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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第20話 それぞれの神々の話

 中庭に場所を移し、恩たちは輪になって弁当や購買で買ってきたパンなどを広げた。

 ある程度食べ進めてから、亜橲が先陣を切った。

「でさ、高天。その女の子はいったい何者?」 

 幸緒たちもカーレンに注目する。恩はわずかに逡巡したのち、今さらごまかしても意味がないだろうし、正直に言ってしまおうと心に決め、口を開いた。 

「えーっと、彼女はカーレン。俺と同じで滋生家に居候してるんだ」

「えっ、うそ、同棲してるのぉ?」

「ど! た、ただの居候だってば!」

 まひろがわざとらしく言うと、恩は素直に反応し真っ赤になる。可愛いなぁと一同はほっこりする。

「それとっ、カーレンは実は……神族なんだ」

「神族!? うそ、本物!?」

「神族ってことは、榊原会長みたいに人間に変化してるの?」

 思わず腰を浮かして驚く幸緒。要が顎に手を当て、冷静に尋ねる。

「いや、違う。カーレンは元々、人神だよ。生命神だからね」

 全員が呆気にとられる。玲汰でさえも予想外だったと言わんばかりにぽかんとしている。

 そういえば神族であることは言ってあったが、生命神だとは言っていなかったかもしれない、と今頃気づいた。

「ええぇぇぇっ!? せ、生命神って生と死を司るっていうあの!?」

「すすすっごく偉い方なんだな!」

「学生とあんまり変わらないように見えるけど~」

「榊原会長以外で神族を見たのは初めてだね」

「そうか、どうりでなんか神々しさを感じると思ったよ」

 にわかに色めき立つ幸緒と玲汰とまひろ。要は落ち着いているように見えるが、興味深いらしくカーレンをまじまじと見つめている。

 亜橲は得心がいったらしく、すっきりした顔で食事に戻る。

 魔族と違い、神族は滅多に人前に姿を見せない。

 人間社会に溶け込んで暮らすこともほとんどないし、神族と出会う確率は魔族よりも低いのだ。それで言えば、稜雲はかなり珍しい部類に入る。

 他にじかに出会える神族と言えば炎神オミリアだろう。

 オミリアは現在の藍泉国である旧国名・蒼泉美(あおいずみ)国を建国した藍泉の守護神だ。

 毎年行われる藍泉建国を祝う蒼泉美祭(あおいずみまつり)でたまに顕現する。本来の姿は白狐だが、祭では人型に変化している。

 テレビでしか見ていないが、毛先だけが赤い白銀の髪で、巫女のような服を着た妖艶な女性だった。同じく藍泉の守護神である水神サヲギラは姿を見せたことはないらしいが。

 そんな滅多に出会える機会がない神族が目の前に鎮座しているのだ。

 興奮する気持ちも分からなくはないが、他にも神族とあったことがある、というかしょっちゅう顔を合わせている恩にしてみればどうということでもない。

 しかし、亜橲はやけに冷静だ。亜橲の性格からしてみんなと同じようにはしゃぐ気がするのだが。

「あれ? でも生命神ってゲルニムとルシャ、だよね? 生命神でカーレンなんて名前、初耳だけど」

