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残念令嬢、今世は魔法師になる  作者: 水川サキ


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16、ふたりきりの授業

 ノエインの指導は放課後におこなわれる。

 場所はこのあいだ試験を受けたエルカノの森にあるガラス張りの訓練棟だ。普段は施錠されている施設だけど、この指導のために特別に許可を得て使わせてもらうことになった。


 最後の授業が少し長引いてしまい、私は急ぎ足でそこへ向かった。

 訓練棟に着いて扉を押し開けると、中は静まり返っていた。

 誰もいない。ほっと胸を撫で下ろす。


 よかった。まだ来ていない。初日から遅刻するわけにいかないもんね。


 夕暮れの空がガラス張りの室内を黄金色に染めあげている。

 ドキドキしながら待っていると、突然目の前が真っ暗になった。


「え? 何? どうして」


 何が起こったのかわからず、私は戸惑いながらその場に立ち尽くした。

 壁も床もガラス越しに広がっていた空さえもすべてが闇に包まれている。

 どこが出口なのかもわからず、手を伸ばしても何も触れられない。


「だ、誰か……」


 泣きそうになりながら震えていると、あたりがぱあっと明るくなった。

 元の景色に戻って安堵したのもつかの間、背後に気配を感じた。

 びくっと肩を震わせて恐る恐る振り向くと、すぐそばにノエインが立っていた。


「反応が遅い」

「ひっ……!」


 思わず小さな悲鳴がこぼれた。

 ノエインはめんどくさそうに腰に手を当て、深いため息をつく。


「他人の魔力が察知できないのかよ」

「ご、ごめんなさい」

「闇魔法を出すまでもなかったな」

「や、闇……?」

「もういい」


 ノエインは私の目の前に立って、真顔で見下ろしてくる。

 なんだか妙な感じがした。瞳の色もイヤリングも前世と同じノエインなのに別人みたいだ。


「まず、君の魔力値を測定する」

「……魔力測定盤は?」

「必要ない」


 ノエインは私に近づいて、私の額を指先で触れた。

 ふわっと風が起こり、一瞬だけ光に包まれた。

 そのあと彼が私から離れてため息まじりに言った。


「魔力値8か」

「うそおっ!」


 思わず声を上げてしまった。


 以前より落ちているなんて、どうして?

 前より成長できたと思ったのに。

 このままだと見捨てられるかもしれない。


「あ、あのっ……本当に、テストのときはもっとすごい魔力だったの」

「知ってる」

「えっ」

「祭りのときにこの目で見た」

「あっ……」


 そういえばノエインはこの学校で再会したときにこんなことを言っていたっけ。


『魔法の基礎を学んでいないのに、あんな魔力を出したのか?』


 気になった私は思いきって訊ねてみることにした。


「あの、お祭りの日の私の魔力はどれくらいだったの?」

「300……いや、500くらいか」

「そんなに?」

「ああ。だから、この依頼を引き受けた。見ていなかったら受けなかったな」

「そう、だよね……信じられないよね」


 私だって信じられないもの。

 一度も魔法を学んだことがないのにそんな魔力を出せるなんて。


「君の魔力は安定していない。基礎ができていないのもある」


 ノエインはそう言うと「これくらいはできるだろ」と軽く指を鳴らし、火、水、風といった基本の魔法を次々と繰りだした。

 炎が舞い、水が浮かび、風が巻き起こる。どれも自然で簡単そうに見えるのだけど。


「やってみろ」


 促されて、ノエインの真似をしてみる。

 指先に意識を集中し、体の奥から魔力を湧きあがらせるように念じる。

 そうやって放たれたのは、小さな火花と水滴と、髪の毛がわずかに揺れる程度のそよ風だった。


「魔力値7だ」

「なんでー」

「わざとやってるのか?」

「違うよ!」


 どうすればいいんだろう?

