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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第15話 新しい時代へ

 此武(コノム)グループと合流した(めぐむ)たちは、美麻里(みまり)の待つ家に戻ってきた。美麻里は集められた薬草を見て、しわだらけの頬を一層しわくちゃにして笑った。

「おーおー、よくこれだけ集められたもんだぁね。ありがとさん。これだけありゃあ十分さね」

 美麻里は恩たちのために、山菜鍋を作ってくれていた。ちょうど体も冷えてきていたので心遣いがありがたかった。

「おいしー!」

「素晴らしいお味ですわ」

「あったまるです~」

「たぁんと食べんしゃい」

 此武と千咲(チサキ)以外のお椀にご飯をよそいながら、玲汰(れいた)がうれしそうに笑う。

「こんなに大勢でご飯食べるのは久し振りなんだな」

「ほーいえば……ごくん、玲汰はここで二人暮らしなんだっけ? 大変だろー」

「……ときどき近所の子が手伝ってくれるから、平気なんだな」

 ほんのわずか、玲汰の表情に影が差す。それでもまだ、笑みを浮かべていた。

「そうそう、この家にも子狸が案内してくれたんだよ。紺色の着物を着ていて、茶色の体毛なんだけど、毛先だけが白かったな」

「きっと陽二郎くんなんだな。あの子とは昔からよく遊んでるから」

「でも、この村の大人は俺たちのこと、歓迎していないようだな」

 ピクリと玲汰が手を止めた。

「ふん、当然だろう。基本的に人外のみで構成される村や団体は、他の種族との交流を好まんからな」

 輪から外れて壁に寄り掛かっている此武が淡々と言う。

「村の雰囲気からして、大人連中は同胞以外の種族、特に人間には敵意を抱いている者が多いようだな」

「敵意って……そこまで?」

 不穏な空気に、恩はお椀を片手に此武に向き直る。

「そこの豆狸が薬草摘みを他の連中に頼まんのも、それが原因だろう」

「へっ?」

 恩が玲汰を振り返ると、玲汰は俯いて両手を膝の上で握りしめていた。その顔からは笑みが消えていた。

「玲汰?」

「……オイラが悪いんだな」

「?」

「オイラが人間の学校に行ったから……」

 玲汰とは高学入学後に知り合った。それまでの経歴は聞いたことがない。ただ、学校に通うのは初めてだと聞いたことがあるだけだったのだが……

「本当は、オイラが人間の学校に行くのは反対されてたんだな。この村では数十年前から人間との交流を断っていて、村の中だけで支え合ってきてたんだな。

 だから人間の町には極力近づかないようにしてたんだけど、オイラはずっと人間の暮らしが気になってて、どうしても人間の学校に通ってみたかったんだな。それで、みんなの反対を押し切って通ってたんだけど……」

「それで村の大人たちは、玲汰をさけるようになったのか」

「……うん」

 力なく頷く玲汰。恩は食べかけのお椀をグッと握りしめると、だんっ、と床の上に置いた。

「そんなのひどいじゃないか! いくら人間との交流がなかったからって、村八分にするなんて!

