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Sho そして二人は……

本日完結です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

本日はおまけを含む2話更新です。


 少し高い位置にある沙弥香が休むベッドから、スースーと規則的な呼吸が微かに聞こえてくる。

 俺は簡易ベッドから起き上がって、もう一度彼女の寝顔を覗き込んだ。


 穏やかな寝顔だ。

 大きな怪我もなく、無事でいてくれて、本当によかった。

 そして、彼女が俺との結婚を受け入れてくれて、今晩は忘れられない夜になった。


 彼女がかつて愛した夫、水森氏を突然亡くした時に抱えた喪失感や悲嘆は、きっと今回俺が感じた想いとは比べ物にならないくらいだっただろう。

 それでももう一度、沙弥香は俺のために「愛してる」と「家族になろう」と、言ってくれた。

 どれだけの覚悟を持って、俺に委ねてくれたのか……その気持ちが、たまらなくいじらしくて愛おしい。


 初めて彼女を見かけた時からどことなく惹かれて、バーでの偶然の邂逅と、彼女の全てに触れた夜が、俺にとって最初で最後の恋の始まりだった。

 沙弥香を知るたび、まるで底なし沼にハマっていくように好きになって、絶対に手離せない存在になった。

 出張から戻った夜、彼女に「おかえりなさい」と言われて、俺が帰る場所はここなんだと、妙に納得した。


 沙弥香と、夫婦に、家族になる。

 そして、この先の一生を添い遂げる。

 その幸福が嬉しくて、なかなか眠気がやってこない。

 こうして、彼女の側で、寝顔を眺めているだけで、どうしようもなく満たされた気持ちになる。


 日本に帰ったら、さっさと籍だけでも入れてしまおう。

 そして、一緒に暮らし始めよう。


 俺はスマフォを取り出して、父と五道にメールを送る。

 沙弥香と離れて暮らすことに、もう堪えられそうになかった。




 翌日、やってきたミランダと、そしてFBIの捜査官に、俺と沙弥香から一連の報告をする。


 ディッセル教授は、某国からの勧誘を受け、どうやら沙弥香と一緒に高待遇で亡命する予定だったと、FBIから知らされた。

 恐らく彼女が未亡人となったのに、日本に残りその才能を充分発揮出来ていないと勝手に思いこみ、沙弥香の才能に執着して、一緒に連れ出そうとしていたらしい。

 教授は、偽パスポートで既に国境を越えており、呆れたことに沙弥香宛に勧誘のメールを送ってきたという。

 FBIは、引き続き彼を追っているようだった。


 瀬川は、順調に回復し、予定の一週間遅れで日本に帰国することになった。

 沙弥香がサンフランシスコに戻ってすぐに見舞いに行き、俺と結婚することになったと報告すると、「残念だけど、おめでとう」と祝福してくれたらしい。


 藤堂家には二人で挨拶に行き、無事の報告と、改めて結婚の許可を貰った。

 落ち着いたら日本で挙式することになると思うから、ぜひ参加して欲しいと言ったら、由依さんは泣いて喜んでくれた。



 そうして俺達は、事件発生の翌週の水曜日、サンフランシスコを発って、翌日の日本へと戻って来た。


 12月半ば過ぎの繁忙期、俺達は帰国するなり仕事に忙殺され、やっと待ちに待った仕事納めを迎え、12月27日(土)、年末年始休暇の1日目に沙弥香と二人、俺の実家にやって来た。


「……すごいお家ね」


 実家の玄関の前に車を着けてもらい、降りるなり家を見上げて沙弥香が言う。

 玄関の前では幾人かの使用人が、頭を下げて出迎えてくれていた。


「まあ、歴史だけはあるからね」


 俺は、彼女の背を宥めるように軽く叩いた。

 そんな俺を見上げて、沙弥香は真面目な顔で首を傾げる。


「いいのかしら?私で」


「俺は、沙弥香じゃないと駄目だから。それに今更、なかったことには出来ないから、諦めて」


 冗談じゃない。ここまで来て、結婚やめますなんて言わないで欲しい。

 俺の気持ちが伝わったのか? 沙弥香がクスリと笑う。


「……そうね。私も翔じゃなければ、もう一度結婚しようなんて思わなかったわ」


 そんな彼女の手を取り、指先に軽く唇を落とすと、俺はその手を引いた。


「じゃあ、行こうか」




 執事が先導し居間に通されると、両親が立ち上がって迎えてくれた。

 父が手を差し出し、彼女を歓迎する。

 沙弥香もそっとその手を握り返した。


「やあ、会うのは初めてだね。藤堂君から君の話はよく聞いていたよ。翔がずいぶんと頑張ったらしい。こうして会うことが出来て、嬉しいよ」


「初めまして、水森沙弥香と申します。

 しばらく前から、翔さんとお付き合いさせていただいておりまして、今回は葛西さんや警備の皆様にも大変お世話になり、どうもありがとうございました」


 握手の後に、頭を下げて挨拶した沙弥香の両手を掬い上げ、今度は母が言う。


「顔を上げて、沙弥香さん。無事でよかったわ。翔ったら、貴女のことが心配でしょうがなかったみたい。こんなふうに大事に思える女性と出会えて、私達も本当に嬉しく思っているのよ」


