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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第16話 怪しい占い館と前世占い 

 木枯らしが吹く夜道を、一人の女性が震えながら、息せき切って走っていた。それは寒さのせいもあったが、恐怖からでもあった。

 来た道を振り返るが誰もいない。女性は走り疲れて立ち止まった。

 淡い月光が彼女を照らす。息を整えようと俯くと、月が雲に隠れ、闇が広がった。

「ふふふ、追いついた」

「!!」

 響いてきた男の声に、女性はびくんっと大きく身を震わせた。だが、声の主の姿は見えない。恐怖で声が出ない。

「手間をかけさせないでもらいたいねぇ。あんまり逃げると、楽になるのが遠のくよ?」

「……っ」

 歯がガチガチと鳴る。冷や汗が全身を流れ、女性が必死の思いで足を動かした時だった。

「はい、おしまい」

 突如、足元がなくなり、女性は悲鳴を上げることもままならず、ポッカリ空いた黒い穴に吸い込まれていった。

 雲から顔を出した月が、誰もいない夜道を照らした。






   *   *   * 






 十月も下旬に差し掛かろうとする頃、北風が身に沁みるようになった。

 狩城(かれぎ)市は藍泉国の中で南方にあるため、冬の訪れは国内で最も遅い。それでもこの時期になれば冷え込みが激しくなる。

「占いの館?」

 恩はまひろの言葉に、胡乱な目つきになった。

「うん、そう! 最近、隣町にできたって雑誌で見たの」

 現在、化学の実験中。四人ずつのグループに分かれ、恩はまひろ、(かなめ)玲汰(れいた)とグループを組んでいた。

 まひろがテキパキと作業をしながら、楽しげに笑う。

「複数の占い師さんが一つのお店に集まっててね、それぞれ違う占いなんだけど、よく当たるって評判なんだって」

「へぇ、おもしろそうなんだな」

「占いねぇ。つまりは占術だよな。俺、占術ってあんまりいい思い出なくてなぁ」

 玲汰は乗り気なようだが、恩は渋い顔をする。要が最後の手順に取りかかった。

「恩くんは占いは信じないタイプ?」

「うーん、物とか人によるかな。本物だったら信用してもいいんだけど」

「本物?」

 途中経過をノートに書き込み、恩は頬杖をついた。

「テレビとかで流してる占いって、たいてい不特定多数の相手を対象にしたものだろ? 聖霊占いとかさ」

 聖霊占いとは、リーフェを護っている十二体の聖霊をそれぞれ十二カ月に当てはめ、どの聖霊の守護期に誕生日があるかで、運勢などを占うというものだ。

「そういうのって占う対象が個人じゃないから、当たる確率がその分、減るっていうか……」 

「確かにね。まあ、占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦っていうから」

「今日の放課後行ってみようよ。ねっ」

 今日はバイトは休みだ。うきうきしているまひろの笑顔に、恩はしばし考え、折れた。



 そして放課後。恩たちは隣町にやってきた。

 幸緒(ゆきお)亜橲(アズサ)にも声をかけたが、亜橲には家の手伝いがあるから、と断られた。

 玲汰は興味がありそうだったが、急用が入ってしまい来られなくなった。そのため、メンバーは恩と幸緒、まひろと要の四人となった。 

 四人は雑談をしながら目的の占い屋を目指して大通りを歩いていく。大型のショーウインドウの前を通ると、テレビでニュースが流れていた。

《今朝、警吏庁に報告された狩城市内の行方不明者は十四人となりました。他の市の行方不明者も含めると、二十九人にも上ります。

 最近、多発している行方不明事件は、一部では神隠しなどと言われ……》

「あれ、今朝のニュースでもやってたね」

「怖いよねぇ。被害者に共通点はないんでしょ?」

「住んでいるところも性別も年齢もバラバラで、神隠しだって思うのは分からなくもないけどさ、どう思う? 恩」

 ぼけっとしていたところに話を振られて、恩は意味もなくうろたえた。

「え!? なんで俺に訊くんだよっ?」

「ん? なんとなく?」

「た、ただの無差別誘拐だろ? 神隠しなんてさ、なんでもかんでも人外のせいにしちゃいけないと思うけど。それよりさ、早く行こうぜっ」

 慌てる恩に、三人は不思議そうに顔を見合わせた。



「あっ、あそこ!」

 雑誌の切り抜きの地図を見ながらまひろが示したのは、ちょっと装飾の派手なマンションのような建物だった。

 三階建てで、出入り口の看板にはでかでかと【摩訶不思議占い館】と書かれている。恩はジト目で呟いた。

「なんか、胡散くさそう……」

「そう? まんますぎておもしろいじゃない」

「意外とこういうところに掘り出し物があるかもよ?」

「早く行ってみようよ!」

 まひろはやけに楽しそうだ。要と腕を組んで真っ先に店に入っていく。やっぱり女の子だし、占いに興味があるのだろう。

「それにしても、幸緒が話に乗ってくるなんてなー」

「何それ、どういう意味?」

「だってさ、幸緒ってこういうの信じなさそうじゃん。現実主義だし」

「まあね。ちょっとした気分転換よ」

 中に入ると、ホテルのカウンターのような受付があり、そこで店員が店内の案内をしているらしい。

 店内には若い女性客がたくさんおり、かなりにぎわっている。

「へー、結構繁盛してるみたいね」

「雑誌に載るくらいだからな。わっ!」 

「二人とも遅ーい!」

 まひろが後ろから恩に抱きついた。ぷぅっと頬を膨らませるまひろの頭をよしよしと撫で、要がさりげなく恩からまひろを離す。

「今、ざっと説明を聞いてきたよ。ここには各フロアに三人の占い師がいて、時間内なら何回でも占いはできるけど、帰りにあそこの受付で占ってもらった分の料金を払うんだって」

「えっとねー、カード占い、相性占い、聖霊占いに相占いでしょ? 夢占いに風水、レゼット占い、ダウジング、あと前世占いなんていうのもあったよ~」

(前世占い?)