 なんで人間の学校に行ったくらいで、仲間外れにされなきゃいけないんだよ……」

 最後の方は弱々しく、恩も玲汰と同じようにうなだれた。

「村の住民だけで支え合っていくことがこの村の信条で掟だからなんだな。それを破ったオイラは裏切り者だから」

「だからって、同じ仲間なのに困ってるのを放っておくなんて……」

「もうやめろ、恩」

 静かな声に恩は此武を振り返った。此武は腕組みをし、目を閉じていた。

「我々人外は多くが同胞のみで問題を解決するもの。他種族に介入するのも、されるのも嫌う。

 この村の問題はこの村で解決せねばならんのだ。下手に口出しすれば余計にこじれるぞ」

 此武の言うことはもっともかもしれない。人外には人外の、人間には人間の事情がある。

 他人に口出しされたくない気持ちも分かる。けれど。

「それでも……っ、このまま見て見ぬふりをするなんて俺にはできないよ!!」

「恩さんっ?」

 立ち上がった恩はそのまま家を飛び出した。遅れてカーレンがその後を追う。依織はのんびりと二人が出ていった戸に顔を向けた。

「めーちゃんはどこに行くつもりですかねぇ?」

「おおかた、村の長にでも直談判するつもりだろう。まったく、人間とは本当に愚かな生き物だな。

 あんな小童一人が抗議したところで何もならんだろう。むしろ状況を悪化させるに決まっている」

 不機嫌そうに顔をしかめる此武。玲汰は苦笑して小さくため息をついた。

「恩くんは、優しいんだな。困ってる人や、他人と距離を置いている人を見ると、放っておけなくて」

 初めての人間の学校に戸惑っていた自分に、最初に声をかけてくれたのも彼だった。

『君、人外だろ?』

 まったく気後れすることなく。

『ああ、俺、人外か人間かなんとなく判るんだよね』

 子供のように無邪気な笑顔で。

『困ったことがあったら遠慮なく頼っていいからさ!』

 手を差し伸べてくれた。

「恩くんにとっては、人間とか人外とか、そんなの関係ないんだな」 

 玲汰は微笑むと、ぽん、と狸の姿に変化した。

「恩くんを追いかけるんだな」

「イオも行くです~」

 ごちそうさまでした、と礼儀正しく手を合わせて、依織も玲汰と一緒に家を出る。ややあって、此武は小さく舌打ちをして腰を上げ、千咲とともに消えた。

 残った美麻里は、お椀に鍋の野菜をよそい、ズズズと音を立てて飲み干した。



 村の中を恩は一心不乱に駆けていた。村人たちが何事かと目を向けてくるのも意に介さず、

 村長(むらおさ)の家を目指して突っ走っていく。

「恩さんっ、長さんがどこにいらっしゃるのかご存じなんですか?」

 猛スピードで走る恩には足では追いつけないので、カーレンは(はね)を出して寄り添うように飛びながら尋ねた。

「統治者とか権力の強い人っていうのは、中心部か奥の方にいるって決まってるものなんだよ!」

「そうなんですか。でも、恩さん。長さんに会ってどうするつもりですか?」

「決まってるだろ。玲汰を仲間外れにするのをやめさせるんだ!」

 前だけを見据えて言う恩。カーレンは恩の真剣な横顔を、憂いの含んだ目で見つめる。

 他人の痛みを自分のことのように感じ、助けたいと願う。ひたむきで純粋で力強い、それが恩の優しさ。それは尊いものだけれど。

 痛みを感じ、受け入れてしまうからこそ、自分を追い詰めてしまうような気がする。

 受け入れても、包み込む(つよ)さがなければ、その重みに耐えきれず目の前の現実から逃げ出してしまう。

 恩が実家を飛び出したのも、そういった恩の性格ゆえだろう。

(やっぱり、恩さんは優しい方です)

 そんな優しくも弱い恩の力になりたい――。カーレンはいつからかそう思うようになっていた。

 風神と雷神の話をした時、神の存在を信じない人が多いのは哀しいと言っていた恩。

 あの時、なぜだかとてもうれしくて。今も気づけば恩の後を追っていたのだ。

 不思議と恩のそばにいるのが当たり前になっていて、できることならこのままそばにいて、支えることができたらと。

(なぜなのでしょう? 恩さんが優しいから、でしょうか?)