 カーレンをとっくりと眺めていた要が疑問を口にする。同じことを考えるんだなぁ、と恩は微苦笑した。

 生命神は十七属の神々の一属で、神話などで一般的に知られている神々は三十八柱。生命神、と聞けばゲルニムとルシャの二柱どちらかを想像するだろう。

 だが、クロムやカーレンの話によれば、神話で語り継がれている十七属の三十八柱の神の名は個体名ではなく、一族の名前なのだ。

 だからゲルニムというのは一柱の名前ではなく、正確にはゲルニム一族、というわけだ。

 それどころか、その三十八の一族以外にもいくつか一族があるようで、人間が知っているより神はたくさんいるのだ。

 要の疑問にはカーレン本人が答えた。

「人間の皆さんはゲルニムとルシャを、一柱の名前と覚えているようですが、そうではありません。ゲルニムもルシャも一族の名前なんです」

「一族の名前?」

「はい。人間も名字というものを持っていますよね。それと同じです。わたしはクリソプレズ一族なんです」

 カーレンはそういう名前の一族だったのか。訊けずにいたことが分かってよかった。

 恩がお弁当を片づけ始める傍ら、幸緒は購買で買ってきたパンにほとんど手をつけず、カーレンの話に夢中になっている。

「えーっ? じゃあ生命神ってもっとたくさんいるんですか!?」

「そういうことになります」

「二柱だけなのかと思ってたわ……ってことは他の十七属の神々も、あたしたちが知ってるの以外にもいるってことですよね?」

「はい。どの一族かは聞いていませんが、稜雲さんも炎神一族の一柱ですし」

「うあ、そういうことになりますよね……」

「榊原会長を一『柱』って言うの、なんか変な感じーっ」

「あまり神族ってイメージじゃないからね」

 まひろと要も食べ終えたようだ。玲汰はその辺りの話は知っていたようで、途中から食べることに専念していた。

 気になるのは亜橲だ。最初にカーレンの正体を尋ねはしたが、明らかになってからは平然としている。まるでカーレンの正体を知っていたかのようだ。

「亜橲はカーレンが神族でも驚いてないんだな」

「ん? まあ、神族だってことはなんとなく気づいてたしさ」

「え!? そうなの?」

 驚く恩。話を聞きつけて要たちもこちらに意識を向けてくる。幸緒は亜橲の顔を見つめ、何やら考え込み始めた。

 亜橲は後ろ手に地面に手をつき、あっけらかんと返した。

「あっちにいた頃は人外なんてごく当たり前に周囲にいたしな。中には神族もいたし、気配で分かるんだよ」

「あっちって、シェーシア?」

「ああ」

 シェーシアはリーフェの双子星で、亜橲は六年前にリーフェに移住している。シェーシアとリーフェはごくごく一部で交流があり、一握りではあるが移民もいる。

 それでも交流範囲が狭すぎるゆえか、シェーシアについての情報はかなり少ない。

 リーフェよりも進んだ文明であること、リーフェとは異なる種族や食べ物や文化があるということ、人外と人間が普通に共存しているということ、シェーシアでは電機などの科学の産物がほとんどないということ、くらいだろうか。