 母の言葉に頷きながら、父も続けた。


「本当に。翔が結婚を前向きに考えてくれただけでもありがたいと思っていたが、相手が貴女なら、私達は大賛成だ。沙弥香さん、辛い思いもしただろう。これからは、二人で幸せになりなさい」


「結婚をお許しいただき、ありがとうございます。はい、これから二人で、きっと幸せになります」


 沙弥香が綺麗な笑顔で宣言すると、両親も安心したように微笑んだ。

 そして向かい合って、皆で腰を下ろす。

 俺は早速用意してきた書類を、両親の前に広げた。


「父さん、母さん、ありがとう。早速、籍だけ入れて、彼女と一緒に暮らそうと思ってる。婚姻届にサインして欲しいんだ」


「それは構わないが……沙弥香さん、いいのかね? 式はしばらく先なんだろう?」


 父が沙弥香に、確認するように尋ねた。

 彼女は一度チラリと俺を見て、もう一度両親に向き合う。


「はい。翔さんと話し合って決めました。私は二度目になりますし、形式にはこだわっていないんです。彼と1日でも早く、家族になりたくて」


「ありがとう。翔と家族になってくれて。私達も安心だわ」


 沙弥香がちゃんと納得しているのを確かめた両親は、証人欄にそれぞれサインをしてくれた。

 そして彼らの前で、俺達は互いの薬指にプラチナのシンプルな指輪を贈りあった。




 実家で早目の夕食を食べて、役所の時間外窓口に婚姻届を提出した俺達は、新居……もともと俺の住んでいるマンションへと帰ってきた。


「すごいわ、本当に引っ越しが終わってる」


 アメリカからの帰国後忙しかった俺達は、引っ越しを葛西家の使用人に丸投げして、今朝彼女のマンションを引き払ってきていた。

 彼女の指示で未開封の段ボールが数箱あるが、概ね指定通りに荷物は収納されて、自分の家ながらもとの沙弥香の部屋を思わせるような雰囲気に、新鮮さを覚える。

 年末だが、リビングにはあのクリスマスツリーも飾られたままだった。


 俺の部屋は、彼女の住んでいた部屋とほとんど広さは変わらないし、もともと最低限の荷物しかなかったから、それなりに上手く収まったようだ。

 もっとも沙弥香は、家具をあまり持ち込まなかったようだが。


「細かい物の配置は、休み中にゆっくり考えよう。水森家には、知らせた?」


 沙弥香の住んでいたマンションは、水森氏の死後沙弥香に相続されて彼女名義になっていたが、売却することにしたらしい。

 結婚と引っ越しについて、水森の実家にも報告が必要だろう。


「先日時間を取って、挨拶に行ったわ。再婚を喜んでくれて、マンションの売却も賛成してくれた」


 特に問題にはならないようで、よかった。

 これで、心配事はないだろう。


「そうか……さて、葛西沙弥香さん。今日は記念すべき新婚生活1日目だ。新妻に触れる許可は貰えるかな?」


 俺は、沙弥香を腕の中におさめて、彼女に願う。

 俺を見上げた榛色の瞳が揺れて、艶を帯びる。


「旦那様のお好きなように。愛しているわ、翔」


 彼女の両腕が俺の背に回り、その柔らかな身体がピタリと俺に押し付けられた。

 彼女との初めての夜の記憶が鮮明に蘇り、その先への期待に俺の欲が湧き上がる。


「では、最愛の妻と一緒に風呂に入るところからだな。明日から1週間まるまる休みだ。蜜月を満喫するとしようか」


 沙弥香の唇を啄みながら、抱き締めた両手を、彼女の背から腰へそしてその下へと、明らかな意図を持って撫で下ろす。

 ヒクリと小さく震えた彼女が、ギュッと俺の服を握ってささやかな抵抗を見せた。


「……無理せず、程々にね?」


「大事にするけど……ずっと我慢してきたからね。満足するまで付き合って?」


 それを笑顔で宥めて、俺は沙弥香を抱き上げて、浴室へと連れて行く。


 その晩、俺達が眠りについたのは、日が変わって明け方近くだった。




 それからの俺達は、半年後の結婚式を経て、プロポーズの時の約束を違えることなく、互いの一番近くで晩年までを過ごすことになるのだが……


 俺の沙弥香への愛情は底が見えることなく深くなり、時々独占欲を暴走させたり、過保護になって彼女を怒らせたりもあったものの、家族も増えて、幸せな一生を過ごすことになるのだ。

思いついたエピソードがあれば、番外編として更新するかもしれませんが、ひとまずはここまで。

翔の粘り勝ちで、終わります。

彼いわく「最短で望む結果を得るために、全力を尽くした」そうです。

出会いから2ヶ月弱でのスピード結婚でした。

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