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Fate Spinner  作者: 甲斐日向
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第13話 踏み出した一歩

 時空神(ときがみ)の神殿。時空神(じくうしん)ジルティリードが支配する異空間。

「無礼を承知でお願いします。あのひとのところへ行かせて下さい」

 懇願する声を、扉越しに聞いた。誰かが時空移動を求めて来たのだろう。

 他の時空へ移動するには、時空神の力が必要なのである。ここを訪れるのはそういう目的のひとだけだ。

「そなたがその者に会うことで、時空にひずみが生じるかもしれぬ。(ことわり)を犯してまで、それを望むのは何故(なにゆえ)か?」

 凛とした声。短い沈黙の後に返ってきたのは、強い決意。

「もう、逃げないと決めたからです。後悔しないために、あのひとに会って伝えたい」

 その言葉は、不思議と心に響いた。まるで心に開いた穴を埋めるかのように。

「ジルさま、さっき来ていたひとはどうしたですか?」

 しばらくしてから時空の扉がある部屋に入ると、ジルティリードはやや疲れた顔をしていた。

「望んだ時空へ送った」

「何が起こるか分からないのに、ですか?」

 支えようと近づくと、ふわりと高く抱き上げられた。頬に触れてくる手が少しだけ冷たい。

 神にも寿命がある。それはとてつもなく長いけれど、確実に訪れるのだ。彼も例外ではなく、その体は弱りつつあった。

 時空移動には大量の神力を使うため、弱った体での時空移動はつらいようで、最近は眠ることが多い。

「良くも悪くも、強固な意志は時に力を宿す。その力は神とて抗えぬ」

「そうなのですか」

 守人はこつん、と時空神の額に自分の額を当てる。強い意志は力を宿す。それなら。

「じゃあ、ジルさまの体がよくなりますように、と強く願ったら、ジルさまも元気になるですか?」

 自分にはなんの力もないけれど、祈ることくらいはできるから。時空神は瞑目する。

「ああ。そなたの言霊が最も良く効く。そなたは優しいな」

(わたしが優しいというなら、ジルさまも優しいです)

 癒されているのはわたしの方。あなたの言葉こそ、わたしに力をくれる。あの時も。

『守人よ、そなたも来い』

『……え?』

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)が訪れる日。出迎えようとしていたジルティリードは、ドアの前で足を止めてそう言った。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので驚いた。

宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)に会いたいのだろう?』

『……っ』

宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)。ジルさまのパートナー。会いたい。でも、それは……)

 表情から察したのか、ジルティリードは守人にフードをかぶせて頭を撫でた。

『そなたがどのような存在であれ、我はそなたらしく生きてほしい』

 落とされた言葉は慈愛に満ちていて。ジルティリードの気遣いがうれしくて、泣きそうになった。だから不安だったけれど、踏み出してみようと思った。

『そなたも挨拶をするといい』

 でも、いざ前に出たら緊張して言葉が出なかった。

『……挨拶くらいならば、構わぬだろう』

 結局、あの時は話ができなかった。最初で最後のチャンスかもしれなかったのにと、時間が経つにつれて気持ちが沈んでいった。

 もういい。一目会えただけで。自分はただの守人。時空神の影でしかない。

『もう、逃げないと決めたからです』

 さっきの言葉がよぎる。

『おい、恩。用件は済んだ。とっとと帰るぞ』

 怖いと思っていたヒトに変化があった。変われるだろうか、自分も。

『そなたがどのような存在であれ、我はそなたらしく生きてほしい』

 いつも思いやってくれるヒトがいる。だからもう一度、踏み出してみようか。

『後悔しないために、あのひとに会って伝えたい』

 悔やむくらいなら、あのひとに会いに行こう。

「あの、ジルさま」

 ――たとえ禁を犯すことになっても。






   *   *   *






 翌日、昨日までの雷と風がうそのような晴天だった。登校した恩はさっそく改姓したことを学校側に伝えた。

「「ええーっ!? 今日から名字が『高天(たかま)』になったー!?」」

 食堂に集まっていた亜橲(アズサ)たちにも話すと、案の定結構な騒ぎになった。理由は「ちょっと家庭の事情で」と言ったら、妙な方向に解釈されたようで、なぜかいろいろ気遣われた。 

