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残念令嬢、今世は魔法師になる  作者: 水川サキ


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28、楽しいお泊まり会

 そして、リベラのうちで過ごすお泊まり会の夜。

 私たちは白い寝間着ドレスに着替えて、ふわふわのクッションとぬいぐるみに囲まれながら、おしゃべりに花を咲かせた。

 足もとにふかふかのマットが敷かれ、そこに直に座っている。

 大きな四角い銀トレーには温かい紅茶とお菓子がある。チョコレートタルトにフルーツの盛り合わせ。そして、私の母が焼いてくれたクッキーも並んでいる。

 そばに置かれたキャンドルライトがやわらかい光を照らしている。


 学校のことや魔法のこと、美味しい料理や好きなものなど、話すことは尽きない。

 やがてリベラの家族の話題になった。


「お父様は賭け事をやめたらしいの。お母様もまったくお買い物をしなくなって、今はお姉様のために料理人に食事のメニューを考案させたり、書庫に本をたくさん取り寄せたりしているわ」

「それはすごい変わりようだけど、いったい何があったの?」

「フェデル殿下の影響よ。きっとお姉様が王太子妃候補になると思っているのよ」

「えっ……!」


 今世も同じことが繰り返されようとしている。

 フェデルはカイラの人生の邪魔はしないと言っていたけれど、彼の意思ではどうにもならない。もし、ここでカイラが王太子妃候補になったら、国王によって選ばれてしまう可能性もある。

 そして1年後に何らかの理由でデミア侯爵令嬢が正式な妃に選ばれてカイラが婚約破棄されてしまうことも十分可能性はある。

 だけど、何よりもカイラの気持ちが気になる。


「カイラはどう思っているの?」

「お姉様にその気はないみたい。髪も切ってしまったし、今は勉学に励むそうよ。フェデル殿下には恩があるから将来は王宮での仕事に就いてお礼を返したいと言っていたわ」


 そういう道があるんだ。

 今のカイラなら婚約者候補に選ばれても辞退しそうな気がする。両親は激怒するだろうけれど。


「そっか。カイラにはしっかりした意思があるんだね」

「ええ。お姉様が頑張っていると、私も頑張ろうと思えるの」

「よかった。ふたりが仲良くできて私も嬉しいよ」

「ありがとう、ミレア」


 昔の私は勇気がなくて、ただ周囲の顔色をうかがっては流されるままに物事を決めていた。

 不運ばかりを嘆いていたのも、自分で選ぶ気持ちがなかったからだ。

 今になって思う。前回の人生は誰のせいでもなく、私が選んだ道だったのだと。

 それは、今のカイラの姿を見て、余計にそう感じてしまうのかもしれない。


「ところで、ミレア。前からずっと気になっていたんだけど」

「うん?」

「そのブレスレット、とても綺麗ね。プレゼントなの?」

「あ、これは……うん。大切な人からもらったの」


 設定では両親からのプレゼントということになっているのだけど、私はなぜか素直にリベラにそう言った。

 リベラはにっこり微笑んで、声を抑えながら私に訊ねた。


「好きな人?」

「ううん。でも、家族より大切だった人。ずっとそばにいて、私を救ってくれたの」

「とても大切なお友だちなのね」

「うん。大切な友だち」


 たぶん。きっと、そうだよね。

 どんな関係かと訊かれたら、そう答えるしかない。

 知人というにはあまりにも深い特別な関係だったから、友だちなのだろう。


「見てもいい?」

「いいよ」


 私は左腕を差しだして、リベラにブレスレットを見せた。

 金のブレスレットには複雑な紋様が刻まれている。文字としては読めないけれど、何か意味があるのだろう。

 リベラはしばらくじっと見つめたあと、少し驚いた顔で言った。


「このブレスレット、魔力を持っているのね」

「わかるの?」

「ええ。それもすごく強い魔力よ。私には触れることはできないわ」

「そうなんだ。ぜんぜん気にしたことがなかった」

「ミレアは身につけているから気づいていないだけだわ。でも魔力があるってことは魔道具なのね。きっと、その人はミレアのことを本当に守りたいのね」


 そうだったのだろうか。

 彼がこれをくれた意味が、いまだにわからない。

 もう知ることもできないから、考えても仕方のないことだけど。


「腕にぴったりはまっているけど、調整できるの?」

「わからない。ずっとつけているけど違和感はないの」

「魔道具だもの。伸縮自在なのね。重くないの?」

「重さとか感じないよ。つけている感覚もわからない」

「不思議ね」


 それから、リベラは自分の宝石箱も見せてくれた。

 両親からあまりプレゼントをもらったことはないようだけど、祖父母からもらったというネックレスやブレスレットを見せてくれた。きらびやかなダイヤモンドやエメラルドの宝石など、リベラは大切に保管しているようだ。


