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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第14話 永い時を生きること

 マダチ草は日がよく当たる木のそばに生えるらしい。白い筋の入った三つ葉で、葉っぱの先が内側に折れ曲がっているとのこと。

 マダチ草を探し歩いている道中で、恩は気になったことを聞いてみた。

「ねえ、依織。君はジルティリード様に仕えてるんだよね? 守人、だっけ? 初めて聞いたけど、そういう人間もいるんだね」

 恩の言葉に依織はわずかに表情を曇らせるが、平静を装った。

「文献などには記されていないですから。誰も知らない、秘密の存在なのですよ」

「へえ、そうなんだ」

 伝承や文献が全てではないのだ。神族や魔族にはまだまだ謎が多いのだから当然か。

「時空神って時空を守るのが役目なんだよね? 時空を守るって具体的にどういうことするの?」

「まず時空とは、時間と空間。この人間界を含む六界(りっかい)と、それぞれの時の流れです」

「あ、六界ってカーレンから聞いたことあるな。えーと、人間界以外だと確か、天界と魔界、神界と魔法界と、冥界だっけ?」

「正解です。六界はすべて、時空廻廊(じくうかいろう)によって繋がっているのですよ。なので、時空廻廊が乱れればそれぞれの世界がバラバラになってしまうので、時空廻廊の管理、保全することで六界を繋いでいるのです」

「え、ということは、時空廻廊を渡れば他の世界……例えば天界とかに行けるってこと?」

「そういうことになるですね」

「す、すごい」

 遠いところにもすぐ辿り着けるのは知っていたが、まさか別の世界にも行けるとは。

 木の根元にマダチ草を見つけ、依織は摘み取りながら楽しそうに笑う。恩もきょろきょろと辺りを探してみる。

「そして時の流れは歴史。過去、現在、未来。そのどれかが狂ってしまえば、少しずつズレが生じて歴史が狂ってしまうです。

 そうなってしまわないように、六界全ての時間を見守ることがジルさまのお仕事で、イオはそのお手伝いをしているのですよ!」

 それは途方もない話だ。この世界だけでも多くの人間がいる。

 それらが歴史を変えてしまわないように細かく見続けていたら、いくら神でも疲れてしまうのではないだろうか。

(あ……だから依織がいるのかな)

 やはりジルティリード一柱ではかなりの負担がかかるのだろう。

 ようやくマダチ草を見つけ、摘み取る恩。結構探し回っているが、まだ数本しか見つかっていない。本当に数が少ないようだ。

「歴史とは素晴らしいものです。様々な人間や種族の歩んできた道、文化、思想、それらを知るための手掛かり。それが歴史です!」

 依織が唐突に熱っぽい口調で語り始めた。恩がそちらを見ると、依織は手を組んでうっとりとした表情をして立っている。

「残された資料の数々から解る過去の出来事。それはいわば一つの物語です! 様々な思いのもとに紡がれる物語。ああ、心揺さぶられるですっ。歴史とはなんて素晴らしい壮大な過去からの贈り物なのでしょうっ!」

 目を輝かせている依織に、恩はたらりと汗を流した。なんだか想像していた彼女のイメージと違う。

(も、もしかして……依織って歴史マニア……?)

 恩が抱いていた依織のイメージは、人見知りで内気なかわいらしい女の子、だ。

(まあ、会ってそんなに経ってないし? 第一印象だけでは分からないことってあるしね……でもあんなに熱い子だったのかぁ……)

 だいぶイメージが崩されたが、このまま放っておくと薬草探しがおろそかになりそうだ。

「依織、あっちの方も探してみようよ。日が暮れちゃう前に」

「はわっ。ご、ごめんなさいですっ、トリップしてたです~!」

 我に返り、恥ずかしそうに俯く依織。やはり本質は内向的なのかもしれない。

「六界についてさ、俺も知ってた方がいいこと?」

「そうですね、その方がいいかもです。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)が関わるのはこの人間界だけではないですから」