 交流が進めばいずれもっと詳しいことが分かってくるのかもしれないが、今のところはこの程度だ。

 恩たちは亜橲から多少聞いているが、シェーシアのことをリーフェ人の多くはよく知らない。文献やテレビの取材などで時折見かける情報が頼りなのだ。

 しばらく考えふけっていた幸緒がやおら呟いた。

「やっぱり畔上(バンジョウ)がいた方がいいのかしら」

「ん? 僕が何?」

 けれど、悪化する不安もあるし、彼にも嫌な思いをさせるかも。そう思い、なかなか踏ん切りがつかない。

 昼休み終了まで時間がないことに気づいた幸緒は、急いでパンを口の中にかき込んだ。ややあって決心がついたのか控え目に尋ねる。

「……はのさ、明日、劇に付き合ってくれない?」

「は? 劇? どこか見に行くのか?」

「ひが……ごくん、違うわよ。養護施設で劇をやるからその手伝いをしてほしいの」

「劇ねぇ……まあいいけど」

「ありがと。あ、よかったらカーレン様もどうです?」

 話を振るとカーレンは目を瞬かせて、少し考えてから微笑んだ。

「ご迷惑にならないのでしたら、お手伝いをしてみたいです」

「じゃあ決まりですね!」

 予鈴が鳴り、恩たちは午後の講義へ。カーレンはこのまま帰ることにした。

 随分と長居してしまったし、連絡はしたが織枝を一人にさせてしまっているのが気がかりだった。

 滋生家に帰宅すると、織枝も昼食を終えて片づけをしているところだった。帰ってきたカーレンに笑顔を向ける。

「まあ、お帰りなさい、カーレンちゃん」

「ただいま帰りました。すみません、長い時間家を空けてしまって」

「うふふ、いいのよ。お出掛けするのはいいことだわ。お出掛けをすると元気になれるもの」

 にこにこ笑いながら皿洗いをする織枝。「あとはわたしがやります」とカーレンが代わろうとすると織枝は楽しそうに微笑みながら首を振った。

「もうこれだけだからいいわ。それに、たまには体を動かさないとね」

 鼻歌混じりに皿を洗う織枝を、カーレンは手を組んでそばで見守る。

 織枝は最近、よく体調を崩すようになった。元々さほど体が丈夫な方ではないらしく、(はとり)が家を出て行った寂しさも相まって、心身ともに弱っているのだろう。

「カーレンちゃん、その服似合ってるわよ」

「ありがとうございます。恩さんの学校で頂いたんですよ。それと、劇をお手伝いすることになりました」

「劇?」

 皿を洗い終え、きゅっと蛇口を閉める。タオルで手を拭きながら、織枝は近くの椅子に座った。

「はい。恩さんのお友達が子供たちのために劇をやるそうなのです」

「まあ、そうなの。なんの劇をやるのかしら?」

「世界創造神話だとおっしゃっていました」

 帰り際に幸緒が言っていた。世界創造神話は人間の子供たちの間ではポピュラーな話らしい。誰もが子供の頃に聞かされる童話。

 ただそれは、あくまでも人間たちが昔から言い伝えられているものを、一つの物語として構成した物だが。

 世界創造の詳細はカーレンさえよく知らない。

 天界で生まれ育ったし、話を聞いたこともないからだ。神界に住んでいる原初の神々ならば知っているかもしれないが。

 神界に住む神と天界に住む神は少々違う。カーレンの父である現天帝は、元は神界に住んでいたが天帝になることになった時に天界へ移住した。

 神界の神の多くは原初から生き、他の世界にはほぼ干渉することがない。交流があるとすれば魔界くらいなものだろう。

「来週の日曜日に発表だそうで、明日から練習を始めるんです」

「まあ、大変ねぇ。頑張って。でも無理はしちゃダメよ?」

「はい、ありがとうございます」

 初めての人間界の劇にわくわくしながら、カーレンはにっこりと笑みを浮かべた。



 翌日、恩は劇の練習のため、養護施設『太陽の家』を訪れることとなった。場所はあらかじめ幸緒に聞いている。

(そういえば、あれから此武どうなったかな)

 あの膝枕の一件以来、此武とは会っていない。なぜかここ数日間は一度も呼び出されていないのだ。

 ナメクジ発言でしばらく会いたくなかったので、恩にとっては好都合だったが、こうも音沙汰がないと少し気になる。

 バイトがなければあそこに行く用事もないので、必然と此武と顔を合わせる機会がないので様子が分からない。

(ケガ自体は一晩で治ったみたいだけど、一応様子見に行ってみようかな?)