「いつかデビュタントを迎えたときに、おばあ様からもらったネックレスを身につけたいと思っているの」

「素敵。エメラルドのネックレスはリベラに似合うと思う」

「本当? 嬉しい」


 リベラは嬉しそうにネックレスを首もとに当ててみせた。


 私たちは時計の針が12時をまわる頃までおしゃべりをして、それからベッドにもぐり込んだ。

 布団の中でふたりで並んで横になっても、まだおしゃべりが尽きない。

 そろそろ眠気がやってきた頃に、私はずっと気がかりだったことを、思いきって口にすることにした。


「あのね、リベラ」

「うん?」

「私が特別授業を受けたり、フェデル殿下の取り計らいで再試験の機会をもらったり、そういうのを見てずるいって思ったりしない?」

「そんなこと思わないわ」


 私がとなりへ目を向けると、リベラは穏やかに微笑んだ。


「前にも言ったけど、それはミレアの人生なの。私とは別の道よ。他人と同じものを欲しがっても意味がないわ。自分の道は自分で切り開くものでしょう?」

「うん、でも、私は正直他人の人生をうらやましいと思ったことはあるよ。どうして自分はこんなに不運なんだろうと思って塞ぎ込んだり、悩んだりするの。それが何の意味もないことだとわかっていても、感情がそうなってしまう」


 カイラだった前世をずっと嘆いていた。

 明るく笑う人たちを遠目で見て、うらやましくてたまらなかった。

 どうして自分にはないんだろうって、ずっと悩んで苦しかった。


「そうね。それは、自分に自信がないからだわ。ミレアは実力があるんだし、もっと自信を持っていいのよ。だってうまくいくことばかりじゃないもの」


 リベラがそう言ってくれて、私は少し心が救われた気がした。

 昔の私はあまりにも自己肯定感が低すぎた。何かを変える勇気もなく、自分を信じることもできなかった。けれど、今のカイラを見ていたら、やっぱり自分自身の問題だったんだと気づいた。


 リベラはそっと私の手を握ってくれた。


「ラナたちに何を言われたのか知らないけど、私はミレアに対して負の感情を抱いたことはないわ」

「なんで知って……」

「聞いたわけじゃないわ。ただ、あの人たちなら言いそうだなって。やっぱり私を利用してミレアのことを傷つけていたのね。なんて人たちなの」


 私は思わず笑みがこぼれ、リベラの手をぎゅっと握り返した。

 リベラは私に笑顔を向けたあと、仰向けになって宙を見つめながら言った。


「私は、自分を信じているの。ううん、正確にはあの環境にいたから自分しか信じられなかったの。ミレアが来るまで私はひとりぼっちだったもの」


 リベラは学校で周囲から孤立し、家では家族から厳しくされていた。

 強くならないと生きていけなかったんだ。


 もし私にも生きていく力があったなら、少なくとも前世のあの環境から逃れられたはずだ。

 病気や寿命は仕方がないけれど、生き方を変えることはできたはず。


 もう後悔はしたくない。


「私も、リベラと友だちになれたから、ここまで頑張れた。本当にありがとう」

「ふふ、これからもよろしくね」

「うん、よろしく」


 私たちはふたりで向かい合って微笑んで、それから「おやすみ」を言って静かに眠りに落ちた。

 今夜はきっといい夢が見られそうだなって思った。

 心地いい眠りに入って、それからそのあとは、少しばかり夢を見た。

 けれど、あまりいい夢とは思えなかった。


 雨の夜の夢。誰かを叫ぶ声。

 誰もいない暗い場所。

 たしかにそこは私のいた場所だ。

 泥水の中を裸足で駆けて、転んで膝をついて、滝のような雨に打たれたあの夜のこと――。


「……ミレア、ミレア」

「えっ……」

「大丈夫? うなされていたわ」


 となりへ目をやると、リベラが不安そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 私は額に汗をかいている。


「変な夢を見ちゃったみたい。ちょっと、お手洗いに」

「私も行くわ。このお屋敷ちょっと暗くてわかりづらいの」


 ふたりで部屋を出て廊下を歩く。

 家族も使用人たちもすべてが寝静まった夜の邸宅内は、少し寂しげだ。

 エヴァン伯爵家はそれでも明るさがあるけれど、この家はとても暗くてひそやかだ。

 この少し不気味な感覚があまりいい気分ではなくて、カイラだった頃の私は夜間に部屋から一歩も出なかった。

 けれど、リベラは平気なようだ。

 自身で火をつけたランタンを手に持って、慣れた様子で暗い廊下を歩いていく。


「ついでに飲み物を持っていきましょう。ちょっとおしゃべりしすぎたみたい」

「そうだね」


 私たちはそのあと厨房へ向かった。

 すると、誰もいないはずのその場所で、数人の声がして、ふたりで顔を見合わせた。


「料理長がこんな時間までレシピを考案しているのかしら?」


 リベラがきょとんした顔で言った。

 たしか母がカイラのためにかなり細かく料理の指示をしているんだっけ。


「邪魔しちゃだめだね」

「飲み物をもらうくらいならいいわ」


 私たちがふたりで厨房へ入ろうとした瞬間、料理人の訴えるような声が聞こえた。


「そんなことできません。もしカイラお嬢様に何かあれば、今度は私が疑われるはめに」


 私たちはぴたりと足を止めた。

 今この中に入ってはいけないのだと、直感でわかった。



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