第42話 真実(かこ)と向き合うこと
学校に行くといつものメンバーに迎えられた。
突然のシェーシア旅行で登校もせず連絡を断っていたせいか、みんなにやたらと不満や心配をかけてしまったらしい。そのお詫びとして、放課後は全員で遊び行くことになった。
行き先をあみだで決めた結果、ゲームセンターになったので近場のゲーセンに立ち寄る。
みんな、思い思いにゲームをやっているが、恩も玲汰も、ゲームは自分でやるより人のを見る方が好きなので、一緒にみんなのプレイを見て回る。
幸緒はさすが、バンドをやっているだけあって音ゲーのところにいた。なかなかの高得点を弾き出している。
要とまひろはクレーンゲームで、まひろがリクエストした景品を取ろうと悪戦苦闘している要が、年相応に見えてかわいい。
亜橲はレースゲームで白熱していた。オンラインで対戦中らしい。今のところ四位だが、ぐんぐん追い上げている。
みんな楽しそうでよかった。やはり、友達と遊ぶのは楽しい。
ゲームセンターではあまりゲームをやらない恩なので、しばらく見て回っていたが、せっかくなので少しやってみようかな、と物色していると、すれ違った人と肩がぶつかった。
「わ。すみません」
「いえ、こちらこそ。……あっ」
「げっ!」
ぶつかった相手の顔を見て、恩は顔をしかめた。なぜこんなところに。
相手は恩の顔を見ると、上気した顔で飛びついてきた。
「めぐせんぱーい!」
「け、啓也っ」
「こんなところで会えるなんてうれしいですーっ!」
「えーい、抱きつくな!」
ぼこっと啓也を殴ってひっぺがす。
一つ下の後輩である篠原啓也は、恩に懐いていて会うたびにまとわりついてくるのだ。
好かれるのは大いに結構。だが、過剰なスキンシップはいらない。
「まったく、どうしてお前はいつもいつもひっついてくるんだよ!」
「それは君が愛らしく、いい匂いがするからですよ」
「!?」
突如、後ろから誰かに抱きしめられた。恩が何か言う前に、啓也が条件反射でシャーッと威嚇する。
「学生会長ー! 僕のめぐ先輩に何してるんですか!」
「こんなところで逢えるなんて、運命に他ならないですね」
「シカトしないで下さい!」
ぎゅーっと恩を抱きしめ、稜雲はにっこりと笑った。
「おやおや。篠原君、いたんですか?」
「憎たらしいほどしらじらしいっ」
「さっきの言葉は聞き捨てありませんねぇ。恩くんは私の恩くんですよ」
「しっかり聞いてるじゃないですか!」
「やかましいーっ! 俺はどっちのものでもないわ!!」
稜雲の腕を振りほどき、恩は二人と距離を取った。
なんだってこんな時に、この二人が鉢合わせするんだ。
「会長はなんでこんなところにいるんだよ? ゲームセンターで遊ぶようなヒトじゃないだろ」
「ふふ。よくお分かりで。その通り、私は遊びに来たのではありません。
この界隈で不審者が出るそうで、我が慶星高学の学生も遭遇していると耳にしましてね、この前の吸血鬼事件のこともありますし、見廻りをしていたんです」
吸血鬼事件、と言う言葉に恩はドキッとする。リヒトとはその事件で知り合った。それからしばらく一緒に暮らして、シェーシアに行って……いろいろあった。
共に過ごしたのはほんの二週間程度なのに、彼との思い出は深く刻み込まれている。
やや沈みがちな恩の表情に気づいた稜雲は、くすりと微笑んでから満面の笑みを浮かべた。
「なので、外ももう暗いですし、君たちも早めの帰宅をお勧めしますよ」
「はーい」
啓也は素直に従う。恩も亜橲たちを呼びに行こうとその場を離れようとすると、稜雲に引き留められた。
「恩くん、君に伝えておきたいことがあります」
「な、なんだよ。真剣な顔して……」
「まずはおかえりなさい、と言っておきましょうか。あちらはいかがでした?」
恩は軽く目を瞠った。どこまで知っているのか。
稜雲は父親から、恩が宿命を紡ぐ者であることを聞いて知っていたらしい。
ただ、どの程度まで知っているのかを、恩は知らない。稜雲の顔を窺っても、それは読み取れなかった。
「……いいところだったよ。とても」
