1、プロローグ
「私の人生って何だったの?」
古いベッドに体を横たえたまま、死の淵でそんなことを呟いた。
どこで間違ったのだろう?
18歳のときに王太子殿下から婚約破棄をされたときから?
そのあと35歳離れた辺境伯に嫁いだときから?
ううん、違う。結婚する前だって両親からずいぶん杜撰な扱いを受けていた。
そう。カイラとしてこの世に生を受けたときから、私の人生は詰んでいたんだわ。
亡き夫のいた屋敷からずいぶん離れたここには、使用人が常駐していない。
この家は夫の前妻の息子が受け継いでから、私は用なしとみなされ、この離れの古びた屋敷へ追いやられた。病弱だったせいもあって、外出がほとんどできず、一年のほとんどをベッドの上で過ごした。
そんな暮らしをもう10年以上続けている。
使用人は3日に一度、この離れを訪れて私の食事を置いていく。
硬いパンとりんご、そして冷えたスープだけ。
病人に与える食事ではないのだけど、誰も注意する者はいないし、気遣ってくれる者もいない。
つい半月前まで、唯一私を気遣ってくれた魔法師がいたけれど、私より先に亡くなってしまった。
亡き夫と私のあいだに子はおらず、誰も看取ってくれる者はいない。
きっと3日後に使用人が訪れたときに、私の亡骸を見つけるのだろう。
本当に、なんて人生。
窓のほうへ顔を向ける。目がほとんど見えていないので、外の景色がどうなっているのかわからない。
ただ、少し冷えてきたので、冬がもうすぐ訪れるのだろうとは思う。
左腕の金のブレスレットに刻まれた紋様を、右手の指でそっとなぞる。
今、私の手もとに残っているのはこれだけ。パーティで身につける宝石やドレス、華やかな家具や調度品。それらすべては、もうどこにもない。
貴族の夫人としてはあまりに粗末な最期だと思う。
ふっと嘲笑じみた笑いがもれた。
まともに食事もとれず、破れた古いドレスを身にまとい、世話をする者さえいないというのに、まだ自分が貴族だというプライドがあるのか。
かすれるようなため息をこぼす。
目を閉じると涙がじわりとあふれ、頬をつたって落ちた。
最後くらい夢を見てもいいだろうか。
そう。たとえば、私は明るくて笑顔の可愛い女の子。
温かい両親に育てられ、美味しい料理でお腹を満たして、可愛らしいドレスを着て、友だちに囲まれて、毎日笑顔で暮らしているの。
恋もしてみたいわ。
そんな絶対に叶わない夢を抱きながら、私は深く、深く、眠りについた。
こうして、カイラとしての私の人生は、54歳で幕を下ろしたのだった。