YSTK-29 コウガ
YSTK-29 コウガの漢字は甲賀ではなく甲牙です
YSTK-29 コウガ。今までのストラティ・マキナがレーザー式の熱核融合炉だったのに対し、こちらはエーテル・リアクターという新機軸の動力源を持つ。それゆえ、厳密には新カテゴリの機体として扱われているが、量産を行うにはまず実験データを取得し、トライアルに提出出来るだけの性能と安定性があることを示す必要がある──とされている。
そのため、独立遊撃部隊Jが創設され、その部隊のデータを元にトライアルを行うかどうかの是非を問う──とされている。
「YSTK-29はこの先の格納庫にあります」
「あの、急がなくていいの?」
「十分に急いでいると思いますが……そもそも僕以外には道を知らないのですから、迂闊に走るわけにもいかないでしょう」
ブレンダの問いかけに、カナタはそう答えた。そう、彼らは急いではいる。いるが、小走りに近い速度であり、明らかにもっと速く動こうと思えば動ける速さで移動していた。
「それに、本当に即出撃しなければ間に合わない事態なら、僕あてに即連絡が来ていますよ、おそらくはね。YSTK-29に乗ったことがあるのは、僕だけですから。まずは僕が先行して、二人の出撃時間を稼ぐのがセオリーでしょう」
「コウガ……だったけ。確かに、足止めが必要なほど近ければ、そうなるか……」
ブレンダはそれで納得したようだ。アルベルトも内心でそう思っていたのか、異論は挟んでこない。その後、格納庫から連絡が入ったものの、それは至急ブリーフィングを行うので格納庫に集まれ……つまり、ブリーフィングを行えるくらいの時間はあるということだ。
「ああ、先に言っておきますが、これはオフレコでお願いします」
「なに、急に……?」
「YSTK-29のことです。表向きはトライアル試験に耐えうるだけの性能を持つか、我々がまず稼働テストと、場合によっては実戦データの取得を行う……ということになっていますが」
「……? その言い方、まるで他の目的があるかのような?」
ブレンダの疑問はある意味で正しく、そしてある意味では完全に間違っている。含みがあるのは間違いないが、YSTK-29について言いたいのは、そういう方向性の話ではないし、その手の話ならこの場でする意味があまりない。
「YSTK-29は今の仕様で既に人類統合連合の内部にて、秘密裏に量産計画が進行中です。既に生産ラインの一部は稼働しています」
「え……YSTKって……そもそもYナンバーじゃない……なんで?」
もっともな話である。Yナンバーは、少なくともトライアル向けに生産された試作機体などを指す。トライアルを受けてもいない機体が、制式採用の主力量産機などといわれても、意味が分からないのは道理だ。制式採用が既に決定しているのなら、Yナンバーはのぞく決まりだ。
「そういうことになっていますね……しかし、上層部との密約で既に時期量産機に内定しているんです。まあ、別にそういう話は重要ではないので、とばしますが……」
「いや、あのかなり闇を感じる話を、重要じゃないとか言われても……」
ブレンダはそういうが、カナタは気にしない。カナタがむしろ気になるのは、さっきから何かを察したように押し黙っているアルベルトの方だが、口を挟んでこないなら、説明を続けるべきだろう。
「政治的な話なんて、この場で何の意味があります? 重要なのは、YSTK-29は既にこの仕様で制式採用に耐えうると判断される程度には、安定して稼働するということでしょう?」
「……つまり、俺たちは上層部の出来レースの、単なるツジツマ合わせのために招集された……ということか?」
おや、アルベルトさんはお怒りのご様子。しかし、さっきからなにやら押し黙っていた様子からして、もう既にその可能性を考えていたのかもしれない。実直な兵士としての一面はともかく、頭も回るインテリなところもあるようだ。実に頼もしい。
「そうですが、そのために華々しいデータが必要なんですよ。だから、優秀な人材がこの部隊に招集されているわけです。その部隊に選ばれたことに、なにか問題でも……?」
「ものはいいようだな……だが、そういうことにしておこう。確かにこの場でそのことの是非など、追求しても意味がないことだ」
アルベルトも含みがあるようだが、一応は納得したようだ。この場では、機体が実稼働すら危うい一面のある、Yナンバーの機体ということが詐称であり──実質的には、ほぼ安定して動作する制式量産機である、という事実が大事なのだ。
安定動作するかも分からない試作機に乗せられて、実戦に行くのを喜ぶ輩は素人くらいだ。試作の意味が分かるのなら、それで実戦にいくことをおそれる方が、よほど正常な神経なのが搭乗するパイロットの性だろう。
が、YSTK-29はそれに関しては、あまり気にする必要はない。初期生産品には、多少不安定な部分が往々にしてある……という点には、あえて目をつむってもらおう。
──切り札のXSTK-28については、まだまだ話すかどうか判断するには早いですが、YSTK-29の話くらいなら、ね──
そして、彼らは広い場所に出る。ここはシキシマ研究所が誇る整備ブロックだ。まあ、軍事施設ではないので、多数の人型機動兵器を並べられるほどのスペースがあるわけではない。
それでも、ストラティマキナとほぼ同じ30mの全高の、三機のYSTK-29を並べられる程度のスペースはある。そして、自分たちを出迎えてくれた整備主任へと、カナタは声をかけた
「どうも、おやっさん」
「おや……なに?」
いや、整備主任ですが。その人に語りかけて、何ゆえブレンダとアルベルトが揃って怪訝な顔をしているのか、そのときのカナタには理解出来なかった。
YSTK-29 コウガ
出撃は次回です。テストパイロットとして不安定な機体に緊張していたら、実は安定した量産型の先行生産品だったでござった、の巻