 カーレンがぽんやりと考えていると、進行方向に空間移動してきた此武と千咲、そして千咲に抱え込まれた玲汰と依織が現れる。

 しかし、気づいても急には止まれない。恩がぎょっとした直後、此武の肘が恩の腹に思い切り叩き込まれる。

「ごふぉっ!!」

「イノシシか貴様は。闇雲に走りおって」

 激しい衝撃を受け、恩は口から泡を吹いて地面に倒れる。カーレンは体を反転させて恩に駆け寄ろうとしたが――

「めーちゃんっ」

 ひと足早く依織が恩の傍らに膝をついた。恩の体を支える依織。カーレンは目をしばたたかせて二人を見つめた。

「痛いの痛いの飛んでけーですっ」

「な、内臓出るかと思った……」

 依織がスカートからハンカチを取り出し、恩の口元を拭いてやる。恩がぷるぷると手を震わせて依織の袖をつかんだ。

 カーレンは二人を見て、わずかな寂しさを覚えた。自分ではあんなふうに恩に触れられない。触れれば翼が出てしまう。

 人外しかいないこの村ならばいいが、町中などでそうなれば注目を浴び、恩に迷惑をかけてしまう。

(わたしでは、恩さんを支えることはできません。けれど、依織さんなら)

 ああして、近づいて、触れて、寄り添うことができる。

(恩さんの力になりたいのに、わたしは……)

 二人を見つめていると、恩がカーレンの方を向いた。

「心配かけてごめん、カーレン。でも大丈夫だからさ」

 笑顔を見せる恩。カーレンの胸にあたたかいものが宿る。カーレンは微笑んで、ふわりと恩のもとへ飛んでいった。

「恩くん、村長に会いたいんだな?」 

 玲汰の問いに恩は強く頷いた。

「じかに話し合いたい。俺はよそ者で口出しできる立場じゃないけど、玲汰の友達だから、友達の力になりたいんだ」

 てらいもなく言い切る。少し気恥ずかしいが、はっきりと友達だと言ってくれる恩の気持ちがうれしい。

 玲汰は頷いて「じゃあ、ついてきてほしいんだな」ときびすを返す。

「オイラが村長のところまで案内するんだな」

「うん! ありがとう!」

「お礼を言うのはこっちなんだな、恩くん。オイラのために一生懸命になってくれてありがとうなんだな」 

「友達だからな。当たり前だろ!」

 にかっと笑う。すると、此武が後ろから頭を踏みつけた。

「へらへらするな気色悪い。貴様は這いつくばって地面でも舐めていろ」

 こんな状態で大丈夫なのだろうか。玲汰はちょっぴり不安になった。 



 村長のところに案内する、と玲汰に連れてこられたのは玲汰の家だった。

「玲汰? ここって玲汰の家……だよな?」

「うん」

「……まさか村長って」

「そのまさかなんだな」

 にこにこと玲汰が引き戸を開ける。中には、あぐらをかいてどっしりと構えた美麻里がいた。

「ばあちゃんがこの一井村の村長なんだな」

「ええーっ!?」

「わしに話があるとね。言ってみんしゃい、小童」

 美麻里は大儀そうに口を開いた。だが、さっきまでと違い威圧感というか威厳のようなものを帯びている。

 呆気に取られていた恩は慌てて美麻里の前に正座し、頭を下げた。

「美麻里さん、いえ、村長。玲汰への冷遇をやめさせて下さい」

「ふぅむ。皆が我が孫に冷たく当たっているのはわしも知っておるよぅ。けどなぁ、それは当然のことじゃて。

 人間との交流を禁じる。それが妖狸族の、いや、この村の掟。それを破ったのであればそれなりの罰を受けねばのぅ」

 口調はさっきまでと変わらないのに、声に重みがある。さすがは村長だ。

「でも、そのせいで薬草を取れず、美麻里さんも困っているじゃないですか。

 うちに依頼をしてきたのは美麻里さんなんでしょう? 困っているから助けを求めた。違うんですか?」

「確かに薬草がないのは困る。けどなぁ、ただそれだけじゃて。

 薬草さえあれば、わしゃあいいんじゃ。じゃから薬草摘みは玲汰でなくても構わん」

 恩は顔を上げ、美麻里を睨み据えた。

「それってどういう意味ですか。まるで玲汰は必要ない、みたいな言い方ですね」

「まあ、この村にはおらんでもええわな」

 瞬間、恩の中で怒りが爆発した。立ち上がった恩は両足に力を込めて怒鳴った。

「どうしてそんな言い方ができるんですか!? 家族なんでしょう!?

