第30話 天からの御使い
星間神殿。双星・リーフェと繋がっている数少ない場所。その前に一人の女が立っていた。
ここへは誰でも来ることができるが、観光地として外から見るくらいで、実際にリーフェに渡る者は少ない。
交流があると言っても、もっぱらリーフェからの輸出入業者や各国の大使や外交官、観光客が来るくらいである。
シェーシアからリーフェへ渡るのは輸出入業者くらいで、リーフェを観光しようとする者はほとんどいない。
なぜなら、リーフェ人が“人間”と姿形が違う者への抵抗感が強いことを、彼らは知っているからだ。
シェーシアには様々な種族がいる。
人間界、と神族や魔族は称しているが、シェーシアはリーフェと違って人間とは言えない種族もいる。
リーフェは確かに人間が主に暮らしていて、人外と呼ばれる種族はあまり姿を見せなかったり人間に変化しているという。
だがシェーシアでは人間と人外などとは大別しない。
リーフェでは恠妖、神族、魔族と呼ばれる種もシェーシアでは同じ生命なのである。
それゆえにシェーシアの者は種族の違いをなんとも思っていないが、リーフェは人間ではないものを受け入れない者が多数だ。
それを知っているから、リーフェには足を運ばない。だというのに。
女は星間神殿を見ながら、小さくため息をついた。
薄紫色の肌、羽のような耳。リーフェ人から見れば、人間とは思えない風体だ。
この容姿もあって彼女はリーフェには渡らなかった。
どんな目で見られるかは想像できていたから。悪い方向に。
友人からの連絡が途絶えて数日。
彼女の友人は、リーフェに観光に行ってからまだ戻っていない。
どれくらい滞在するかは決めていないから、いつ帰るかは分からないけれど、一日一回は連絡すると言っていたのに。
友人もリーフェ人に溶け込めるほどの容姿ではない。
だから、リーフェに行くと言った時に反対した。迫害されるかもしれないと。
けれど友人は、気にしないと笑っていた。心配しないでと。
女は手の中の小さな鈴に視線を落とした。
『はぁ? 心配なんてしてない。あんたに何かあったら困る人たちがいるから!』
『……うん。だから、ちゃんと帰ってくるから。いってきます』
最初、少しだけ表情を曇らせて、でもすぐにバカみたいな笑顔でリーフェへと旅立っていった友人。
まったく鳴らない鈴を胸の前でぎゅっと握りしめ、女は友人の無事を祈った。
* * *
ここのところの悪天候がいったんやみ、今日は快晴だ。積もった雪が少しずつ溶けている。
明日からまた雪が降るようだから、つかの間の晴れ間だ。
溜まった洗濯物を干す人も多く、滋生家でも服や布団干しに追われていた。
「晴れてよかったですね」
「そうだね。今日のうちに全部干しちゃわないと、明日からまた溜まっちゃうから……よっと」
「めぐ様ー、こっち終わったよ」
「じゃあこっち手伝ってくれ」
「はーい」
「みんな、それを干し終わったら少し休憩しましょう」
織枝が呼ぶ。まだまだ干すものはあるので、何回かに分けて干す。
恩が洗濯かごの中の最後の一枚を拾い上げた時、目の前に大きな白い羽根が落ちてきた。
鳥でも飛んで行ったんだろうか、と顔を上げかけた時、ひらひらといくつもの羽根が視界を横切る。
驚いて空を仰ぐと、二つの人影が逆光の中を舞い降りてくる。
「!? なんだ、あれ!」
織枝たちも恩の声に空を見ると、織枝は目を丸くして口元を手で押さえ、リヒトは目の上に手をかざし、「おー」と感嘆の声を上げる。
カーレンがぱっと笑みを浮かべた。
「リアウィス様、リュミオンお兄様!」
カーレンが庭に戻って二人を出迎える。降りてきたのは背中に二対の翼を生やした男性たち。
波打つ金髪の青年と、雪のように真っ白な髪の青年。どちらもとても美しい顔をしている。
「ようやく見つけたぞ、カーレン」
口を開いたのは白髪の青年。きりっとした表情で、服も軍服に似ているので厳格な人のように思える。
