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残念令嬢、今世は魔法師になる  作者: 水川サキ


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29、すべての元凶

 厨房で新しく来た料理人と話しているのは、食材を届けてくれる人だとリベラは言う。

 彼らは最近入れ替わったばかりで、それも母の指示なのだと思っていたようだ。

 けれど、彼らの会話からすると少し事情が違うみたいだ。


「これは病気になる薬ではない。少量ずつ混ぜておけばいい。1年後に効果が出ればいいんだ」

「し、しかし、ベルミスは違法だ。もしこのことがバレたら私が捕まってしまう」

「心配ない。バレるようなことが起こったら、そのときは本人が勝手にやったことにすればいい。どうせベルミス常習者の話など、誰もまともに聞かないだろう」


 リベラが私を見て首を傾げた。ベルミスのことを知らないのだろう。

 けれど、私はよく知っている。これは異国の違法薬物だ。

 特に魔力を持つ者に有効で、魔力増強や多幸感をもたらす代わりに幻覚作用や抑鬱状態という副作用があり、常時服用するとやがて精神と人格の崩壊を起こして死に至る。

 前世では夫がこの闇取引に加担していたことで、私も取り調べを受けたことがある。


 貴族がよく隠れて常用していることは知っているけど、まさか黙って服用させようとしている人がいるなんて。


 何の目的で? 誰を標的にしているの?

 侯爵か夫人か、あるいは――。


「メンベリ草の件もある。警戒しているに決まってる。前の料理長は解雇処分で済んだが、今回はれっきとした犯罪だ。言い逃れはできない」


 やっぱり、カイラに飲ませようとしている。

 となりでリベラが震えているのがわかった。どうやら彼女も理解できたようだ。

 何の目的でカイラに薬物を与えようとしているのか、それを知るよりも今はバレないようにそっと離れるしかない。


 私はリベラに目配せして、慎重に足を動かした。

 そして、ふたりで厨房から静かに距離を取り、曲がり角へ差しかかったときだ。

 突如、目の前に執事が現れた。

 それはまるで暗闇から現れた恐ろしい化け物みたいな表情で、彼は目を見開いてこちらを凝視していた。

 思わず私もリベラも「ひいっ!」と悲鳴を上げてしまい、それに気づいた料理人たちが厨房から出てきてしまった。


「おやおや、これは……お嬢様ではないですか。こんな時間にいったい何用で?」


 目の前の執事は無表情のまま、ゆったりとした口調で言った。

 彼の問いにリベラは答えない。いや、答えられないようだ。彼女は驚愕の表情で震えている。

 だから私が代わりに答えた。


「の、喉が渇いたんです。それで、水を……」

「水など、あなたがたの力があれば容易く出せるでしょう。それとも、魔力が弱すぎて無理ですか?」


 ゆっくりと穏やかな話し方なのに、背筋が凍りつくような威圧感がある。

 この執事、表情は普通だけど目つきや口調が異様に怖い!


