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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第45話 靁雯(レイウェン)の正体と千咲の真実

 闇が引いていく。二人の姿は忽然と消えていた。

「クロム! 千咲さん……どこへ……」

「戦神たちは異空間にいるぜ」

「!」

 遺跡の奥の方から靁雯(レイウェン)の声が反響してくる。恩はケイオスフォズマを構えた。

「ゾルディシュが創った空間にな。まあ悪いようにはしないだろ。何せあいつらはオトモダチだからな」

「靁雯! カーレンを返せ!」

「開口一番か。よほど大事なんだなぁ、この女が。いいぜ、来いよ。奥の間で待っててやるぜ」

 恩はぎゅっとケイオスフォズマを握りしめ、駆け出した。

 中は真っ暗だったが、夜目がきくので問題ない。

 今が冬で、しかも夜であることも手伝って、非常に寒い。

 しばらく進むと、拓けた場所に出た。

 その部屋の奥、玉座にその男は座っていた。

「くく。ちゃんと辿りつけたか。誉めてやろう」

「靁雯……っ」

 きっとここは、何かの儀式を行うための神殿だったのだろう。

 玉座に続く階段の下の台座に、カーレンが寝かされていた。

 瑤妃が見張るようにその横に立っている。

「カーレン!」

「安心しろよ。殺しちゃいねぇ。今はまだ、な」

「く……っ」

 ぎりっと歯噛みする恩。靁雯は偃月刀を担ぎ、ゆっくりと階段を下りてくる。

「さあ……今度こそ闘り合おうぜ。本気の、死合を!」

 だんっ、と反動をつけて靁雯が飛び掛かってくる。

 恩も床を蹴った。その顔は怒りに染まっている。

 許せない。カーレンを巻き込んだこと。カーレンを傷つけたこと。

 こいつだけは、許さない!

 恩は気を集中させ、ある言葉を紡いだ。

天地(テンチ)万籟(バンライ)滄浪(ソウロウ)風雲(フウウン)!」

 恩に宿る気が増幅される。溜めた“気”を腕に集中させ、恩は薙ぎ払うように腕を振った。

翔月爪(しょうげっそう)!!」

 放たれた“気”はかまいたちのようになって、靁雯に切迫する。

 だが、靁雯はそれを偃月刀で両断し、満足げに嗤う。

「くははっ。ようやく使ったなぁ。そうだ、それでいい! それこそが鋒家の力。天華神瑩流(てんかしんえいりゅう)だ!!」

 恩が隠していたものの一つ。それが天華神瑩流だった。

 天華神瑩流は最強の武術といわれ、鋒家にのみ受け継がれるもので、気や霊力を複合させた格闘術だ。

 元は破魔の術であり、鋒家はこの力を使って魔物退治なども行っていた。

 この力を使わなかったのは、鋒家であることが隠しきれないから。

 自分が鋒家の人間だという揺るぎない事実になってしまうから。

 でも切り札は使わない。雷龍は呼ばない。今はまだ、呼べないから。 

 自信を持って宿主だと言えるまでは、彼の名は呼ばない。どんなに焦がれていても。

「天華神瑩流を使ってこそ、真の鋒家の人間と言える。らしくなってきたじゃねぇか、高天 恩!」

「全力で相手してやるさ! 貫崩拳戈(かんほうけんか)!!」

 掌中に気を集めて放つ。気砲はレーザー光線のようにまっすぐに飛ぶ。

 靁雯はよけ、同じように始動の咒言(じゅごん)を唱えた。

「天地、万籟、滄浪、風雲」

 靁雯の周囲に、複数の黒い重力の弾が現れる。

黒影衝弾(こくえいしょうだん)

