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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第39話 魂の慟哭

 カーレンの話を聞いていたら、少し昔の自分を思い出した。

 最初は自分の気持ちが理解できなかった。だって、相手は女の子で、自分より年上だった。

『こんにちは。もしかして隣村の子? 私はナハトって言うの。あなたは?』

 見た目は自分とそう変わらないけれど、自分より二十年も長く生きていた。

 シェーシアでは、外見と実年齢が合わないのは当たり前だから、気にしてはいなかったけれど。

『ルカフィル、新しい子供が生まれたわ! しかも、男の子だったの。私に“弟”ができたのよ!』

 森羅女(シンラメ)は女しか生まれない種族。

 男が生まれるのは希少で、そのためか同性を愛することも珍しくないのは知っていた。

 たとえそうだとしても、自分が愛されることも、愛することもないだろうと思っていたのに。

『ルカ、何かあったらいつでも(たま)呼びの鈴で呼んでね。どんな時でも飛んでいくわ』

『それはいいけど、あんたは体弱いんだから無理しないでよ?』

『大丈夫よ。ルカの顔を見ればすぐに元気になれるもの』

 いつからか、ナハトといると、胸があたたかくなった。

 ナハトの声に、仕草に、笑顔に――心が弾んだ。愛しさが募った。

 それが恋だと理解し、認めるまでだいぶかかった。

 いくらナハトでも、愛してもらえる自信がなかったから。だけど。

『ナハトの髪って、綺麗よねー』

『あら、ルカの髪も綺麗よ。ルカは髪を伸ばさないの?』

『狩りをする時に邪魔になるから』

『そう。でも、髪の長いルカも見てみたいわ』

『狩りをする気力がなくなった頃にね』

『ふふ、それじゃあいつになるか分からないわね。でも、その時までずうっと一緒にいるわ』

 狩りをする気力がない頃まで。年老いても、ずっと一緒に。

 そう言ってくれた彼女に、愛してると言った。

 彼女は驚いて、でもすぐに満面の笑みで、私も愛してると、応えてくれた。

 うれしかったから、大切にしようと思った。

 傷つけたくない。ずっとそばにいたい。何も奪いたくない。

「失いたくない……って、思ってるのに」

 ルカフィルは森の中を歩きながら一人ごちた。

 ゼルグの正体を知った時から、何かが引っかかっている。言い知れぬ不安。

 本当はもう気づいている。ただ、認めたくない。だって、怖い。

 真実だと認めてしまったら、大切なものを失ってしまうような――

「やっと見つけたぜ」

「!!」

 頭上から降ってきた声に、ルカフィルは顔を上げた。暗い空から舞い降りてきたのは漆黒の髪の少年――ゼルグ。

 ルカフィルは素早く繊月(センゲツ)を武器化し、構えた。

「ゼルグ!!」

「勇ましいな。好ましい限りだ」

「あんたのせいでたくさんの命が消えた! ここで倒してやる!!」

 魔力を込め、矢を放つ。ゼルグは軽い身のこなしで矢をよけ、嘲笑(わら)った。

「その程度の魔力で俺は倒せない。お前は弱い。だが、それでも俺にとっては大事な力だ。存分に使わせてもらう」

「何をふざけたことを……っ」

「伝わってくるぞ、お前の不安。確証がないから認めたくないんだな」

 ルカフィルの矢を放つ手が止まる。息を呑み、顔を強張らせている。

 夏なのに、ひやりとした風が吹いた。雨の気配が近づいている。

「だが感じたんだろう? 俺と出会った時に……いや? 半身の恩(・・・・)に出会った時に、呼応する魂を!」

「!」

 リヒトと一緒にやってきた恩を見た時、魂の震えを感じた。

 あれは気のせいではなかったのか。嗚呼、気のせいであってほしかった。

「近づけば近づくほど、魂が求めてしまう」

「やめて!」

 聞きたくない。聞いてしまったら認めざるを得ない。

 ルカフィルは歯を噛みしめ、ぎゅっと胸を押さえた。

 ぽつりぽつりと雨粒が頬に落ちる。ゼルグがにいぃ、と(わら)った。

「そうだろう? 分かたれた我が分身よ!!」

 強くなる雨。その雨音に紛れかけた言葉を、ルカフィルだけでなくカーレンも聞いていた。

 やっとルカフィルに追いつけたと思ったら、そこにはゼルグがいたのだ。

 そして聞いてしまった。ルカフィルがゼルグの分身であることを。

 口元を押さえ、カーレンは絶句した。

「俺の(なか)に戻ってこい。そしてともに世界を破壊するんだ!」

「……そんなの、できるわけないでしょ!? 世界を滅ぼそうとしてる奴の片棒を担ぐなんて!