「そっか」

 以前、カーレンから聞いたこの時空以外にある五つの世界。

 十七属の神々やその他の神々、聖獣などがいる神界。

 天帝とその子供である斂子(フィリン)、天帝が創り出した天使がいる天界。

 神族と敵対している魔族や堕神などがいる魔界。

 神族・魔族と人間の混血種族アドムスや、鳥獣の姿をした種族がいる魔法界。

 全ての世界の死者が辿り着き、転生の時を待つための場所、冥界。

 天界・魔界は事実とは異なるとはいえ、神話や物語で知っている。神界・冥界は天界と混同されて神話などに出てきていたが、魔法界はまったく存在を知らなかった。

「魔法界……って、なんかファンタジー小説に出てきそうなところだよね。魔法って本当にあったんだ」

「正確には魔法術(ディール)というです。神族と魔族が使える術で、人間の異能は魔法術(ディール)が変化したものなのですよ」

「えっ! そうなの!?」

 一部の人間に生まれつき備わっている特殊な力――異能。そのルーツは多くの学者が調査しているが、まだはっきりしていないはず。

「大昔、リーフェには人間だけでなく、現魔法界の住民であるジョアロトさんたちも住んでいたです。でも、ジョアロトさんたちと人間との間で戦争が起こってしまい、ジョアロトさんたちはリーフェを去って魔法界に移住したのです。

 けど、ジョアロトさんみんながリーフェを去ったわけではなくてですね、何人かリーフェに残った人たちがいたです。その残った方たちの子孫が異能者らしいですよ」

「そうだったんだ……」

「あ、魔法界に移住してからは、ジョアロトではなくテュレーゼミアルって呼ぶみたいですけどね」

 呆気にとられる恩。まさか異能のルーツがそんなものだったとは。

 神族や魔族と人間の混血児がジョアロトで、その子孫が異能者。

(てことは、俺の先祖もジョアロトで、俺は神族か魔族の血を引いてるってこと?)

 これは重大な発見だ。おそらく世界中の誰も知らない異能者のルーツを知ってしまった。だが、これを誰かに話したところで信じてもらえるだろうか。

 自分は学者でもないし、自分で調べたわけでもないから、根拠だってない。

「って、依織はなんでそんなこと知ってるの?」

「ジルさまから聞いたのですよ。補佐をするために知っておいた方がいいと、六界の歴史をたくさん、たっくさん教わったです。歴史が狂ってしまわないように管理するのが、時空神の役目ですから」

 長い、多くの歴史を覚えるなんて、自分には難しい。それを守り続けるなんて。

(俺の方はどうなんだろ。一応、此武には何をするのか聞かされたけど、あんまりよく分かってないんだよな)

 薬草を探しながら、恩はぼんやりと此武の言葉を思い出す。

『生あるものには必ず運命がある。いつどこで生まれ、誰と出会い、別れ、死ぬのか。

 それは生まれる前にすでに決められている。すべての生き物が、その運命通りに生き、死んでいく』

『だが宿命(さだめ)は違う。宿命(さだめ)は「定められた運命」。どんなことがあろうとも決して変わることはない。

 運命は誰でも変えられるが宿命(さだめ)は変えることができん。だがな、貴様ならばそれができる。

 貴様はこの世で唯一、宿命(さだめ)を動かすことのできる人間だ』

 決して覆らない、変えることのできない運命が宿命。

 けれど、自分だけはその宿命を変えることができる。それが宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)