「でもまあ、名字が変わっただけで、生活は今までどおりよね」

「なんだな」

 幸緒(ゆきお)が椅子の上で足を組み、笑顔で肩をすくめた。玲汰(れいた)がこくこく頷いて賛同する。

「そーそー! 穂積……いや、高天がかわいーってことに変わりないしな」

「かわいいって言うなっ。それから頭撫で回すのもやめろ!」

 くしゃくしゃと頭を撫でてくる亜橲の手を振り払うと、まひろが後ろから首に腕を回して寄り掛かってきた。

「高天 恩かぁ。なんかかっこいーね。穂積もよかったけど」

「そうか?」

「『高天』って珍しい名字だよね。高い天って書くんだろ?」

 (かなめ)がまひろを抱きかかえるように、寄り掛かってくる。ちょっと重い。

「それって確か古い国姓だよね」

 要の眼鏡の奥の眼が光った。「国姓?」と幸緒と亜橲が首をひねると、ちちちっと指を振りながらまひろが説明する。

「国姓っていうのはね、長年強い権力を持った貴族や豪族、皇族や王族の名字のことだよ。  

 王族や皇族の姓は自動的に国姓になって、今の藍泉(あいずみ)国王様、徳永金剛(とくながこんごう)陛下が王位につかれた時に『徳永』も国姓に定められたから、暗黙の了解で陛下の一族しか徳永って名字を名乗っちゃいけないの。

 だから今まで徳永の姓を持っていた一般の人はみんな改姓してると思うよ」

「他に今の藍泉での国姓は『汐見』『剣崎』『加賀』『南』『大橋』『月島』ってとこかな。

 『高天』は数百年前に認定されてたやつだね。今では国姓だって知らない人の方が多いだろうけど、高天姓を持ってる人はほとんどいないと思うよ」

 なんでもないような顔でぺらぺらと説明する二人に、さすが天才双子姉弟……と恩たちは感心した。

「ん? ということはさ、高天って貴族か王族の血筋ってことか?」

「豪族かもしれないんだな。数百年前は豪族が各地の土地を治めてたからなんだな」

「えー? でも、高天なんて豪族いたっけ?」

「表舞台には出てなくてもいたかもしれねーじゃん。武将だって有名なのとそうでないのいるし」

「うーん、まあね~」

 本人そっちのけで盛り上がる幸緒たち。恩は複雑そうな表情でなんとはなしに話を聞いているだけだった。



 放課後、高科FW(タカシナフリーワーク)に行くと、ソファーに見覚えのある人物が座っていた。

 青いリボンがついた桃色のセミロングヘア。白いローブ。灰色の杖。後ろ姿だが、すぐに分かった。

「あれ。君、ジルティリード様のところにいた……」

 おもむろに振り返る少女。時空神ジルティリードに仕える守人だ。

 初めて会った時はフードを目深にかぶって顔を隠していたが、今はそのフードを外している。

立ち上がった守人の少女は緊張気味にお辞儀した。

「こ、こんにちはですっ」

「こんにちは。どうしたの? ジルティリード様のお使いとか?」

 笑って話しかけると、守人はぎこちなく笑みを浮かべる。

「あの時、ちゃんとあいさつできなかったので、会いに来たのです。ここにいれば会えるってジルさまが言ってたので」

「えっ、わざわざ? そっかー」

律儀な子だなぁ。少女は杖を持ち直し、背筋を伸ばした。

「初めまして。時空神ジルティリードに仕える守人です。普段は神殿内でジルさまのお手伝いをしてるです。よろしくです!」

「うん、よろしくね。俺は高天 恩。君の名前は?」

 問いに、守人は言葉を詰まらせた。デスクチェアで机に頬杖をついていた此武は、眉を顰める。

(あれ? 俺、なんか変なこと聞いたかな?)