 あたしは守りたいのよ。大切な人を。あの子がいるこの世界を!!」

 ルカフィルが再び矢を放つ。ゼルグはくすっと笑うと、ふわりと宙に浮いた。

「そうか。なら、その大切なものがなくなればいいんだな?」

 意味深な言葉を残し、ゼルグは姿を消した。

「どういうこと? どこ行ったのよ、あいつは!」

「ルカフィルさん!」

 茂みの向こうからカーレンが飛び出してくる。ルカフィルはびくっと体を硬直させた。

「急ぎましょう、このままでは大変なことになりますっ」

「カーレン、どうして……」

 ルカフィルは雨に濡れて額に張りついた前髪を掻き上げる。カーレンは表情を曇らせた。

「すみません、ルカフィルさんの様子が気になって追いかけてきたんです。そうしたら……聞いてしまいました」

「! ……そう」

「とにかく早く村に戻りましょう。ゼルグさんはそこにいます」

 (はね)を出してルカフィルに手を差し出すカーレン。

 ルカフィルはおそるおそるその手を取った。

「なんであいつが村にいるって分かるの?」

「ゼルグさんはルカフィルさんの大切なものがなくなればいいと仰っていました。ルカフィルさんの大切なもの、それは……」

 ルカフィルも気づいた。失いたくない、この世で一番大切なもの。

「ナハト!!」



 二人が戻ってくると、リヒトが朝ご飯を並べる。

 朝食の席に此武がいないのはいつものことなので気にならないが、カーレンの姿が見当たらない。

「リヒト、カーレンは?」

「いないんだよ~。どこ行っちゃったのかな」

「今朝、森の方に行くって言ってたけど……まだ帰ってないんだ?」

「雨も降ってきたし、一人で大丈夫かな? めぐ様、見に行ってあげたら?」

「そうだな、何かあったら大変だし――」

 席を立とうとしたその時、凄まじい邪気を感じた。

「ゼルグ!?」

「えっ!」

 恩が家を飛び出す。リヒトも後を追った。

 依織は用意されたスープを一口飲んでから、痛ましげに目を伏せた。

 宿命(さだめ)(とき)がやってきた。もう、後戻りはできない。



 ゼルグの気配はナハトの家の方からだ。なぜ。

 恩は全速力で村を駆け抜ける。村人たちが、突然の襲撃に怯え、逃げ惑っていた。

 ナハトの家やその周りの家は破壊され、瓦礫と化している。その上にゼルグが佇んでいた。

「ああ、来たか。恩」

「ゼルグ!!」

 佇むゼルグは片腕でナハトを抱えている。ナハトは気絶し、ぐったりとしていた。

「ナハトさん!」

「お姉ちゃん!」

「この女が邪魔なんでな。始末させてもらう」

「なんだって!? どうしてナハトさんを!」

「我が分身の心を惑わしているようだからな。この女を消してしまえば、あれの心残りはなくなるだろう?」

「分身って……、!」

 恩の心臓が、ドクンと跳ね上がる。

 ナハトを失って傷つく人は、この場ではリヒトかルカフィルだろう。

 けれど、ゼルグの言い方からすれば、リヒトではない。ならば……

「まさか……ルカが、ゼルグの分身?」

「えっ、ルカちゃんが!?」

 リヒトが顔を青ざめさせた時、二つの気配が近づいてくる。その一つは……

「ナハト――――っ!」

 滑空するカーレンの腕を離れ、ルカフィルが飛び降りてくる。

 恩たちの後ろに着地したルカフィルは、ゼルグに捕らわれたナハトの姿に目を見開いた。

「ナハト!! ……ゼルグ! ナハトを返せぇ!!」

 ゼルグの半身である恩にとって、ゼルグの分身は恩の魂の一部でもある。

 激昂するルカフィルに共鳴しているのか、恩の魂が燃えるように熱い。

 ゼルグの分身、それは、ルカフィルだったのか。

 ゼルグが嗤う。その言葉を待っていたとでも言うかのように。

「いいだろう、受け取りな」

 その瞬間、予知夢の映像が頭をよぎった。

 背を向けたルカフィル。哄笑するゼルグ。血の海にいるリヒト。

 その腕に抱えられているナハト――

「! ゼルグ!! やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ナハトがふと目を覚ます。ゼルグから背を押されたナハトは、瓦礫の山から落ちていく。

