3話
「お父様、ただいま戻りました」
「あらまぁ、だいぶ派手にやられたね。好きなように薬草を調合していいから、治療室で休んできなさい。報告はそのあとでいいから」
「分かりました。1時間以内には戻ってきます」
「了解。まぁ、うちの薬草は世界中から一級品を集めているから、完治までそんなに時間はかからないと思うけどね。君なら調合ミスもないだろうし」
ニュクスとの戦闘を終え、家に帰ったサクヤ。いくら傷薬で応急処置をしたとはいえ、戦闘の跡が残っている。カムイの指示に従い、まずは治療を優先する。そして、治療室に向かったサクヤが治療を終えたころには、30分の時間が経過していた。
「大変お待たせしました。今お時間…、すみませんお話し中でしたか」
治療を終えたサクヤがカムイの部屋へ向かうと、そこにはカムイのほかに一人の中年男性が鎮座していた。
「これはこれは、サクヤ様ではないですか。お会いするのは何か月ぶりですかな」
ホシノヒデアキ、ツキシマ家の筆頭家臣であり、自他共に認める実力者だ。雰囲気を察する限り、カムイへの定例報告にでも来ていたのだろう。
「すまないねサクヤ。君が治療している間にヒデアキが報告に来ていたんだ。申し訳ないけど少し待っていてくれるかい?」
「カムイ様。こうなったのも何かの縁ですし合同報告会はいかがでしょう。ツキシマ家最高傑作と称されるサクヤ様の経験も聞いておきたいですしね」
「プライドの高い君からそんな言葉が出るとはね…。ヒデアキはこう言ってるみたいだけど、サクヤはどうだい?」
「ヒデアキ様がそうおっしゃるのであれば、私は構いません」
ヒデアキの発言により、急遽合同報告会という形になる。話の途中だったこともあり、まずはヒデアキの番だ。
「新しくサクヤ様も来られたことですし、初めから話しましょう。先月、私が調伏させた怪異は2,000程度です。ギリギリノルマ達成というところでしょうか」
「2,000ですか!? ヒデアキ様一人でその数を!?」
調伏数2,000。先月サクヤが調伏させた怪異の数が20前後であることを考えると、彼女が驚きを隠せなかった理由がわかるだろう。
「いえいえ、2,000などまだまだ序の口です。怪異はこの世に存在すべきでない奴らなので。…話が逸れましたね。先月一番多く調伏させたのはノーチェ村に行ったときです。村人からよく物が無くなるという報告がありましたので私が向かったところ、案の定怪異の仕業でした。悪さをしていた怪異は一匹だけでしたが、再発してもいけないので村にいた怪異すべてを調伏させておきました。数は300ほどだったと記憶しております」
そこから十数分ヒデアキの報告が続く。その報告を聞けば、彼が2,000という数字を叩き出せた理由を知ることは容易だった。彼は怪異という存在すべてを敵対視し、出会う怪異を一匹残らず調伏させていたからだ。たとえ、それが人間に悪意を持っていない個体だとしても。
「先月の成果はこんなところでしょうか。サクヤ様、長くなってしまい申し訳ございません」
ヒデアキの報告も一段落し、サクヤの番がやってくる。
「それでは私の報告です。本日の任務は、最近起きている奇妙な殺人事件の解決でした。事件現場に向かうと、犯人である吸血鬼と遭遇したので交戦に入り、苦戦しながらも勝利しました。ただ、戦闘後相手に改心の余地が見られたのでとどめは刺さず解放しております」
そうサクヤが発言した瞬間、言葉を被せるほどの勢いでヒデアキが声を上げる。
「サクヤ様、正気でしょうか!? 怪異を見逃す? そんなこと許されるわけないでしょう! ましてやツキシマ家ともあろうものが」
「まあ落ち着きたまえ。サクヤにも考えがあってのことだろう。サクヤ、最後まで続けて」
興奮したヒデアキを横目に、サクヤの報告が進む。数分後、サクヤの報告が終わった後も、彼の感情の昂ぶりは治まっていないようだ。
「本日は良いお話を聞くことができました。ありがとうございました」
サクヤの話が終わった瞬間、ぶっきらぼうに別れの挨拶を告げ退室するヒデアキ。
「ツキシマ家ともあろうものがなんという狼藉を。怪異を見逃すだと? 奴らにはファントムハンターを導くことなど不可能だ。私が何とかしなければ」
屋敷から出て、帰路につきながらボソッと独り言をつぶやく。去り際につぶやいたその言葉を聞いた者はいない。