 恩はエアバイクの進路を変更する。『太陽の家』に行く前にちょっとした寄り道だ。



 時空神(ときがみ)の神殿は様々な時空を繋ぐ時空廻廊の中にあり、時間の流れは混沌としている。

 現在、過去、未来が入り乱れ、複雑に絡み合う。それゆえに、神殿の外の世界と神殿内では時間の感覚が異なる。

 外の世界でどれだけの時間が流れているのかは、神殿内からは知りえない。

 空間の歪みを感じ取り、時空神ジルティリードは顔を上げた。

 ふわりと降り立つ二つの人影と神気に戦慄する。

「! あなた方は……っ」

〈久しいな、時空神〉

〈思ったよりも元気なようね〉

 前髪で隠れ、顔は判然としないが、背丈ほどもある長い黒髪の女神と、同様の長さの白髪の男神だ。

 この世のものではないような荘厳な存在感。

 微笑を浮かべる二柱の神の前に傅き、頭を垂れるジルティリード。

「このような場所への御光臨、まことに恐縮でございます。創造神セイルシア様、創造神ライフィエ様」

 世界を創造した、あらゆる生命の頂点に立つ存在。闇を司るセイルシアと光を司るライフィエ。姿は一定ではなく、気分次第で姿を変える。

 今も本来の姿ではなく仮初めの姿ゆえ、放たれる神気は本来の百分の一にも満たないが、その強大さに(おのの)く。

〈相変わらず堅苦しいわね。もう少し砕けても構わないのに〉

〈仮にも原初神の一柱なのだから。――残り少ない命とはいえ〉

 全身が総毛立った。その刹那、ジルティリードに襲いかかる神気の鎖。

「ぐああっ!」

 セイルシアとライフィエの口元は笑っているが、迸るオーラは怒りを含んでいる。

〈ねえ、時空神。おいた(・・・)はあまり感心しないなぁ?〉

〈あの守人を外に出したでしょう?〉

「!」

 やはり、禁を犯したことを咎めに来たのか。いつかは来るだろうと覚悟はしていたが、予想よりも早い。

〈守人を遣わした時に言ったはず。外の世界のものとの接触を禁じる〉

〈神殿の外へ赴くのは“宿命(さだめ)(とき)”のみ〉

〈〈あれは時空神(おまえ)の影なのだと〉〉

 神気の戒めが強まる。創造神の命に逆らったのは事実。

 依織を恩に引き合わせた。依織が宿命の刻以外で神殿の外へ出るのを許した。

 彼女が自分の影であることを憂いたから。

 影であるがゆえに、表に出てはいけない。存在を明らかにしてはいけない。それを哀れに思った。

 なぜ創造神がそうしたいのか詳しいことは知らない。ただ、彼女の存在はこの世界では希薄である事実が悲しくて。

(……依織)

 どうにかしてやりたかった。彼女が心から笑えるようになってほしいと願った。自由に、生きてほしかった。

〈せっかく器を与えてやったのに〉

〈覚悟はできているだろうね?〉

 禁を犯せばどうなるか、知らないわけではなかった。それでも、彼女のために何かしてやりたかった。

(すまぬ。そなたを一人にしてしまう)

 創造神ならば、自分を消すことは造作もないだろう。抗うことなどできない。ジルティリードは瞑目した。

 創造神が揃って片腕を高く上げる。そこへ依織が飛び込んできた。

「待ってくださいです!」

 片膝をついたジルティリードを背にして、創造神の前に立ちはだかる。

「ジルさまは悪くないのですっ。悪いのはイオなのです! イオがわがまま言ったからっ。創造神さまの言いつけを守らなかったから! だから罰を与えるならイオにしてくださいですっ!」

 後ろ姿でも分かる。声も体も震えていて、きっと泣きそうな顔をしているのだろう。創造神の前に立つとは、ましてや刃向うなど、よほどの精神力がなければ創造神の神気にあてられてしまう。