 ルカフィルがナハトを受け止めようと駆け出した。

「ルカ……?」

 音が消える。まるでスローモーションのように、ゆっくりと時間が流れていく。

 恩は叫ぶことしかできなかった。ナハトが微笑む。

「おかえ」

 ズシュッ!

 ルカフィルを迎えようと両手を広げたナハトの体を、ゼルグの突き出した剣が貫いた。

 ルカフィルも、リヒトも、恩も、カーレンも瞠目する。

 その後方、依織と此武と千咲が姿を現した。

 ――大切なものがある。喪いたくない、この世で一番、愛するひと。

 剣が抜かれ、ナハトの体が糸の切れた人形のように落ちる。

 思わず足を止めたルカフィルは、地面に倒れたナハトを瞳に映したまま、愕然と立ちすくんだ。

「お姉ちゃんっ!!」

 リヒトが駆け寄り、血だまりの中のナハトを抱き起こす。

 だが、すでにナハトはこと切れていた。

「お姉ちゃん!! お姉ちゃあんっ!」

 動かない姉の(むくろ)をリヒトが抱きしめる。

 恩はがっくりと地面に膝をついた。

 夢の通りだ。これが未来だったのだ。何もできなかった。このままじゃ……

 恩は微動だにしないルカフィルを見た。その体から黒い煙が立ち上る。

 今、分かった。あれはゼルグの邪気が視覚化したものだ。

「……ナハト………」

「ルカ、ダメだ!」

「ははははは!! 呼び起こせ、その力を!! 甦れ、闇黒(あんこく)の一欠片!!!」

「ナハト………ぁ……ああぁあぁあああああっ!!!!」

 頭を抱え、ルカフィルは声の限りに絶叫した。慟哭が空を切り裂く。

 同時にルカフィルの全身から邪気が溢れ、黒い光に包まれた。

 光が弾けると、ルカフィルの姿が変化していた。

 短かった髪は腰に届くほど長く伸び、常盤色だった髪はゼルグと同じ漆黒。

 空色の瞳も光を失い、ゼルグ同様の深紅色になっていた。

「ル……ルカ?」

「いらない。こんな世界など。ナハトのいない世界など、滅びてしまえばいいっ!」

 ナハトを喪った悲しみと絶望によって、ルカフィルに封じられていたゼルグの魂の欠片が復活したのだ。

(これが……宿命(さだめ)なのか? 俺が紡ぐべきルカフィルの……フェイトパースの宿命(さだめ)なのか!?)

 そう。フェイトパースだ。ルカフィルがフェイトパースだったのだ。

 こんな、今頃になって気づくなんて。その瞬間、全ての時間が止まった。

「……え?」

 風も音もない。誰も動かない。いや、依織と恩とゼルグだけが、停止した時の中で息づいている。

「めーちゃん……選んで下さいです。君が選ばなくては、プロットは進まない」  

「いお……り……」

 恩の脳内に四つの未来が視えた。

 ルカフィルの魂を消滅させる未来。

 ゼルグの中に還す未来。

 自分の中に取り込む未来。

 再び封印する未来。

 共通しているのは、どれを選んでも『ルカフィル』という存在は消えるということ。

 ゼルグを見ると、ゼルグはただ笑みをたたえるるだけだ。

 恩は動揺していた。どうすればいい? どれを選べばいい?

 自分が、選ばなくてはいけないのか?

