ありがとう、カーレン」

 カーレンの気遣いがうれしい。此武はフン、と鼻を鳴らしただけだった。



 カーレンを見送り、続いて寝床の確保だ。

 高科FWはこのメインルーム部分と隣の給湯室しかない。寝るとすればこのソファーくらいだ。

(服は換装でどうにでもなるけど、何か掛けるものないと寒いよな……あ、でもここって暑さとか寒さ感じないから大丈夫かな?)

「おい」

「んー?」

「残ったのは理由があるんじゃないのか」

「あるよ。一度ここに泊まってみたかったから」

「それだけか」

 相変わらずデスクチェアの背もたれが隔てていて、此武の姿は見えない。

 声の調子はいつもと変わらずに淡々としている。

(変わらないようで、少し違う。分かるんだ。強がってるってこと)

「ふーん、他の理由があるって思ってるんだ。そんなに俺にいてほしいのか?」

「……」

(ほら。いつもだったら、こんな言い方したら「ふざけたことをぬかすな、下僕!」とか言いそうなのに。

 お前がそんな調子じゃ、心配になるんだよ。放ってなんかおけないよ)

 換装でパンダ柄のパジャマに着替えた恩は、クッションを胸に抱いてソファーに座った。

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。でも、話せるんだったら聞かせてくれ。俺はここにいるから」

 ちゃんとそばにいてやるよ。千咲さんの代わりに。

 恩は辛抱強く待った。長い沈黙の後、此武が口を開く。

「……千咲(あいつ)は……ゾルディシュとの戦いのさなかに、核を失って消えた。自分で、核を壊した。もうこの世に留まる必要はないと。

 千咲(あいつ)は、チサキは……ゾルディシュの妹であり、オレ様を友と呼び、オレ様が殺した悪魔だ」

 恩は息を呑む。千咲がゾルディシュの妹で、悪魔だった?

 前髪に覆われた左眼に手をやり、此武は語り出した。

 それは、遠い昔のこと。自分が魔界にいた頃の話だ。


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