理想的な世界だった。あらゆる生き物が隔てなく共存していた。
けれど、そこで得た真実は、恩にとって重く、永い宿命の始まりだった。
自分の宿命を受け入れたつもりでいた。
しかし、どこか甘く考えていたのかもしれない。永い時を生き続けながら、フェイトパースを導く。
それは自分が想像していた以上に、過酷だ。この先、ルカフィルのように死へと導くこともあるかもしれない。
フェイトパースを導くことで、幸せやつらさ、悲しみや苦しみ等を味わうのは、フェイトパースだけだと思っていた。
でも違う。自分にとって身近な人がフェイトパースになることもあって、つらい思いをするのは自分もなのだと、痛感した。
運命を選んだあとは見ているだけでいいのかと、選んだらそれで自分の役目は終わりなのだろうと思い込んでいた。
現実を知って、甘く考えていたことを悔やんだ。
見届けなくてはいけない。受け止めなくてはいけないのだ。
そこまでが宿命を紡ぐ者の役目だ。
宿命を紡ぐ者としては未熟だけれど、これからもしっかり、事実を受け止めて、前を見据えていかないと。
そう割り切って帰ってきた。もう迷ったりしない。
「機会があったら、また行こうと思うんだ。会いたい人もいるしな」
晴れ晴れとした笑顔で恩は言った。杞憂であったことにほっとして、稜雲も微笑み返す。
「そうですか。それはよかったですね。会いたい人というのは気になりますが……本題に入りましょう」
稜雲が耳を貸すように仕草で促すので耳を貸すと、稜雲は低い声でささやいた。
「いずれ世間に公表されるとは思いますが――黑牙がまた動き始めたそうです」
「!!」
恩の脳裏に靁雯が思い浮かぶ。
謎の犯罪組織、黑牙。その首領は、世間では赤い髪の男としか明かされていないが靁雯である。
靁雯は鋒家を恨み、鋒家の人間である恩の命を狙っている。その上、彼は悪魔・ゾルディシュと行動を共にしている。
事件を起こすのは何かの計画らしいが、その計画がなんなのかは分かっていない。
恩がリーフェに戻ってきた理由の一つが、靁雯との決着だ。
彼の計画とやらを阻止したい。無差別殺人の被害者をもう、増やしたくない。
「恩くんには早く知らせておいた方がいいだろう、と父が言っていたので。黑牙と君の間に何があるのかは聞きませんが……気をつけて下さいね」
稜雲はひらりと手を振ってその場を離れていった。
「あ、いた。高天ー!」
入れ違いで亜橲たちが駆け寄ってくる。硬い表情の恩に、怪訝な顔をした。
「あれ、高天? なんか顔色悪くないか?」
「どうしたの? 恩」
「あ……いや、なんでもない。遅くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
心配そうなみんなに、笑顔でごまかす。帰ってきて早々、壁にぶち当たるとは。
けれど、これは自分で選んだ道。もう目を逸らしたりしない。
ああ、そうだ。もう一つやらなくてはいけないことがある。
恩は決意を固めた。
「お姉様にお会いしに行くんですか?」
帰宅してから、恩はカーレンに打ち明けた。
やらなくてはいけないこと。それは実家の人間に会うことだ。
恩は約四年前に実家を出た。靁雯から――鋒家の闇から逃げるために。
知ってしまった真実から目を背けたくて、耐え切れずに、大切なものを残してこの国に逃げてきた。
鋒姓はもちろん、高天姓を名乗らなかったのも、高天家は鋒家との繋がりがあるから、靁雯に感づかれたくなくて、穂積を名乗った。
でもそれはもう意味がない。靁雯には見つかった。姉にだって。
あの日、きっと姉は実家に連絡をしただろう。
居所まではつかめていなくとも、この国のどこかにいることは知られた。
(靁雯と戦うんだ。どうしたって鋒家は関わってくる。逃げないと決めたから)
鋒家が本気を出せば、居場所なんていずれバレる。だったらいっそ、会ってしまった方が。
「一緒に……姉上のところに行ってほしいんだ」
不安げに、それでもまっすぐなまなざしを向けてくる恩を、カーレンはそばで見守りたいと思った。