 低く呟くと、重力の弾が一斉に恩へと飛来する。

 恩は紙一重で避けたが、全てをよけきれず、いくつかの弾が被弾した。  

 途端に普段の十倍の重力がのしかかってきた。

「ぐ、あああああっ!」

 弾一つにつき五倍の重力。二つだったから十倍の重力で済んでいるが、もしすべて当たっていたら百倍以上。

 なんとか持ちこたえて立ってはいるが、体は動かない。

「まだまだ遅いな。その程度じゃオレは捕えられねぇぜ!?」

 愉悦の表情で嗤う靁雯。恩は悔しげに歯噛みした。

 台座の上に寝かされていたカーレンはふと目を覚ました。

 なんだか体が少しだるい。ここはどこだろう。

 起き上がって首を巡らせると、靁雯と対峙している恩を見つけた。

「恩さ……っ」

 駆け寄ろうとして、バチンッと何かに阻まれた。

「きゃっ」

「大人しくしていた方が身の為ですよ。貴女の周りにはわたくしの結界が張ってありますので」

 瑤妃(ヨウヒメ)が淡々と言う。目に見えないドームのようなもので覆われていて、カーレンは台座からは出られないようになっていた。

 恩が苦しんでいる。助けに行きたいのに。なんて自分は無力だろう。

 こうなってしまったのも自分のせい。自分がつかまってしまったから。

 己の不甲斐なさにカーレンは涙を流した。もっと恩の力になりたいのに。また苦しませてしまった。

「恩さん……恩さん!」

 カーレンの声に、恩は無理やり体を動かした。

 台座に顔を向けると、カーレンがこちらを見ていた。 

 ああ、よかった。無事で。でもどうして泣いてるの?

「おいおい、どうした? 貴様の本気ってのはその程度か? だったら、あの女殺しちまうぜぇ?」

 靁雯の囁きに、恩は歯を食いしばり、全身全霊で術を絶ち切った。

「そんなことさせるか!! カーレンは俺が守る! 守るって決めたんだ!!

 絶対に!! もう二度と、誰にも奪わせるもんかぁぁぁぁぁっ!!!」

 恩の気が爆発した。その気に反応して大地が鳴動する。靁雯を殺気にも似た強いまなざしで睨みつける恩。

 靁雯はその表情に見覚えがあった。とてもよく似た顔を。

「くくく、はははははっ! ああ、その顔だ。やはり似てやがる。あの野郎に!」

 哄笑した靁雯は瞬時に表情を変えた。侮蔑と憎悪のこもった、ひどく冷酷な表情に。

「――虫唾が走る」

 瞬間、靁雯からも気が溢れ出す。だが、気とともに感じた波動に、恩とカーレンは驚愕した。

「え……これは……」

「魔力……?」

 人間なのに、魔力を感じるなんて。それも、ひどく禍々しい。

「初めて会った時から思っちゃいたが、貴様はどこまでもあの野郎にそっくりだぜ。

 鋒家を腐らせた我が愚弟、皚燄(アイイエン)にな!」

皚燄(アイイエン)? 皚燄(アイイエン)って鋒家の……弟って……まさか」

 皚燄(アイイエン)は鋒家の祖先の名だ。高天家に仕えた最初の祖。

 彼は反逆した兄との死闘の末、ここ珞陽へ逃れてきたという。

 その反逆した兄の名は。

劉黔(リウチェン)……?」

 鋒家史上最悪の反逆者、劉黔(リウチェン)

 当代きっての強さを持っていた劉黔(リウチェン)は、ほぼ同等の力を持った弟、皚燄(アイイエン)とともに鋒家を支えていたが、時代の流れとともに衰退していく鋒家に怒りを感じ、多くの一族を惨殺した。

 藍泉に逃れた皚燄(アイイエン)を追ったが、皚燄(アイイエン)と相討ちになって死んだと鋒家の歴史で教わったのだが……

「ふん。その名で呼ばれるのは七百年振りくらいか」 

 当たり前のように笑う靁雯。そう、劉黔(リウチェン)が生きていたのは今から七百年ほど前。いくら不老長寿の白凰でも、そんなに長くは生きられない。

(靁雯が劉黔(リウチェン)本人? そんなことありえ……)