 家族ならどんなことをしても受け入れてあげるべきです!! 掟を破ったからって、いなくてもいいなんて言い方ひどいでしょう!!」

 恩の怒号にカーレンと依織はびくりと身をすくませた。恩がここまで怒りをむき出しにするのを見たのは初めてだ。

 だが、美麻里はまったく動じることなく深くため息をついた。

「小童よ、おみゃーさんは甘いのぅ。いや、甘ったれ過ぎじゃわい。

 掟とはのぅ、絶対に守らねばならん約定じゃ。守らねば意味がないこと。それはおみゃーさんらの社会でも同じじゃろうて」 

 美麻里の反論に恩は少しひるんだ。

「……ええ、確かにそうです。俺たち人間にも守るべき規則はあります。けれど、俺たちは破ったならばそれ相応の罰を受けます」

「そうじゃろう? なら、わしらと変わらんじゃないかえ。掟を破り、人間の町に入った玲汰には罰を与えた」

「では訊きますが、その罰とは具体的にどんものなんですか? 俺たち人間には、犯した罪に対してはっきりと罰が定められています。あなたたちが玲汰に科している罰を明確にして下さい!」

 二人の強い視線がぶつかり合う。美麻里はため息交じりに告げた。

「村人との交流を断つ。それが罰じゃて」

「それは、いつまでですか?」

「そんなものは決まっとらん」

 今度は恩が小さくため息をつく。

「無期限、ですか。それって、ちょっと罰としては重すぎませんか? 交流なんて、会話をした時点で交流したことになります。

 今、俺と美麻里さんがこうして話しているのだって交流でしょう。だったら、あなたも掟に触れたことになりませんか?」

 徐々に、恩の語気が強まっていく。カーレンと依織はハラハラしながら事を見守る。

「村に初めて来た時、この家まで案内してくれた子狸がいたんですけれど、その子も掟に触れたことになりますよね?」

「……おみゃーさんの言い分の通りであれば、そうなるのう」

「でも、あの子は明るく俺たちに話しかけてきました。まるで掟のことなんか気にしていないような。

 ――いや、むしろ知らないんじゃないですかね?」

 微かに見麻里の耳が動く。それを恩は見逃さなかった。

「知っていれば、あんな屈託のない笑顔で、よそ者……しかも人間の俺たちに話しかけたりしないはずです。俺たちが人間だと分からなかったということはないでしょうしね。

 人間は人外と人間の区別がつかない人が多いですけれど、人外は人間と人外を簡単に見分けられます。たとえ幼い子供でもね」

「…………」

「それで俺は思ったんですけれど、あなたの言う人間と関わってはいけないという掟、実は大人たちにしか浸透していないんじゃないですか?」

 玲汰を筆頭に、カーレンと依織が驚愕する。美麻里は静かに目を伏せた。

「め、恩くん。どういうことなんだな?」

「なあ、玲汰。玲汰が掟を聞かされたのはいつだ?」

「え? えっと……」

「高学に入る少し前、なんじゃないか?」

「! そ、そうなんだな」

「それまで掟のことを聞いたことは?」

「……ないん、だな」

 少しずつ空気の流れが変わってきた。依然として、緊迫した空気は変わらないが、奇妙に落ち着いた空気だ。

 美麻里は傍らの急須から湯飲みにお茶を注ぎ、ごくりと飲んだ。

「おかしいですね。この村は何年も前から人間との交流を断ってきたそうですが、掟のことはそれまで耳にしたことはないということですよ。

 交流がなかったのは事実でしょう。でも、人間と交流してはいけないという掟は、存在していなかった。玲汰が高学に入学するまでは!」

 尋問する警吏のように、恩は湯飲みを傾ける美麻里を睨みつけた。恩の迫力に気圧されていた依織だったが、恩の言葉を受けて気づいた。

「あの、めーちゃん。もしかして、その掟は古くからあったものではなくて、急遽作られたもの、ということですか?」

「依織の言うとおりだよ。あの掟は、玲汰のためだけに作られた掟、違いますか?」