「お久し振りです、お兄様」
駆け寄ったカーレンは男性の手を両手で包み込み、にこりと微笑んだ。
金髪の青年が柔和な笑みを浮かべてカーレンの頭を撫でる。
「急にいなくなったので心配したぞ。特にリュミオンは天界軍まで駆り出す始末だった」
リュミオンと呼ばれた青年は、当然だとでも言わんばかりに鼻を鳴らした。
「妹に何かあれば一大事です。まさか本当に人間界に降りてきているとは」
「天帝の仰ったとおりだったろう?」
「ここの人間たちが我が妹を匿っていたのか」
リュミオンが近いところにいた織枝に近づく。織枝は人外に慣れているとはいえ、厳しい表情のリュミオンに顔を強張らせた。
恩が織枝を背にするように、リュミオンの前に回り込んだ。
「あなたたちは、カーレンを連れ戻しに来たんですか?」
「そうだ。あれはここにいるべきではない。見つけた以上、天界に戻す」
リュミオンの背はかなり高く、おそらく二メートル近くある。
恩は思い切り見上げなくてはならず、その身長差ゆえに威圧感が半端ではない。
いつかは来るかもしれないと薄々思ってはいたが、こんなに唐突な別れは嫌だ。
「事情があるのかもしれないけど、まずは理由を……」
「ねえねえ! アルトテラスってもしかして、あなたたち天界から来たの!?」
リヒトが恩の言葉を遮り、リアウィスに問いかけた。リアウィスは微笑んで首肯した。
「そのとおりだ。お前はシェーシアの子だな」
「本物! すごい! 天界の神族は初めて見たー!」
なぜだか興奮しているリヒトに水を差され、緊張感が抜けてしまった。脱力する恩。
「おい、リヒト……」
「だって天界の神族だよ、めぐ様! 滅多に見られないんだから!」
「カーレンだって天界の神族だろ」
「あ、そうだったっけ。うーん、なんかレンちゃんって神族っぽくないっていうかさ」
リュミオンの眉が跳ね上がった。踵を返し、つかつかとリヒトに歩み寄る。
「小僧、我が妹を愚弄するか」
「こらこら、落ち着きなさい。この子は悪気があって言ったわけではないだろう」
「えっとー、気に障ったならすみません。でも、会えて本当に感動してるんですよ、ボク」
「ほら。それより、カーレンのことをどうにかしなくては」
しかめっ面で口をつぐむリュミオン。恩が慌ててリアウィスに駆け寄った。
「待って下さい! その前に理由を! 理由を教えて下さい!」
「ん? そうだな。少し話をしようか。まずは自己紹介しよう。私はリアウィス。天の生命神の一柱だ」
リアウィスの纏う羽衣がふわりと風になびいた。この男神も生命神だったのか。
カーレンと少し似ている気がする。髪と眼の色が似ているからだろうか。
「リュミオン、お前も」
「今更、名乗るほどでもありません」
「あの気難しい子はリュミオン。同じく生命神で、カーレンの兄だよ」
確かに気難しい男神だ。いや、リアウィスやカーレンがフレンドリーなだけかもしれない。
「私は前天帝の斂子で、カーレンの父である現天帝とは親類なのでね、彼女とは古くからの知己なのだよ」
「カーレンの、親戚?」
さっきから彼らが言っているアルトテラスやマーティンテラスやエルマの意味がよく分からないが、たぶん神魔語だろう。
おそらくアルトテラスが天界、マーティンテラスが人間界、エルマが天帝という意味だと思う。
「そもそも、カーレンはどうして人間界に来たんですか?」
ずっと気になっていたことだ。聞くタイミングを逃し続けていたが、今なら分かるはずだ。
「簡単なことだよ。カーレンはね、一人で出かけて人間界に続く水鏡に落ちてしまったのだ」
「はい?」
目を点にする恩。リアウィスは構わず続ける。
「天界には、人間界を透視できる水鏡があるのだよ。
カーレンは人間界を見るのが好きでね、よく水鏡で人間界を眺めていたのだが、二週間ほど前から行方知れずになっていたのだ」
「え? 二週間前って……カーレンと会ったのは二か月くらい前ですけど」
