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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第18話 今、ここで生きている

 細く小さな体。弱く幼い心。

 そして、異質ながらも尊い魂。なんとも不可思議な存在。

 あの方々の命令だからそばにいて、気にかけているにすぎない。はずなのに。

 時折、奴の言動に胸がざわめく。

『このまま放っておいたら、クロムも死んじゃう。そんなの、嫌だよ……』

『俺はもう、目の前で誰かが死ぬのは見たくないんだ!!』

 あの顔と涙を見た時、どこかが痛かった。見たくないと思った。だから。

『……くな』

 泣くな。その顔を見せるな。思わずついて出た言葉。それに自身で驚いて、つい殴った。

『気易くオレ様にくっつくな、玩具(がんぐ)の癖に』

 そう、玩具。オレ様の退屈を紛らわせる、ただの道具。

 創造神がプロットのためだけに創ったただの駒である存在など、どう生きようが死のうがどうでもいい。

 そう思っていたのだ。実際に、奴と相見えるまでは。

 最初の印象は、やはり不快だった。

 だが、奴と話をし、言動を見ていたら、不思議と心地が悪くなかった。

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)と補佐。それだけの繋がりのまま始まり、終わるだろうと思っていたのに、そうはならなかった。

 だから玩具にした。鬱陶しいこともあるが、奴の言動は見ていると滑稽で愉快だ。奴をいたぶる時が一番愉しい。

 ……玩具なのだ、奴は。なのに、なぜだ。

 奴が傷つけられるのは許せない。体が勝手に動いて、奴を助けてしまう。護ってしまうのだ。

 本当に厄介で、不可思議な存在だ、『恩』という存在は。






   *   *   * 






 目を開くと、見慣れた高科FWのメインルームの天井が見えた。

 狭い視界の中、ぼんやりと天井を見つめていると、けだるげな此武の声が聞こえた。

「千咲、後は任せる。ついでに糞狐に蹴りでも入れてこい」

「了解しました、マスター」

 ソファーから恩が跳ね起きたと同時に、千咲がドアの向こうに消えた。不機嫌そうな此武が腕組みをして睨みつけてくる。

「起きたか。気絶してオレ様の手を煩わせるとは、役立たずな下僕だな」

「此武……? 戻ったのか。あっ、そうだ、傷っ! お腹の傷は」

 慌てて立ち上がろうとしたら頭を押さえつけられた。

「喧しい。穴が開いたくらいで騒ぐな」

「体に穴が開いたら大変だろ!? なんでそんな平然としてるんだよっ」

「こんなもの、神気を補充すれば自然と治る。しばらくは体を休める必要があるな。依頼も受けられん。貴様のせいだぞ、ボケカス」

 ちっ、とあからさまに舌打ちする此武。恩は渋い顔で俯いた。

「それは……悪いとは思うけどさ、なんであの時、助けてくれたんだよ? 俺を庇ったりしなければ、此武が怪我することなんてなかったのに……」

 人間嫌いな此武。でも、庇ってくれたということは、少しは人間に情が湧いてきたのだろうか? と淡い期待をして訊いてみたのだが……

「知るか。」

「はい?」

 思わず顔を上げた。どういう返答だ。

「体が勝手に動いたのだ。理由など無い。貴様の呪いか」

「そんなわけないだろっ。もう、期待して損した!」

 そんな眉間にしわを寄せて、今にも射殺しそうな目で言われても、そっちの方が呪いかと思うわ。

「だいたい武闘一族である(フォン)家のガキの癖に、背後を取られるとは何事だ。敵の気配も読めんのか木偶小僧」

「うっ、だって、あそこには結界が張られてたから、まさかその中に誰かが入ってくるとは思ってなくて」

「闘いというものは目の前のものと闘うだけではない。時に想定外とも闘うのだ。目の前のことばかりに捉われていては己自身が殺られるぞ」

 昔、武闘の師にも似たようなことを言われた覚えがある。恩はうなだれてぽそりと呟いた。

「そうだよな……分かってはいたけど……」

 闘いの最中は油断するな。何度も言い聞かされた。けれどあの時、人魔が視界に入るたびによぎった。

 見えない前世。それもそのはず。自分には、前世などない。

 それどころか来世もないのだ。命あるものは原初から幾度の転生を繰り返す。今までも、これからも。

 しかし、自分は……『恩』だけは、プロットの始まりに生まれ、プロットの中だけで生き続け、プロットの終わりである“終焉(しゅうえん)(とき)”に消滅という死を迎える。