 いや。無いとは言い切れない。可能性が一つだけある。

 先ほど感じた異様な魔力。異能者であればわずかながら神力や魔力を持っている。

 しかし、これほどまでに強力な魔力は、異能者でもまずいない。

 あるとすれば、それは。

「靁雯……お前……人魔、なのか?」

 恩の問いかけに、靁雯は無言で笑みを浮かべた。それが答えだった。

 人魔は魔道に堕ちて魔族化した人間のこと。魔族なら何百年、何千年生きようともおかしくない。

 なるほど、靁雯がこの珞陽を潜伏先に選んだわけだ。ここは皚燄(アイイエン)と対決した因縁の地。

 そして鋒家を恨み、ずっと狙い続けてきた理由もようやくわかった。これは復讐なのだ。

皚燄(アイイエン)との死合後、オレはゾルディシュに出会った。そしてあいつと契約し、人魔になったのさ」

「なら……ますますお前を倒さなくちゃいけなくなったな。鋒家に仇なす亡霊となったお前を!」

「殺れるもんなら殺ってみろ!!」

 互いの気がぶつかり合う。凄まじい力の奔流は、結界内にいてもひしひしと伝わった。

 カーレンはますます不安が募った。

 相手が人魔であるなら、恩が無事でいられる確率は余計に下がる。

 ただでさえ、恩は靁雯に敵わないのに。

「恩さん……」

 自分には何もできない。支えることも、触れることも。あの人の力に、わたしはなれない。

 カーレンが台座に手をついてうなだれた時。

「カーレン!! 絶対助けるから、待ってて!」

 力強い声が聞こえた。顔を上げると、恩がにっこり笑いかけていた。

「大丈夫。俺を信じて、待ってて」

 カーレンは大きく目を見開いた。

「その自信、撃ち砕いてやるぜ!」

「負けない。守りたいものがあるから、俺はお前なんかに負けない!」

 ケイオスフォズマを双剣に変形させ、気を纏わせる。

 刃が纏った気で何倍にも膨れ上がった。



 一方、異空間に連れ込まれたクロムはゾルディシュと対峙していた。

 互いに憎悪に満ちた目で睨み合う。先に口を開いたのはクロムだった。

「その殺気は衰えんな。……あの時から」

「当然だ。あのことは一生忘れはしない。私は貴様を許さない!」 

 ゾルディシュの目が怒りに染まる。その目はクロムの後ろに立つ千咲にも注がれていた。

「貴様はやはり呪われている。その左眼が全てを狂わせた!」

 ゾルディシュがクロムの左眼を指差して叫ぶ。

「フン。いい加減その執着心を捨てたらどうだ。その執着心が元凶だというのに」

「黙れ! その言葉、そっくり貴様に返すぞ! そこのゴーレム、我が妹に瓜二つだろう。貴様が殺したチサキに!」

 ぴくりと千咲がわずかに反応する。クロムは顔をしかめた。

「貴様さえいなければ……貴様と出会っていなければ、あれが死ぬことはなかった!

