11、ひとりぼっちじゃない幸せ
昨夜はなんだかよく眠れなかった。
食欲もわかなくて朝食のパンケーキを残したら、両親がひどく心配してしまって学校を休むように言われたので頑張って食べた。
昔のことをあれこれ考えたって意味ないよね。
せっかく新しい人生を始めたのだから前向きに楽しく生きていきたいし。
「やあ、おはよう」
どきりとして肩がびくっと跳ねた。
振り返るとそこには金髪碧眼の美麗な笑顔が太陽に照らされてまぶしく輝いていた。
「うっ……王太子殿下」
「名前で呼んでもいいよ」
絶対にイヤ……!
私が形式的なカーテシーをしようとしたら、彼は手で制止した。
「そんなことしなくていいよ。ここは学校だし、僕らは同じ学生なんだからね」
「い、や……そういうわけには」
私がしどろもどろになっていると、周囲から女子たちの「きゃああっ」という歓喜の声が上がった。
「フェデル様だわ!」
「ああ、朝からお顔を拝見できるなんて!」
「フェデル殿下ーっ!」
女子たちがきゃあきゃあ叫ぶのを、私は冷めた目で見つめた。
フェデルは女子たちに笑顔で手を振っている。その仕草がきらびやかで、周囲はさらに盛りあがった。
みんな騙されているんだ。この王太子は遊び人で何人もの女の子を口説いているんだよ。
「騒ぎになるといけないから僕はもう行くよ」
「すでに大騒ぎですよ」
「じゃあ、またね」
「いいえ、もう会いません」
会話がまったくかみ合っていないのに、フェデルは気にするそぶりもなく、満面の笑みで行ってしまった。
朝から疲れた。
前世ではフェデルの気を引きたくて妃教育も頑張ったし、彼と話せる機会を作るために王宮を歩きまわったり、王室のことを勉強したり、パーティのために所作も完璧に覚えて、王太子妃としてふさわしくなるよう努力したのに。
フェデルは私に無関心だった。あげく勝手に恋人を作って私を捨てた。
こうやって思いだすと本当にイライラするわ。
せっかく忘れたいのに、絡まれるといちいち思いだしてしまう。
いっそフェデルが遊び人だって周囲に言いふらしてやろうかしら。なんて思うけど、この学校で一番下っ端の小娘が何を言っても周囲は聞く耳もたないだろう。
それどころか不敬罪で退学になってしまうかもしれない。
だからなるべくフェデルと会いたくないのに、向こうから近づいてこないでほしい。
少し憂鬱な気分で教室へ向かうと、扉の前で数人の女子たちに囲まれてしまった。
ラナという子とその取り巻きで、私は彼女たちが少々苦手だ。
初めての授業で目をつけられて以来、なるべく関わらないようにしていたのに、なぜか彼女たちはご立腹だった。
「お、おはよう」
私が控えめに挨拶をすると、腕組みをしたラナが私をじろりと睨んだ。
だけど、私を問いつめてきたのはまわりにいる女子たちだった。
「あなた、フェデル殿下とどういう関係?」
「朝から殿下と接触するなんて何様のつもりよ。どうせか弱いふりして殿下の同情を引いたんでしょ」
「生意気なのよ。たいした魔力もないくせに殿下と会話をするなんてありえないわ」
なぜ私が責められなければならないのだろう。
言い返したい。けれど何を言ってもこういう人たちは納得しないだろう。
しかも、向こうが勝手に話しかけてきたなんて言ったら、きっと彼女たちは余計に苛立つに違いない。
「通りかかったので挨拶をしただけで、他には何も話していないよ」
「嘘ばっかり。あたし聞いたのよ。もう会いませんって言っていたわ。それって、今までは頻繁に会っていたってことでしょ!」
うわあ、そんなふうに捉えられるんだ。あれは会いたくありませんって意味なのになー。
「あなた、まさか殿下の婚約者候補を狙っているんじゃないでしょうね?」
ラナの言葉に私は呆気にとられた。
あまりに見当違いなことに私は冷静でいられなくなった。
よりによって一番されたくない勘違いだ。
「そんなこと絶対にないよ! 王太子の婚約者なんて死んでも嫌だよ!」
うっかり感情的に言ったせいで、ラナとまわりの子は怪訝な表情になった。
「何その言い方。失礼にもほどがあるわ」
「不敬罪よ。あたし、先生に言いつけてやるわ」
「あなたなんて次の試験で退学になるに決まっているわ」