 ――異端の存在。その事実が心を縛り、動けなかった。

 うなだれる恩に、此武は面倒だと言いたげに顔をしかめてから、そっぽを向いて投げやりな口調で言った。

「ふん。まださっきのことを気にしているのか。くだらんな」

 投げつけられた言葉に、恩はカッとなり、再度顔を上げて反論しようとした。

「……っくだら……」

「輪廻から外れているのがなんだ。生まれた理由がなんだ。貴様は今、生きているだろうが」

 恩は目を瞠った。今、生きている。確かに此武の言うとおりだ。

「ほとんどの生あるものは、己の前世や来世など知らないし、気にせず生きている。なぜなら前世や来世を知ったところで、今が変わるわけではないからな」

 それは幸緒も言っていた。前世で貴族だったからといって、今の自分の暮らしが変わるわけではないし、関係がないと。

 そうだ。今を生きている誰もが、前世や来世を意識して生きているわけじゃない。

 だって、今この時を生きているのは前世の自分でも来世の自分でもない、現世(いま)の自分なのだから。

「生まれた理由がなんであろうと、異端な存在であろうと、恩はこの世に生まれ、今ここで生きている。それでいいだろうが」

 ほんの少しだけ、此武の表情が和らいだ。恩は此武の顔をまっすぐに見つめ、ややあって頷いた。

 言い方はつっけんどんだが、心に沁みる言葉だった。

 どんな存在でも、生きていることが大事なのだと、此武は言ってくれているのだろう。

(そう素直には言ってくれないよな、此武だし)

 くすぐったいような、泣きたいような気分で微苦笑する恩。

「そうだよな。俺がどんな存在だろうと、俺は生きてるんだ。今、この世界を」

 此武が目だけをこちらに向ける。恩はにこっと子供のように無邪気に笑った。

「此武、ありがとう!」

 励ましてくれたこと、そして庇ってくれたこと。此武は一度瞬くと、にやりと笑った。

「礼なら体で払ってもらおうか」

「は? うわっ」

 ずかずかと近づいてきたかと思ったら、此武はどういうわけかソファーに寝転がり、信じがたいことに座っていた恩のひざの上に頭を乗せた。

「…………あの、此武さん?」

「気色悪い呼び方をするな」

「すみませんっ。じゃなくて、これはどーいう意味?」

 どう見てもこれは膝枕だ。なぜこんな状況に!? 混乱する恩に、此武は目を閉じて淡々と返す。

「さっき言っただろう。しばらく休めば治ると」

「言ったけどさ、だからってなんで膝枕!? というか、こういうのって普通、女の人が男の人にやるものじゃないの!?」

 それも親しい間柄の。主に恋人同士とかが!

「今、ここには貴様しかいないだろうが。それに千咲はゴーレムだからな、硬くて使えん」

「やっぱり硬いの!? いや、そうじゃなくて、そういう問題じゃない気がするし、膝枕することないだろ。休むだけならさ……」

「喧しい。これ以上ごちゃごちゃ抜かすと、舌の根引っこ抜くぞ」

「う。……わ、分かったよ、もうっ。で? これはいつまでやってればいいのさ」

 観念した恩はソファーにもたれかかった。

「とりあえず一晩だな」

「一晩!? このままずっと朝までこうしてろっていうのか!?」

「動くな屑。オレ様は寝る。もう黙れ」

 なんたる身勝手さだ。一晩中この状態を維持しろと!?