支えてあげたい。カーレンは優しく微笑んだ。
「はい。分かりました」
「ありがとう、カーレン!」
まずは姉の居場所を見つけないと。前に会ったところはそう遠くない。あの付近に住んでいるのか、出先だったのか。
あの近辺で情報を集めよう。幸いなことに自分たちには特徴がある。
あまりうれしいものではないが、絳髪緋眼なんて、西部ならともかく神京都では珍しいから、誰かしら覚えているだろう。
そうして翌日から情報集めに出たら、あっさりと居場所が分かった。
姉の黎敏――藍泉では藍泉名の歩で通しているようだ――は、桜咲アクアポリスに住んでいるらしい。
桜咲アクアポリスは神京都の南にある海上都市。
桜咲と言えば、高天の祖父の家があり、鋒家の別荘もあるところで、恩も小さい頃に何度か行っている。
予想の範囲内だし、一番の有力候補だった。
次の休日、恩とカーレンは桜咲へ向かった。歩が住んでいるという町内を回ってみる。
「ごめん、カーレン。つき合わせちゃって」
「いいえ。恩さんが前に進もうとしているんです。わたしにそのお手伝いができるのなら構いません」
「……ありがとう」
カーレンには関係のないことなのに、親身になってくれることがうれしかった。
姉を探して歩いていると、不意に声をかけられた。
「天雨!」
振り返ると、歩が立っていた。一瞬、どきりとするが、心を落ち着けるように深呼吸をし、ようよう口を開く。
「黎姉上。お久し振りです。あなたに、会いに来ました」
「天……よかった!」
歩が抱きついてくる。恩もそっと抱きしめ返した。
「どこにいるのかと……心配してたのよ」
「ごめんなさい」
「天……いえ、めぐ。話してくれるの? 今までのこと」
「はい。話せることは話します。そのために会いに来たんです」
二人は歩に連れられて、歩の家――鋒家の別荘にやってきた。
こちらに来てからはここを自宅として使っているらしい。
古びた暁篠建築の大きな門扉。敷地を囲む瓦屋根つきの塀、広い平屋の邸宅。懐かしい風景だ。
居間に通され、出されたお茶で一服してから、恩はこれまでのことを話し始めた。
「姉上、俺が家を出たのは、鋒家の闇が怖かったからです。鋒家の裏稼業を知ってしまったから……」
「!」
歩の表情がこわばる。この様子だと姉は知っていたようだ。
鋒家の裏稼業が暗殺であることを。
鋒家は暁篠皇族に次ぐ地位を持つ一族。それは鋒家の先祖が暁篠を救った英雄だから。
鋒家はフォンブランズという複合企業を経営していて、暁篠を中心に世界各国に支店がある有名な会社だ。
その上、鋒家には独自の武術流派が存在する。その手の世界では最強と謳われる天華神瑩流。
有名ブランドの経営者と、世界最強流派の宗主。二つの顔を持つのが鋒家だ。それだけだと思っていた。
でも、それはあくまでも表の顔だったのだ。
「もう五年くらい前……姉上がこっちに来てからなので知らないかもしれませんが、俺は一度、靁雯に会っているんです。
俺が鋒家の次期当主である綺星だと知って、襲ってきたんです」
「……!」
恩は生まれてすぐに、綺星に選ばれた。綺星は次期当主に与えられる称号。それだけの器を持つと認められたから。
鋒家が仕える高天の血が強く出ていたこともあって、ずいぶんと甘やかされて育った。
ある日、旅先で遊びながら、野生動物を追いかけて森の奥にさまよいこんだことがある。
そこであの男に遭った。絳髪緋眼で、顔には大きな傷。一目見てわかった。この男は危険だと。
警鐘が鳴っている。反して体は恐怖で動けなかった。
誰かが名を呼び「逃げろ」と叫んでいるけれど動けなくて、あの男は間近まで迫ってきた。一振りの刀を手に。
「あの頃の俺は今よりもっと弱くて、靁雯に太刀打ちできなかった。殺されると思った時、あいつは言ったんです。『これが今の鋒家か』って」
『脆弱だな。こんなものがいずれ鋒家の頂点に立つとは吐き気がする。最強の名が廃るな。この程度では、暗殺などする前に返り討ちだ』
嘲笑う靁雯の言葉に引っ掛かりを覚えて、ボロボロの体に鞭打って問いかけた。