 指折り数えるまひろ。恩は最後の前世占いというのが気になった。

 前世なんて、占いの中で一番信用ならないんじゃないか? 恩はしかし、なぜかその一点が気になった。幸緒がまひろに尋ねる。

「まひろはなんの占いがしたいの?」

「相性占い! 要ちゃんとの相性を占ってもらうのー!」

「そんなの占ってもらわなくても分かり切ってるじゃないか。僕たちの相性は抜群だよ」

「それは分かってるけどぉ、確証が欲しいの。もし悪い結果が出たらってちょっぴり不安だけど」

 そう言って不安そうに俯いたまひろの顔を両手で包み込み、要は優しい笑顔と甘い声で囁く。

「そんな顔しないで、まひろ。大丈夫。どんな結果が出ても、僕はまひろを一番愛してるよ」

「要ちゃん……。うん、結果なんてなんでもいいよね。だって、まひろも要ちゃんを一番愛してるもんっ」

 見つめ合った二人はぎゅうっと抱き合った。二人の世界に突入したラブラブ姉弟に、本当に占う必要ないんじゃないか、と遠い目でツッコむ恩と幸緒だった。



 それでも一応気になる、ということで一行は相性占いをしてくれる占い師の部屋を訪れた。

 相性占いは三階の一番手前の部屋で結構な人数が並んでいたが、それでも三十分ほどで終わり、占いの結果は案の定“相性抜群“だった。

 一応、恩や幸緒たちも相性を占ってもらい、恩とまひろ&要の相性はかなり良好、幸緒と恩も良好だった。

 次にまひろが行きたいと言ったのは前世占いの部屋だった。これには恩も惹かれていたので、表には出さなかったが乗り気であった。

 前世占いの部屋は二階の一番奥。一行が向かったが、他の部屋と違って誰も並んでいない。その上、中に入ってもしんと静まりかえっていた。

「なんか静かだね」

「ちゃんと占い師いるのかしら?」

「あのぉ、すみませーん」

 まひろが呼びかけると、ややあって奥の方から声が返ってきた。 

「はいはい~」

 出てきたのは口元をヴェールで覆った黒マントの男だった。やたらごつい体つきをしているのが気になる。

「ああ、お客さんが来るなんて久し振りだなぁ。どーぞ、こちらへ」

 野太い声で占い師は奥のテーブルを指し示す。今の言葉といい、雰囲気といい、不安が募る。この占い師を信用していいのだろうか。恩たちは顔を見合わせた。

 だが、占い師はうれしそうに、にこにこ笑っていて、やっぱりいいですと断れそうにない雰囲気だ。

 仕方なく恩たちは占い師に促されるまま奥へと入っていった。

「誰から占いましょう?」

「えっ。あ、じゃあ……藤浪(ふじなみ)さんで!」

「は!? あたし!?」

 まひろに水を向けられ、幸緒は動揺した。前世占いなんてあいまいで、しかも胡散臭そうなこの占い師に見てもらうなんて嫌だ。

 そもそも占い自体、幸緒はあまり興味がない。

「まひろたちは後でいいから。お願い、藤浪さん」

「ちょっとっ、占って欲しいって言ったのはまひろたちでしょー!?」

 慌てる幸緒に、恩はぐっと親指を立て、満面の笑みを浮かべる。

「頑張れ幸緒。俺は無事を祈ってる。」

「なんで占ってもらうのに応援されなきゃなんないわけ!? はぁ~、わかったわよ、いってやろーじゃないの」