「天界と人間界では時の流れる速さが違うのだ。人間界は天界の四倍ほどの速さだな」
なるほど。だからこっちでは二か月でも、天界では二週間……ということは、二週間の間見つからなかったということで。
「天帝様も意地の悪いことだ。行方を知っているなら仰ってくれればよいものを」
リュミオンが腕組みをして苛立たしげに呟く。
(さすが天帝……なんでもお見通しなのかな)
「あの、それで、どうしてカーレンを連れ戻しに?」
「我々天界の者は、密かに人間界を護る者。本来、彼女のように長く留まるべきではないのだ」
「それに妹は使命を帯びてきたわけではない。使命もなしに人間界に長期滞在することは許されていない」
冷たく言い放つリュミオン。彼はどうしてもカーレンを天界に連れ戻したいようだ。
「と、彼は言っているがね。本音はただ心配しているだけなのだよ」
「違います。私は事実を述べただけです」
「あの通り素直ではないのさ。だが、私は別にこのままカーレンを残してもいいと思っているよ」
「え?」
「リアウィス様!」
いきり立つリュミオンを手で制するリアウィス。
「リュミオン、天帝も構わないと仰っていたではないか。問題がないから行方を知っていたにもかかわらず放っておいたのだから」
「あの方はは楽しんでいるだけです! 天界の者が理由もなく、人間界に長く留まってはいけないというのは昔からの掟でしょう!」
「本当にお前は真面目と言うか、頭が固いと言うか。ならばカーレンに決めさせよう」
リアウィスはずっと話に耳を傾けていたカーレンに顔を向けた。
「カーレン。お前はどうしたい? このままここに残るか、天界に戻るか。お前が決めなさい」
尋ねられたカーレンはきょとんとしてしばらく考えていたが、恩の方を見て告げた。
「わたしは、まだここにいたいです」
カーレンの答えを聞いて、リアウィスは満足げに笑い、リュミオンは悔しげに眉をひそめる。
「水鏡で何度も人間界を眺めてきました。けれど、人間界に実際に来てみて、いろんなことを知りました」
楽しいこと、不思議なこと、悲しいこと、怖いこと、うれしいこと。
この二か月の間で知ったことは、きっと天界にいたままでは知りえなかったこと、体験できなかったことだ。
だから、もっと新しいことを知るために。
「わたしはもっと、この人間界にいたいんです」
カーレンの目は輝いている。最愛の妹に言われては、リュミオンも引き下がるしかなかった。
「……お前がそう言うのなら、仕方がない。だがな、カーレン。人間界には危険もある。用心しろ。身の危険を感じたなら必ず呼べ」
「はい」
「大切な妹を失いたくないからだろう?」
「違います。数少ない斂子を減らしたくないだけです」
ぷいっとそっぽを向くリュミオン。どこまでも素直ではない。
リアウィスは微苦笑して、恩と向き合った。
「少年、名を聞いておこう」
「高天 恩です」
恩のまっすぐなまなざしに、リアウィスは目を細めて笑った。
この少年が、あの方々が創った宿命を紡ぐ者。
(なんと澄んだ瞳だろう。彼と一緒なら、カーレンも安心だ。それに……)
さっき、カーレンは彼を見ていた。今までにない優しい瞳で。
カーレン自身は気づいていないのかもしれないが、彼女には新しい感情が芽生えている。
(人間界に来たことは、カーレンにとって良いことだったようだ)
「恩。いずれ、お前たちは危険に晒されることとなるだろう。その時は、カーレンをよろしく頼む」
なんのことかは分からなかったが、リュミオンがこちらをじっと睨んでいたので、恩は上ずった声で答えた。
「わ、分かりました」
「リュミオン、帰るぞ」
「……はい」
空へと舞い上がるリアウィスに続いて、名残惜しそうにリュミオンも空へと羽ばたいていく。
「カーレン、本当によかったの?」
別れることにならなくてうれしいが、特別な理由があってきたわけではなかったので、留まることもないのかと思ったのだが。