 美麻里はふう、と一息つくと、湯飲みを床に置いて大きく嘆息した。

「……おみゃーさんの言う通りじゃよ。あの掟は、玲汰が人間の学校に行きたいと言い出した時に作ったものじゃて」

「本当、なんだな? ばーちゃん」

 美麻里が首肯すると、玲汰は美麻里に駆け寄った。

「なんで!? なんで急にそんなの作ったんだな!?」

「……」

「それはさ、玲汰。お前を人間の学校に行かせたくなかったからだよ」

「え?」

 玲汰は恩を振り返る。恩はゆっくり腰を下ろした。美麻里が湯飲みにお茶を注ぎ、恩に差し出す。恩は小さく苦笑して湯飲みを受け取った。

「一井村は長年、人間と交流を断ってきた。つまり、それだけ、人間社会の仕組みを知らなかったってことだろ? そんな未知の世界に孫を送り出したくなかった。

 だから何度も反対したけれど、玲汰は意思を曲げなかった。それで、最後の手段として人間と交流してはいけないという掟を作り、玲汰に教えることで思い直させようとした」

 だが、その掟にすら玲汰は従わず、結局人間の学校に通うこととなった。

 玲汰を止めるだけのかりそめの掟だから、大人にしかその掟は伝わっておらず、かりそめである故に子供には伝えられていなかった。

 そのため、大人だけが玲汰をさけ、子供は今までと変わらず、という現在の状態が出来上がってしまったわけだ。

「じゃあ、みんながオイラをさけてたのは、オイラを人間の学校に通わせないため?」

「そういうこと。ずっとさけ続けていれば、いつか玲汰が人間の学校をやめるんじゃないかと思ってね」

 そこまで言うと、美麻里は大きな体を揺らして大笑した。

「まいったのぅ、全てお見通しかえ。さすがはあの稜雲(いずも)さんが認めただけのことはあるわい」

 恩はぶふっ、と飲みかけたお茶を噴き出した。

「い、稜雲!? 美麻里さん、あのヒトをご存じなんですか!?」

「昔からの知人でのぅ。おみゃーさんたちを紹介してくれたのも彼なんじゃよ」

 なんてこった。全部あの会長の思惑だったのか。ぐぬぬ、と恩は悔しそうに湯飲みを握った。

「それで俺を試したんですね? 玲汰が村にいなくてもいいなんて、本心でもないこと言ったりして」

「もちろんじゃ。玲汰、すまんかったのぅ」

 美麻里が申し訳なさそうに玲汰の頭をわしわしと撫でる。玲汰はふるふると首を横に振り、泣きそうな笑みを浮かべた。

「ううん。そんなに、ばーちゃんはオイラのこと思ってくれてたんだな? なのにオイラ、そんなことにも気づかなくって……ごめんなさいなんだな」

「ええんじゃよ。おみゃーは子供の頃からわがままも言わず、聞きわけがよかった。そんなおみゃーが反抗したんがちぃと寂しかっただけなんじゃよ」

 病で娘夫婦を喪い、残されたのが孫の玲汰だった。可愛くてしょうがない、大切な孫。

「おみゃーはわしにとって、残されたたった一人の家族じゃからのぅ。どうしても繋ぎとめておきたかった。傍にいてほしかっただけなんじゃよ」

「ばーちゃん……」

 そんな孫が、人間の学校に行きたいという。まさに恩が言ったとおり、何十年も人間と交流を絶っていたので、どんなふうに変わっているのか分からない。

 もしかしたら、昔より危険になっているかもしれない。不安で、思い留まらせたかった。手放したくなかった。

「けどなぁ、玲汰ももう子供じゃあない。自分の生きたい道を生きればええんじゃ。

 おみゃーが人間の学校に行きたいと言うんなら、もう止めやぁせん。好きにせぇな。掟も取り消さんとなぁ」

 玲汰は感極まり、がばっと美麻里に抱きついた。美麻里の毛皮に顔をうずめ、むせび泣く。

 依織とカーレンが涙ぐみ、恩もよかったと胸を撫で下ろした。此武だけが胸糞悪そうに、そっぽを向いていた。


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