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三夜一夜物語  作者: 黒潮 潤
第二夜 ヨゾラと見るヨゾラ
4/29

2話

「おはよう。俺がお前を迎えに行くなんて何年ぶりだ? 体調でも崩したか?」


「…全然元気だよ、いつも通り」


「いつも通りねぇ。元気な一日は元気な挨拶からなんだろ? 昨日みたいな元気は感じねぇけどなぁ。何か悩みでもあんなら聞くぜ」


普段は、人に弱みを見せることのない夜空。しかし、目の前に立っているのが響夜だからか、心に抱え込んでいた感情が口から漏れ出してくる。


「…次の土曜日に花火大会でステージ発表があることはいったよね。その時に披露する大技がまだうまくいってないんだ。昨日こそはうまくできると思ってたんだけど…。今日が火曜日だから、火、水、木、金。あと4日間しか練習できないのに…」


(なるほど、そういうことか…)


「…そうだな、それなら俺が面白い提案をしよう。もしお前が本番で最高の演技ができたのなら、他の観客は見られない最高の花火をお前に見せてやる。どうだ、こうしたら抱えている悩みが吹き飛んだりしないか?」


「…!? 響ちゃんも見に来るの? あまり自信はないけど頑張るよ」


「期待してるぞ。っと、そろそろ予鈴の時間じゃないか? 駆け足で行くぞ」


(あいつ大丈夫かねぇ)


不安感がぬぐえない響夜だが、時は無情にも過ぎていく。いつもと変わらない日常を過ごし、気が付いた時には放課後開始のチャイムが鳴り響いていた。


「練習を始めます。本番まで数日しかないから絶対大技成功させるよ」


短時間でストレッチを終え、早々に大技練習に入ろうとする夜空。いつもと違う雰囲気をまとい、いつもと違う指示を出す彼女に対して心配げな視線が多数向けられる。


「ちょっと夜空、もうちょっとストレッチしないと危ないんじゃない? 特に大技練習するならさ」


「…そうだね、ちょっと焦っちゃってた。ありがとう、七海」


冷静さを欠いたキャプテンを中心として、練習を進める。ただ、このような練習がモノになるだろうか?


「みんな、遅い時間までお疲れ様。今日の練習を終わるよ。私は戸締りがあるからみんな先に帰ってて」


今日もまた大技は成功しなかった。しかし、これ以上練習時間を延長することは不可能だ。キャプテンの号令により、各々が片づけをし帰宅する。最後はキャプテンが戸締りをして今日の部活は終了となるが…、

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これでよし…と。あとは私も帰るだけかな」


やっぱり今日もうまくいかなかったな。代々受け継がれてきたド派手なバスケットトス。私がしっかりしなきゃダメなのに…。


…あれ、あそこにいるのは蛍ちゃんと小瑠璃ちゃんじゃん。正門の近くでどうしたんだろう? 普段は部活が終わったらすぐに帰ってるイメージだけど。


「またうまくいかなかったね。先代キャプテンの時はもっとスムーズに大技決めてたらしいよ」


「しかたないよ、先代キャプテンは運動神経抜群だったもん。夜空キャプテン、運動神経は平均レベルだからね~」


「え…。そんな…」


気付いた時には逃げるように走り出していた。先代までとはいかなくても、キャプテンをやれてると思ってた。だけどそんなこと思ってるのは自分だけだったみたいだな…。


「みんなごめん…、ダメなキャプテンで本当にごめんね…」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そろそろ20時になるか」


今から図書室を出れば、偶然を装って夜空に話しかけられるな。

今朝の様子だと、まだ心配なんだよな。っと、夜空が戸締りしてる、急がねえと。


「おーい夜空、いっしょに帰ろ…」


なんだ、あいついきなり走り出したぞ。何かあったのか?


