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4、単なる転生じゃなかった

 翌日、私はマリーゴールドのドレスワンピースを着て、両親と一緒に町へ出かけた。

 フェルディア王国の王都ルヴェリア。

 町ではちょうど祭りが開かれていて、華やかな音楽と笑い声であふれていた。

 飾りつけられた天幕の下では、風船を持った子供や恋人たちでにぎわい、露店の前には人だかりができている。

 私たちは少し離れたところで馬車を降り、にぎやかな声に誘われるように町の広場へ向かって歩いた。


 風に乗って漂う甘い香りに、私は引き寄せられるように足が動く。


「ミレア、あれが食べたいのかい?」


 父の言葉に私はうんうんとうなずいた。


「ようし、買ってやろう」

「もう、あなたったらミレアに甘いんだから」


 母は呆れたように笑いながらも、私と父のあとを優しく見守るようについて来た。

 その店で売っているのはハニーナッツタルトだ。小さなパイ生地の器に香ばしくローストされたナッツと蜂蜜がたっぷり詰まっている。

 ひと口かじると、焼きたての香ばしさとともに口の中でとろりと甘く溶ける。


 ああ、美味しい。幸せ!


 このタルトはそれほど高いものではなく、庶民のあいだでも人気がある。

 そういえばカイラだった頃、この祭りが開催された日にこっそり屋敷を抜けだしてこれを食べた記憶があるんだよね。


 あれはそう、17歳のときだった。

 たしか家でガーデンパーティが開かれていたのだけれど、私はそれに出席させてもらえなかった。両親は貴族学院で優秀な妹だけを娘として招待客に紹介し、私には部屋から出ないように命じた。


 まあ、普段から外出をしないからそれほど苦ではなかったけれど、にぎやかな庭園での茶会を窓から眺めていたらふいに胸が苦しくなって、たまらなくなって、私はこっそり家を抜けだした。


 そして、ひとりでこの祭りを見に来たんだったわ。

 それも結局、ひどい目に遭ってしまってろくな思い出ではないんだけど。


 誰かと祭りを楽しむことができるなんて幸せ。

 それもこんなに優しくて素敵な両親と一緒に。


 タルトでお腹を満たしながら、きらめく琥珀色のジュースを飲んで、噴水広場で魔法使いのショーを観た。

 派手な花模様の衣装を着た女性が、虹色のガラス玉を両手で器用に投げる。途中で女性は火魔法を使ってガラス玉を溶かし、可愛いウサギやキツネなどの形になったら水魔法で火を消す。雫できらめくガラスの動物は光の加減で虹色に輝き、観客たちの拍手がわいた。


 本当は楽しいショーのはずなのに、私はそれを見て少し切なくなった。

 これと似た光景を眺めながら鬱々とした気持ちで通り過ぎた記憶が少しばかり思いだされてしまい……。


「えっ……?」


 私の目の前を、私が通り過ぎた。

 何が起こったのか一瞬わからず、目を見開いたまま硬直した。

 私の目線の先に、思いもよらない人物がいたのだ。


 どうしてカイラがここにいるの?


 似ているなんてものじゃない。漆黒の長い髪も紅い瞳も、なんなら日常的に来ていた黒いドレスも、当然顔もカイラそのものだった。

 世界がふっと静まり返った気がして、祭りの喧騒が遠のいていく。

 私の鼓動はどくどく鳴り響いた。


 落ちつけ、落ちつくのよ。でも、あれは若いときの私の姿。


 ふと思いたって、新聞を手にしている見知らぬおじさんに目をやった。

 新聞の日付がちょうど見えていたので確認すると、その年号に衝撃が走った。


 フェルディア歴543年。

 つまり、私が王太子と婚約する前だ。

 どうして気づかなかったのだろう。

 私は生まれ変わっただけじゃなくて、過去に戻っていたのだ。


「……うん。気づかないわ」


 ぽつりと呟く。

 だってミレアはおバカさんなんだもの。年号なんて覚えていないわよ。それどころか、この国の王や王太子の名前だって知らない。

 やっぱり勉強は大事だわ。お父様が無理してやらなくていいと言ってもね。


 考えごとをしているあいだにカイラと思われる人物は人混みにまぎれて姿を消した。

 私はハッとして記憶を辿る。

 17歳の祭りの日に私はこのショーを横目に通り過ぎて、川沿いの橋のところで財布を盗まれそうになる。抵抗したせいで相手が殴りかかってきて、私はそのまま川へ転落してしまうのだ。

 転がりながら落ちたので幸い命は助かったけど、足に大怪我を負ってしまい、後遺症になった。それが原因で、晩年歩けなくなってしまう。


「そんなのだめ!」


 私は思わず走りだした。

 小さな体で大人たちを避けながら見失いそうになるカイラを追いかける。

 どこへ向かっているのかわかっているのでそのまま突っ走っていけばいい。だけど、体力のないこの小さな体では追いつけない。

 呼吸が苦しくなってくる。足がもつれる。走るのをやめたくなる。あきらめたくなる。


 ふと脳裏におぼつかない足取りで晩年を過ごす自分の姿がよぎった。


 あきらめない!


 石畳の角を曲がると橋のたもとでカイラが男に腕を掴まれているのを見つけた。カイラは必死に抵抗していたが、やがて財布は奪われ、その拍子に彼女はぐらりと体勢を崩した。


「危ない!」


 思わず叫んだ。

 だけど、ここからじゃ間に合わない。そのとき、とっさに頭をよぎったのは魔法だ。

 医者は私が魔力を持っていると言った。今までちゃんと魔法を学んだことはないし、使い方だって知らない。だけど今は藁をもすがる思いなので、私は昔友だちがやっていた魔法の真似をしてみることにした。


 たしか、手を伸ばして祈ればいいんだっけ?



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