宿命(さだめ)は自然な流れに任せても必ず定められた通りになるが、いくつかの選択肢があるのだ。

 本人でさえもその選択肢を選ぶことはできないが、貴様だけは選択肢の中から一つを選ぶことができる。それが宿命(さだめ)を動かすということだ』

『運命を導くというのは、選んだ道になるように、その宿命(さだめ)を持つ者を誘導することだ。

 貴様が誰かと出会ったり、助言をすることで運命が選んだ宿命(さだめ)へと流れていく。そうして宿命(さだめ)を紡いでいくのだ』

 すでに定められた運命に“フェイトパース”を導き、紡いでいく。此武の言う“あの方々”が創った“プロット”通りに。

 説明をされてもいまいち実感がわかないし、具体的に何をすればいいのやら。

 それにまだ謎がある。“フェイトパース”“あの方々”“プロット”“終焉(しゅうえん)(とき)”……

 考えながら探しているうちに、だいぶ日が傾いてきた。だが、カゴの中のマダチ草はあまり増えていない。

 美麻里のことを思えばもう少し探した方がいいだろうが、日が暮れては見つけにくいだろう。

 恩はマダチ草を探しに離れた依織のもとへ行き、そろそろ戻ろうと提案する。

 依織もそうしようと思っていたようで、二人は待ち合わせ場所に戻ることにした。

「ねえ、依織。質問ばっかりで悪いんだけどさ、フェイトパースってなんなの?」

「フェイトパースとは宿命(さだめ)の鍵を持つ者……分かりやすく言うと、キーマンですね。めーちゃんはこの先、フェイトパースと出会ったり、フェイトパースをプロットの通りに誘導してあげるです」

「プロットって、あの方々が創ったシナリオ……なんだよね? その、あの方々って誰? あの此武が敬意を示すほどだから、神族の偉いヒトかなーとは思うんだけど」

 そう言うと、依織は大きな目を丸くした。

「はうぅ、知らなかったですか? うーん、これは言っちゃっていいんですかねぇ?」

「え、そんなに言っちゃあまずいヒトなの?」

「神族なのは確かですよ。でもですね、イオが軽々しく口にしていいのかどうかは……」

 言い淀む依織。なんだ、まさかそんなに偉いヒトなのか? そりゃあ、あの高飛車な此武が命令に従うくらいだ。

 此武、というか戦神クロムが神族の中でどれほどの地位にいるのか知らないが、あの態度からしてたぶんそれなりに高い地位にいるのだろうから、そんなクロムが逆らえない神族と言えば……

(誰だろう? 神族って上下関係あるのかな。基本的に十七属の神々は神族の中では偉い……んー、人間で言う貴族みたいなものだし、戦神のアスラオ一族は十七属だから上位神、だよな?

 でも十七属の中ではどうなんだろ。属によって階級が決まってるのか、それとも年功序列とか?)

「いずれ話すですよ。それか、戦神さまに直接聞いてみるとか」

「ええー、此武に?」

 拳か蹴りの三発や四発耐えれば教えてもらえるかもしれない。……嫌だなぁ。

「んー、まあ、それは置いといて、終焉(しゅうえん)(とき)っていうのはさ、あの方々が創ったプロットのエンディングのこと?」

「はいです。全てのフェイトパースを導き、紡ぐことで迎える物語の結末。それが終焉の刻。普通の人間では永らえることのできない、ずっとずっと遠い未来です」 

「そっか。終焉の刻を見届けるまでが仕事だから、その時まで俺たちの仕事は終わらないってわけかー」

 普通の人間では、ということは百年以上先なのだろうか? それまで自分の寿命が持つといいが。

 天寿がいつなのか知らないけれど、自分は不老長寿である白凰(ハクオウ)一族だから、二百年くらいならいけそうな気がする。

「でも、依織は普通の人間だよね? 俺だって長生きできるか分からないけどさ、その終焉の刻まで生きていられるのかなぁ」

 何気なく零した言葉だったが、依織は足を止め、くっと小さく唇を噛んだ。

 隣を歩いていた依織がいなくなり、恩は後ろを振り返った。

「イオなら大丈夫なのですよ」

 恩が振り返った時にはもう、依織は笑みを浮かべていた。どこか寂しそうな笑顔を。

「――イオの時間はもう、すでに止まってるですから」

「……え?」

 恩は軽く目を瞠る。時間が止まっている? どういう意味だろう。

 追い風が髪をたなびかせ、依織は髪を手で押さえながら空を見上げた。遠い(あきぞら)