「はい。もう少しこの人間界にいて、いろんなことを知りたいんです」
そして、恩さんのそばに。
うれしそうに微笑むカーレンにつられて恩も笑った。その様子をリヒトは真剣な顔つきで見つめていた。
今回の依頼は神京都を遠く離れた雲笠州だった。雲笠州は藍泉の最北。冬にもなれば、極寒の地となる。
依頼は雪かきと買い物の買い出しだ。依頼者は山奥に住んでいて、例年は今頃に食料などの買い溜めをしておくのだが、今年は腕を怪我して買い出しに行けないそうだ。
依頼者は普段、人に化けて街で買い物をしているらしい。行きつけの店があって、店のメモを渡された。
「えーと、あと二軒回れば終わりだな。カーレン、荷物重くない?」
「はい、大丈夫です」
恩とリヒトとカーレンの三人で荷物を運んでいるのだが、大量なので三人とも両手塞がりの状態だ。
あともう一人くらいいれば楽なのだが。ちらっと此武を見るが、此武が手伝うはずもなく。
「なんだ」
「……別に」
もう一人と言えば、一つ気になっていることがある。今日も見かけていない千咲のことだ。
何を恐れているのか、と此武に尋ねられたあの日から、千咲と顔を合わせていない。常に此武の傍らにいるあのゴーレムと。
「……あ、あのさ。えっと……千咲さんは、今日もいないんだ?」
そう言うと、此武はいつも以上に眉間にしわを寄せて、「気になるのか?」と絶対零度の視線を向けてきた。
「いえ、別に! まったく!」
触れてはいけないことだったらしい。恩は、ぶぶぶん、と勢いよく首を横に振った。
山に比べれば街の方は雪が少ないが、一部の道は凍っている部分もあって滑りやすくなっている。
(ちょっと危ないなー。転ばないように気をつけないと)
「カーレン、ここは滑りやすいから気をつけ……」
注意しようと後ろを振り返った瞬間、カーレンが足を滑らせて近くの通行人に抱きついた。
「きゃっ。すみません」
「言ってるそばから滑ってる! って……」
通行人のおかげでカーレンは転ばなくて済んだ。だが「大丈夫ですか?」と問いかける通行人は男だった。
「「あ!!」」
恩とリヒトが同時に声を上げる。
「はい、ありがとうございま……」
顔を上げたカーレンは、自分の背中を見て呆然とする男の顔を見た。カーレンも気づいて、背中を振り返る。
粉雪が舞う中でも目立つ、一対の純白の翼。通行人たちがどよめきながら注目する。
「えっ、何あれ? コスプレ?」
「急に背中から出てきたぞ?」
「もしかして人外じゃね?」
「パパー、あれ鳥さん?」
「何々、本物? 写メ撮ろ、写メ!」
通行人が集まってきた。じりっと恩の胸がざわつく。
神族ということは分かっていないようだが、人外が珍しいのかどんどん人が増えている。
「あちゃー。これ、まずいんじゃない? めぐ様」
「分かってる! カーレンっ」
「恩さ……」
「綺麗ー。触りたーい」
「おー、この羽、すっげー手触りいいんですけど!」
「マジもん? 俺も俺も」
カーレンの翼を触る輩まで出てきた。カーレンもさすがに困った顔をしている。
恩は人垣の間からカーレンの手を引っ張り、抱き寄せた。
「すいませんっ、これドッキリなんです! えと、撮影の特殊メイクなんで!! それじゃ!!」
四人は急いでその場を後にした。ビルの陰に隠れ、呼吸を整える。
「はぁーっ、はぁーっ、誰も追ってきてたりしないよな?」
「うん、大丈夫みたい。ふぅー、疲れた」
「カーレン、翼、消して」
「はい」
言葉と同時に、カーレンの翼が空気に溶けるように消える。
まさかあんなに大勢の人間に見られるなんて。恩は早鐘を打つ心臓を抑えるように、胸に手を当ててため息をつく。
「恩さん、すみません」
「えっ、あー、カーレンが謝ることないよ。さっきのはちょっとタイミングが悪かっただけだよ」
しかしこのままではうかつに出歩けない。
さっきの通りにメモの店があるのだが、まださっきの連中がいるかもしれない。どうしたものか。
「んー? ねぇねぇ、みんな、これ見て」