 守りたかったのに、守られてしまうとは。

 創造神は涙目の依織を見つめ、ふっと笑った。

〈我らにたてつくとは、命知らずもいたものだ〉

〈なんて小癪な奴。けれども、その愚直さに免じて酌量してあげる〉

〈“宿命の刻”以外でも神殿の外へ出ることを許そう〉

「えっ?」

 依織は目を丸くした。創造神とは数えるほどしか会っていない。

 それでも、この二柱の恐ろしさは知っている。まさか許しを得られるなんて。

〈〈ただし、時空神の命と引き換えだ〉〉

 安心したのも束の間。創造神たちの声音が変わる。

「!?」

〈お前が神殿の外へ出るたびに、時空神の寿命を減らす〉

〈まあ、元々そう長くはない命だったけれど〉

「そ、そんな……」

 依織はジルティリードを振り向く。自分の行動で、ただでさえ弱っている彼に追い打ちをかけるなど。青ざめる依織に、創造神は満足げに笑う。

〈外の世界のものとの接触も自由にするといい。ふふ、私たちは寛大でしょう?〉

〈さて、寄り道はこれまでにしよう。早くあの子に会いに行かなくては〉

 指を絡めるようにして手を繋ぎ、セイルシアとライフィエはその場から掻き消えた。

 張りつめた空気が穏やかになる。だが、依織の心は晴れなかった。

 うずくまっているジルティリードに歩み寄り、すがりつく。

「ジルさま……ごめんなさい。イオの、せいで……」

 謝ることなどないのに。守りたかったのに守られ、更なる苦しみを与えてしまった。

「そなたのせいではない。我がそうしたかった。その結果、そなたの首を絞めてしまった。我の方こそすまぬ」

 彼女は禁を犯すことを恐れていたのに。無理やり宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)に引き合わせたのは自分。

「我のことは気にせずともよい。そなたは、外の世界に触れるべきだ」

 首を横に振る依織。これ以上、このひとを苦しめたくない。

 優しいひと。あたたかいひと。孤独なひと。だから、そばにいたい。

「イオはジルさまと一緒にいるです。ずっとずっと、ここにいるです! ジルさまだけがいればいいです……イオはジルさまの影。世界の影、なのですよ」

 むせび泣く小さな体を抱きしめる。結局、自分はこの子を縛ることしかできないのか。解放してやりたいのに、ますます絡め取っている。

 けれども、このぬくもりを手放さなくて済んだことにわずかに安堵してしまっている。

 この子を檻の中に閉じ込めたのは、創造神か、はたまた己自身か。

 籠の鳥は鍵を開けても、もう二度と飛び立たない。 



 高科FWのメインルーム。此武はひとりそこに佇んでいた。高科FWは時空の狭間に存在する。

 この世界にある様々な時空は、時空廻廊ですべて繋がっている。

 しかし、時空の狭間は文字通り、時空と時空の狭間に存在し、どの時空とも繋がっていない隔絶された空間だ。

 本来は存在しえない空間であり、普通は辿り着けない場所。此武は元々は神界で暮らしていたが、今は創造神の命令で恩の補佐のために神界に帰ることを許されていないので、今はここが唯一の居場所。