 とにかく、織枝さんとカーレンが心配するだろうから、家に連絡だけはしておこう。

 恩は枕代わりにされていたカバンをそぉーっと引き寄せ、ヴァモバを出してメールを送った。

 ふと下を見れば、此武は軽く眉間にしわを寄せて眠っている。

(うわ、本当に寝てる……こういう時くらい普通の顔すりゃいいのに)

 子供らしくない寝顔だ。中身は子供じゃないのだから当然かもしれないが。

 思えばこんなにじっくりと此武の顔を見たことがない。

 普段が普段なので、見ている暇などない。それにじっと見ていたらそれこそ殴られそうだし。

 白く雪のような髪。神族ゆえか整った顔立ち。今は閉じられているバイオレットの目。

(あれ。そういえば……此武の左目ってどうなってるんだろ)

 左目は常に前髪に隠れているため、出会ってから一度も見たことがない。今まで特には気にしていなかったが、なぜ左側だけ前髪が長いのか。

(見えてるのかなー、これで。なんでこっちだけ伸ばしてるんだろ。……オシャレ?)

 おしゃれをして気取っている此武。

(……ないないないない! 此武がそんなことするわけないって。んー、じゃあなんで? 視力が弱いのかな。それとも、怪我してる、とか?)

 その傷を隠すために前髪を伸ばしているのかもしれない。この前髪の下はどうなっているのだろう。

 一度気になったらどんどん気にするタイプなので、なんだかモヤモヤしてきた。知りたい。見てみたい。

 そんな欲求に駆られ、恩は此武の左目にそろーりと手を伸ばした。 

「死ぬ気か……」

「ぴっ!?」

 びくぅっ、と恩は手を引っ込めた。起きたのかと思ったら寝言だったようだ。

(び、びっくりしたぁ~っ。やっぱり何もしないでおこう。触らぬ神に祟りなしって言うしな!)

 気になるが聞いていいことか分からないし、此武が自分から教えてくれるわけもないだろうが、教えてくれることを期待しておこう。

(あ、千咲さんにそれとなく探りを入れてみようかな。うん、そうしよう)

 ふう、とため息をついて心を落ち着ける。

(それにしても、此武も眠ったりするんだなぁ)

 戦神だし、神が眠るというのが想像できなかった。いや、カーレンは普通に寝ていたが。だが、此武が睡眠を取るというのは全く想像していなかった。

 眠るという行為は少なからず隙ができる。そんな隙を作る行為を戦神である此武がするだろうか。

 此武の性格からして他者に隙を見せるなんてことはしないだろうから、眠ることはないだろうと思っていたのだが。

(神族も人間と同じで寝ないといけないのかな。なんかイメージしにくいけど)

 休んで神気を補充すれば怪我は治ると言っていた。あれだけの傷だし、休むにしてもかなりの時間を要するかもしれない。

 そうなってしまったのは自分のせいだ。あの時、靁雯(レイウェン)の気配に気づいていれば……

(靁雯……あいつはなんで結界内に入ってこれたんだ? あの結界はあの人魔が張ったもの、だよな?

 元からいたのならともかく、自分以外が張った結界内に入るのは難しい。結界を張った本人より強い力を持っているか、その本人を殺さない限りは……)

 だが、靁雯は空間を越えて結界内に入ってきた。空間を越えただけでは結界内には入れない。やはり、相当強い力を持っていなければ。

(鋒家は祓魔師の家系。靁雯も鋒家の人間だから、人魔が創り出した結界を破って入ってくるなんて造作もないだろうけど)

 だからこそ、もう一つの疑念が浮かぶ。なぜ、悪魔と行動を共にしていたのか。本来、祓魔師ならば滅するべき悪魔。ゾルディシュ、とクロムが呼んでいた。

(あの悪魔……ゾルディシュと靁雯の関係はなんだろう? 敵対しているとは思えない。

 むしろ協力関係にあったみたいだし、神隠しを起こしていた人魔のバックにいたのがあの二人だった、って考えるのが妥当だよな)

 それに靁雯は気になることを言っていた。 

『序章とはいえ、計画の邪魔をしてくれた礼はするぜ』

(計画って、どういうことだ? あいつはこれから何かをするつもりなのか……また、人間に害をなす、つもり……なんだろうか……)

 難しい顔であれこれ考えていると眠気が襲ってきた。思えば今の時間は外の世界では深夜に当たるだろう。恩は睡魔に勝てず、ソファーに背中を預けて眠りについた。



 眠りについた恩は夢を見た。

 暗い闇の中で、片手に剣を下げ、誰かが背を向けて立っている。長い髪がなびく。すらりとして、けれども高い背丈は男性か。

(……なんだ、これ……夢? あれは……誰だ?)