 覚悟を決め、幸緒は占い師と向かい合ってイスに座った。占い師の前には水晶玉が置いてある。占い師はにっこり笑って、その水晶の上に両手を翳した。

「それでは、あなたのお名前と生年月日を聞かせて下さい」

「……藤浪、幸緒。藍泉歴一九九八年九月三十日生まれ、です」

「分かりました。では、藤浪幸緒さん。この水晶をよくご覧下さい」

 胡乱げな眼差しで、幸緒は言われるままにバスケットボールほどの水晶玉を見つめる。すると、水晶玉がぼんやりと光り出した。

「そのまま目を離さずに。この中に、あなたの前世が映し出されるのです」 

「はぁ」

 胡散臭ー、と思いつつも幸緒は占い師の言葉に従う。

 水晶が光り出すと、まひろが俄然、目をキラキラさせ始めた。要は少々呆れ気味に水晶玉を見ている。

 恩はというと、あごに手を添えて探るように観察していた。

(こいつ、やり方はインチキくさいけど、力はそこそこあるみたいだな)

 水晶玉が光を放った時、場の空気が変わった。本物の占術師は占を行う時、自らの力によって聖域を作り出す。

 その聖域の中で神と交信してその声を聞き、時には神をその身に降ろすという。

 この占い師は微力ではあるが、ちゃんと“力”を持っている。だが、この程度の力じゃ神と交信することはできないだろう。

 それに前世など、冥界の王に訊かない限り分からないもの。それなのに、なぜこんなにも気にかかるのだろう。

 自分の前世がどんなものだったのか、知りたいと思っている。

(俺が他人の運命を動かす宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)だから? 少なからず“命”を預かっているから、なのかなぁ?)

 眉間にしわを寄せて見ていると、占い師が小さく唸り出した。

「うぬぬ、見えてきた。見えてきましたよ。あなたの前世は……二百年前の貴族の娘です」

「貴族の娘ぇ?」

「そうです。貴族といってもけして上流ではありませんが、下流でもない。まあ中流貴族ですね」

「つまり、超大金持ちじゃあないけど、それなりに裕福な家庭のお嬢様ってこと?」

「そのとおりです」

「あっそ。ま、だからって今の暮らしが良くなるってわけじゃないんだろうけど」

 ほとんど信じていない様子で、だが一応占い師に礼を言う幸緒。

 まひろは目を輝かせ、幸緒と入れ替わりでイスに座る。どうやらこの占い師は本物だと信じたらしい。

 恩はため息をついた。この程度ならあまり期待はできなそうだ。その後、要も占ってもらい、ついに恩の番が来た。

「えーと、よろしくお願いします」

「それでは、あなたのお名前と生年月日を聞かせて下さい」

「ほづ……じゃなくて、高天 恩。藍泉歴一九九八年四月二日生まれです」

「分かりました。では、高天 恩さん。この水晶をよくご覧下さい」

 それにしても、毎回同じ言い方をする占い師だ。基本文句だろうから分からなくもないが、録音かと思うくらい、抑揚も言い回しもまったく同じなのはなぜ。

 恩が水晶を覗くと、水晶がぼんやりと光る。その一瞬、恩は微かに寒気を感じた。ごくわずかな時間だったが、ピリピリと肌を刺すような気配だった。

(!? 今の……なんだ?)