 呪われた身の貴様に近づいたから、チサキは呪われたのだ!!」

「冷徹な鎌月(れんげつ)も、妹への情だけは厚いと見える」

「……っ、貴様!! なぶり殺してくれる!!」

 クロムの嘲笑に激昂したゾルディシュは、大量の黒い錐を生み出し、雨のようにクロムの頭上に降らせる。

 クロムは氷柱を撃ち出してそのすべてを破壊した。

「その力……っ、それもチサキから奪ったものだ! チサキを左眼で喰い、力だけでなく命さえも……っ」

「貴様の言い分も聞き飽きた。芸のない攻撃もな」

 地を蹴り、クロムはゾルディシュに向けて右腕を突き出した。

 冷気が放出され、ゾルディシュの右腕を凍らせた。

「くっ、チサキの力を……これ以上使うなぁ!!」

 冷気をよけたゾルディシュは、凍っていない左腕に魔力をまとわせ、腕そのものを錐にする。

 猛スピードでクロムの懐へと入り、錐で貫こうとした、その時。

「兄さま!」

 鋭い声がゾルディシュの動きを止めた。この声は――

 思いがけない声にクロムも目を瞠り、声のした眼下を見下ろすと、千咲が悲しげな目で二人を見上げていた。

「やめて。クロムさまを殺さないで」

「チサキ……? チサキなのか? なぜお前が……」

「そう、あたしよ、兄さま。あたしは一度死んだ。でも、あたしの魂はずっと留まっていたの。この体の核に」

 ゾルディシュは瞠目する。クロムは眉を顰め、拳を強く握りしめた。

 千咲の核、それはあの紫の石だ。あれを失えば千咲は砂に戻る。

「チサキ……ならばなぜ、戦神のそばにいる! お前を殺した戦神の……っ」

「違うわ、兄さま。クロムさまが悪いんじゃない。あれは事故よ。誰も悪くない。

 だからクロムさまを恨むのはやめて。あの頃の二人に戻ってよ。仲の良かった、あの頃に」

 ゾルディシュはしばらくクロムを睨みつけていたが、やがて腕の錐を解く。千咲はほっとして笑った。

「兄さま。最期の時、あたしの魂はこの霊石に吸い込まれた。霊石に取り込まれたあたしの意識はほとんど薄れていた」

 ぼんやりとした意識の中で、二人が戦っているのを見ていた。

 兄は怒りと悲しみで我を忘れているようだった。クロムは、よく分からない。

 けれど、怒りの感情が見て取れた。それから先は覚えていない。

「あたしはそのまま、霊石の中で眠りについて……ふと目覚めたの。兄さまと再会した時に」

「!」

 占い館でゾルディシュと再会した。会ったのは最期の時以来。

 目を覚ましたと言っても、相変わらず意識は朦朧としていた。その中で断片的に知ったこと。

 自分はゴーレムで『千咲』と呼ばれていること。

 クロムが創造主で、マスターと呼んで従っていること。

 人間界では、クロムは『此武』という仮の姿をしていること。

 創造神の命令で、宿命を紡ぐ(フェイトスピナー)である恩と行動を共にしていること。

「あの時からかしら。ごくたまに意識が戻るようになったの。

 だから考えてみた。どうしてあたしの魂は霊石に取り込まれたのか。きっと、未練があったからだわ」

「未練……?」 

「あたしの未練は、クロムさまが孤独ではないこと。本当に心を寄せられる誰かを見つけてくれること」

 驚いた。あのクロムが誰かと一緒にいたこと。

 孤独を好んだクロムが、自分たち以外の誰かと、しかも最も下等な種族だと罵り、蔑んでいた人間といるなんて。

 クロムの仕打ちにもめげずに、まっすぐな心で向き合ってくれるひと。

 その心に、クロムも無意識に惹かれているようだった。

 だから彼と契約を結んだ。嬉しかった。クロムがもう孤独ではなくなったこと。

「クロムさまは気づいてたのね。あたしに未練があったことも……あたしの魂が、霊石に宿っていたことも……だから、千咲(わたし)を創ったんでしょう?」

 クロムは眉根を寄せて、顔を逸らした。

「……フン。あの方々にそうしろと命じられたまでだ」

 知っていた。チサキの魂が霊石の中に在ること。だから捨てられなかった。

 千咲を創ったのは、恩と出逢う前。創造神に宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の補佐を務めよと命じられた時に、従者を創れと命じられた。

 クロムはそんなものは必要ないと思ったが、創造神の命には逆らえなかった。けれどこれで名目が出来た。

 そうだ、千咲を創ったのは、ただそばにいてほしかったのだ。

「ふふ、そういうことにしておきます。でも、もう大丈夫ですね。

 クロムさまには恩さまがいる。あたしがそばにいなくても、孤独じゃない」

 チサキの言葉に、クロムはハッと目を瞠った。チサキは先ほどクロムが撃った氷柱を拾い上げた。

「未練がなくなった今、あたしがここに留まる理由はない。だから、今度こそお別れ」

「「やめろ、チサキ!!」」 

 何をするのか察したクロムとゾルディシュが制止するが、チサキはつららを自分の胸――霊石に突き刺した。

 核となっていた霊石は砕け、チサキの体が崩れていく。

「恩さま……これからも……クロムさまを……よろし……く……」

 チサキは完全に砂と化して消えた。砕けた霊石が砂に混じって儚く煌めく。

 ドクン、とその様を愕然と見つめていたゾルディシュの心臓が大きく跳ね上がった。

 空間がゆらりと揺らめく。


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