周りの様子を探っていたリヒトが、街角の立て看板を指差す。どうやら防犯のための注意の呼びかけのようだ。
「えーと、この界隈で人外誘拐事件が頻発しています……誘拐!?」
「めぐ様、声大きいっ」
「ごめ……でも誘拐って……しかも人外のみ。なんで?」
「続きには、白のガレスタに乗っている四人組を見かけたらご一報お願いします、とありますね」
長髪の男だの、傷があるだの、犯人の特徴も小さく書かれている。
「ガレスタって?」
「カーモデルの一つだよ。後部座席をしまえばかなりの広さになるんだって。
結構人気のあるモデルだから、そこら辺をよく走ってるよ。ほら、色は違うけどあれとかそう」
人外を誘拐して何をするというのだろう。そもそも、人外なんて早々見つかるものでもない。
たいていは人目につかないところで生活しているし、人間社会の中では稜雲や玲汰のように人間に変化していて、ぱっと見、人間と区別はつかない。
それでどうやって人外だけを見つけられるのか。
「念のため、三人とも気をつけた方がいいな。まあ、此武やリヒトは捕まることないだろうし、たとえ捕まったとしても」
「このオレ様が愚鈍な人間などに捕まるとでも思っているのか、屑虫」
しかめっ面で此武が恩の鼻を思い切りつまむ。
「ひへへっ、ふぁとえだお、ふぁとえ! もうっ」
ぺしっと此武の手を払いのけ、鼻をさする。寒さで赤くなっていた鼻がさらに赤くなってしまった。ちくしょう。
「もしもっ、万が一捕まったとしても此武はおとなしくしてないだろうな、こんな風に!」
「当然だ。捕まる前に殲滅してやる」
「ボクは隙をみて逃げるかな~。ボクたちよりレンちゃんの方が心配」
カーレンの顔を覗き込み、リヒトはにこーっと笑った。
「レンちゃんはぽーっとしてるから、捕まっても気づかなそうだもん」
「大丈夫だよ。俺がそうならないように守るから!」
自信たっぷりに恩がふんぞりがえる。カーレンがうれしそうに微笑んだ。
「めぐ様、頼もしい~。惚れ直しちゃう。
じゃあめぐ様はここでレンちゃんと一緒に待っててよ。買い物はボクとコノ様で行ってくるから」
「へ? なんで」
「勝手に決めるな、青頭」
「さっきの人たちにまた絡まれたら嫌でしょ?」
「それはそうだけど、お前たちだって十分目立つし」
リヒトの黒い羽は隠そうにも隠し切れないもので、閉じてもらってはいるが明らかに黒いものが背中にくっついている。
此武もリヒトと同じシェーシア人の外見な上に銀髪だ。ただの銀髪ならたいして珍しくはないが、シェーシア人ともなれば別だ。
「ボクたちなら簡単に切り抜けられるし、この看板のこともあるしね。いいでしょ、コノ様」
おねだりポーズをするリヒト。此武は仏頂面でリヒトの顔をバシッと平手打ちした。
「あいたー」
「フンッ、面倒極まりないが行ってきてやる。メモを渡せ」
此武はずいっと、手を恩の前に突き出した。
「あ、うん」
「とっとと行くぞ、青頭」
「もう~、コノ様ってば容赦ないんだから。行ってきまーす」
二人を見送り、恩とカーレンは暇を持て余した。考えてみれば、こうして二人きりになるのは久し振りな気がする。
家にいても食事以外は別行動が多いし、学校の後はバイトで顔を合わせるが、誰かしら一緒にいる。
(な、何してよう。何か話した方がいいよな。でも、何を話せばいいんだ!?)
ぐるぐると思考の迷路で迷っていると、カーレンがビルの陰から出て行く。
「カーレン! 出たら危ないって! ここで待ってなきゃ……」
「長い時間は離れません。この近辺ならすぐに戻れますし、恩さんがそばにいてくれれば大丈夫です」
笑顔で断言する。恩のことを信頼しきっている笑顔だ。恩は赤面した。
ここまで信頼されたら、頷くしかないじゃないか。
「近くを見るだけだからね?」
「はい」
二人連れ立って近くの店を見に行く。その様子を物陰から見ている怪しい人影がいることに、二人は気づいていなかった。