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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
33/69

第31話 攫われたカーレン

 時間は河に似ている。その流れは絶えず先へ先へと進み、刻まれる時は歴史を作る。

 そして歴史が大きく動く時、時間はうねり、渦となる。

 その波動は時間を管理する時空神に伝わり、時空神は見定める。歴史の渦は時に、歴史改変の対象にされることがあるからだ。

 正しい歴史、正しい時の流れを保つこと。それが時空神の役目。

 眠っていた時空神ジルティリードは波動を感じ、覚醒する。重い瞼を押し上げ、大儀そうに体を起こした。

「……“宿命(さだめ)(とき)”が生じたか」

 時の渦とは異なる、だがそれとよく似た小さな渦。プロットの中で重要となる事柄。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の真価が発揮される時。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)を支える柱として、見届けなくてはいけない。ベッドから降り、歩き出したがめまいでふらついた。なんとかドアまで辿り着いたが、体が思うように動かず、壁に寄りかかる。

 重くため息をつくと、気配を感じたのか、依織がドアをノックした。

「ジルさま、起きたですか?」

「……ああ」

「入っても大丈夫ですか?」

「構わぬ」

 そっとドアを開けた依織は、青白い顔で壁に寄りかかっているジルティリードを見て吃驚(きっきょう)した。

「ジルさま!」

 駆け寄って体を支える。ジルティリードは依織の頭を撫でた。

「案ずるな。寝起きで少々、怠いだけだ」

 そうではないことを依織は分かっている。だが彼は心配させまいとあえてそう言っているのだ。

「お水持ってくるですか?」

「問題ない。それよりも……“宿命(さだめ)(とき)”が生じた。故に宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の元へ赴かねばならぬ」

「そう、なのですか。でも行くなら少し休んでからの方が……」 

「そなたが行くのだ」

「え?」

 思いがけない言葉に依織はぽかんとした。確かに以前は“宿命(さだめ)(とき)”ならば神殿の外に出ることを許されていた。

 しかし、創造神の命に背いて“宿命(さだめ)(とき)”以外で外に出たため、罰として、依織が神殿の外に出るとジルティリードの寿命が縮まるようになった。

 あれ以来、依織は一度もこの神殿の外に出ていない。

「そんなことしたら、ジルさまの寿命が」

「本来はそなたの役目だ」

「!」

「戦神と時空神は、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の剣となり盾となり、支える柱。だが、我は不完全故にそなたがいる。そなたこそが真の……」

「時空神はジルさまです!」

 ジルティリードの言葉を遮る依織。珍しい反応に、ジルティリードは目を瞠った。

「今の時空神は、ジルティリードさまです。この世界の時空神はあなたなのですよ。イオはただの守人。ジルさまの影として存在するしかないのです」

 ジルティリードの胸に顔をうずめ、声を震わせる。

 こんなことを言わせたかったのではないのに。ジルティリードは悔やんだ。ただ自分は、依織を戒めから解き放ちたかっただけなのに。

「……すまぬ。だが、我が力不足なことも事実。それゆえ我の代理として、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の選択を見届けよ。これは、命令だ」

「……っ」

 どうしてこのひとは、こんなにも優しいのだろう。

 本当はあの人に会いたいという願い(わがまま)を、察してくれるのだろう。

「“宿命(さだめ)(とき)”はプロットにおいて重要不可欠。だがあの宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)は未熟故、迷うこともあろう。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)を支え、導くことも柱の役目。しばし宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)と共に過ごし、プロットが乱れぬよう守るのだ」

 ジルティリードの優しさは時に痛くて。けれど、とてもあたたかいのだ。

 滲んだ涙を拭き、依織は表情を引き締めた。これは仕事なのだ。しっかりお役目を果たさなくては。立ち上がり、着ていた白いローブを脱ぐ。

 黒いタートルネックのインナー、緑のリボンがついたノースリーブの黄色いジャケット、淡いピンクのスカート。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)と似たような色合いだ。

