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残念令嬢、今世は魔法師になる  作者: 水川サキ


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10、前世の魔法師との思い出

 今日は本当に疲れた。

 毎日魔法科の勉強についていくのも必死なのに、よりによって王太子フェデルと再会してしまうなんて。

 だけど、今世では私が彼と関わることはないはずだ。

 そして、カイラとも関わらせたくない。


 フェデルはデミア侯爵家の令嬢と恋仲になるのだから。


 そういえば、前世でフェデルは20代後半で国王になったのだけど、王妃は子をなすことはなかった。跡継ぎのいないフェデルは公爵家から養子を迎えたか何かで王家の存続を図ったようだけど、あれからどうなったのかよくわからない。


 40歳くらいから私は病が悪化して晩年は視力も弱くなり、新聞を読むことができなくなった。使用人の噂話でフェデルが亡くなったことは耳にしたけれど。

 王室の事情など、その頃にはどうでもよかった。

 私自身にも死が迫っていたのだから。


 私の晩年の思い出なんて寂しいものだ。

 夫に先立たれ、義理の息子に離れへ追いやられ、使用人にさえ疎まれていた私に、唯一気にかけてくれた人がノエインだった。


「まさか、ノエインにまで再会するなんて」


 前世で私がノエインと初めて出会ったのは病で伏せっていた頃。45歳を過ぎていたと思う。

 たまたま薬草園で出会って、医師も見放した私の病をノエインは見抜いて薬をくれた。それが最初の接点だった。

 私の病が何なのか、結局わからなかったけれど、ノエインはわかっていたようだ。ただ彼は病について何も言わずにただ症状をやわらげる薬をくれた。

 つまり、もう完治できない病だと彼はわかっていて、私に何も言わなかったのだ。


 その薬は簡単に作れると言って、ノエインはたびたび私の住む屋敷を訪れて無償で薬を与えてくれた。

 彼はお金を請求することもなく、何かを要求することもなかった。ただ、薬を持ってきて、私が話すことを少し聞いて帰っていくという日々だった。

 彼から何か話すようなことはなかった。


 すごく楽しかった日々とは思えないけれど、どん底の暗闇の中で生きていた私にとって、彼の来訪が唯一の救いだった。

 彼がなぜそこまでして身内でもない私に薬を与えてくれたのか、いまだにわからない。


 けれど――


「うーん。思いだせば思いだすほど、今のノエインとはあまりに違う」


 私はベッドにもぐりこんでなかなか寝つけずにいた。

 妙にそわそわして眠れないのだ。


 左腕のブレスレットの紋様を右手の指先でなぞる。

 この仕草は私が死の間際にこのブレスレットを彼にもらったときから無意識にしていること。

 このブレスレットをもらったとき、私の目はほとんど見えていなかったから、こうして指でなぞってその感触を確かめていたのだ。

 その癖が今も抜けなくて、気づいたらまた指で紋様をなぞっている。


 目を閉じると、あのときの光景がやけに鮮明に頭に浮かびあがった。


 そういえば、誰かとの別れのときはいつも雨だったなあと思う。

 リベラのときも、ノエインのときも――



 *



 その日は何日か続いた雨で山で土砂が崩れたと使用人が言っていた。

 私はほとんど目が見えていないので、窓の外の景色もわからず、ただ音で判断していた。雨の音は強く、時折窓を叩きつけるような激しい音を立てていた。

 私はサイドテーブルの袋を手で探った。すると、空になった袋があるだけだった。


 どうやら薬を切らしてしまったようだ。

 困った。今朝から胸が苦しく呼吸も浅い。熱もあるようだ。

 何度も咳きこんでうずくまる。そのたびに全身が針に刺されるような痛みに苛まれ、苦痛のあまり涙も止まらない。

 手のひらにぬるりとした感触。咳きこんだときに吐血したようだ。


 薬がなければ、この痛みが収まることはなく、地獄の苦しみが何日も続く。

 それならいっそ誰か殺してくれればいいのにと、何度思ったことだろう。


 コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 私がそちらへ顔を向けると、使用人の声がした。


「奥様、魔法師が来ましたよ」


 使用人の冷ややかな声が響く。

 だけど、このときの私はあまりに嬉しくて、思わず震える手を扉のほうへ伸ばした。


「早く、早く来て」


 がちゃりと扉が開くと同時に駆け寄る足音がした。

 私はベッドから身を乗りだしすぎたせいか、体がずり落ちそうになっていた。

 それを、彼は支えてくれた。

 ふわっと彼の長い髪が頬に当たり、大きな体に包みこまれた私は心から安堵した。

 彼はそっと私をベッドに横たえてくれた。


 薬を飲んで症状が落ちついた私は眠ってしまった。

 次に目を覚ましたら雨が止んで静かになっていた。


 私が体を起こすと、彼が背中を支えてくれた。


「もしかして、ずっとついててくれたの?」


 訊ねたけれどやはり返答はなかった。

 私は「ありがとう」と言った。

 彼の姿は相変わらずはっきりとは見えないけれど、かすかに揺れる影はたしかにそこにある。

 言葉はなくても彼はそばにいる。それだけで安心する。心が温かくなる。


 私はその日、彼に弱音を吐くように、自分の思いを吐露した。


「もう、この体はもたないわ。自分でもわかるもの」


 彼の持ってきてくれる薬の効果はだんだん薄れてきている。

 それは私の寿命が近いことを知らせているようだった。

 最近は食事もほとんど受けつけなくなっている。

 私はガリガリに痩せ細ってしわのある手首をそっと撫でた。


「私の人生って何だったのかしら」


 ギシッと椅子の軋む音がして、コツッと靴音が響いた。

 顔の近くで彼の影が動き、思わず見あげる。

 ぼんやりとした視界に彼の姿が揺らめく。


「……ノエイン?」


 彼の左腕あたりが金色に光っている様子が見えた。同時にかしゃんと音がした。

 それから彼は私の左腕をそっと握った。

 そして次の瞬間、今度は私の左腕が光に包まれた。

 何が起こったのかわからないけど、左腕がやけに熱く感じた。

 そして、次にずしりと重い感触があった。

 彼は私の右手を取り、左腕のその場所へそっと触れさせた。

 硬くひやりとした金属とそこに刻まれた紋様のざらりとした感触。

 彼が自分のブレスレットを私につけてくれたのだとわかった。


「私にくれるの? どうして……」


 不思議なことに、ブレスレットは私の腕にぴったりはまっていた。

 まるで私のために作られているかのようだった。


「これは世界にただ一つしかない」


 ひさしぶりに彼の声を聞いた。

 だけど、それよりも彼の言葉が気になって、私は慌てた。


「だったら、どうして私に?」

「君に必要なものだから」


 私が首を傾げると、彼は私の手を放し、背中を向けて歩きだした。


「ま、待って。そんな貴重なものをいただくわけにはいかないわ」


 私は去っていく彼の影に向かって必死に訴えた。

 すると彼の足音が止まり、影も立ち止まった。


 少ししてから彼がおもむろに言った。


「君は――」


 あのとき、彼はなんて言ったのだろう?


 あの日が彼と最後に会った日だった。

 それから私は半月もしないうちにこの世を去った。

 誰にも看取られることなく――


 あれから私の体がどうなったのか、自分では知るよしもない。

 火葬されたのか、土葬されたのか、あるいは骨になるまで放置されたのか。


 ただ、今世でわかっていることの一つとして。

 私は彼のブレスレットを身につけたまま生まれ変わったということだった。



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