 選べるのは一つだけ。紡ぐことが出来るのは、一つの道のみ。

 うなだれる恩を、依織は泣きそうな顔で見つめた。

 分かっていた。この宿命(さだめ)だけは。

 ゼルグの分身の一つはルカフィルであることも。

 知っていて、知らないと嘘をついた。

 でなければ恩はルカフィルを救おうとするだろう。

 ゼルグの魂が復活してルカフィルが消えないように。

 そのために、あらゆる手段を使ってでも。

 それではダメなのだ。

 ルカフィルがゼルグの分身として目覚めることは宿命(さだめ)だった。

 恩はその先の運命を選ばなくてはいけない。

 それが宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の役目だから。

 これが創造神たちが作ったプロットだから。  

「さあ、断じろ! 宿命を紡ぐ(フェイトスピナー)!」

 ゼルグの声が突き刺さる。その時、小さく鈴の音が鳴った。



 ゆらりと立ち上がった恩を、リヒトは呆然と眺めていた。

 最愛の姉はすでに冷たくなり始めている。

 大事な友人も、ゼルグの分身として我を失っている。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 あの楽しかった日々はもう戻ってこないのか。

「決めたよ。俺は……闇黒王の欠片、ルカフィルを――倒す!」

 恩が決意に満ちたまなざしで宣言する。リヒトは声もなく涙を流した。

 雨に混じり、それは地面へと零れ落ちる。

 恩の答えを聞き、ゼルグは嘲笑を浮かべた。

「そうか。この女を殺すんだな。それもまたいいだろう、だがお前にそんなことが出来るかな!?」

「やってやるさ。それが俺の役目だから!」

 ケイオスフォズマを顕現させ、恩はルカフィルへ向かっていく。

 恩のポケットから、小さな鈴が転がり落ちた。

 それはナハトが刺されて、放心していたカーレンの足元へ転がっていく。

 ルカフィルは繊月(センゲツ)を顕現させて矢を放った。

 魔力が今までの数倍に膨れ上がっている。これがゼルグの分身としての力か。

 矢を長棍で弾き、間合いを詰める。槍に変形させて突き出すが、繊月で受け止められた。

 繊月は弦がなく、弓の部分しかないため、接近戦でも棒代わりに戦える。

 何度目かの攻撃がルカフィルの腕をかすめ、その腕から青い血が流れ出た。

 それを見たリヒトが叫んだ。

「二人ともやめてよ! なんで戦わなくちゃいけないのさ!! ねえ、ルカちゃん、正気に戻ってよっ!」

 放心していたカーレンは、足元の鈴をそっと拾い上げた。これは魂呼びの鈴。

 それにはわずかに魔力が残されていた。魔力によって微かに残った思念を感じ取り、カーレンは瞠目した。

 リヒトの懇願に、ケイオスフォズマを双剣に変形させた恩の、淡々とした声が返される。

「無駄だよ、リヒト。ルカはもう元には戻らない。

 ルカはゼルグの分身。だからこの手で倒す。そうすれば、この村は救われるんだ」

 その言葉に、リヒトはわずかな苛立ちを感じた。

 殺すの? それが友達であっても?

 一人が犠牲になって、多くの命が助かるならいいってこと? 何それ。

 ナハトの遺体をそっと横たわらせ、リヒトは立ち上がった。

「……ルカちゃんを殺せば、この村が助かる? 村を救うためなら友達でも殺すって言うの!?」

「リヒト、これは……」

 もちろん、リヒトだって村を救いたい。

 そのために恩に助けを求めたのだから。でも、その結果がこれなのか。

 姉を失い、友人さえも今まさに失おうとしている。殺されようとしている。

「めぐ様にとってルカちゃんはその程度の存在だったわけ!?

 いくら知り合ってから日が浅いからって……そんな薄情な人だとは思わなかった!!」

「落ち着けよ、リヒト。ルカは……っ」

「ゼルグを殺したら自分が死ぬから、代わりにルカちゃんを殺そうとしてるんでしょ!?」

 恩は大きく目を見開いた。依織がきゅっと口元を引き結び、つらそうに顔を逸らした。此武がすうっと目を細める。

 雨音が無情にも強まっていく。ルカフィルの、リヒトの悲しみを表すかのように。

 何も言わない。恩は俯き、双剣を握りしめた。リヒトの震えた声が胸に突き刺さって、痛い。

 どうしてこんなことになったんだろう。楽しかった日々が遠ざかっていく。

 苦悩する恩を、ゼルグが薄ら笑いを浮かべて見つめていた。


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