 もうこのローブを脱ぐことはないと思っていたけれど、代理とはいえ、宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の柱として、相応の服装で臨まねば。

「いってきます。ジルさま」

 時が動く。創造神のプロットの通りに。自分は流れを見守るだけ。それがわたしにできることだから。






   *   *   *






 近くにあったアンティークショップに入り、品物を物色する。

 これ価値があるのか? と正直、首を捻りたくなるものもあれば、ちょっと欲しいなとか思うものもある。

 カーレンはある程度店の中を回ると、外のショーウインドウが気になったのか外に出て行く。

 ショーウインドウは店内からも見えるので、カーレンがガラス越しに恩を手招いた。

「恩さん、見て下さい。この時計、装飾がとても綺麗です」

「ほんとだ。宝石がついてる。すごく細かいね」

「このクマのぬいぐるみもアンティークと言うんですね」

「百年前に作られたものかぁ。そんなに古そうには見えないけど……」

 飾られた品々を見ていると、あるものに目が留まった。

 日光を反射してキラキラと煌めくクリスタルが連なったネックレス。ちらっと隣のカーレンを見る。

(このネックレス、カーレンに似合いそうだなぁ)

 少々、値は張るがなんとか買えなくもない。今月のバイト代がほぼなくなるが。散々悩み、恩は決意した。

「カーレン、ちょっと待ってて」

「? はい」

 店主のおじいさんに話をすると、店主はショーウインドウからネックレスを取り出した。

 レジカウンターで店主が丁寧にネックレスを包装する。

 カーレンは自分へのプレゼントだとは思っていないらしく、ショーウインドウの品をまた眺めている。

 その後ろに白いエアカーが停まった。運転手の女がフロントガラス越しに、カーレンの様子を窺う。

 女は店内の恩が背を向けていることを確認すると、後ろで待機している二人組の男に合図を送った。

 二人組はエアカーから出ると、素早くカーレンに近づき、後ろから布で口を塞いだ。

「!?」

「おとなしくしていろ」

 サングラスをかけた男が耳元でささやく。

 言われるまでもなく、カーレンはきょとんとしていて、二人組にされるがままに、エアカーの中に押し込まれた。

 そのままエアカーは発進する。恩が店を出てきた時には影も形もなかった。

「あれ、カーレン? どこ行っちゃったんだろ。カーレーン!」

 きょろきょろと辺りを見回していると、アンティークショップの隣の店から店員らしき女性が出てきた。

「あなた、金髪の女の子探しているの?」

「はいっ、そうです」

「後ろ姿しか見ていないけど、さっき、白いエアカーに乗るのが見えたわよ」

「白いエアカー!?」

 まさか。恩は一瞬で顔を青ざめさせた。白いエアカーなんてたくさんある。

 だが、いくらカーレンでも見知らぬエアカーに、ひょいひょい乗っていくなんてことあるはずがない。

「そのエアカーのカーモデルは!?」

「え? さあ……あたし、クルマは詳しくないから……」

「じゃあどっちに走っていきました!?」

「左の方だけど」

「ありがとうございます!」

 恩は蒼白な顔で女性店員が指した方へと走っていった。だが、どこにも例のエアカーは見当たらない。

 白いエアカー。たぶんあの誘拐事件のガレスタだろう。

 どうしよう。本当にカーレンが誘拐されるなんて。どうして?

 もしやさっきの騒ぎを犯人が見ていた? それでカーレンが人外だと知って狙った? どうしようどうしよう。

「カーレン……守るって、言ったのに……」

 恩は雪道の上でへたり込んだ。服が雪で濡れたが気にならなかった。

 自分のせいだ。彼女から目を離したから。

(狙われるかもしれないって分かってたのに、何をやってるんだ、俺は)

 ああ、もしかしてリアウィスが言っていたのは、このことだったのだろうか?

