18、前世の実家を訪れた日
あっという間にリベラのお茶会の日がやって来た。
母はこの日のために、新しいドレスを用意してくれた。
赤の生地に白いレースとリボンがあしらわれたあまりに可愛らしいドレスだ。
それを見た瞬間、複雑な気持ちになってしまった。
「私には似合わないわ」
「何をおっしゃるのですか。ミレア様だからこそお似合いなのですよ」
「……そ、そうかな」
侍女に言われてとりあえず着てみることにした。
鏡の前に立つと、そこには見慣れないほど可愛らしい少女が映っていた。
自分とは思えない。けれどそれは、たしかに私だ。
私はカイラだった頃の地味な感覚がまだ抜けきっていないようだ。
あの頃は茶色や黒の地味なドレスばかりを着ていたせいか、こういった明るい色のドレスはなかなか慣れない。
それでも、今なら少しだけおしゃれしてみようかなって思える。
赤や紫やブルーのドレスだって、きっとカイラにも似合ったはず。
もし私がカイラの友だちなら、彼女に似合うドレスを選んであげられただろう。
そう思いながら馬車に揺られ、私は前世の実家であるアンデル侯爵家に向かった。
到着した瞬間、なつかしい空気が広がった。
私がかつて暮らしていた場所だ。
心がざわついた。いい思い出なんて一つもないのに、胸がぎゅっと締めつけられる。
アンデル侯爵家の邸宅は外から見る限り、まるで絵画のような美しさだった。
外壁は一つのひび割れもなく、窓はどれも磨きあげられている。
正門からエントランスへと続く小道はきちんと石畳が敷き詰められていて、庭園には色とりどりの花が咲いている。
噴水の水は澄んでいて、太陽の光を受けてきらめいている。
どこからどう見ても立派な貴族の邸宅そのものだ。
けれど私は知っている。これはリベラの魔法で保たれている仮初めの美しさだということを。
財政難のアンデル家は修繕費用も庭師を雇う金もない。使用人さえ限られている。
魔法は永久に持続するものではないので、リベラは毎日どこかを修繕しているはずだ。
リベラを学校に通わせる条件として彼女の魔力を利用する。
あの両親のやりそうなことだ。
まずエントランスで執事と使用人たちに出迎えられたが、全員まったく愛想がなかった。まあ、でも前世もそうだったので想定通りだったけど。
そういえば、こんな人たちもいたなあとぼんやり記憶に残っているけど、まともに話したことがない。
「いらっしゃい、ミレア」
「招待ありがとう、リベラ」
出迎えてくれたリベラの笑顔に頬が緩む。けれど、その後ろに立っていたのは両親だった。
彼らの姿を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮こまった。
「エヴァン令嬢、よくいらしてくれましたね」
「グランヴェール公爵家のご子息と親しくしておられると伺いました。ぜひ、ゆっくりお話を聞かせていただきたいわ」
にこやかな笑顔で品のある口調。
しかし、その目はまるで値踏みするようにこちらを見ている。
変わっていない。
この人たちの外面の良さと、あざとい打算は昔のままだ。
隠す気すらないのだから滑稽だ。
「お招きいただき、ありがとうございます」
私は笑顔で形式通りの丁寧な挨拶をしておくことにした。
母親がにこやかな表情で会話を続ける。
「ご存じの通り、うちは由緒ある侯爵家ですのよ。先祖代々王室に多大な貢献をしてまいりましたの」
ええ、知っていますよ。
それを初めてお茶会に来た客人に自慢げに話すあたり、まったく変わっていませんね。
「そうなんですか。すごいですねー」
とりあえず愛想笑いでもしておく。
「五大貴族の一つとして、我が侯爵家はこの国でも絶大な権力があってだね」
父が自慢げに語る。けれどそれって、おじい様の代までですよね。
今は五大貴族どころか、七大貴族にも入れていないの知っていますよ。
「エヴァン伯爵家をうちへ招待したのは今回が初めてですのよ。特別ですからね」
「ありがとうございます」
母が満面の笑みでそう言うので、私も笑顔で頭を下げた。
「次回はぜひともグランヴェール公爵家の方と来訪してもらいたいものだね」
父の言葉に私は表情が引きつりそうになった。
本当にぶれない人たちだと思う。
だいたいアンデル家を自慢げに語っているけど、祖父の時代までの功績をこの両親がすべてめちゃくちゃにしてしまったことは、私が一番よく知っている。
父は何度も投資に手を出して失敗しているし、母はやたら高級家具やドレスや宝石を買いあさって贅沢三昧してきた。おかげで侯爵家の家計はとんでもないことになっている。
それなのに、彼らはそれを認めずに、金遣いの荒さをやめられない。
結局娘たちが犠牲になるのだ。
カイラは王太子に嫁がされ、リベラは魔力を利用される。
今ここで抗議したいくらいだよ。
「あ、あの……お父様、お母様」
リベラがおずおずと口を開く。
頬を赤らめ、羞恥と困惑の混じった表情をしている。
その目にはほんの少し涙が滲んでいる。
「そろそろ、お茶会を……」
両親はリベラに鋭い視線を投げつけ、父にいたっては舌打ちした。
「ああ、そうだな。ではエヴァン令嬢、また話そう」
「うちの茶会を楽しんでいってね」
ふたりはそう言い放つと、飾りのような笑みを私に向けて、さっさと立ち去ってしまった。
リベラは私に近づいて、深く頭を下げる。
「ごめんなさい。うちの両親が……本当に、恥ずかしいわ」
真っ赤な顔で肩を震わせるリベラの手を、私はそっと握った。
「大丈夫よ。ご両親は変わった人たちだけど、私には関係ないもの。私はリベラと仲良くできればそれでいいの」
「ミレア、ありがとう」
リベラは今にも泣きそうな顔で、くしゃりとした笑顔を向けた。
お茶会には私の他に3人の令嬢たちが招かれていた。
リベラが言っていた通り、みんなどこかやわらかくて穏やかな空気をまとっている。
誰ひとりとして気取った様子がなくて、いい意味で令嬢らしからぬ子たちだ。
リベラの人柄に自然と引き寄せられたのだろう。
居心地のいい雰囲気でお茶会は始まった。
庭園のテラステーブルには紅茶とともに、クッキーやチョコレート菓子、それにフルーツが少し添えられた皿が出された。令嬢のお茶会にしてはシンプルで、リベラは申し訳なさそうにした。
「ごめんなさい。お菓子が少なくて」
こういうときのために、私は各自何か持ち寄ろうと事前に提案していた。
「リベラ、これはお母様が持たせてくれたの。スコーンよ。ベリージャムもあるの」
私がスコーンの入ったバスケットを差しだすと、他の子たちも次々と持ってきたお菓子を出した。
「私は木苺のパイを持ってきたわ」
「私は人気のお店の砂糖菓子を買ってきたのよ」
「私はチョコレートケーキを焼いたの。お菓子作りが好きなのよ」
3人からお菓子を受けとったミレアは涙ぐみながら笑顔になった。
「みんなありがとう。とても美味しそう。お礼がしたいわ」
リベラはおもむろに立ちあがると、テーブルいっぱいに両手を広げて魔法を繰りだした。
庭園の花が次々集まって、テーブルを綺麗に飾っていく。そしてリベラは花びらで全員分の花冠を作り、それぞれの頭上へふわっと載せた。
私はその花冠を見て、かつて私が辺境伯に嫁ぐときにリベラがくれた花冠を思いだした。
こんなふうに友だちとしてリベラと一緒にいられる日がくるなんて、本当に幸せで、あの過去は夢だったのではないかとたまに思うこともある。




