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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
34/69

第32話 リクワイズ

「めぐ様の命、ボクにちょうだい」 

 リヒトの言葉と蜜柑色の眼が、恩の胸に突き刺さった。恩はグッと表情を引きしめ、戦闘態勢を取る。

「命って……やっぱりお前、靁雯(レイウェン)の手先だったのか!?」

「手先? なんのこと?」

 リヒトが不思議そうな顔をする。かあっと恩の頭に血が上る。

「とぼけるな! 初めて会った時から怪しいと思ってたんだ。油断させて殺そうって魂胆だったんだな!」

「ちょ、ちょっと待って、めぐ様」

 ケイオスフォズマを構える恩に、焦った表情のリヒトが両手で制するが、恩は聞いていない。

 長棍を振り上げ、リヒトに襲いかかる。

「お前が強くたって、そう簡単にはやられないからな!」

「だからめぐ様ってばぁぁぁぁっ」

 ピキィィィンッ。

 固い音が響き、恩の腕がケイオスフォズマと一緒に凍りつく。

「やかましい。甲高い声で喚くな」

「冷たぁっ。何するんだよ、此武!」

「青頭の話を最後まで聞け」

 ぎろりと睨みつけられ、恩はおとなしくなった。涙目だったリヒトはほっと胸を撫で下ろした。

「仕方ないから話聞くよ。その前にこの氷なんとかしてくれ!」

「炎で溶かしましょう。恩さん、手を出して下さい」

 カーレンが魔法術(ディール)で火を出し、氷を溶かした。

 詳しい話を聞くことになり、高科FWに戻ってきた一行。まだ手がジンジンしていて、恩はソファーに座ってむくれている。

「えーっと、あのね、めぐ様。きちんと話すからね、もうそんな顔しないでよ~」

「はいはい、ちゃんと聞きますよー。だから早く話して下さーい」

「拗ねちゃって……んーと、ボクはある目的でシェーシアからリーフェに来たんだけど、その目的っていうのはリクワイズを探すためなんだ。

 リクワイズは僕の住んでる村の言葉で『救いをもたらす者』って意味でね、ボクの村はずっと前からある怪物に襲われている」

 真面目な顔で話し始めたので、恩も表情を戻した。本当に靁雯とは関係がないらしい。

「今まではなんとか村の住民たちで退けてきたけど、死者が出るようになって手に負えなくなってきた。

 他の村や国の軍に救援を求めたけど、他の村の住民は怪物を恐れて手を貸してくれないし、軍隊にも、ボクたちの村が辺境にあることで相手にされなかった」

 今も村の仲間たちは怪物に怯える暮らしをしているのだろう。村の戦士が怪物を押さえてはいるだろうけれど。

「このままじゃ村は滅ぼされる。打つ手がなくて絶望していた時に、神託が下った。リーフェにてリクワイズを探し求めよ、と」

 恩とカーレンが目を丸くする。リヒトはにこっと笑って続けた。

「それでリーフェのいろんな国を回って探したよ。でもこれだって思える人が見つからなくてね。で、あの夜めぐ様たちと出会ったってわけ」

 探し歩くのに疲れていたのもあって、気に入ったからと適当なことを言って恩のもとに転がり込んだが、高科FWで働いていて確信した。

 この人たちが神託にあったリクワイズだと。彼らとの出会いは偶然じゃなかった。

「二人と暮らしてきて、ずっと見てた。二人には強い力と絆がある。きっと、ボクたちを助けてくれるって、信じられる」

「さっきの命をちょうだい、ってのはなんだったんだよ?」

「あー、あれは命を預けてって言おうとして間違えちゃったの」

「紛らわしい間違え方するなよ!」

 テヘッと笑うリヒト。おかげでとんだ早とちりをしてしまった。

「ったく……で? そのリクワイズって……俺と、カーレン?」

「あと、コノ様とサキちゃんかな。戦力は多いに越したことはないから」

 ドキッとして恩がちらりと此武を横目で見る。此武は腕組みをして、デスクチェアーで仏頂面をしている。

 ここのところ、ずっとあんな顔ばかりだ。千咲の姿を見なくなった日から、此武が笑ったところを見ていない。

(元々あーいう顔つきであんまり笑わないし、笑っても悪の手先みたいな笑い方だけどさ……ずっと不機嫌な顔してる)

