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8/20

Sho 三度目の金曜日

「負担ではないけど、お友達にそういう事はしないわ」


 沙弥香と俺の、想いの深さの違いを指摘されたような気がした。

 その言葉に意外なほど傷ついた自分がいる。


 日本を離れた地で、1日2度ほどメッセージを送ったのは俺の勝手で、確かに徹夜作業をしなければならなかった程忙しかった彼女が、それを見ていなかったからと言って、今の俺と彼女の関係なら彼女の反応はおかしくも何ともない。

 気がついた時点で、ちゃんと返信もくれたのだ。


 それでも、まる2日以上もまったく反応が無いのには、心配した。

 具合が悪いのかとか、思わぬ事故に合ったのかとか、遠く離れた地で簡単に確認出来ない状況にもどかしい思いもした。

 だからメッセージを見た瞬間、つい通話のアイコンをタップしてしまったのだ。

 ちょうど空港で搭乗前の時間を過ごしていて、タイミングが良かったこともある。


 声が聞けてホッとした。

 週末と変わらない彼女の様子に安堵して、事情を聞けば、確かに連絡出来なかっただろうことも理解した。

 心配かけた、と謝ってもくれた。

 だが、「あんまり心配しないで」と言われて、知って欲しいと思ったのだ。


 水森氏が彼女を想っていたように、俺も沙弥香を、大切に思っているということを。

 彼女にとって、俺がそういう存在で在りたいと思うことを。


「沙弥香、どういう関係でも、俺は今、君に一番近しい男でありたい」


 何かを言いかけた彼女の返事は聞かずに、通話を終える。

 最後に、「待ってる。気をつけて」と言ってもらえたことに、希望を持ちながら。



 羽田に到着したのは、同日の22時を回っていた。

 俺は一言だけ沙弥香にメッセージを送る。


「無事羽田に着いた。おやすみ、また明日」


 すると、今回はすぐに既読がついて返信があった。


「お疲れ様。ゆっくり休んでね。またね」


 文字の向こうに沙弥香の笑顔が見えた気がして、この3日ほど感じていた小さな蟠りがゆっくり解けて行くような気がした。




 金曜日の午後は、G社によるセキュリティシステムのプレゼンが予定されていた。


 事前に他社の製品についてもセキュリティ部と比較検討したが、G社の製品は、AIを導入して、ネットワークやエンドポイントの監視や、サイバー攻撃の検知、駆除、復旧に至るまでの、精度とスピードが格段に速かった。

 今日は具体的にその仕様や条件や費用なども含めてプレゼン後、質疑応答もあるので、経営サイドを始め総務や現場のエンジニアまで、十数人が参加予定だ。

 当然、俺と常務も出席する。

 五道と共に役員室から会議室へと向かう途中で、常務と出会ったので彼の秘書も合わせて4人で向かう。


「葛西専務、今回のG社のシステムは、専務からのお話で導入を検討したとか」


 常務からそう切り出されたが、俺は検討の余地があるか尋ねてみただけだ。


「システム更新時期で、セキュリティ部から検討中と上がってきていたので、評判の良いG社のシステムが検討に値するか尋ねてみただけですよ。偶然、彼らと意見が一致したみたいで」


「そうだったんですね。資料を見て、なかなかいい製品だと思いましたが、具体的なことはエンジニアたちの方が詳しいでしょうから、彼らの意見が大事ですね」


「ええ。今日は存分に聞かせてもらいましょう」


 今日は、沙弥香が我が社に来る。

 彼女には、俺がこの会社で専務をしていることは伝えていないから、驚くだろうか。

 それに、仕事中の彼女を見ることが出来るのが、楽しみだ。


「専務。顔に出過ぎです」


 彼女の事を考えていたら、五道に小声で囁かれた。

 仕方がないだろう、1週間ぶりなんだ、とは言えず、俺は彼に視線で訴えた。




 会議室に入ると、一斉に俺達に視線が集中する。

 どうやら最後の入室だったようだ。

 その中に沙弥香の顔を見つけて、俺は思わず笑みを浮かべた。彼女と視線が合い、その瞳が瞠られて驚きの表情が浮かぶ。だがすぐに、その表情を消して頭を下げた。

 そして、目の前にスッと立ち、一礼して名刺を差し出したのは、俺と同年代位の男だ。営業マンらしく、清潔感のある好印象を抱かせる男だ。


「初めまして、私、G社営業部マネージャーを務めております、瀬川太一と申します。本日は我が社にお声がけ下さり、貴重なお時間をいただいての説明会、どうもありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」


