19、楽しい女子会
気の合う令嬢たちとのお茶会なんて、前世にも今世にも縁がなかった。
こんなに楽しいものだったなんて思わなかった。
美味しいお菓子と紅茶をおともに、たわいない話で盛りあがる。
そうしていると、自然と恋の話に発展した。
「ねえ、ここだけの話。好きな人いる?」
ひとりが紅茶のカップを置いて、そっと切りだした。
その瞬間みんながぴたりと手を止めて、身を乗りだす。
「気になっている人ならいるわ。でも、とても手の届かない人よ」
「誰?」
「い、言えないわよお」
「王太子殿下?」
「ど、どうしてわかっちゃったの?」
言い当てられた子は顔を真っ赤にして、焦ったように身をよじる。
フェデルのどこがいいのか訊かれ、穏やかで優しくて顔が綺麗で声も素敵だと、彼の魅力を次々と上げていった。
私は彼女の話を聞きながら黙ってスコーンを食べる。
フェデルはね、女好きなのよ。
婚約者を捨てて他の女のところへ行く人だからね。
喉まで出かかったその言葉を、私はスコーンと一緒に紅茶で流し込んだ。
「ねえ、ミレアはどうなの?」
「へっ⁉」
急に話を振られて、思わず変な声が出た。
「最近、王太子殿下と一緒にいるところが噂になっているわよ」
「ち、違うよ! あれはただの偶然で、特に意味なんてないし……むしろ、ああいう噂はほんと困るよ」
「あら、じゃあ本当にいい仲ではなかったのね?」
「当たり前だよ。絶対にないから。そもそも身分が違いすぎるし」
「でも、ミレアは伯爵令嬢でしょう。婚約者候補になれなくもないわよ」
「お断りします! ていうか、そもそも恋が何かもよくわかんないし」
私の言葉にみんな「ええ⁉」と声を揃えた。
「今まで好きになった人いないの?」
「憧れの人とか、胸がきゅんってなる人とかいない?」
「夜も眠れないくらい彼のことを考えちゃったりとか」
「彼と結婚したいって思ったり」
私が「ないよ」ときっぱり言うと、全員が目を丸くして驚いた。
父の命令で好きでもない王太子と婚約させられて、彼に婚約破棄されたあとも父の命令で辺境伯に嫁がされ、そこでも夫に放置され――。
自分から誰かを想ったことなんて一度もない。
気まずさを感じた私は話題をリベラに持っていった。
「ねえ、リベラはどう? 好きな人いる?」
「今はいないわね。初等学院の頃に憧れていた先輩はいたけど、彼が普通科に進んでからは会わなくなって、それきりよ。それに、今は恋より勉強かな。卒業するまでは自分のために時間を使いたいもの」
「そっかあ、私も。落ちこぼれを卒業するまでは勉強に集中したいな」
リベラの真面目な言葉に私もすかさず同調した。
すると、他の子たちから「えーっ」と残念そうな声が上がる。
「恋なんて突然振ってくるものよ」
「そうそう。何をしても彼のことばかり考えちゃうの」
「わかるわ。叶わぬ恋だとわかっていても、好きな気持ちは止められないのよね」
みんながうっとりした顔でため息をもらした。
貴族の令嬢として生まれたからには自由な結婚は望めない。
親が決めた相手に嫁ぐのが当たり前で、それは私も経験している。
それでも貴族学院で出会って恋に落ち、結婚する人も中にはいる。身分がしっかりしていて、双方の親が認めればそれも可能ということだ。
けれど、それはごく稀だ。
ほんの一握りの奇跡のような恋だから、こうしてお茶会で語るのだろう。
夢で終わるからこそ、誰もが恋に憧れる。
「運命の恋とかあるのかしら?」
「いいわね。前世で死に別れた人との再会とかロマンチックじゃない」
「それ、人気の小説のお話でしょ。私も読んだことがあるわ」
前世で死に別れた人――。
ふとノエインの顔が頭をよぎったけれど、すぐに振り切った。
ないない、ないわ! だってノエインはおじさんだったもの。長い髭を蓄えたぶっきらぼうで無口なおじさん。私もしわいっぱいのげっそり痩せたおばさんだったけど。
たしかに晩年はノエインのことを毎日考えていたけれど、あれは私の相手をしてくれる人が彼しかいなかったという寂しい境遇だったわけで。
そう、家族とか親戚みたいな感じよ。たぶん。
「お嬢様」
会話が途切れた隙に侍女がそばに来て、リベラの耳もとで何かをささやいた。
リベラは少し表情を曇らせて「そう、ありがとう」と返事をした。
「ごめんね、ミレア。お姉様、体調が悪いみたいで今日は会えないわ」
「え? 大丈夫なの?」
「ここ数日体調不良を訴えているみたいなの。お見舞いに行きたいけど、お部屋には入れてもらえなくて……」
「そうなの。心配ね」
数日間体調不良を訴えている?
そういえば、王太子との婚約が決まる前に、私は謎の発熱に悩まされていた。
原因は結局わからなくて、熱が下がってもしばらく倦怠感が続いていた。
医者には季節病かもしれないと言われたけれど、はっきりした診断は下されなかった。
辺境伯に嫁いだあとも、年に数回は発熱で寝こんだ。
それが年を重ねるとだんだん悪化して、ついには立って歩けなくなり、視力までも失っていく。
晩年の自分を思いだしてぞくりとした。
あの苦しみをカイラが経験することになるのかと思うとつらすぎる。
ひとまず、今の苦しみを何とかできないかと思い、当時を思いだしながらリベラに伝える。
「あのね、リベラ。柑橘類の入ったゼリーをカイラの食事に出してほしいの」
「え?」
「あまり甘くないほうがいいわ。それと、野菜スープはたぶん無理かもしれない」
「そうなの? 今ずっと野菜スープばかりみたいよ。変えてもらうよう料理長に伝えておくわ」
「うん、ありがとう」
野菜スープは普段なら好きだったんだけど、あの病を発症しているあいだは気持ち悪くて食べられなかった。
「でも、どうしてわかったの? お姉様が野菜スープを毎回残していること」
「へ? ああ、そう……私もね、似た症状で寝こんでいたことがあるから」
「そうなのね。ミレアも病気がちだったものね。大変だったでしょう?」
「ええ、まあ」
「でも今はこんなに元気なんですもの。きっとお姉様も、すぐ回復してくださるわよね」
「もちろんよ」
あのとき、私は何度も「柑橘類が食べたい」と訴えたのに、誰にも聞き入れてもらえなかった。
でも今なら、リベラが助言してくれれば何かが変わるかもしれない。
肉料理に比べたらゼリーなんて安価なものだし。
もし今ここで原因を突きとめることができるなら、カイラのその後の人生がほんの少し楽になるかもしれないのだけど。
私はふと思いたち、思わず椅子から立ちあがった。
そうだ。ノエインは知っている。だって、私の症状をやわらげる薬を彼はずっと作ってくれていたのだから。
「どうしたの? ミレア」
私が急に立ちあがったからみんなが驚いて見あげていた。
カイラを助けられるかもしれない。私の胸中は高揚感でいっぱいになった。
けれど、不確かなことはここでは言えないから、笑って誤魔化すことにした。
「ちょっと虫が……」
「え? どこに?」
「大丈夫。いなくなったわ」
私はすとんと腰を下ろし、笑顔で紅茶を飲み干した。