「……りです」

「ん?」

「わたしの名前は、皇斐依織(すめらいいおり)なのですっ」

 前のめり気味に守人は言った。恩は目をぱちくりさせてたじろぐ。 

「えーと、依織ちゃん、でいいのかな?」

 苦笑しながら言うと、守人はほっとして笑った。  

「呼び捨てでいいのですよ。めーちゃん」

 その表情がなぜか泣き出しそうに見えて、恩はどきっとする。

「えっ、めーちゃん?」

「ダメでしたか?」

「あ、いや……別にいいんだけど」

 此武は恩と依織を交互に見てから、鼻を鳴らした。

「雑談は済んだか。依頼はすでに受理してある。とっとと行くぞ」

「今日はなんの依頼?」

 宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の証服に換装する。いちいち着替えなくていいのでなかなか便利だ。

「はい。山間の村に住んでいるという妖狸(ようり)さんから、薬草探しをしてほしいとのことです」

「狐の次は狸か……今度こそ何もないといいけど」

 カーレンの返答に呟くと、脳裏にあの時の悪夢が蘇った。ファーストキスを奪われた恨みは根強い。

(狸なら稜雲(いずも)とは関係ないかもしれないけど、絶対そうじゃないとも言い切れない!)

 恨みがましく恩は顔をしかめた。それに、妖狸というと知り合いに一人いる。まさかそんなことはないだろうと思いつつ、出発しようとした時だった。

「あ、あのっ、わたしも行っていいですか?」

「えっ!」

 突然の依織の申し出に驚いたのは恩だ。ここでの仕事は基本的に一般人には秘密で、危険なこともあったりするし、守人としてジルティリードのそばにいなくていいのだろうか?

 しばし考えたのち、此武が「勝手にしろ」とひらりと手を振った。

「神殿に戻らなくていいの?」

「ジルさまには言ってあるですし……一歩、踏み出してみようと思って」

「?」

「こっちの話ですよ」

にっこり笑う依織。まあ、人手はあった方が助かるからいいか。

 依織を含めたいつものメンバーがやってきたのは伊師(いじ)市にある井ノ山だった。

 狩城(かれぎ)市からほぼ東にある伊師市は、藍泉の南部の中で最も山が多い市だ。多くの登山家が訪れる宇賀尾(うがお)山を始め、大小さまざまな山がある。

 井ノ山は伊師市の南東にあり、この辺りは僻地で町と言うよりは里や村になっている。依頼者は井ノ山のふもとにある村に住んでいるらしい。

「この村のどこかに依頼者がいるはずだ。探すぞ」

「依頼者の名前は?」 

「知らん」

 此武がきっぱり返す。恩はがくっとこけた。

「依頼の手紙には依頼内容とこの一井(いちい)村の名しか書かれていなかった」

「此武……よくそんなので依頼受けたな」 

 恩が呆れ気味に言うと、なぜかカーレンがしゅんとうなだれた。

「すみません」

「へ?」

「この依頼を受けたのはそこの娘だ」

「!!!」

「とても困っているようでしたし、薬草探しだったらそれほど疲れないかと思って……」

 泣きそうな顔のカーレンに、恩は慌ててフォローする。

「あ、いやっ、大丈夫だよ! 大きな町じゃないし、村の人ってみんな顔見知りっていうから、みんなで探せばすぐ見つかるって! だからさ、そんな顔しないでよ。ね? ね?」

 恩が必死な様子で言うと、カーレンはほっとして笑みを浮かべた。

「はい」

 カーレンの笑顔を見て恩も胸を撫で下ろす。此武がつまらなそうに鼻を鳴らし、腕組みをする。

「薬草を欲しがってる人を見つければいいんだよな。誰かに聞いてみよう!」

 と言って歩き出したものの、不思議と村人の姿が見当たらない。気配はあるが、外に誰もいないのだ。みんな家の中に閉じこもっているのだろうか。

 道に落ちている枯れ葉が風に舞う。宿命を紡ぐ者(フェイトスピナー)の服は半袖なのに、不思議と寒さをあまり感じない。これもこの服の能力だろうか。

恩の隣を歩いているカーレンが呟く。

「誰もいませんね」

「うん。もしかして警戒してるのかな」

 人外には人間との共存を拒む者も多い。こうしてわざわざ人里離れた山奥で生活しているということは、人間と関わりを持ちたくないからだろう。

(人間の中には、人外ってだけで敵視する人もいるし、もちろん逆もあるわけで)