「初めまして。私はここの専務の葛西です。こちらは常務の工藤。今日はご足労いただき、ありがとうございます。御社のシステムの評判は、聞いていますよ。今日はよろしくお願いします」


 そう返して、五道に瀬川から受け取った名刺を渡し、自身の名刺を彼に手渡した。

 挨拶が済むと、俺と常務も席につく。

 前方のプロジェクターの前に、G社の面々が並んだ。


「それではこれより、当社のセキュリティパッケージシステムについて、ご説明を始めたいと思います。まずは当社について……」


 瀬川がまずパワポを表示させながら、G社の業務内容と、セキュリティシステムの概要、製品の特徴と利点を順に述べていく。


 俺はそれを聞きながら、傍らに立つ沙弥香に目をやった。

 今日は、上下グレーのパンツスーツに黒のインナーだ。身体にピタリと合って美しいラインのそれは、おそらくオーダーメイド。髪をアップスタイルにして、プラチナの華奢なネックレスをしている。

 今日はキリッとした印象で、綺麗で格好いい。


「製品仕様と技術的な説明は、システム開発者である水森沙弥香よりさせていただきます」


「G社セキュリティエンジニアの水森です。本日ご紹介するのは……」


 彼女の指がパソコンを操作しながら、プロジェクターに製品の仕様を分かりやすく映し出していく。

 素人にも理解できる内容で、なおかつ一部はエンジニア向けに掘り下げて、スムーズでとても聞きやすい。

 浮かべる微笑に余裕が感じられる。

 その後、我が社のエンジニアの質問にも、言い淀むことなく答えていた。

 彼女は、本当に優秀で素晴らしい技術者だ。


 心地よく彼女の話を聞いていたら、G社によるプレゼンが終了していた。

 席を立ち部屋を出ていく者もいれば、G社のスタッフに声を掛けている者もいる。沙弥香は撤収準備を始めているところだ。

 システム部の部長が、瀬川に近寄り声を掛けていた。


「瀬川さん。とても有意義な内容でした。前向きに検討させていただきます」


 そう言って、二人が話し始める。

 俺は片付けをしている沙弥香に近づいた。


「水森さん、とても分かりやすい説明でした。ありがとう。名刺をいただいても?」


 沙弥香はビクリと一瞬肩をすくめたが、こちらを振り返ると、俺を見上げて口角を上げた。


「お褒めいただいてありがとうございます。こちらです」


 沙弥香が差し出した名刺を受け取る。

 瀬川と違って、英語表記だった。役職名にManagerとある。

 俺も自身の名刺を手渡した。


「ありがとう。私からもこちらです。話を聞いて、セキュリティエンジニアの重要性を強く感じましたよ。大変なお仕事だと思いますけど、ぜひ頑張ってください」


 沙弥香と視線が合い、榛色の瞳がまっすぐ俺を見つめる。「驚いたわ」と唇だけが動いて、綺麗に笑った。

 俺は満足して、彼女の名刺を内ポケットに仕舞い込むと、五道と共に会議室を後にした。


 今晩は、彼女と夕食の約束がある。

 昨日彼女に願って、手料理をご馳走してもらうことになったのだ。

 もちろん彼女と二人で夕食を食べるだけで、それ以上の事をするつもりはない。

 仕事の後一旦部屋に戻り、車で沙弥香のマンションに向かうことになっている。


 もしかして、沙弥香は今日のサプライズに拗ねたりするだろうか? 

 仕事場での彼女は格好良かったけど、プライベートの彼女はとても可愛い。俺は拗ねる彼女を想像して、ついつい口元が緩んでしまう。


「専務、少々浮かれ過ぎでは?」


 五道の冷ややかな声が聞こえて、俺は仕方なく次の仕事の予定に意識を引き戻した。


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