「タイミングが悪いですね」


 執事は一歩、こちらへと進みでた。


「朝まで目覚めなければ、何も知らずに済んだでしょうに」


 執事のその言葉に、言い逃れはできないとわかった。私たちがいくら惚けたふりをしても、見逃してはくれないだろう。

 リベラが震え声で訊ねる。


「なぜ、お姉様の食事に、薬を……」

「邪魔だからですよ」

「い、意味がよくわからな……」

「知る必要はありませんよ。どうせここで忘れることになりますからね」


 執事は口角を上げてそう言った。つまり、排除するということだ。

 彼はリベラから私へと目を向ける。その目に憎悪のような不気味な気配を感じた。


「お前が来てから計画が狂いすぎた。本当に邪魔だな」


 私は恐怖にまみれて体が硬直してしまい、微動だにできない。


 こんな人だったなんて、前世は気づかなかった。

 無口で目立たない人だと思って、その存在さえあまり意識しなかった。関わることがなかったのもあるけれど、裏で私にこんなことをしていたなんて。


 なるべく会話して、どうにか逃げる隙を見つけたい。


「カイラの食事にメンベリ草を使っていたのは、父の命令ではなく、あなたの指示だったのね?」


 私がそう問いつめると、リベラが「ええっ⁉」と驚愕の声を上げた。

 執事は真顔のまま、ぎょろりとした目で私を見つめた。その表情も不気味で怖いけど、怯まずどうにか平静を保つ。


「あなたはカイラに微量の魔力があることを察していた。カイラが邪魔だと言うなら、メンベリ草を使えば直接手を下さずに排除できるもの。カイラの父には、財政難という理由でカイラの食事を質素にすることを提案すれば、あの父のことだからすんなり了承する。毒だなんて思ってもみないだろうから」


 リベラが私の腕を掴んで震え声を出した。


「……ミレア」

「大丈夫」


 私はひそっとリベラにささやく。

 リベラは私にくっついて震えている。

 執事は私に向かって怒気を帯びた声を放った。


「お前は何者だ? ただのガキではないな。まあ、どうでもいいか。しゃべれなくなれば問題ない」


 その瞬間、私はひそかに準備していた魔力を発動させた。

 一番得意な風魔法を放つと意外と大きな渦になって、背後にいた料理人たちを吹き飛ばした。けれど、目の前の執事は片手を上げて私の魔法をあっさりと消し去った。

 魔力無効化。相手の魔力は私よりはるかに大きい。

 だけど、それも想定内だ。


「リベラ、逃げよう」


 私はリベラの手を引いてその場から走りだした。


「カイラと両親を起こして」

「それならお姉様の部屋が一番近いわ」


 階段のところまで走ってくると、背後から大きな水の渦が迫ってきた。

 リベラがとっさに振り返って魔力無効化結界を張る。けれど、相手の力のほうが大きいのか、それはあっけなく破れてしまった。

 濁流に呑まれた私は階段に叩きつけられて背中を打った。痛みにうずくまっていると、リベラの姿がないことに気づく。

 顔を上げると、リベラは宙に浮いた巨大な水の塊の中に閉じ込められていた。


「リベラ!」


 水の中でリベラは必死にもがいている。


「やめて! リベラを殺す気なの?」


 叫ぶ私に、執事は呆れたように言った。


「まさか。私は殺人者になりたくないのでね。知らないなら教えてやろう。魔力に呑まれて窒息すると、記憶を失ってすべてを忘れることができるそうだ。もっとも、一生寝たきりで会話もできなくなるがね」


 とっさに火魔法を発動させてみたけれど、それも簡単に消されてしまった。

 風魔法も効果はない。とにかくリベラを救いださなければと思い、私は自分が倉庫に閉じ込められたときのことを思いだし、土魔法で打破することにした。

 床に向かって魔力を放出すると、亀裂が走り、執事の足下がぐらついた。そのせいで彼は体勢を崩し、リベラを包み込んでいた水が破裂して、あたりに飛散した。

 水浸しの床にリベラが倒れると、私はすぐに駆けつけて彼女を抱きかかえた。


「リベラ! リベラ、しっかりして!」


 リベラは意識を失ってぐったりしている。

 頬を撫でると驚くほど冷たく、口もとに指を当てると呼吸をしていない。


「そんな! いやだよ、リベラ。死なないで!」


 涙があふれて頬をつたう。その雫が私の左腕に落ちたとき、ブレスレットが金色に輝いた。

 その光は私とリベラを包み込んで、不思議な温かさに満ちていく。

 やがてリベラの目がかすかに開いて、唇がわずかに震えた。


「……ミ、レア」

「よ、よかった。リベラ、ごめんね」


 私は泣きながらリベラをぎゅっと抱きしめる。

 その背後から、ふたたび執事の怒声が響いた。


「お前は邪魔ばかりする。真っ先にお前のほうを始末すべきだった」


 言葉に容赦はない。

 先ほどまで殺すつもりはなかったのだろうが、今や態度が変わっていた。

 けれど、私の胸中は彼に対する恐怖よりも、憎悪で満ちていた。


 リベラをこんな目に遭わせるなんて。

 絶対に許せない――!



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