 広がる闇。空が見える。月は雲に隠れ、星が瞬いている――夜?

 恩は男性と思われる人影を遠くから見ているようだった。映画のワンシーンのように視界に広がる光景。

(……っ!!)

それは、背筋が凍るようだった。男が持つ剣からは血が滴り落ちている。そして足元に転がっているのは、バラバラになった人間の、(むくろ)

 息を呑む恩。だが、誰かの視点から見ている映像ではないらしく、体を動かす気配はなかった。視界に映るだけの光景。

(人間……!? こいつが……殺したのか!?)

 その時、雲に隠れていた月が顔を出し、月光が男の姿をぼんやりと浮かび上がらせる。

 風になびくは深紅の髪。はためく漆黒のコート。携えられた剣は偃月刀。

(!! あの男は……まさか!!) 

 男はわずかに背後を顧み、にたりと笑うと一枚の紙切れを落とした。

 遠かったが恩には見えた。そこに描かれていたのは、横向きの黒い三日月を黒い一筋の雷が貫いているようなマーク。

(あの印は……っ)

 そこで恩の意識は薄れ、夢が終わった。



「おい起きろ、赤木偶」

「ぐぉはっ!!」

 突如、脳天に激痛が走った。どうやら此武に肘打ちされたらしい。

「いいいいったーっ!? 何するんだよ、此武っ!」

 あまりの痛さに涙が出てきた。頭を押さえて、恩はいつのまにか目の前に立っている此武を見る。傍らには、いつ帰ったのか千咲が佇んでいた。

「いつまで寝ているつもりだ。とっとと帰れ」

「はああ!? だって一晩……」

「もう一晩経ったわボケが。だから帰れと言っているんだ、ナメクジめ」

 その瞬間、ぞわわっと恩の全身に鳥肌が立った。

「ナ、ナメ……!! やめろそれだけはぁぁぁぁっ」

 両腕を抱え込むようにしてすくみ上がる恩。顔は青ざめ、ぶるぶると震えている。あまりの怯えっぷりに、此武は怪訝な顔をする。

「なんだ、ナメクジがどうした」

「言うな!! 奴の名前も聞きたくないっ! あんな気持ち悪い生物と同列扱いされるなんて今までで一番の屈辱だっ、うわぁぁん!!」

 本気で泣き叫ぶ恩に、さしもの此武も面食らった。ソファーの上で丸くなり、まるで幼い子供のように声をあげて泣いている。

 ぼろぼろ涙を零す恩を見て、此武はややあってにぃぃと笑った。

「ほお? 貴様、あれが嫌いなのか。くくく、そうかそうか。面白いことを知ったなぁ」

 愉しげな此武の声に、恩は涙でぐちゃぐちゃな顔で此武を見上げる。此武は愉悦の表情で恩の頭をつかんだ。

「ならば次に会う時、貴様にあれを贈ってやろう。(かめ)いっぱいに詰めた活きのいい奴らを、な」

「…………っ!!」

 甕いっぱいに詰め込まれた大量のナメクジを想像してしまい、恩は此武を突き飛ばすようにしてカバンを手に立ち上がった。

「気色悪いこと言うな!! 此武なんか嫌いだぁぁぁぁぁっ」

 泣きながら恩はメインルームを飛び出す。此武は満足げに笑った。

「はははっ、やはりあいつをいたぶるのは愉しいな」

 ご満悦な主に、千咲は静かに微笑んでいた。



 高科FWを飛び出した恩は、ごしごしと顔を拭きながら現実空間に戻ってきた。

 なんとか涙は止まったが、鼻はぐずぐずだし、泣きはらした目は赤くなっているだろう。

(うう……こんな顔、織枝さんやカーレンには見せられない。どこかで時間潰してから帰ろう……)