 だが、戦闘を生き甲斐としている此武にとって、ここはまるで檻だ。変化のない無機質で退屈な場所。

 依頼がある時は仕方なく外に出ることもあるが、依頼がない時は暇を持て余す。

 占い館での一件で、傷は治ったものの妙な倦怠感があって休業中だ。

 ここは時間の概念がないので、あれからどれほどの時間が過ぎたのかは分からないが、この妙な感覚の理由はいまだに解明できずにいて、胸がざわつく。

 不意に背後に気配が生まれる。クロムは眉根を寄せて、肩ごしに緩慢に振り返った。

「……なんの用だ」

 そこにいたのは二人の幼い少年と少女。少年の方がくすりと笑みを漏らす。

〈ふふ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいのに〉

〈まあ、お前がうれしそうな顔をするのなんて、戦いの時しかないけれど〉

 少年と瓜二つの少女もコロコロと笑った。此武は苛立ちを隠さず、さらに声を低くする。

「なんの用かと聞いている、創造神」

 気まぐれに姿を変える創造神は、長く同じ姿でいることはほとんどない。以前会った時とも姿は違うが、この神気は間違いなく創造神のものだ。

〈お前の様子を見に来たんだよ。アレと出会って、どうしているだろうかと〉

〈ずっと会いたかったんでしょう? 『恩』に〉

 意味深な笑みを浮かべる創造神。此武は真の姿に戻り、眉根を寄せた。

「オレ様が奴に会いたかっただと? ふざけたことを抜かすな」

 クロムはこの二柱が苦手である。表向きは“あの方々”と敬意を表すことはあるが、それは形だけで、本心では関わることを面倒に思っている。

〈まあ、お前が求めていたのはあの『恩』ではないだろうけど〉

〈近からず遠からずでしょう? 根源は同じなのだから〉

「…………」

〈おお、怖い。そんなにねめつけなくてもいいのに〉

「用件が済んだのなら帰れ」

〈まったく、まだまだ成長が足りないようだね〉

〈次に会う時は、もう少し可愛げがあると出てくるとよいわね〉 

 創造神は笑みを絶やすことなく、すっと消えた。

 だが、クロムの機嫌は最悪だった。ただでさえ、理解不明の感覚に不快感があるというのに、創造神の言葉でさらに不快になった。

(会いたいなど、微塵も思ったことなどないわ。あれはただの駒だ。創造神の掌の上でそうと知らずに転がる無様な駒だ)

 それなのに、反論できなかった。なぜ。

 ああ、不愉快だ。あの馬鹿のせいで、気分が悪い。

 そんな時だ。ふと時空の狭間に何者かが入り込む気配がした。

 時空の狭間は結界の中と同じで、特別な者しか入れない。入れるとすればかなり高位の神族か魔族。そして――

「おーい、此武~。体の調子はどう……って、え?」

「……なぜ、貴様がここにいる」

 入ってきたのは恩。今、最も会いたくない相手だ。

 恩は此武が本性の姿でいたことに驚いた。

 クロムは普段、力を抑えるために仮の姿に変身している。それが此武だ。

 クロムと此武は外見がまったく異なる。此武はまず子供の姿だし、声も年相応の高さで、銀灰色の髪だ。

 一方、クロムは黒いざんばら髪に大人の低い声、二メートルを超す長身。変わらない物と言えば、なぜか左側だけが前髪で隠されたバイオレットの眼と、

「フン。来たのならばオレ様の足元に平伏し、己の愚かさを懺悔しろ糞下僕」

 この傲岸不遜な態度くらいである。後ろ手にドアを閉め、恩は半眼になった。

「下僕じゃないし。なんで元の姿に」

「主の質問にまず答えろ下種が」

「……だから、お前のケガの具合を見に来たんだよ」

「ハッ。屑め、このオレ様を誰だと思っている。傷などとうに完治したわ」

 確かに見てみればクロムの腹は無傷だった。痕も残っていない。

「汚い目でじろじろと見るな。体が腐る」

 クロムは汚物を見るような目で仮の姿に変身し、デスクへと歩いていった。

 いつものことながら、此武の言葉には悪意しかない気する。それにつけても、今日は一段と罵詈雑言がひどい。

 腹が立った恩はむうっと顔をしかめた。

「あっそ! そんなに見られたくないんなら帰るよ!! どうせ様子見に来ただけだし!」

 回れ右をして、何か言われる前に飛び出す。

(心配するだけ無駄だったな。ムカつくぐらいいつも通りだった!)

 肩を怒らせて階段を駆け下りると、ずんずんと空間のゆがみを通り、外の世界へと戻ってくる。

 町の喧騒が心地よく、恩はため息をついた。

(まあ、ちょっと安心、したけど。もう二度と、あんな此武は見たくないからな)

 尊大な態度は変わらなかったけれど、あんなに大量の血を流し、力だって弱々しくて。

 このまま死んでしまうのではないかと、不安で怖くなった。

(此武のことだから、そう簡単には死なないだろうけどさ……)

 命あるものなら、いつかは迎える死。

 自分にはいつ訪れるか分からないけれど、できることなら別れは少なくあってほしいと、ささやかな願いを抱きつつ、恩は『太陽の家』へと向かった。


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