彼女たちに火をつけてしまったようだ。
返す言葉を見つけられないでいると、ラナはにやりと笑って言った。
「あなた、リベラと仲良しだと思っているでしょう? それも勘違いよ。リベラは一応クラスでトップなの。そんな人があなたみたいな落ちこぼれの相手をするはずないでしょう。彼女はあなたを哀れんで仲良くするふりをしているだけ。そのうち捨てられるわよ」
ふふっと鼻で笑うラナに、私は怒りがわいて、つい叫んでしまった。
「リベラはそんな子じゃない! あなたよりずっと、私のほうがリベラを理解しているもの。憶測でものを言わないで!」
「な、なんて生意気……あんたなんて早く退学になればいいのに」
私とラナが睨み合っていると、背後からリベラの声がした。
「いったいどうしたの?」
「リベラ」
私が振り返ると、リベラは眉をひそめてラナへ視線を向けていた。
ラナはふんっと鼻で笑って目を細めた。
「ラナ、私は同情や哀れみでミレアと仲良くしているわけではないの。ミレアは友だちだもの」
「なっ……あんた、いい子ぶっちゃって」
「違うわ。ミレアのことを心から信頼しているのよ。友だちってそういうものでしょ」
「バカじゃないの。せいぜい落ちこぼれの相手をしてあなたもトップの座を失えばいいのよ」
ラナはふんっと顔を背けると、取り巻きたちと教室へ戻っていった。
神妙な面持ちだったリベラは、私ににっこりと微笑んだ。
「私たちも行きましょう。授業が始まっちゃうわ」
「うん。リベラ、ありがとう」
「気にしないで」
私たちが教室に入ると、何人かの生徒がちらちら見てきたけど、次第に興味を失ったのかみんなそれぞれの話の輪に戻っていった。
魔法学の授業は魔法の仕組みについて教わる。
教本は分厚くて、字が小さい。先生の話も単調で、居眠りしている生徒が結構いる。
だけど私はこの授業が好きだった。
魔法についてまったく無知だった私にとって難しいことには変わらないけれど、同時に新しい知識を得ることができる喜びに満ちていて、この授業が一番楽しく感じた。
おかげで小テストは毎回満点だった。
「ミレアは本当に覚えるのが得意なのね」
「読書が好きなだけよ」
「だけど、初めて学ぶのに満点取れるのがすごいわよ。この授業は難しいのよ」
「ありがとう。リベラに褒めてもらえるのが一番嬉しいよ」
そんなリベラも小テストで毎回満点なので、ふたりで戻ってきたテスト用紙を見せ合って笑顔になった。
相変わらずラナたちに睨まれることはあったけど、もう気にしないようにした。
私にはこうして一緒に学べる友だちがひとりでもいればいい。
私にとって学校でのもう一つの楽しみはランチタイムのビュッフェだ。
今日はふたりともふわふわオムレツと食用花の綺麗なサラダを取り、フライドチキンとクロワッサンに、デザートのプディングも一緒だった。
庭園の見える窓際のテーブル席はもう私たちの固定席みたいになった。たまにその場所が取れないときはガーデンスペースに出たりした。
食事をしながらリベラは家であったことを話してくれる。
「昨日、お姉様と偶然廊下ですれ違ったの。勇気を出して話しかけてみたら、少しだけ話してくれたのよ」
「本当?」
「ええ。ミレアのおかげよ。これから少しずつでもお姉様に近づけるように頑張ってみるわ」
「応援してるよ」
「ありがとう」
そう言って話すリベラは本当に嬉しそうだ。
私も嬉しいよ。カイラが少しでも心を開いてくれようとしている。こればかりはそばにいるリベラに頼らざるを得ない。
「今日は午後から全体集会ね」
「それ気になっていたんだけど、何をするの?」
「魔法科の生徒全員が講堂に集まって魔法のお話を聞くの。そのときに前回の試験で学年トップだった人がそれぞれ代表で魔法を披露するのよ」
「そうなんだ。もしかしてリベラも?」
「私はまだまだ遠いわ。もっと頑張らないと」
そんなふうに謙遜するリベラは本当にすごい。
家では贅沢をさせてもらえないのに、こんなに頑張っているなんて。
前世でもずっとひとりで頑張ってきたのだろう。そのとき、友だちはいたのだろうか。
この様子だといなかった可能性が高い。
私はリベラと一緒にいられて幸せだけど、リベラもそう思ってくれていたらいいなあ。