 実践授業で何度も魔力を放つ練習をしてコツは掴めたはずなのに、いざとなるとまったく魔法が形になってくれない。

 転籍試験のときも魔力測定テストのときも今も、なぜか私の魔法はうまくいかない。


「なぜかわからないの。ちゃんとやってるつもりなのに、テストだとできなくて」

「そうか」


 ノエインはぽつりと呟くと、右手をすっと宙へかかげた。

 次の瞬間、空気が一変した。

 彼の体からあふれだした魔力が周囲を包みこみ、室内の隅に並ぶ植木たちが不自然な音を立ててうごめいた。茎や枝がミシミシと音を立てながら伸びて、まるで意思を持ったかのようにノエインの体に絡みついていく。

 あっという間に彼は宙づりにされ、腕も足も動かせないほど厳重に縛られていた。


 鋭く尖った木の枝が一本、彼の左胸をめがけてすっと伸びる。

 それはノエインの心臓の上でぴたりと止まった。


「きゃああっ!」


 私は恐ろしくなって思わず悲鳴を上げてしまった。

 けれど、ノエインは真顔のまま冷ややかに言い放つ。


「君がどうにかしないと俺は死ぬ」

「そんなっ……!」

「早くしろよ。コレが俺の胸に刺さるぞ」


 鋭く尖った木の先端がじわりと動き、ノエインの左胸を貫こうとした。

 それを見た私はぞっとして、パニックに陥った。


「やめてやめてっ! そんなの、私には無理だよ」

「あきらめるのか。君の目の前で死ぬぞ」

「いやだ。それだけは絶対にいやっ!」


 無我夢中でなんとかしなきゃと必死に頭を働かせる。


 だけど、何を使えばいい? どうすればノエインを助けられる?

 木に対して水魔法だと強まってしまうし、火魔法だとノエインが燃えてしまう。

 前みたいに氷になれば……ノエインも凍っちゃう。

 風魔法……風で何ができる?

 

 ふとノエインの真下に目をやると、地面から突き出た太く黒い根のようなものがあった。

 あれを断てば――!


 指先に意識を集中して、イメージしたのは風の刃だ。

 私から放たれた風はひと筋の刃となり、空気を裂きながら大きく弧を描いて飛んだ。

 そして、ノエインの足下に絡みついていた太い根を真っ二つに裂いた。


 ばしんっと乾いた音とともに木の根が崩れ落ちる。

 彼を縛っていた蔦や枝も次々にほどけ、ノエインの体が自由になった。

 すると彼は体勢を整えて、軽々と地面に着地した。


 それを見届けた私は安堵のあまり力が抜けて床にへたりこんでしまった。


「思った通り、君の魔力は感情に左右されるんだよ。だから平常時に魔力が出せない。訓練次第で平常時でも魔力値を上げられるようになるから……」


 ノエインは説明の途中で私を見て驚いた顔をした。

 彼は目を丸くしたあと、急に慌てだす。


「待て。なんで泣く?」

「えっ……」


 私はノエインを見つめたまま、ぼろぼろと涙を流していた。

 ショックと混乱と安堵が一気に押し寄せたせいか、胸の奥が詰まって声がうまく出せない。


「だ、だって……あなた、が……死ぬ、かもと……思っ」

「一応、加減してるから」


 ノエインは呆れたようにため息をつく。


「でも、もし……あなたが、死んじゃったら……」

「そんな泣くほどのことか?」

「……うっ」


 何も驚いただけじゃない。私にはあなたを失ったときのショックが記憶の奥に焼きついている。

 けれど、それを言ったところで今のあなたには伝わらない。

 だから私は必死に自分を落ちつかせるしかなくて、ただ黙って涙が止まるのを待った。


「悪かったよ。やりすぎた。そんなにショックを受けるとは思わなかった」


 さっきまであんなに偉そうだったのに、今はあきらかに狼狽えている。

 そんな困ったような顔を見せる彼を、私はこれまで一度も見たことがなかった。

 それもなんだか少し、嬉しかったりする。


「頼むから泣きやめよ。俺がいじめてるみたいだろ」

「ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃったの。もう大丈夫」


 それを聞いたノエインは安堵したようにため息をついた。


「とりあえず、毎日訓練するんだ。そうすれば次の試験で魔力値は大幅に上がっているだろう」

「ありがとう。私、頑張るよ」


 ノエインはふっと表情を緩めた。口もとがほんのわずかに上がっている。

 それが微笑みなのか、呆れなのかはわからない。けれど、今の彼は少しだけ、笑っているように見えた。



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