 リアウィスは、いずれお前たちは危険に晒されると言った。その時はカーレンをよろしく頼むと。

「どうしよう……捜さなきゃ。でも、どうやって? どうすれば……」

 手がかりは白のガレスタくらい。でも白のガレスタなんてたくさんある。どこに行ったかも分からない。

 どうすればいい。どうしたらいいか分からない。助けて。

「此武……っ」

呟いて、頭を抱える。間髪入れずに声が降ってくる。

「フン、情けない顔をしているな、阿呆面がさらに阿呆面だ」

 顔を上げれば此武が顔をしかめて佇んでいた。

「……此武……」

 続いて空中からリヒトが降りてきて、疲れた声を上げる。

「もう~、コノ様、なんなのぉ? 急に引っ張ったと思ったら空間移動するなんて……ってめぐ様!? 顔色がやばい! 真っ青だよ!」

 リヒトが駆け寄ると、恩はくしゃっと顔を歪め、しがみついた。

「わわっ、うれしいけどどうしたの。レンちゃんは?」

「俺が……守るからって……言ったのに……」

 涙声にリヒトは状況を理解した。恩を立たせ、服についた雪を払ってやる。

「レンちゃん助けてあげないとね。あーあ、服濡れちゃってるよ。ほらほら、もう泣かないで」

 リヒトが布を差し出すと、恩はその布で涙を拭いた。

「レンちゃん、きっと待ってるよ。めぐ様が助けに来てくれるの」

 にこっと笑うと、恩はこっくり頷いた。

「目撃者は……白いエアカーにカーレンが乗っていくのが見えて、あっちに行ったって……」

「どこに向かったかなど関係ない。行くぞ」

 此武に服を掴まれたかと思うと、ぬわん、と空間がたわんだ。空間移動であっという間に車内に躍り出る。

 突如、現れた恩たちに、犯人グループは愕然とした。長髪の男が銃を構える。

「うわああっ! なんだこいつら!?」

「どこから湧いてきたんだ!!」

「ちょっと騒がないでよ、あんたたち! 周りにバレたらどうするのよ!」

「なんだんだ、お前ら!」

 縛られていたカーレンはきょとんとしていたが、恩を見て笑顔で駆け寄る。

「恩さん! どうしたんですか? 空間移動してくるなんて」

「やっぱり気づいてないね~、レンちゃん」

「カーレン! よかった、ケガしてない!?」

「? はい」

「すぐ縄ほどくから! 翼も出ちゃって……」

「おいコラ、ふざけてんのか! シカトしてんじゃねぇ!!」

 一層声を張り上げる犯人の一人に、恩はカーレンの縄をほどくと、ゆらりと立ち上がった。

「ふざけてるのはどっちだよ? カーレンをこんな目に遭わせておいて、ただで済むと思うなよ?」

 ひたと見据える目にはわずかに殺気すら宿っている。ぞおっと犯人たちの背筋が凍った。

 そしてその一時間後。人外誘拐事件の犯人グループは、通報しておいた町の警吏隊たちに連行されていった。ボロボロの状態で。



 あの集団は人外売買グループで、人外を攫って闇ルートで国内外のコレクターに売り飛ばしていたらしい。

「カーレン、俺がしっかり見ていれば攫われなくて済んだのに、守れなくてごめん」 

 犯人たちが連行される横で、恩はカーレンに頭を下げた。カーレンは目をしばたたかせ、くすりと笑った。

「何を言ってるんですか、恩さん。ちゃんと守ってくれたじゃないですか」

「え?」

「さっきの人たちは悪い人たちだったんでしょう? 悪い人に悪いことをされる前に助けてくれました。守ってくれたんですよ」

 柔らかい微笑みに、胸が詰まった。恩は俯いて涙をこらえ、「ありがとう」と呟いた。

「おい、のんびりしているな。これで終わりではないんだぞ。まだやることが残っている」

 此武が冷たく言い放つ。確かにまだ依頼を完了していない。この食料を依頼者のところに持っていかねば。

「分かってるよ」

「だがその前に、一つ気になることがある」

「?」