 もう一つ、気になっていることがある。些細なことかもしれないが。

(それに……あれから此武、俺のこと名前で呼んでない、気がする)

 ちょうどその頃から、此武は恩のことを名前で呼ばなくなった。

 下僕とか愚図とか赤木偶とか、まともな呼び方をされていない。

 そうなって今更ながら気づいたが、此武は自分と千咲以外を名前で呼ぶことがないのだ。

 カーレンに対しても『天帝の娘』だし、リヒトは『青頭』だし、陽向(ひむか)に至っては『糞狐』だ。

 だから、少しだけ特別な気がしていた。名前を呼んでくれるのは、彼なりの情があるサインだと。

 けれども、今はどんな時でも呼ばない。理解して、支えようと決意した矢先なのに、揺らいでしまいそうになる。

「お願い、みんな。ボクと一緒にシェーシアに行って。そしてリクワイズとして、ボクの村を救ってほしい」

 リヒトが頭を下げた。いきなりそんなことを言われても困る。

 力になってあげたいのはやまやまだが、(はとり)が家を出て行ってから、体を壊しがちな織枝を一人にするのは心配だし、靁雯(レイウェン)のこともある。

 此武と千咲のことも気がかりだし……そう簡単に首を縦には振れない。

「とうとう時が来たですね」

 恩が躊躇(ちゅうちょ)していると、頭上から声が降ってきた。ふわりと空間から少女が下りてくる。

「えっ、依織(いおり)!?」

「みなさん、こんにちはです」

 屈託のない笑みを浮かべる依織。恩は依織がローブを着ていないことに驚いた。それに、服の色合いが自分の証服と似ているような?

宿命(さだめ)(とき)が来ました。時空を管理しているジルさまに代わり、しばらく一緒にいますです」

宿命(さだめ)(とき)って……じゃあ、これはプロットに関係しているの?」

「そうです。めーちゃんのお仕事ですよ」

 杖を持った手を後ろで組んで、依織はリヒトに目を向けた。

「あなたとは初めましてですね。わたしは依織と言うです。時空神ジルティリードさまにお仕えしているですよ」

「ジルティリードに仕えてるって、神使ってこと?」

「少しちがうですけど、そういうものだと思って下さいです」

 にっこり笑う依織に、リヒトは目を輝かせてソファーから立ち上がった。

「時空神って実在してたんだ! ほとんど幻に近い存在なのに! あっ、あの! 握手してもらっていいですか!?」 

「イオと、ですか?」

「お願いしまっす!!」

 ひゅばっ、と手を差し出すリヒト。依織は逡巡したのちに握手をする。

 リヒトは興奮気味にガッツポーズをした。

 リアウィス様たちの時といい、リヒトは神族に異常反応をするなぁ。

「めーちゃん、選択して下さいです。これは、めーちゃんの宿命(さだめ)ですから」 

「う……とは言われても……」

「今すぐに結論は出さなくていいよ。そうだな、二日。あと二日だけ待つよ。居心地がよくて長居しちゃってたけど、もう帰らないと。

 めぐ様がどんな結論を出すとしても、二日後にボクはシェーシアに帰るから」

 しんみりとした顔でリヒトは笑みを浮かべた。

 期限は二日。それまでに結論を出さなくては。恩はきゅっと唇を横に引き結んだ。



 その夜、恩は夢を見た。

 ほとんどがシルエット状態で、昼なのか夜なのか、景色も人もよく見えない。

 リヒトが何かと戦っている。恠妖(あやし)だろうか? 依織とカーレンは防御壁の中にいて、たぶん自分を見つめている。

 自分と言えば、何かに対してケイオスフォズマを構えている。

 その隣には変わった肌の色の女性が立っていて、自分と女性が見つめている先には、闇夜に溶ける黒髪の人影、暗闇の中で妖しく光る紅い目。 

 夢の中の自分が、その人物を見て愕然としている。ああ、その顔は……



「……っ!!」

 布団の上でがばっと跳び起きた。この感じは覚えがある。

 リヒトが来た日の夜、あの時の夢と同じ。ならばこれは宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の予知夢か。