『暗……殺……?』
『なんだ、知らないのか。ああ、だからこんなに脆弱なのか? そうだ。鋒家は暗殺を裏稼業としている』
『そんな……そんなはずない! 僕たちの力は人を殺めるものじゃないって、じい様が……っ』
『ならその目で確かめてみるといい。鋒家当主の裏の顔を』
そう言い残して、あの男は去っていった。その後、意識を失った恩は気づいたら家で寝ていた。
「目が覚めて……あの男の言葉は夢だったんじゃないかと思って、でも怖くて……確かめられなかった。
信じられなくて……信じたくて、しばらく経ってからじい様を観察するようになりました」
当時の鋒家当主は祖父で、とても可愛がってくれたから信じたくなかった。あの夜を見るまでは。
「じい様のところに皇帝から文が届いて、それはいつもの朱印じゃなく黒印で封をされてて……それを見たじい様の顔つきが変わったから、夜に後をつけたんです。そうしたら……」
それは前々から暁篠皇族を快く思っていない一族の、現当主の息子だった。暗い夜道で彼は斬り捨てられた。恩の祖父に。
声もなく、彼は絶命した。遠くで陰から見ていた恩は恐怖と絶望で涙した。
あんなに優しく明るい祖父が、見たこともないような冷酷な顔をしていた。
「翌朝、その息子は発見されましたが、犯人は見つからず。じい様はいつものように笑っていて、まるで別人でした。
その日から、俺は鋒家の歴史などを調べました。そしてあれが揺るぎない真実であることを知って、怖くなった」
鋒家当主は暁篠皇族直属の暗殺者であること。
いずれ、暗殺技術も受け継ぐこと。暗殺するのは暁篠皇族に仇なす者。
恐ろしかった。鋒家を根絶やしにしようとする靁雯も、優しい顔の裏で人を殺し続ける鋒家も、その頂点に自分がいずれ立つことも。
だから家を出た。怖くて理由は言えなかったから、ただ縁を切るとだけ伝えて、何もかも捨ててきた。
「姉上、俺は怖くて仕方がなかったんです。弱いから……現実から目を逸らして、逃げたんです!
じい様や父上、母上、きょうだいも……俺の龍さえも、置き去りにしてきた!」
「……めぐ……」
頭を抱える恩を、歩はそっと抱きしめた。こんなに思いつめていたなんて。
一人で抱え込んで苦しんでいたのだ。そのことに気づけなかったこと、察して助けてあげられなかったことを悔やむ。
それなら納得がいく。実家の親戚たちが嘆き、彼が――恩の龍が、寂しそうに両親に寄り添っていたことを。
白凰一族には古代から伝わる龍神召喚の術があり、中でも鋒家は雷龍を使役する。
現代では力が衰退し、白凰の中でもごく一部の人にしか行えない召喚の儀。
しかし恩の場合、召喚を行うことなく、生まれた瞬間に、雷龍の方から降臨してきた。
たとえ召喚できたとしても、雷龍が召喚者を宿主と認めない限りは従わないのに、その雷龍は召喚さえもしていない生まれたばかりの恩を宿主と定め、恭順することを誓った。
それが、恩が綺星として選ばれた理由だ。
白凰の守護神である龍神を、これほどに従えることが出来るなら、鋒家の当主にふさわしいと。
召喚した雷龍とは、契約を解かない限りは一生、共にいるもの。
そして契約が解かれた雷龍は人間界から去る。
雷龍がこの世に留まっているなら契約は解かれていないはず。それなのに、彼らは別れている。
彼は待っているのだ、恩が自分を必要とする日を。
再び己の宿主となってくれる時を。
「めぐ……ごめんね、分かってあげられなくて。ごめんね」
知らないところで傷つけていた。重責を負わせていた。
今さら悔やんでも仕方がないけれど、これからは守ってあげたい。
「困ったことがあったら遠慮なく言って。今度はちゃんと力になるから」
軽く頭を撫でると、恩は子供の頃のように袖を掴んで小さく頷く。
靁雯に会ったことは誰にも言わずにいたから、少しだけ心に凝っていたモノが溶けた気がした。
恩は歩に、今は滋生家に居候していることも明かした。
親戚のところに行かず、連絡も絶っていたのは居場所を知られたくなかったから。