 山深くに依頼者の家はある。白く塗られたログハウスは、雪景色の中にほとんど埋もれてしまっている。

「ああ、ご苦労様です。それだけの荷物を運ぶのは大変だったでしょう」

「いえいえ、人手がありましたし、これが僕たちの仕事ですから」

 営業スマイルで此武が言う。ひげをたっぷり蓄えた依頼者は包帯で腕を吊り、歩き方も少々ぎこちない。

「その腕と足では生活も大変でしょう」

「ははは、まったくです。早く治ってほしいものですよ。でももう慣れましたし、怪我もだいぶ回復していますから」

「それはよかった。では、怪我が治ったらまた仲間と活動を始めるんですね」

 此武の言葉に対して笑みを浮かべているが、依頼者の男の眉がピクリと跳ねた。

「……どういう意味ですか?」

「早く治ってほしいのは当然ですよね。でないと悪巧みに参加できませんものねぇ」

「なんなんですか、いきなり。仲間だの悪巧みだの……」

「まだ白を切るか、人外売買組織のボスめ」

 本性で迫る此武に、男は怯んだ。なぜバレたのかと顔に書かれている。

 後ずさる男を恩とリヒトが両側から押さえ込む。

「は、離せ!」

「あんたの仲間はもう捕まってるんだから観念しなよ」

「さっき、仲間の女の人があんたに電話したよな? その時にヴァモバから聞こえた声が、あんたとそっくりだって此武が言ったんだ」

 犯人グループを追い詰めて乱闘している最中に、運転をしていた女が助けを求めてこの男に電話をした。

 あの乱闘の中で、小さな音量と短い会話でも、此武の耳にはしっかり届いていたのだ。

 それに街で見かけた立て看板にあった犯人グループの人数は四人組。

 そして書かれていたそれぞれの特徴は、サングラスをかけた男――カーレンを車に連れ込んだ男。

 長髪の男――車内で銃を構えていた男。中年の女――運転をしていた女。そして、傷のある男――今、拘束している依頼者の男だ。

「その傷は仕事の最中に負ったものだろう。大方、攫った人外に返り討ちにされたというところか。

 それを町の住人どもに見られて通報されるのを恐れ、ここに隠れ住んであの仲間どもに指示を送っていたのだな」

 男は舌打ちをし、ぐっと全身に力を込めて二人をはねのけた。ぶわっと妖力が広がり、男の体が変化する。

 サイほどはある大きな体、尖った頭部、細長い尾、四つ足の獣の姿、そしてその体を取り囲むように浮かぶ黒雲。黒眚(シイ)だ。

「こいつも人外だったのか!」

「えー、人外が人外を攫ってたってこと? 同類を売り買いするなんて、こっちもこっちでえげつないね~」

「生きのいい奴や希少な奴は売れるのさ! お前ら人間だって同じことをしているだろうが!」

 そう言われてしまうと口をつぐむほかない。黒眚(シイ)の言うことは間違っていない。

 人身売買、そして人間奴隷の売買は大昔から行われていたのは事実だ。

 しかしそうだとしても、目の前の犯罪を見逃すわけにはいかない。

「とにかく、これ以上の被害を防ぐために、あんたを止める!」

「頑張れ、めぐ様ー」

「お前もやるんだよ!」

 いつの間にか此武と一緒に見物役に回っているリヒトに、恩はケイオスフォズマを顕現させて怒鳴った。

「めぐ様~。今回はめぐ様一人でやってよ」

「はあ!?」

 突然、何を言い出すのやら。

「だってあんな手負いの獣ならそんなに手こずらないでしょ。それに、めぐ様が戦うところ、一回しか見たことないから改めて見てみたいんだよねー」

「どういう理屈だよ……」

 がっくりと肩を落とす恩。しかし、此武の言葉に目を剥いた。

「ふん、いいだろう。赤木偶、貴様だけで奴を仕留めろ」

「ええっ!? 本当に俺だけでやるの? ……何かあったら助けてくれよな、此武」

「誰が下僕などに手を貸すか」

「助けろよ!」

 まったく、自分勝手なことだ。だが、ケイオスフォズマが変形させられると知ったし、その性能を見てみたい気もする。仕方がない。