「あれは……シェーシアでの出来事なのかな?」

 あの時は、夢とまったく同じ体験をした。もしもこの夢も、正夢になるのなら。

「てことは、俺はシェーシアに行くってこと?」

 いや、周りの景色は何も分からなかった。シェーシアとは限らない。

 しかし、そばにいた女性。あんな姿の女性はリーフェでは見たことはない。

 助けを求められたのだから、できればリヒトに応えてやりたいが、なぜこのタイミングなのか。心配事が重なっているこの時に。

 いまいち踏ん切りがつかない恩は、大きくため息をついた。 



 モヤモヤが晴れない恩はふと思い出して、太陽の家に行くことにした。暁緋(あきひ)龍祀(ロンスー)の日のお礼をするためだ。

今でなくてもいいかもしれないが、気分転換にもなるし、もしシェーシアに行くことになったらいつ渡せるか分からない。

 カーレンと一緒に家を出ると、家の前に依織が立っていた。

「あれ? 依織!?」

「こんにちはなのです」

 依織は昨日の服とは違い、セーラー服を着ていた。どこかの学校の制服だろうか?

「どうしてここに?」

「昨日言ったですよね。しばらく一緒にいるですって」

「そうだけど……それって仕事の時だけじゃないの?」

「ちがうですよ~。これからしばらく、めーちゃんの行くところにはついていくですからね?」

 人差し指を立ててウインクする依織。

「それよりめーちゃん。他に何か言うことはないですか?」

「え? えーと……その服……」

 後ろで手を組み、期待した目で言葉の続きを待つ依織。

 カーレンも隣でじっと見つめてくるので、なんだか恥ずかしくなってきた。

「……どこの学校の制服?」

 依織が目を点にする。あきらめたようにため息をつくと、依織はくるっと恩に背を向けた。

「これは制服ではないのです。こういう服なのですよっ。……もう、めーちゃんたら鈍いのです」

 最後だけは小声でぽそりと呟く。依織が機嫌を損ねた理由が分からず、恩は首を傾げた。



 太陽の家に来るのは久し振りだ。子供たちは元気だろうか。

 門のところから庭を覗くと、子供たちが雪遊びをしている。

 雪だるまを作っていた子たちが、恩に気づいた。

「あーっ、恩兄ちゃんだー!」

「えー? ほんとだ~っ」

「カーレンおねえちゃんもいるー」

「恩おにいちゃーんっ」

「知らない子もいっしょにいるよ~」

 駆け寄ってくる子供たちに、恩は尋ねる。

「みんな、今、暁緋いる?」

「いるよー」

「恩おにいちゃん、また暁緋ちゃんに会いに来たの?」

「そりゃそうだよ。恩兄ちゃん、暁緋とラブラブだもんなー」

「ラブラブだもんねぇ」

 無邪気な笑顔で笑う子供たち。依織が「ラブラブってどういうことですか?」と恩に尋ねる。心なしか目が据わっているような。

「ちょっと、みんな! 別にそんなんじゃ……依織、なんか怒ってる?」

「怒ってないのです。聞いてるだけなのです」

「目が笑ってないんですけどっ」

 と、そこへ当の本人が出てきた。

「みんなどこに行ったのかと思えば……って高天(たかま)!?」

「あ! 暁緋。こんにちは」

 笑いかけると、暁緋は顔を赤くしたが、カーレンと依織の姿に気づくと、少しだけ眉をひそめた。

「カーレンも来てたんだ。そっちの子、誰?」

 暁緋は近づいてくると、依織を半眼で睨んだ。依織は暁緋の視線に敵意がこもっているのを察し、満面の笑みを浮かべた。

「初めまして、皇斐依織なのです。めーちゃんとは親しいお友達なのですよ」

「……桜場(さくらば)暁緋よ。また女の子の知り合いなのね。高天って女の子の知り合い多いよねー」

「知り合いではなく親しいお友達(・・・・・・)です。とっても仲良し(・・・・・・・)なのですよ?」

「こっちだってねぇ、こうしてわざわざ会いに来てくれるほどの仲だから」

 バチバチッと二人の間で見えない火花が散った。

 恩は自分が原因だということは分かっていないが、二人が何かに対して敵意を燃やし合っているのは分かった。なんとかしなくては。

 カーレンに至っては二人の空気にすら気づいていない。

「あの~、二人ともちょっと落ち着いて。暁緋、今日は龍祀(ロンスー)の日のお礼を渡しに来たんだよ」

龍祀(ロンスー)の? 別にいいのに」

 暁緋は照れ臭そうに視線を逸らした。恩が数枚の券を差し出す。受け取ってみると商品券だった。

「五千イェル分あるから好きに使って」

「はぁ、物よりお金? まあいいけど。これなら子供たちも使えるし。ありがと」