すると歩は、恩に会ったことは鋒家には伝えていないと言った。
実家に伝えれば、宗家がほぼ総出で捜索に来るだろうと考えた結果だった。
それを聞いて恩は安心した。あの人たちが来たら騒ぎになる、ただでさえ自分たちは目立つのだから。
特に前当主である曾祖父は無頓着な人なので、それこそ雷龍に乗ってこちらに来る恐れもある。
そんなことをしたら、暁篠ではたいしたことではなくても藍泉では一大事だ。
高天の祖父の家にも連絡はしないと言ってくれた。
あっちには鋒家の人間が出入りすることもあるし、そこから漏れる場合があるので。
「姉上、今日は突然押しかけてすみませんでした」
しおらしい表情で言う恩を、歩はぎゅーっと抱きしめた。
「何言ってるの! 会えてうれしいわよ。これからはいつでも会いに来てくれていいんだからね!」
「あ、姉上、ちょ……恥ずかしいですっ」
カーレンが微笑ましそうに見ているのに気づき、恩はもがいた。
昔は素直にうれしかったが、数年振りに会ったこともあり、この年になると少し恥ずかしい。
「んもう、昔はめぐの方から飛び込んできてくれたのにぃ」
名残惜しそうに放す歩。恩はほっとして、冷めかけたお茶を飲む。
「昔は昔です。俺ももう十七歳になったんだし……」
「それ! それよ、さっきから気になってたの」
「? 何がですか?」
「昔は『僕』だったのに、今は『俺』なのねぇ」
時の流れを改めて感じたのか、歩は小さくため息をつく。
歩の中では、恩は小さくてかわいい甘えん坊な弟のままなのだ。
恩は少しだけ頬を膨らませた。そんな十年近く前のことを言われても。
「いつまでも子供っぽいのは嫌ですから。あと、一応昔の慣れで姉上って呼んでますけど、これからは『姉貴』って呼びますから」
「えええっ!? なんで!?」
思わず腰を浮かせる歩。恩は冷静なものだ。
「昔から藍泉に来た時は、姉上とは呼ばなかったでしょう」
「そりゃあそうだったけど、その時は『お姉ちゃん』だったじゃないっ」
「だからっ、子供っぽいのは嫌なんですってば! 俺は喨兄上みたいになりたいんです」
「その憧れは変わってないのね……よくいじめられてたっていうのに、どうしてそこまで懐いてるのか謎だけど、なんだか寂しいわ……」
呼び方も口調も髪型も変わって、変わらないのはかわいい顔とぬくもりくらいだ。
今でこそ髪が短い恩だが、子供の頃は肩よりも少し長めで、一本に結んでいた。
やはり子供の成長というのは早く、姉としては寂しいものだ。
自分だって変わっていないとは言えないからおあいこだけれど。
「で、そっちの……カーレンちゃんだっけ? その子とはどういう関係なの? 人間じゃないわよね」
かといって邪悪な気配はなく、清浄な気を感じるので神族か何かだろうけど。
「えっと、彼女は神族で……住むところがないから一緒に暮らしてるんです」
「ふぅん。まあ仲良くしてるならいいけど。カーレンちゃん、めぐのこと好き?」
「「えっ!?」」
いきなり直球で聞かれ、恩はどきどきしながら、ちらっとカーレンを横目で見る。
カーレンはというと、少しだけ頬を赤らめて頷いた。
「はい。恩さんは大切なひとです。リヒトさんや依織さんも仰っていました」
ん? それはどう意味だろう。
一瞬、期待をしたのだが、微妙に期待と違う答えのような?
(つまり友達感覚で、みんな好きだってこと? そうだよなぁ、カーレンが俺のこと友達以上に見てくれるわけないよなぁ)
少々がっかり。二人を観察していた歩は、残念そうな恩とうれしそうなカーレンを交互に見て、くすっと微笑んだ。
(あらら、しっかり両思いなんじゃない。でも、めぐの方は彼女の気持ちに気づいてないのねー)
カーレンの表情をしっかり見ていれば、そのことに気づけたかもしれない。
だが恩はカーレンの言葉を聞いてうなだれてしまったので、表情までは見えなかったのだろう。
かわいい弟のためにフォローしてあげてもいいのだが、二人の気持ちが通じ合う日も、そう遠くはないだろうし、ここは黙って見守ってあげよう。
恋の花はもう咲きかけている。