 明け方なのか外はまだ薄暗かった。おかげで通行人に顔が見られないで済みそうだ。

 万が一見られてもこの寒さだ。鼻をすすっているのは寒さのせいだと思ってくれるはず。

 エアバイクを止めているいつものパーキングエリアに向かっていると、きゅるる~と腹が鳴った。 

(あ、そっか。昨夜から何も食べてないんだよな。フードコートで食べていこう。店の中ならあったかいし)

 デパートのフードコートで食事をし、まったりとしていると、ヴァモバの着信音が流れた。この音は電話だ。

 ディスプレイを見ると滋生(しぎょう)家からだった。昨夜のメールでは朝には帰ると送った。それなのに朝になっても帰らないから心配してかけてきたのだろう。

 なんて言い訳しよう。少しためらってから恩は電話に出た。

「は、はい。もしもし?」

《恩さんですか?》

「!?」 

 相手は織枝さんだと思っていたのに、なんとかけてきたのはカーレンだった。初めて電話越しに聞いたカーレンの声に、全身が覚醒する。

「えっ、カ、カーレン!? えっ、なっ、なんで!?」

《? わたしが電話をかけてはいけなかったんでしょうか?》

「いやっ、そ、そんなことないんだけどさっ、織枝さんかと思ってたから……カーレンが電話使ったこと、ないし」

《はい。織枝さんに電話の使い方を教わってかけてみました。こうして恩さんとお電話でお話しするのは初めてですね。

 目の前に恩さんがいないのに、こうしてお話しているなんて不思議な感じがします》

「う、うん……」

 電話越しのカーレンの声は、いつも直接聞いている声とは多少違って、けれど澄んだ声で耳に心地よいが、同時に恥ずかしくもあった。

 電話なので耳元で声が聞こえるのだ。こんなに近くで声を聞くなんてことはなくて、電話越しのためか息遣いやかすかな吐息も聞こえて、そのたびに心臓が跳ね上がる。

(こんなに遠くにいるのに、耳元で囁かれているみたいだ)

 高鳴る胸。さっきまでとは違う緊張感を感じる。

 見えないけれど、声の調子から彼女はいつものように微笑んでいるだろう。あたたかく優しく見守る聖母のように。

《わたしたちが使う魔法術(ディール)にも、遠くの方と言葉を交わす魔法術(ディール)があります。ですが、それは心に直接響く声です。こうして口でお話しするわけではありません》

 何を言いたいのかと、カーレンの声に耳を傾ける。

《耳で聞いて、口でお話をする。普段目の前の相手としていることを、離れた場所の方とできる物を生み出せるなんて、人間はすごいです。不思議で素晴らしいですね》

 そんなふうに考えたことなどなかったので恩は唖然とした。電話を使えば、ごく当たり前にできていたこと。

 人間にとっては、いや、人間界で暮らす者にとってはなんてことのない現象だが、天界で暮らしていたカーレンにとっては、不思議な現象だったのか。

 生命神の娘であるカーレン。彼女は人間界で、これからもたくさんの『すごいこと』や『不思議なこと』と出会うのだろうか。

 もっと人間界のことを知ってもらいたい。自分も彼女が暮らしていた天界のことを知りたい。

 お互いのことを知って、分かり合っていきたい。そうしていつか、心を繋いでずっと傍にいることができたなら。

 恩は目を閉じ「うん、そうだね」と微笑んだ。

「ねえ、カーレン?」

《はい》 

「心配かけて、ごめん」

 やわらかな恩の声に、カーレンは軽く目を瞠った。

 たったそれだけの短い言葉なのに、心の中にあたたかいものが灯る。

 それがなんだかうれしくて、カーレンは満面の笑みを浮かべた。

《はい》

 遠くにいるけれど、とても近くにお互いを感じる。二人は電話越しに笑顔を交わした。


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