「またうまくいかなかったね。先代キャプテンの時はもっとスムーズに大技決めてたらしいよ」


「しかたないよ、先代キャプテンは運動神経抜群だったもん。夜空キャプテン、運動神経は平均レベルだからね~」


「運動神経で見たら、今年のキャプテンは七海先輩だもんね。」


「そうそう。でも、私は夜空先輩がキャプテンになってくれてよかったな~。先代キャプテンの頃は実力主義でギスギスしてたらしいし。夜空キャプテンは部員全員に平等に接してくれるからやりやすいのなんの」


「それな~。私、夜空キャプテンじゃなかったら辞めてたかも~。技術力向上も大事だけど、やっぱり部活は楽しんでナンボだよ」


なるほどな。夜空のやつ何か勘違いしてんな。ただ、今のあいつに言葉だけで何か言っても伝わらねえだろうなぁ。それならば…。


「君たちダンス部員? 俺、文月夜空の友達なんだけどさ、最近あいつヘコんでるみたいで励ましてやりたいんだけど、ちょっと話を聞かせてもらってもいいかな?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ダンス部1年生との会話を終え、全力で夜空を追いかける響夜。帰宅部ということもあり久々の全力疾走だったが、なんとか目的の人物に追いつくことができた。


「はぁ、はぁ。夜空…探したぞ。お前に伝えたいことがあって追いかけてきたんだよ。数年ぶりに全力疾走したぞ、まったく」


「…響ちゃん、そんなに急いでどうしたの?」


普段決して見ることはない、息を切らした響夜の姿を見て驚きを隠せない夜空。そんな彼女が平常心に戻るには少し時間を要することだろう。しかし、その時間は響夜の脈拍を元に戻すには十分だった。


「もしかしてお前、自分がキャプテン失格だとか思ってたりしないよな? 自分より適任がいるんじゃないかとか後輩の模範になれてないとかさ」


「…!? どうしてそんなこと思うの?」


「お前、ダンス部1年が自分の噂話をしていたのを聞いてヘコんでたんだろ。俺も帰る直前にその話が聞こえたからな」


「…知ってるんだ。…そうだよっ……。私は後輩から信頼されてないダメなキャプテンだよっ…」


響夜の話を遮るように、夜空は自虐の言葉を繰り出す。普段では考えられない夜空の言動に戸惑いながらも、響夜は言葉を紡いでいく。


「まぁ、落ち着けって。お前は中途半端な内容だけ聞いて曲解してるかもしれねえけど、あの会話の中で彼女たちはお前のことを褒めてたぞ。夜空キャプテンじゃなきゃ退部してたーってな」


「そんなの嘘だよ。うまく技も決められない、焦って的外れな指示をする私なんかが…」


「なら、この動画を見てみろよ。彼女たちが俺に見せてくれた動画だよ」


そういってポケットから取り出した響夜のスマホには、1年生が自主練習をしている動画が映っていた。ああした方がいい、こうした方がいいと各々意見を出し合い、トリを飾るキャプテンを輝かせられるように必死に努力している熱量が伝わってくる。


「嫌いな人間に対してこんなことするやつがいるか? しかも、これ1年生全員だろ? お前のことを嫌ってる後輩なんてどこにいるんだ?」


「うそ…!? みんな…」


響夜の手中に目が釘付けになる夜空。その目から涙が流れ落ちるまでそう時間はかからない。


「………。ここからは素人の意見だが先代キャプテンを模倣する必要はないんじゃないかって思ってる。お前には先代キャプテンとは違う魅力があると思うしな」


「…私の魅力?」


「こんな雰囲気じゃなきゃ恥ずかしくて言えねぇけど、お前の魅力は人を引き付ける力だと思う。実際、俺だって一人で本ばっか読んでた幼少期に、その魅力にやられたクチなんだぜ。だから、そんなお前が率いるダンス部なら、結束力を活かした演技とかが映えるんじゃないか?」


「結束力…」


段々と感情も落ち着き、会話が成り立ってくる。響夜との会話で何か掴んだものがあったのか、先ほどまでとは違う、いつもの夜空がそこにはいた。


「ありがとう響ちゃん。私ならもう大丈夫! 早速家に帰って色々考えてみる。本番楽しみにしててね!」


そう言い残した夜空は駆け足で立ち去っていく。


「ったく手間のかかる幼馴染だな」


そうつぶやく響夜の表情は、言葉とは裏腹に笑顔だった。

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