 機嫌が直ったみたいなのでほっとする。暁緋と依織の目が合い、暁緋が少しだけ得意げな顔をして依織がむくれた。

 また空気がピリリとし始めたので、恩は早々にその場を退散することにした。



 帰り道、依織はずっと無言だった。聞くべきか否か。

 こういった空気は初めてなので、どう対処すればいいのか分からない。

(女の子って難しいなぁ。幸緒やまひろはこういうことにはならないんだけど)

 なぜこうなったのか見当もつかない。

「……めーちゃんは」

 小さな声で依織がやっと口を開いた。恩が依織に目をやると、依織は拗ねた子供のような顔をしていた。

「さっきの子に、龍祀(ロンスー)の日に何か渡したですか?」

「う、うん」

「レンちゃんももらったですか?」

「はい、いただきました」

 悪気のない笑顔で返すカーレン。依織はキッ、と恩を睨みつけた。怒ってはいるが、幼い顔立ちのせいかあまり怖くない。

「レンちゃんにもあの子にも渡して……イオの分はなかったです」

「! えーと、それは……」

 正直な話、忘れていた。

「ずるいのです。イオだってめーちゃんから何かもらいたかったです」

 神殿から出られたのなら、自分から贈り物をしたかったけれど。

「ご、ごめん。あの時はちょっといろいろあって……」

「むぅ。しょうがないのです。次を待つことにするです」

 にこっと破顔する依織。つんっと恩の頬を指でつつき、くすっと笑う。

「今度は忘れちゃ、めっ、ですよ?」

「……」

 表情としぐさにやられ、恩はかぁーっと赤面する。

 手で顔を半分隠し、そらした。依織ってこんないたずらっ子みたいな子だっけ?

「イオにはまだ時間があるですから。使命を終えるまで、イオはめーちゃんとずっと一緒ですからね」

 はっとして恩は顔を上げた。浮かれている場合ではない。早く結論を出さなくては。

 カーレンは不思議そうな表情で、恩と依織を交互に見つめていた。

 なんだか以前よりも二人の距離が近いような気がして、なぜかチクリと心が痛んだ。依織が恩のそばにいるのを見ると、小さな胸の痛みを感じる。

「めーちゃん。めーちゃんは今、何を迷ってるですか?」

「え? リヒトの村の人たちを助けに行くか、その話を断るか……」

「やっぱりです。めーちゃんは間違ったことで悩んでるですよ」

「間違ったこと?」

 選択しろ、というのはそういう意味ではなかったのだろうか?

 依織は真剣な顔で恩と正面から向き合った。依織の妙な威圧感に、自然と背筋が伸びる。

「イオは『これはめーちゃんの宿命(さだめ)』と言ったです。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)である(めーちゃん)宿命(さだめ)。やるべきことはもう決まっているのです」

 宿命(さだめ)とは定められた運命。すでに決められた、変わらぬ未来だ。

「めーちゃんが今することは、助けるか助けないか、そのどちらの道を選ぶのかではなく、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)として、この宿命(さだめ)へと進むか進まないか、です」

「進むか進まないか……?」

 それは助けるか助けないか、とは違うのか? 恩はさっぱりわからない、といった顔で首を傾げた。

「めーちゃん、これからも勘違いしないでほしいです。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)にはすでにやることは決まっているです。

 プロットにおいて宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)がすることは、フェイトパースを宿命(さだめ)(とき)に、宿命(さだめ)通りに運命を導き、終焉(しゅうえん)(とき)を見届けることです」

 人生は道。一人の人間につき、一本の道しかない。

 しかし、フェイトパースには、本人が知り得ることはないが、数本の道が用意されている。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)は、そのいくつかの道から一本だけを選び、導いていくことが役目。 

 宿命(さだめ)(とき)とは、この選択をする時のこと。つまり人生の分岐点だ。

「今がその、最初の宿命(さだめ)(とき)なのです。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の最初のお仕事で、この選択が今後の全てを決めるのです」

