第3話「ネットの玩具になった俺」
息が切れそうだった。
全力疾走なんて、いつ以来だろうか。
「はぁ、はぁ……勘弁してくれ……」
夜の街を駆け抜けながら、俺は必死に逃げ続けていた。
けれど、ルミナとシエラは、まだ俺を追ってくる。
「ルナ様、待ってください!!」
「逃がさないわよ!!」
くそ、なんでこんなことに!?
ただのコスプレイヤーだったはずの俺が、今や伝説の魔法少女として崇められたり、敵視されたりしている。
頭が混乱する。だけど、止まるわけにはいかない!
「……待ちなさい!!!」
その時、澄んだ声が夜の空気を震わせた。
俺は反射的に足を止める。
──そこにいたのは、金色の髪を揺らし、白いローブをまとった少女だった。
「えっ……」
ルミナとシエラも驚いた様子で足を止める。
「あなたたち、何をしているのですか?」
少女は手にした聖なる杖をすっと掲げ、俺たちを見据えた。
神秘的な緑の瞳が、俺の姿をとらえる。
「ミラ!? どうしてここに?」
ルミナが驚きの声を上げた。
「ミラ……?」
俺が思わずつぶやくと、金髪の少女──ミラは真剣な表情で頷いた。
「あなた方がどんな事情を抱えていようと、この場で争うのは許しません」
その言葉と同時に、彼女の杖が淡く輝く。
次の瞬間、俺たちとシエラやルミナを遮る光の壁が現れた。
「結界……!?」
シエラが舌打ちする。
「こんな物、直ぐに壊して追いつくわ」
そう言ってシエラは黒く光る魔法を打ち込むが、ビクともしない。
一方ルミナは困惑した表情を浮かべながらも、俺に声をかけた。
「一旦、ミラと2人で先に逃げてください」
そう告げられた俺は、ミラに手を差し伸べられた。
「さあ、ここから離れましょう」
「えっ……?」
「大丈夫です。私があなたを守ります」
その言葉に、俺は思わずミラの手を取った。
すると、ふわりと光に包まれ、次の瞬間、俺たちは違う場所へと転移していた。
◆ ◆ ◆
「ここは……?」
転移した先は、静かな公園だった。
さっきの騒ぎが嘘みたいに、風が心地よく吹いている。
俺は地面にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ……助かったのか……?」
全力で逃げたせいで、膝がガクガクしていた。
ミラはそんな俺を見下ろしながら、柔らかく微笑んだ。
「ご無事で何よりです、ルナ様」
「いや、だから俺はルナじゃ……」
その時、ポケットの中のスマホが激しく震えた。
通知が……めちゃくちゃ来てる!?
画面を見て、俺は愕然とした。
『速報:魔法少女が現実世界に降臨!?』
『駅前で目撃情報多数! ネットで話題沸騰!!』
『#謎の魔法少女 すでにトレンド1位!!』
「はぁ!?」
ニュースサイトだけじゃない。SNSでも俺の写真が拡散されまくってる!?
「ま、まずいって……」
変な汗が背中を伝う。
しかし、その時──
「逃げられたと思った?」
ゾクッとした。
背後から、聞き覚えのある声。
振り向くと、そこにはシエラが立っており、その肩にはカラスが止まっている。
「う、嘘だろ……!?」
ミラが驚いた様子で杖を構える。
「どうやってこの場所を……!?」
『ハッハー、俺様の探知は完璧だろ?』
カラスがからかうようにクチバシを鳴らしながら人語を話す。
『さて、どうする? お姫様もいるし、もう一波乱いこうか?』
「調子に乗らないで。少し黙ってなさい」
シエラは不敵に微笑んだ。
「さあ、魔導書のことを教えてもらうわよ」
「だから俺はルナじゃないんだって!!!」
俺は必死に叫ぶが、シエラの瞳は鋭く光ったままだった。
「言い訳は聞かないわ」
俺は必死に叫ぶが、シエラの瞳は鋭く光ったままだった。
「言い訳は聞かないわ」
その瞬間、カラスがくつくつと笑った。
『おー、怖い怖い。でも俺は好きだぜ、そういうシエラ』
「うるさい!」
シエラが手をかざすと、黒い魔法陣が浮かび上がる。
「やばい!!」
「……そこまでです!」
突然、ミラが一歩前に出た。
杖を握る彼女の手が、微かに震えている。
「ルナ様には……手を出させません!」
「……っ!」
ミラは俺の方をちらりと見たあと、唇を噛んだ。
「ま、待ってくれ! 俺はルナじゃ──」
「いえ……間違いありません……」
ミラはゆっくりと俺に歩み寄ると、ぎゅっと手を握った。
「ルナ様……っ!」
目の前で、敬愛のまなざしを向けられ、俺は完全に固まった。
「だから違うんだってばあああああ!!!」
俺の叫び声が、公園の静寂に響き渡る。
──こうして、俺の誤解はますます深まっていくのだった……。