 恩はケイオスフォズマを棍の状態で構えて黒眚(シイ)へ突撃していった。

 隣で恩の動きを注視しているリヒトに、此武が恩に視線を向けたまま言った。

「何を企んでいる」

「えー? 企んでるだなんて人聞き悪いなぁ。ボクは本当にめぐ様の戦いを見たかったんだよ」

 黒眚(シイ)がテーブルをくわえ、投げつけてくる。

 恩はケイオスフォズマを双剣に変形させ、飛んできたテーブルを両断した。

 次々と飛んでくる家具を剣で薙ぎ払っていく。

 その軽やかな動きは、ちょっと武道をかじった程度ではできない。

 実戦経験があるのは確かだ。

「戦力を見定め、利用する気か」

 此武がリヒトを見上げると、リヒトは此武を見下ろしてにっこりと笑った。

「コノ様はもう、ボクのこと気づいてるんだよね?」

「…………」

「だったらさ。めぐ様のこと、もらっていい?」

 ピクリと此武の眉が跳ね上がる。リヒトは目を細めて、カーレンに顔を向けた。

 カーレンはきょとんとした顔で小首を傾げている。

「めぐ様が欲しいんだ。ボクたちのリクワイズとして。レンちゃんもね」

 服の中から取り出した鈴に視線を落とし、リヒトは目を伏せた。

 精神を集中させると、鈴が振動し、りぃーん、と鳴った。

 さすがにもう時間がない。本気でリーフェに来た目的を果たさなくては。

 そっと開かれたリヒトの眼が、鋭く光った。



 ケイオスフォズマを弓矢に変形させ、後ろ足を射る。

 後ろ足が両方使えなくなり、黒眚(シイ)はうずくまった。

 その背後に素早く回ると、棍で首元を打ち、気絶させた。

 その後、小屋の外で待機してもらっていた警吏隊に黒眚(シイ)を引き渡した。

 隊士たちが黒眚を特殊バンドで縛り、数人がかりで運んでいく。

 依頼を引き受けた先でこんな事件に巻き込まれるとは。

 事件を解決できたのはよいことなのだけれど。

(なんか最近、警吏隊絡みの依頼が多いような?)

 事件性の強い依頼が増えてきている気がする。

 ほんの少し前までは、ペット捜しとか、落とし物捜しとか、害虫退治とかだったのに。

「この買ってきた食料、どうしようか」

「もらっちゃえばー? あいつのお金で買ったものだけど、置いておいてもなんにもならないでしょ」

「事件とも関係ないしな。持って行け」

「まあ、うちの食費が浮くからいいけど……持って行っていいのかな?」

 念のために近くにいた隊士に聞いたが、構わないと言われた。ならもらっていこう。ちょっと得をした。

 一つの事件が解決したのはいいが、こうなったのは自分の不注意が招いたことだ。

 やはり、あんな大勢の前でカーレンの正体がばれるのは危険だ。

 もう二度とこんなことがないように、今まで以上に注意しなくては。恩は改めて決心を固めた。

「めぐ様、お疲れ~。さっきはすごくかっこよかったよ。もう惚れ直しちゃうくらい」 

「あのなぁ」

「だからね、めぐ様。ボクと一緒に来てもらう」

 リヒトの気配が変化したことに気づき、恩はリヒトを振り返った。

 リヒトはいつものように笑みを浮かべていたが、目だけは冷たく研ぎ澄まされていた。恩はわずかに警戒する。

「……リヒト?」

「ごめんね、めぐ様。ボク、嘘ついてたんだ。本当はね、観光でリーフェに来たんじゃない。ボクは探しに来たんだ。ボクたちのためのリクワイズを」

「リクワイズ……?」

 カーレンが息を呑む。此武はただ冷淡な目をリヒトに向けているだけだ。

「めぐ様の楽しい生活を壊したくはなかったけど、僕にもやらなきゃいけないことがあるんだ」

 リヒトの蜜柑色の目が恩を射抜く。

「めぐ様の命、ボクにちょうだい」


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