 しかし、このままただ歩いていても仕方がない。その辺の家を訪ねてみようか。

「そこのにいちゃんたち、村の外から来たの?」

 背後から子供の声で尋ねられた。振り返ると、小犬くらいの大きさの狸が二本足で立っていた。

「あ……うん、そうだけど」

「やっぱり! 村じゃ見かけないもんな、そんなハデな服」

 と言われても村人を一度も見かけていないので分からないが、声をかけてきた子狸が着ているのは紺の着物。たぶん他の村人も似たような色合いの服を着ているのだろう。

「あのさ、この村に薬草が足りなくて困ってるヒトいない? 俺たちはそのヒトに呼ばれてきたんだ」

 恩が子狸と話していると、どこからか視線を感じ、此武はそちらを一瞥する。 

 離れたところにある家の窓から、大きな狸がこっそりとこちらを窺っている。その視線は鋭く、警戒心というよりも敵意がこもっていた。

「薬草? うーん、もしかして美麻里(みまり)ばーちゃんのことかな」

「美麻里ばーちゃん?」

 恩も気づいているだろう。此武がぎろりと大狸を睨みつけると、大狸はひっ、と息を呑んで身を隠した。

「美麻里ばーちゃんは体弱っててさ、薬草で作った薬をいつも飲んでんだ。その薬草は冬は生えないから、その前にたくさん集めておきたいんだけど、今年はあんまり手に入らないって言ってた」

 依頼内容と合っている。運良く依頼人が見つかったかもしれない。

「そのヒトに会いたいんだけど、どこに住んでるの?」

「あの川の向こうだよ。連れてったげる!」

「ありがとう」

 子狸はうれしそうに、恩の腕を引っ張っていく。離れていく五人の後ろ姿を、複数の目が家の中から見つめていた。



 川にかかった小さな橋を渡り、少し歩くと生垣に囲まれた萱葺き屋根の家があった。庭には栗の木と柿の木がある。

 子狸にお礼を言い、戸を叩く。

「ごめんくださーい。高科FWの者ですが、美麻里さんはいらっしゃいますかー?」

 返事はない。そろりと木の引き戸を開けて見ると、家の中には誰もいない。

 広い土間は台所にもなっていてかまどがある。地面より高く作ってある居間の真ん中には囲炉裏があり、細い煙が立ち上っていた。

 そして、その向こうにある黒みがかった灰色の丸い物体。

「……何あれ」

 恩がぽつりと呟くと、その物体がもそもそと動いた。

「うわっ」

「う、動いたです!」 

 仰天する二人。その時、開けっ放しにしていた戸から茶色い毛の狸が駆けこんできた。

「ばあちゃーん! 魚獲ってきたんだな! あれ?」

 聞き覚えのある声に恩はドキッとした。なんだか振り向きたくない。

「どちら様なんだな?」

 七歳児程度の大きさの狸は魚籠(びく)を両手で抱え込んで問いかけてきた。恩は棒立ちのまま無言で、此武が営業向けスマイルで応じる。初めて見る依織はびくっとした。

「高科FWから来た者です。薬草探しの依頼で」

「え……」

 一瞬、狸の表情がこわばる。だがすぐに狸は笑顔を作った。

「ああ、そう言えば、ばあちゃんが頼んでたんだな。来てくれて助かったんだな~。ところで」

 笑顔の狸は恩の方を見て、

「そこにいるの恩くんなんだな?」

「ぎくっ」

 このしゃべり方は間違いなく玲汰だ。彼は妖狸族だし……まさか本当に、二度目も知り合いに会うとは! 

(俺がどこでバイトしてるかは秘密なのに! ここはなんとしても別人になりきらねば!!)

 恩は背を向けたまま素早くフードをかぶってごまかす。

「いいえ~、ワタシ、恩くん違いまーすアルヨ」

「え……でも、その赤い髪……」

 動揺のし過ぎで口調がおかしくなっているが、恩本人は必死で気づいていない。

「違うであります、拙者は恩ではないでごんす!」

「はあ……人違いなんだな」

 かなり疑い気味ではあるが、とりあえず納得してくれた玲汰にホッとする。

(あー、よかった、バレなくて。雇い主が傲慢ドSちびっ子だなんて知られたくないもんな。ましてやこいつから受ける仕打ちの数々を……) 