「めーちゃん。空が赤いですね」

「え? うん」

 確かに今日は夕焼けだ。

「晴れた日の青い空。曇った灰色の空。雨の日の暗い空。それが、普通です」

「???」

 依織は何が言いたいんだろう? なんだかこのちぐはぐな感じといい、ほわんとした雰囲気といい、依織とカーレンは似ている。

「そしてそれを見るのは珍しいことではないでしょう。でも――イオはこの空を見るのはとても久し振りなのですよ」

「え……?」

 いつからだろう、依織の声はさっきまでと違って明るく弾んでいなかった。

 妙に落ち着いていて、でも落ち込んでいるわけではなく、静かで淡々と事実だけを語っているような。

 髪の間から時折見える依織の横顔は、笑顔ではなかった。木枯らしがざあっと音を立て、枯れ葉が空へと舞い上がる。

 ひらひらと落ちてくる枯れ葉を手のひらで受け止め、依織はそれをじっと見つめると、そっと瞑目し、枯れ葉を風に流した。

「イオは、空を……いいえ、人間も、動物も、この広い世界も、見るのは久し振りなのです。イオはずいぶん前から、あの神殿を出たことがなかったですから」

「…………」

「イオは……“宿命(さだめ)(とき)”しか神殿から出てはいけないのです」

「宿命の、刻?」

「プロットの分岐点や、重要なイベントとでも言うですかね。イオはその時にしか、この世界との接触を許されないのですよ」

 だが今は、宿命の刻ではない。だからここにいることは、禁を犯していることになる。

 いけないことだと分かっていたけれど、踏み出してみようと思ったのだ。

 外の世界のものとは極力、接してはいけない。それが依織に与えられた枷。

 さくさくと落ち葉を踏みながら、依織はゆっくりと恩に歩み寄る。こんな音すらも、最後に感じたのはずいぶんと前のことで。

「イオは少し前までは普通の人間だったのです。でも、永い時を生きるジルさまを支えるため、ジルさまに体の時間を止めてもらったのです。イオがこれ以上、年を取ることはないのですよ」

 年を取らない、つまりは不老の体。老化することがないため、寿命で死ぬこともない。

 恩は唖然として、ぽかんと口を開いた。不老の存在と言えば、神族か魔族、人間では白凰一族くらいなもの。それ以外で永遠に不老であるなんて。

「そ、そっか。時間を操る時空神だもんな。人間の成長を止めるくらい訳ないのか。じゃあ、依織はこの先ずっとその姿のままってこと?」

「はいです。ずーっと十七歳のままですよ」

「ぅえ!!?」

 にこっと笑った依織に、恩はぐりんっと顔を向ける。

 衝撃の事実を知った。依織は中学生くらいだろうと思っていたのだが、まさか自分と同い年だったとは!

(ど、童顔?)

 しかし、そんな恩も童顔で、周囲からは中学生程度にしか見られないということを自覚していない。 

「お、同い年だったんだ」

「はいです。めーちゃん、イオのこと中学生だと思ってたんじゃないですか?」

「ぎくんっ。あ、いや……年下かなぁとは思ってたけど」

 図星を指されて慌てる恩に、依織はくすくすと笑う。

「ふふ。めーちゃんだって大差ないですよ? さっ、早く戻りましょうです。暗くなってからの山歩きは危ないのですよ~?」

「う、うん」

時空神を支えるために、共に生きるために、彼女は不老となることを受け入れたのか。人としての時間を捨ててまで。

それはどれほどの覚悟だっただろう。彼女とは知り合って間もないけれど、その覚悟をするだけの芯の強さに感嘆する。

 この時はまだ分かっていなかった。彼女の本当の覚悟と強さを。

 自分に与えられた使命の重さを。


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