 不審に思ったが、占い中は下手に動けない。そのまま見つめていると、占い師は今までとは違う唸り声をあげた。

「おや……おかしいですね」

「え?」

「一向に、お客さんの前世の姿が見えてきません」

「はい?」

 恩だけでなく、まひろたちも怪訝な顔をする。前世が見えないとはどういうことだ。

「霞がかかったように、見えてこないんですよ」

 何度かやり直してもらったが、やはり恩の前世だけは見えなかった。時間が来てしまったので、恩たちはそのまま帰ることにした。

「恩くん、あまり気にすることないよ」

「そうだよ、恩ちゃん! 前世って言っても、今とは無関係なんだから」

 慰めの言葉をかけてくる要とまひろに、恩はひらひらと手を振って笑顔を見せた。

「あはは、大丈夫だよ。元々、前世なんて本当かどうかも分からないんだし」

「そーんなこと言ってぇ、さっき結構動揺してたわよね?」

 むにー、と恩の頬を指で押しながら、幸緒がにまにまと笑う。

「んなっ、何言ってるんだよ、幸緒! 俺は全然気にしてなんかないんだからな!」

「はいはい」

「本当だってばーっ」

 むきになって手を振り上げた時、恩のヴァモバが鳴った。見ると此武からのメールだった。なんだろう、今日はバイトは休みのはずだが。

 中身を開けば、『急な仕事が入った。今すぐ来い、下僕』の短文。メールでも高飛車な男だ。

「なーに? メール?」 

「あ、うん。急にバイト入っちゃったから、俺行くね! また明日!」

 恩は逃げるように駆け出す。急がないと何をされるか分からない。それに、まひろたちにバイトの内容を話していないので、いろいろ訊かれる前に行かねば。

 できるだけ早く、恩は高科FWへと向かった。



「ようやく来たか、亀虫」

 ドアを開けた途端、開口一番に叩きつけられた一言。此武はイスでふんぞり返り、机に組んだ足を乗せて、ぎろりと恩を睨みつけた。

「これでもすっごく急いで来たんですけど。あれ? カーレンは?」

「呼んでいない。今回の獲物は奴では酷だろうからな」

「酷って……依頼はなんだったのさ」

 尋ねると、此武は眉間にしわを寄せて吐き捨てた。

「依頼ではない。単なる面倒の押し付けだ」

「はー? でも、仕事なんだろ?」

「無報酬のな。獲物は――人魔だ」

 その単語に、恩はドキッとした。不自然に心臓が跳ね上がる。恩の様子が変わったことに此武は気づいたが、知らぬ顔で続ける。

「人魔とは、闇に心身を支配され、魔道に堕ちた人間のことだ。

 魔となり、人間に害するならば排除しなくてはならない。まあ、貴様ならばこれくらい知っているだろう?」

 此武の言葉に、恩は明らかに動揺する。

「……え……いや、全然……」

「しらばっくれるな、屑。裏では祓魔(ふつま)を行う(フォン)家のガキが」

「! ……知ってたのか」

「当然だ。貴様のことはあの方々から、ある程度聞いているからな」

 鋒家は表向きは武術家だったり、フォンブランドというおもちゃ・お菓子会社を経営しているが、裏の顔として祓魔の仕事をしている。まさかそれを此武が知っていようとは。

 だからあの棍をくれた時、使い方は分かるだろう? と言ってきたのか。自分が鋒家にいた頃、棍を得意武器としていたことも知っていたわけだ。

「一度魔道に堕ちた人間は、二度と人間に戻ることはできない。だから排除する。

 だが、魔道に堕ちたとはいえ、元は人間だ。天界でぬくぬくと育てられた純粋なあの娘では、倒すことなどできんだろう。むしろ救ってやりたいなどと言いかねん」

 此武の言うことは一理ある。というか、絶対そう言う。恩は微苦笑した。

「さて、もう行くぞ。外はそろそろ黄昏(たそがれ)――逢魔(おうま)が時だ」

 日が落ち、闇が世界を覆い始める時間。魔が活動を始める時間だ。



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