「誰が傲慢ドSちびっ子だ」

 下から強烈なアッパーを喰らった。天井を突き破って空高く吹っ飛んだ恩は、栗の木の枝に引っかかりながらぼてりと地面に落ちた。

「め、恩さんっ」

 カーレンが恩に駆け寄る。結局、恩の正体はばれてしまったのである。



「恩くんのバイト先って高科FWだったんだな~」

 人間の姿に変化した玲汰は恩たちを家に招き入れた。人数分のお茶を注ぎながら、玲汰はにこにこ笑う。

 あの謎の黒い物体は実は寝ていた大狸、つまり美麻里本人だった。

 体を起こした美麻里は大人のクマほどの大きさで、額に大きな刀傷がある。

 恩たちは囲炉裏(いろり)の周りに座った。此武だけは腕組みをして壁に寄り掛かって立ち、その傍らに千咲が佇んでいる。

「なんとなく嫌な予感はしたんだ。玲汰は妖狸族だし、村に住んでるって言ってたし、だからって、いくらなんでも連続で学校の知り合いに見つかるなんて出来過ぎじゃない!?」

 頭を抱える恩に、玲汰は苦笑する。

「他にも誰か知り合いに会ったことあるんだな?」

「うっ……どこぞの眼鏡狐に」

榊原(さかきばる)会長なんだな?」

「わああああっ、思い出したくないことまで思い出しちゃた!! 玲汰! このこと絶対に誰にも言うなよ!?」

 涙ながらにすがりつく恩。玲汰はにっこり笑った。

「高科FWでバイトしてること? うん、誰にも言わないんだな」

「あああありがとう~っ」

 ばれたのがまだ玲汰でよかった。他の人だったらいろいろからかわれるに違いない。特に亜橲(アズサ)とか。

「おい、豆狸。依頼のことを詳しく話せ。オレ様たちはそのためにわざわざ出向いてやったのだからな」

「ちょっ、此武!」

 さっきの営業スマイルはどこへ行った。玲汰は此武の豹変ぶりに驚いたようだが、同じ人外ゆえに正体に気づいているのかもしれない。「すみません」と謝った。

「手伝ってほしいのは、マダチ草っていう薬草集めなんだな。その草がないとばあちゃんの薬が作れないんだな」

「美麻里さんはご病気なんですか?」

 カーレンが問うと、美麻里さんはズズズ、とお茶を飲んで一息ついてから言った。

「うんにゃ。わしももう歳でよぉ、体のあっちゃこっちゃにガタがきとるんよぉ。じゃけぇ、痛み止めだわな」

「まあ、ガタさんがいらっしゃると大変なんですねぇ」

 ずれた発言をするカーレン。美麻里さんはぶはーと大儀そうにため息をついて「神族のおみゃーさんにゃ分かるめぇ」とお茶を飲む。

「マダチ草は秋に採れるんだけど、今年は猛暑だったでしょ? その影響であまり育ってないんだな。

 だから数が少なくて里の近くに生える分だけじゃ足りないんだな。それで他の山にも採りに行きたいんだけど、オイラだけじゃ難しくて……」

「そっか、それで人手が欲しいんだな。分かった、手伝うよ、玲汰」

「ありがとうなんだな、恩くん!」

「豆狸、人手が足りないと言うが、ならばこの村の連中を使えば済むだろうが。なぜわざわざうちに依頼した」

 じろりと睨まれ、畏縮する玲汰。「そ、それは、その……」と口ごもり、それきり黙りこんでしまった玲汰に、恩は目をしばたたかせた。

 理由に気づいているらしく、此武は「まあいい」とそれ以上追及はしなかった。

「どこぞの赤ちょうちんが『手伝う』などと抜かしたしな、すぐに出るぞ」

 六人はマダチ草を求め、山の中に入った。井ノ山は三つの小山から成り立ち、それぞれ井上、井中、井下と言う。六人が向かったのは、一井村がある井上山の隣の井中山だ。

 手分けして探すことになり、恩はカーレンに声をかけようとしたが、寸前で此武に止められた。

「恩、貴様は守人と二人で行け」

「へ!? なんで?」

 依織と一緒に行くのはいいが、なぜ二人?

「オレ様の命令に従えんと言うのか」

「うぅ……わ、分かったよ」

 射抜くような眼光に恩はそう答えるしかなかった。依織は恩を見つめ、きゅっと手を強く握りしめた。


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