 ドクン。

 唐突に鼓動が高鳴る。最初の宿命(さだめ)(とき)。この選択が、全てを決める。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)は恩にしかできない。恩がやらねばならないこと。

 選択の余地などない。産まれた瞬間から、恩は宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)として生きることが決まっていた。

 そして今、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)として選ばなくてはいけない。

「“藍泉(あいずみ)歴2015年の冬、シェーシアに旅立つ”こと。そのための理由はなんであれ、決定事項なのです。

 ですから、“シェーシアに旅立つ”という宿命(さだめ)に従うか抗うか……それを選択してほしいのですよ」

「リヒトの件があってもなくても、この時期にシェーシアに行くことは決まってたってこと……?」

 ごくり……と唾を飲み込む。単純なことだ。

 シェーシアに行くか行かないか。たったそれだけのこと。

 ん? けれど、シェーシアに旅立つことが決定事項なら、つまり選択肢は一つではないのか?

 混乱している恩に、依織はにこっと笑った。

「確かに、めーちゃんがシェーシアに行くという未来は決まってます。

 でも、拒否することはできるですよ。それをできるのが、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)ですから。

 普通の人間なら、あらかじめ決まっている未来に、否応なしに進みます。本人がどんなに迷っても、悩んでも、その行為すらも決められた道筋ですから」

 今、恩の前に示されているのは、“シェーシアに旅立つ”という一つの選択肢。

 普通の人間であれば、この選択肢しか選べないということ。

 けれど、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)である恩には第二の選択肢が与えられているわけだ。

 すなわち、“シェーシアに旅立たない”という選択肢。

「ただし、そうするとプロットは永久に進まないのです。進むべき道に進むまで、同じ時間を繰り返すことになるですよ。

 簡単に言えば、セーブしたゲームを最初からやり直すようなものですね」

「ええっ?」

 依織は笑顔で言っているが、それはとどのつまり、シェーシアに行くしかないということでは?

(俺がシェーシアに行くことはもう決まってて、でも、俺はそれを拒否することはできて、でも拒否したらふりだしに戻って最初からやり直し?

 えええ? それってさぁ)

「これ、俺に拒否権あるようでなくない?」

「そうですね」

 そうですねって……この問答は果たして意味があったのか? 恩は渋い顔をした。 

 依織はにこにこ笑っている。さっきの妙な威圧感はなんだったのか。

 プロット通りの道を選ばない限り、ループする時間。

 ほとんど強制じゃないか。ため息をつく恩。

「分かった。シェーシアに行こう。リヒトにもそう言わないとな。早く帰ろう、カーレン」

「はい」

「イオもおうちにお邪魔していいですか?」

「うん」

 足早に歩き出して、恩は天を仰いだ。

(依織が選択しろっていうから、いろいろ悩んだのに。初めからシェーシアに行くのが決まってたんなら、悩む必要なかったなー。

 選択肢があるようでなかったわけだろ? なんで依織、わざわざ選択しろなんて言ったのかな?)

 思えば、依織についてはいまだによく分からないことが多い。  

 いつから守人になっているのか。

 なぜ宿命(さだめ)(とき)にしか、時空神(ときがみ)の神殿から出られないのか。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の役目に関しても、自分よりもいろいろと知っているようだ。

(ジルティリード様から聞いて知ってるんだろうけど、本人である俺より知ってるなんて、まるで一度経験してるような……)

 一瞬、そんな考えがよぎったが、そんなわけないかとすぐに打ち消し、それ以上は深く考えなかった。

 理由はなんであれ、初めてのシェーシアだ。少しだけワクワクしていた。



 彼は気づいていない。

 彼女が、そう言った意味を。あえて示したその言葉の真意を。

 前を行く恩の背中を、依織は泣きそうな表情で見つめていた。

(イオは、ちゃんと笑えていたでしょうか? めーちゃんは、気づいたでしょうか?)

 さっきの言葉に潜ませた、この世界の真実(ひみつ)に。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の隠された宿命(さだめ)に。

 言わなくてもいいことだった。いずれはおのずと知るかもしれないから。

 でも、あえて口にしたのは。

(イオはもう、繰り返したくないのです)

 あの悲劇を見たくないから。


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